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オムパロス(ojmfalovV)

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 世界のへそ(ハブ)、女神の身体の中心、万物の根源を意味するラテン語の umbilicusをギリシア語に音訳したもの。すべての古代の国々において、宇宙の精は、太女神自らが姿を変えたものと考えられていた。そのため、精の宿る中心、つまり主要な神殿は、大地の中心に位置しており、女神の本質が集中しているomphalasの石が標しとして置かれていた。へブライ人はそれを「神の住み給う処」 beth-elと呼んだ。神は男性であり王に化身したが、女神の子供であるために、つねに女神の身体の中心に位置していたのである。

 紀元前710年に、スサ(イラン西部)の王は、「最初の大地であるスサの国は、全人類の中心にある」と言った。イラン人は、「イランの国は他のすべての国よりよい。中央に位置しているからだ」と言った。中国は国自体が「真ん中の王国」と呼ばれた。住民に「真ん中の大地」(ミッドガルド)として知られるスカンジナヴィアもそうであった。古い日本の詩は日本を「葦原の中つ国」と呼んだ。ローマ人は、彼らの帝国の中心にある海を「我らの海」 mare nostrumと呼び、字義的には「大地の真ん中」を意味する「地中海」という名を与えた[1]

 ローマ人は世界のへそomphalosを、ウェスタ神殿の円い炉床に置いた。ギリシア人は「子宮神殿」デルポイのへその石omphalosが世界のへそであるとした。ユダヤ人はシオンの神殿に置いた。キリスト教徒はユダヤ人の字宙の情造を受け継いだが、それによればエルサレムは世界の中心とみなされ、イエスはエレサレムの原始の園の、かつて「生命の木」が立っていたと考えられる地点で死んだとされた。キリストの墓にまっすぐに立てられた槍は、正午には全くがなくなると言われた。その地点が太陽のもとにあるすべてのものの中心点を示していたからである。クレルモンで第1次十字軍に説教を行ったとき、教皇ウルバヌスは、「イスラエルが大地の中心地点であること」の「不謬性」を宣言した[2]

 前キリスト教時代の考え方では、この中心点は清らかなシオン、すなわちマリ-アナトの女陰神殿であった。女性のシンボルは、大地の中心とされるすべての神殿において広く知られていた。これらの神殿は一般に、性の相手としての神すなわち男根を表すヘビ、木、十字架、あるいは生贄に供されて「生命の血」を流している男性など — と結合した女神の身体を表した。中世騎士物語でさえ、神と女神が、世界の中心でin medio mundi結合している「愛の宮殿」について語っている。宮殿には、一般的な性のシンボルである聖なる泉が庭にあり、そこにはまた「生命の木」が生えていた[3]

 キリスト教の神学者たちは、一種の傲慢さを存分に持ち合わせていて、その傲慢さから、男たちに、彼らの住む場所が大地の中心であり、彼らの一生が終わればすべてが終わり、彼らの宗教が許容できる唯一のものであり、彼ら自身のみが善と悪の宇宙のドラマの焦点、であると考えるようにし向けた。実際に全字宙は、男たちが試練を行う単なる舞台に過ぎないと考えられた。ロンバルドゥス(1100-64? イタリアの神学者、パリの司教)はこう言っている。「男は神のために作られた(このことは男が神に仕えることを意味する)それと金く同様に、宇宙は男のために作られた。すなわち宇宙が男に仕えて然るべきなのだ。したがって、男は宇宙の中心に置かれる」[4]。男性が、何らかの形で自分は世界の中心 omphalosと生命の源泉において結びついていると考えることができないときに、その世界観は脅威に曝された。地球は神の宇宙の中心ではないと証明しようとしたガリレイGalileoの発見に対して教会が反対したのは、このような脅威が根底にあったからである。


[1]Lethab, 73.
[2]White 1, 99.
[3]Wilkins, 139.
[4]H. Smith, 329.

