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Furies(復讐の三女神)

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 エリーニュスたちともエウメニスたちとも呼ばれたが、復讐の三女神は、女神デーメーテールの復讐心を擬人化したものである。デーメーテールは罪人の処罰者として、エリーニュスと呼ばれることもあった。3人のエリーニュスたちデーメーテールから派生したのである。「数については、いつでも3人だった。……だが、3人全部合わせて、単数でエリーニュスということもある。この言葉の正しい意味は『怒りと復讐の精』である。……とりわけ『叱りつける母』を表している。母が侮辱されるとか、あるいは殺された場合でもおそらくエリーニュスたちが現れた。素早い雌イヌのように、この女神たちは血縁者と、血縁者に対する敬意を侮辱した者すべてを追いかけた」[1]

 ギリシア人は、殺された母親の血は、恐ろしい精神的毒ミアスマmiasma(母の呪い)で殺人者を冒すと信じた。この毒は犠牲者に無慈悲な復讐の女神を引き寄せ、犠牲者を助けようとする人を誰でもかまわず冒した。「復讐の三女神」の注意を引くことを恐れて、母殺しをうっかり手伝ったりしないように、人々は女神たちの激怒を避けようとして、「善良なる者たち」(エウメニスたち)と女神たちを呼んだ。

 アイスキュロスは復讐の女神を「永遠の夜の子供たち」と名づけた。ソフォクレスは「の娘たち」と呼んだ。1人1人の名前はティシポネー(仕返し-破壊)、メガイラ(恨み)とアーレークトー(名づけようもないもの)であった。「復讐の三女神」は去勢された天界の父ウラノスから生まれたと言う者と、神々のなかでいちばんの高齢者であると言う者がある[2]。女神たちが古い昔に存在していたことは、女性系の親族を殺した者に復讐するときだけ女神の名前を唱えて訴える事実に示されている。母権制の時代の遺物であった[3]

 アイスキュロスの戯曲『エウメニデス』は、母である クリュタイムネーストラー女王を殺した罪で、オレステースを追う復讐の女神たちを描いている。しかし女神たちは、父の殺害についてはまったく気にかけていなかった。父は本当の意味で同族とは言えないからである。オレステースが、女神になぜ殺しでクリュタイムネーストラーを罰しないのかと尋ねると、「女王が殺した男は生来の血縁ではない」と答えている。オレステースは(わからないふりをして)「でも私は血の絆で母と結びついているのでしょうか」と尋ねた。女神たちは「殺人者よ、その通りだ。そうでなければ、母は子宮にお前を入れて育てたりするものか。お前は母の濃い血を否定するのか」と鋭い口調で応じた[4]。簡単に言えば、復讐の女神はキリスト教になる以前の英国に存在していたような母権制の氏族制度に立ち返っている。昔の英国では「息子の父への愛情は見知らぬ人に対するものと変わらなかった」[5]。まったくのところ「アイルランド、エリン、エリウからなる昔の三相一体の女神」の名前はたしかに三相一体エリーニュスとつながっていた[6]

 「復讐の三女神」はまた「妖精」でもあって、自分たちの法に違反した者を呪う力があったために、魔女と同一視された。そのような「妖精」はキリスト教の法による侵害に対し、女の権利を守ろうとした本物の魔女だったかもしれない。この女たちのやり方 modus operandi はアフリカの結社Women's Devil Bush「女性の悪魔の茂み」のものと同じであったかもしれない。にひどい目に遭わされたと、この結社に訴えると、はまもなく不思議な毒を盛られて死ぬのであった[7]

 矛盾はしているが、キリスト教は、父権制の神の召使いとして、復讐の女神を受け入れた。女神たちは地獄における神の懲罰制度の一部にされてしまった。イヌの顔をした女デーモンは「悪をまく復讐の三女神」「告発者、あるいは審査官」そして「犯罪の復讐者」と言われた[8]。女神たちの義務は相変わらず罪人を罰することだった。復讐の女神たちは「グロテスクなもの」として、満月のゴルゴーンの顔と妊娠中の大きな腹と、先がイヌの顔になってぶらさがっている乳房をして、ブールジュの大聖堂のティンパヌムの上に姿を現した[9]。しかし、ギリシア人は女神たちを、厳しい顔はしているものの、たいまつと天罰を携え、ゴルゴーンのように、花輪の如くヘビを飾った美しい女と考えた[10]

 ギリシア・ローマの伝承では、復讐の女神は非個人的正義の役目を果たすとわかってはいたが、やがて女神は女に対する男の隠れた恐怖、つまり明らかに現在でもはっきりしているイメージを代表するようになった。『精神医学世界通覧』には次のように書かれている。

 「現代の変化を承知している男たちにとっては、公然と怒っている女性たちが多く存在することが十分に明白である。……強奪と復讐が当り前とされる社会で、自分自身の怒りと侵略性を認め、強化するように訓練された男たちは、怒れる女たちを驚いて眺める。……男たちは、女が男自身の潜在的侵略性を全面的に映し出しているのを見る。怒れる復讐の三女神の幽霊、あるいはメドゥーサの頭は、男に恐怖を与えるのだが、男は恐怖を示さないものと考えられていたので、扱いはぎこちなくなる。ただ相応な社会的、あるいは職業的公正を求める女は、もし男が、女が今まで負ってきた自己陶酔症的で、しかも実際的な傷を経験したとしたら、自尊心から要求するであろう復讐をしようとして出現したのだと、男は考えるのかもしれない」[11]

[画像出典]
Adolphe William Bouguereau(1825-1905)
 Orestes Pursued by the Furies
 Owner/Location: Chrysler Museum of Art (United States)
Dates: circa 1862
Medium: Painting - oil on canvas


[1]Branston, 191.
[2]Graves, G.M. 1, 122, 126.
[3]Lindsay, A.W., 34.
[4]Bachofen, 159.
[5]Malory 2, 179.
[6]Graves, W.G., 317.
[7]Briffault 2, 548.
[8]Shumaker, 130.
[9]de Givry , 27.
[10]Cavendish, P.E., 123.
[11]Psychiatric Worldview, Lederle Laboratories, July/Sept. 1977.

Barbara G. Walker : The Woman's Encyclopedia of Myths and Secrets (Harper & Row, 1983)