V


歯のある膣(Vagina Dentata)

vagina_dentata.jpg

 に対する男性の恐怖の古典的なシンボルで、性交の際に、女性が性交の相手を呑みこんだり、去勢したりするかもしれないという無意識的な確信を表す。フロイトは、「女性の性器を見て、去勢の脅威を感じて恐怖の衝撃を受けないですむ男性はおそらくいないだろう」と述べた[1]。しかしフロイトは間違っている。この「恐怖の衝動」の真の原因は、神話や空想では今や普遍的に認められている「口のシンボル」にある。「精神医学においては男性と女性の両方が、女性の膣への入り口を、口として想像することがよく知られている[2]

 社会が父権制社会であればあるほど、この恐怖は空想によって、よりかき立てられるように思われる。母権制社会を崩壊させたとき、クレマラ島〔ニューヘブリディーズ諸島にある島〕の男たちは、「『それ』にわれわれを食い尽くさせようとしている『それ』の方にわれわれを引っ張ってゆくもの」と呼ばれる女陰の精霊につきまとわれた[3]。ヤノマモ族は、地上に最初に生じた存在のひとつに女性があり、女性の膣は歯のついた口となって、彼女ののペニスを噛み切ったと言っている。中国の太祖たちは、女性の生殖器は不死性への入り口であるばかりでなく、「男たちの死刑執行人」であると述べた[4]

 回教徒の格言には、「飽くことを知らないものが三つある。砂漠とと女性の陰門である」というものがある[5]。ポリネシア人は、救世主-神マウイは、彼の母ヒナの口(あるいは膣)の中に這って入ってゆき、永遠の生を見出そうとした。つまり創造女神の子宮にもどろうとしたのだが、女神は彼を二つに噛み切って殺したと言っている[6]

 食い尽くす母神の物語は神話ではいたるところにあり、死の恐怖を表すが、男性の精神はしばしばそれをの恐怖に変形させた。古代の書物は男性の性機能を、女性を「取り」あるいは「所有する」〔つまり能動的な〕ものとしてではなく、むしろ「取られる」あるいは「行使される」〔つまり受動的な〕ものとして記述している[7]。射精は、男性の生命力の喪失とみなされ、男性の生命力は女性によって「食べられる」ものであった。

 ギリシア語のsema(「精液」)は「種子」と「食物」の両方を意味した。の「極地」(consumation)は、(男性)を「消耗させること」consumingと同じであった。多くの未開人は現代でもなおこのような考えをいだいている。ヤノマモ族の妊娠を表す語はまた、充分に満足する、あるいは飽食する、をも意味する。そして「食べる」は「性交する」と同じ語で表された[8]

 口と女性の生殖器は、ギリシアのラミアーたち〔リビアの-女神ラミアーから生まれた好色な女デーモン〕に対する考え方でははっきり区別されている。彼女たちの名は「みだらな膣」あるいは「貪欲な食道」を意味した[9]ラミアーは、インドでクンダリニーKundalini、エジプトでウラエウスUraeusあるいはペル-ウアチェト、バビロンでラマシュトゥと呼ばれた聖なる雌のギリシア名であった。彼女のバビロニアにおけるが、のペニスを持つ神パズズPazuzuである。

 男たちは食べられるために生まれてくるという考え方を示すラミアーの伝説は、20世紀にいたるまで西欧で広く信じられてきたの性生活に関するプリニウスの記述のもととなった。すなわち雄のは、雌に食べられるがままとなって、雌を妊娠させるというものである[10]

 スー族のインディアンは、ラミアー伝説と同じような物語を語った。美しい魅惑的な女が若い戦士の愛を受け入れて、雪の中で契った。雪が晴れてみると、女は一人で立っていた。男は彼女の足もとでにかじられ、一山の骨と化していた[11]

 口と陰門は、エジプトの多くの神話で同一視された。太陽神が日毎に母神のもとに入ってゆく西方の門マー-ヌーは、あるときは「裂け目」(女陰)であり、あるときは「口」であった[12]。エジプトの猫-女神バステトに仕える巫女たちは、宗教的な行列の際、女神に扮して、スカートを引き上げて生殖器を見せびらかした[13]。ギリシア人によってこのような誇示は恐怖を呼び起こすものであった。ベッレロポーン Bellerophon(or Bellerophontes)は、生殖器を見せて彼に向かって進んでくるリュキアの婦人たちを見て、恐怖に駆られて逃げ出した。そして海神ポセイドーンですら、それらが彼を呑み込みはしないかという恐怖から退却した[14]

 ピロストラトゥスは、魔術を使う女性たちは、「性的欲望に駆られると、彼女たちの欲する者を食い尽くそうとする」と言う[15]。父権制社会のペルシア人と回教徒にとっては、これは明らかに起こりうることに思えた。女性の口を淫らで、危険で、あまりにも誘惑的であるとみなした彼らは、女性の口を覆うことを強く要求した。しかし、女性の口と一向に変わらない男たちの口は、脅威を与えるものとはみなされなかった。

