創世神話(2)
あらゆる神々、生きとし生けるものは、この世界をとりかこんで流れるオーケアノスの大洋から生まれ、これらオーケアノスのすべての子どもたちの母はテーテュースであると、一説には伝えている。
しかし、オルペウス教徒たちに言わせると、黒い翼を持った夜が これは主神ゼウスでさえ恐れおののいていた女神だが 風の神の愛をいれて、暗闇の胎内に銀色の卵を宿した。この卵から孵ったエロース またの名をパネース〔「神秘を明らかにする者」の意〕という がやがて宇宙を動かすことになったというのである。さてこのエロースは両性をそなえ、黄金色の翼と4つの頭を持ち、ときに雄ウシか獅子のように咆哮するかと思うと、ときにヘビのように鋭い音をたて、またあるときは雄ヒツジに似た鳴き声を発する。夜の女神は、この子をエリカパイオス〔「エニシダを常食とする者」〕とかパエトーン・プロートゴノス〔「光り輝く初子」〕とか名づけて、みずからは夜と秩序と正義という三体に姿を変えながら、彼といっしょに洞穴の中に住んでいた。洞穴の入口には神々の母であるレアーがつねに座を占め、真鍮の太鼓を叩き続けて、人間の注意を女神の託宣に向けさせていた。パネースは地球と空と太陽と月をつくりだしたが、しかし宇宙を統べたもうたのはあの三体をかねた夜の女神で、その統治は彼女の神権を象徴する笏がウーラノスの手に譲り渡されるまで続いた。
1 ホメーロスの神話はベラスゴイ人の創世神話の一変形である。というのは、エウリュノメ一にかわってテーテュースが海洋を支配し、オピーオーンにかわってオーケアノスが宇宙をとりかこんでいるからである。
2 オルぺウスの神話は、また別な一変形だが、これは愛(エロース)にかんする後世の神秘的な教義や男女のしかるべき相性についての諸説から多くの影響をうけている。夜の生みおとした銀色の卵というのは月のことである。銀はもと、月にちなんだ金属であるから。エリカパイオス(「えにしだを常食とするもの」)としてあらわれる愛の神のパネース(「神秘をあきらかにするもの」)とは、偉大な女神〔アプロディーテー〕の息子で、かしましく鳴きさわぐ天上の蜜蜂のことである。蜂の巣はかつて理想国と考えられたことがあり、これはハチ蜜が樹々のあいだからしたたりおちていたころのあの黄金時代の神話を裏づけるものであった。レアーが真鍮の太鼓をたたきつづけるのは、蜜蜂がおかしなところに迷いこまないためや、悪霊のたたりをはらうためであって、まさにエレウシース秘教で用いられる「うなり板」(板にひもを通したもので、振りまわすと牛のうなり声に似た声を生じる)にあたるものであった。パエトーン・プロートゴノス(「光りかがやく初子」)の姿をとるパネースとは、つまり太陽のことで、オルぺウス教徒たちはこれを光明のシンボルとみなし、彼の四つの頭というのは四季をかたどるつぎの四匹の獣に対応する。つまり、マクロビウスによれば、コロポーンの神託はこのパネースをあの超越神イアオとおなじものと見、ゼウス(雄羊)は春、ヘーリオス(獅子)は夏、ハーデース(蛇)は冬、ディオニューソス(雄牛)は新年をあらわすと考えていた。
家父長制の到来とともに夜の女神の筋は、ウーラノスに手渡された。(グレイヴズ、p.49-50)