Barbara G. Walker : The Woman's Encyclopedia of Myths and Secrets (Harper & Row, 1983)



 「へそ」の意。「大地のへそ(ojmfalovV gh:V)」とは、デルポイのことを意味し、ピュティアが託宣する内陣に、この名の石が安置されていた。

 オムパロスは地面の突起だったり、卵型の石であったりするのだが、大地と結びつけて考えられ、大地の女神ガイアであるとされることもある。それは第一に中心点であり、第二に墓であり、第三に魂と生命の貯蔵庫でもある。マリー・デルクール(Marie Delcourt, L'oracle de Delphes, Paris, 1955, pp. 144-149)はとくに三番目の点を強く指摘した。へそ(umbilic)という言葉と隆起した形に注意を向ける。オムパロスが喚起するのは、へそのくぼみではなく突起である。それは母と赤ん坊の両者の突起を示しているとデルクールは指摘する。まず妊娠後期の妊婦のへそは突起してくる。さらに生まれたての赤ん坊のへそは、生後数日経たなければ、平らにならない。そのうえオムパロスという言葉はへそを意味するだけでなくだけでなく、茎が大地に植物を結びつけ、そこから栄養を提供してもらっているように、赤ん坊を母親に結びつけているへその緒をも意味している。ギリシアの医師がオムパロスを根、とくに腹部の根っこであると考え、また前五世紀のピュータゴラス派哲学者フィロラオスが、オムパロスから根付くことの理論(rJizwsiV)を引き出したが、その背景は納得できる。新しい世代は前の世代から根を出して成長するが、人間の子どもは父方の家のほうに根を張るのである。アルテミドロス〔2世紀ギリシアの著述家〕は『夢判断の書』で夢が何を告げるかを説明して次のように言っている。「へそだけについて言うと、親が存命なら親を表し、親がすでに死んでいれば、へそと同じく人が生まれ出てきたところ、すなわち祖国を表す。したがって、へそのまわりに疾患が生じる夢は、親または祖国を失うという予言であって、外国に在留している人(ejpi xevnhV)は帰国できなくなるだろう」。(ジャン=ピエール・ヴェルナン『ギリシア人の神話と思想』p.254-256)

一般〕 オムパロスは、世界の「中心」の普遍的なシンボルである。非常に多くの伝承で、世界の起源は、「へそ」から出発し、顕現は4方向に広がる。インドでは、『リグ・ヴューダ』が、世界の胚が休む「非被造のへそ」のことを語っている。「顕現した世界」のハスが発芽するのは、原初の海に広がったヴイシュヌのへそからである。

中心〕 しかし、へそは、身体の顕現の中心だけでなく、〈世界の精神的中心〉も示す。ヤコブが建てた円柱形の霊石(〈ベテル〉)、アポッローン信仰の中心であるデルポイの〈オムパロス〉がそうである。「この神は、宗教の伝統的代弁者であり、人類を導くために、地の中心、地のへそに落ち着いた」とプラトーンは書いている。ケルトの〈オムパロス〉であったメンヒル、ホメーロスが「世界のへそ」と名づけた〈オギュギア〉島、同じ名を持つイースター島、契約の棺をエルサレムの神殿で支えていた石や聖墳墓のそばにもある〈オムパロス〉もそうである(我が主は、これが地の中央だといった、と何人もがいう、とオジェ・ダンジュリュールは報告する)。へそ、〈ナビー〉は、「不動の車輪のこしき」である。ヒンズーの用語によれば、ボードガヤーの木であり、その根元で、ブッダは悟りに達した。ヴューダの供物の火が象徴的に置かれるのは、「世界のへそ」の上である。しかし、すべての祭壇や炉は、敷衍して中心を表す。ヴューダの祭壇は、「不死の人のへそ」、つまり、中心点だが、そこから人間の状態が時間的、空間的に広がる。また物事の「起源」の折り返し点、世界軸の跡である。アフリカの彫刻、門、銘板、小像などで、時折、中心の円盤に気づく。多分、世界のへそを表すものである。アフリカの小像では、へそは、しばしば、伸びて、垂れた紐のように非常に長い(LAUA、307-309)。