 「口」mouthは「母」motherと同じ語源から派生した。アングロ-サクソン語のmuthはまたエジプトの女神メウト〔ムトMut〕と関連があった。陰門には唇labiaeがあり、多くの男性は、唇の後ろには歯があると信じていた。中世のキリスト教の権威たちは、ある魔女たちはと魔術の呪文の助けを借りて、膣の中に犬歯を生やすことができると教えた。彼らは女性の生殖器を、地獄の「大きく開かれた」yawned口にたとえた。もっともこれは彼らの独創とは言い難かった。冥界の門はつねに母神ヘルHelの女陰であったからである。それはつねに「大きく開かれて」いた(yawned)――yawnは「女陰」yoniから派生した中世英語のyonenを語源とする。ドイツ語の「女性の外陰部」を意味する下品な言葉Folzeは、バヴァリアの一部の地方では単に「口」を意味した[16]

 キリスト教の禁欲主義者にとって、「地獄の口」と膣は、同じ古代のシンボルにつながる語であった。ともにヨナを呑みこんだ鯨の子宮―シンボルと同じものとみなされた。ヨナJonahの物語の「予告」によって、「地獄の口」は、(ポリネシアの女神ヒナが息子のマウイを呑みこんだように)キリストを呑みこんで、3日間留めておいた。

 地獄への旅の幻想は、しばしば「生を享けるときの体験の描写と同じように考えられているが、じつは逆である。あたかも、子どもが子宮の中に引き入れられて、形造られ生命を与えられるのではなく、代わりにそこで破壊されごときものであった」。アヴィラの聖テレサ(1515-82)は、彼女の地獄への旅の幻想を、「圧迫感と窒息間、それに激しい苦悶、それとともに頼りない打ちひしがれたような惨めさに襲われて、これらの気持ちを言い表す適当な言葉を見出すことができないほどでした。ちょうど私の身体から霊魂が絶えず引き裂かれてゆくような思いがしたと申してみても、私の苦しみは全く言い表されていないのです」と述べている[17]

 「食い尽くす」女性の生殖器の典型的なイメージは、現代世界においてさえ、不可避のものとして生きているように思える。「われわれの文明における男性は、女性生殖器に直接接することをきわめて恐れており、これらの生殖器そのものに言及することさえ恐れている。彼らはその感情を主として補助的なの器官(腰、脚、胸、尻など)に置き換え、これらの補助的な器官に、誇張された興味と好ましさを与えている」[18]。この一文でさえ、男性の学者は不可解にも、性的機能とは関係のない組織に、の器官という語を「置き換えて」いる。

 女性の孔を開き、触れ、入ることは、心の底に恐怖をいだかせるもので、圧倒的な数の神話ならびに男性の心の中で、が混同されていることは、この恐怖を示すものである。精神医学者は、男性は自ら意識することなしに、として知覚している、と言う。「オルガスムはすべて小さな、『小さな男』すなわちペニスのである」[19]。まさにここにこそ、の拒否との拒否を同一のものと考える禁欲的宗教の根源がある。

 回教徒はあらゆる種類の恐ろしい力が陰門にあると考えた。それは男の一物を「噛み切る」ことができ、その洞の中を覗いた者は誰であろうと盲目となった。ダマスカスのサルタンは自業自得で盲目になったと言われた。キリスト教の伝説は、彼が、不思議な力を持つ処女マリアの像によって盲目を治すために、サルディニアに行ったと主張している。処女マリアは永遠に処女であるため、その戸口は処女膜によって永久に閉ざされていた[20]

 フロイトは、女性の生殖器に対する男性の恐怖は、女性が去勢された者であるという観念に基づくと推定したが。これは明らかに彼の誤りである。この恐怖は決して、女性の身になって考えるというような感情移入によって生じるのではなく、もっと直接的なものであり、食い尽くされるという恐怖、出生時とは逆に精神的苦痛を経験するという恐怖である。「地獄の入り口」を子宮として述べているあるカトリックの学者の興味ある記述は、はからずもこの考え方を暴露している。「地獄に入ってゆく人間を考えるとき、われわれは、世界の現実の、最も内なる、統合された、究極的な、深奥の段階に、永遠に触れようとしている男のことを考えているのだ」[21]


[1]Becker, D. D., 223.
[2]Farb, W. P., 93.
[3]Neumann, G. M., 174.
[4]Rawson, E. A., 260.
[5]Edwardes, 45.
[6]Briffault 2, 657-58.
[7]Assyr. & Bab. Lit., 338-39.
[8]Chagnon, 47.
[9]Graves, G. M. 1, 206.
[10]Briffault 2, 667.
[11]Campbell, F. W. G., 78.
[12]Maspero, lx.
[13]Budge, G. E. 1, 448.
[14]Bachofen, 123.
[15]Wedeck, 153.
[16]Young, 47.
[17]Cavendish, P. E., 157-58.
[18]Ellis, 239-40.
[19]Lederer, 126.
[20]Gifford, 143.
[21]Cavendish, P. E., 160.

Barbara G. Walker : The Woman's Encyclopedia of Myths and Secrets (Harper & Row, 1983)