 へそは、人間の小宇宙の「中心」である。〈ヨーガ〉でも、ヘシカスム(安静観想主義)でも同じである。〈精神の中心〉は、「中心への回帰」のイメージのへその上に向けられる。さらに、明確には、〈ヨーガ〉では、へその形に変えるエネルギーは、火の要素の中心〈マニプーラ・チャクラ(へそのチャクラ)〉(あるいは〈ナビー・パドマ〉)と対応する。これが非常に誤解されやすい、〈へそ観察〉の意味である(AVAS、BENA、CHOC、COOH、ELIY、ELIM、GOVM、GUEM、GUES、SILI)。

象徴〕 ケルトの領域では、へその象徴的意味は、主にナベルクスという神の名で表すが、これはガリア南東の2〜3の碑文が証明したマルスのあだ名である。この語は、ガリアの〈ナフ〉、「長」、「領主」と関連がある。インド・ヨーロッパ語系のレヴュルでは、ギリシア語の〈オムパロス〉、「中心点」、「中心」と対応する(アイルランド語のImbliuには「身体のへそ」の意味しかない)。マルス・ナベルクスは「支配者」、「領主」あるいは〈中心の神〉である。ケルト人も、聖なる中心を持っていた。カエサルは、ドルイド僧たちが自分たちの長を選ぶために集まったカルヌーテースの森の〈ロクス・コンセクラトゥス〉に言及している。この場所は、国の中心とみなされ、(現在の語源学によれば)ガリアでは、完全さの中心、または中心の平野という意味の〈メディオラメム〉の地名が数十もある。アイルランドでは、あらゆる宗教活動がミード(英語の綴りでは、ミース州)の中央の地域に集中している(CELT、1、137-181;OGAC、15、372-376)。

 象徴芸術では、オムパロスは、一般に卵形の頂をして立った白い石であり、その多くのモデルに、1匹か数匹のヘビが巻きついている。ピンダロスによれば、デルポイのモデルは、地の中心以上であり、創造された世界の中心以上である。3つの存在レベル、つまり3つの世界、この世の生者、地下の黄泉の国、神性の3つの間のコミュニケーションを象徴していた。デルポイのオムパロスは、アポッローンが、ヘビビュトーンを殺したと思われる場所、さらに、デウカリオーンの洪水の水が飲み込まれた割れ目に位置すると考えられていた。混沌の持つ盲目的で暴力的な力を支配する生命力を象徴していた。今日では、理性が生き方をコントロールするといえる。しかし、内面の支配、自己に対する勝利で得た制御であり、外からの助けで得られたものではない。

原初〕 オムパロスが、原初の混沌、一種の叙階、また、一種の生の神格化と人間とのコミュニケーションを確実にするという考えが、ニューへブリデス諸島にいたるまで存在する。マレクラの住人にとって、「へヘヴは、の神タグハンと完全に無関係ではなく、どんな崇拝の対象にもならないが、あらゆる生を操る」(AMAG、151)。ヘビの墓の上に立てたデルポイのオムパロスのように、今日、人間を生の最も原初の源に結びつけるのがこの神である。

宇宙〕 世界の男性原理と女性原理との関係と同じように、宇宙のオムパロスは、宇宙卵とは対照的であった。子供が、両性の結合の結果であるように、世界は、聖婚の産物である。男根像のまわりにも、オムパロスのまわりにも、ヘビが巻きつくことは、両性の統合や結合を象徴する。

空のへそ〕 地のへそがあるように、天空では、そのまわりを回る北極星は、「空のへそ」、空の輪心とか蝶番という名でしばしば表される。フィン族、サモイエード諸族、コリヤーク族、チュクチ族、エストニア人、ラップ人のような北欧やアジアの多くの民族のケースが、とくに当てはまる。スカンジナヴイアの民族詩では、北極星は、「世界のへそ」と呼ばれる(HARA、32)。
 (『世界シンボル大事典』)
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