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秋の訪れ


又秋が訪れてきた。

秋とは言うものの蒸し暑さは続く。
彼岸の頃から秋らしさが増してくる。

知らない間に
けたたましく鳴いていた蝉の声も何時の間にか聞かなくなっている。

春と秋,暑さ寒さの無い時期は過ぎるのが早い。日本は四季がきちんと有って良い。

暑さ或いは寒さが年中続けばたまらないだろう。日本は春夏秋冬と季節が必ずに移り変わってくれるから

大変に有りがたい。日本に生まれた者の幸福と考えたい。






シドニーオリンピック開会式


9月16日の 天声人語より

 きのうのシドニー五輪開会式。入場行進に先立つアトラクションは、人数も費用も大がかり、盛りだくさんで1時間半を超えた。

 テレビで見た人の感想はどうだろうか。よろず大きいオーストラリアらしくていい、と同僚の1人。

筆者はといえば、国営の特大サーカスでも見物しているような気分になった。

東京五輪開会式の、あの素朴さがちょっと懐かしい。30年以上も前の昔話だけれど。

 〈オリンピックは選手間の競争であり、国家間の競争ではない〉と、五輪憲章はうたう。

しかし、各国(地域)の旗を先頭にした入場行進では、どうしても「国」の存在を強く感じてしまう。

観客もそれぞれの国の旗を振る。旗と歌は各国オリンピック委員会が定めることになっているが、ほぼ例外なく国旗と国歌である。

 その例外の一つが、合同で行進した南北朝鮮の選手団だった。

団旗は、白地に朝鮮半島の地図を青く染め抜いた「統一旗」。旗手は2人、ユニホームも一緒。

たくさんの観客が立ち上がって拍手を送る。統一旗が観客席でも揺れる。


 2つの国の統一への道は、なお容易ではないだろう。

が、両国の厳しい歴史を思えば、この合同行進はすばらしい。

選手団の英語名称は「コリア」、団歌は「アリラン」。行進ではその「アリラン」が豊かに流れた。


 古代オリンピックでは、祭典の数カ月前から使者がギリシャ全土に「休戦」を触れ回った。

近代オリンピックは戦争で計3回中止されている。五輪開催は、ともかくも「平和」が保たれている証拠でもある。

 選手がたった数人の国もある。目を見張るような服装の国もある。そんな光景に出あえるのも五輪ゆえ。

聖火の最終走者が、虐げられてきた先住民族・アボリジニーの選手だったのもよかった。

テレビを見つつ、少々費用がかかっても、生きた使い方なら安いもの、といった気持ちにもなる。



合同で行進した南北朝鮮の選手団の行進する姿を見ただけで感動した。

本来のオリンピックはこのようでないといけない。


ソウルオリンピック、モスコ-オリンピック共に東西両陣営が互いにボイコットしている。

政治がオリンピックに悪い影響を与えた。

今回はそうでなくオリンピックが政治に良い影響を与えている。

でもとかく噂の有る年老いたサマランチ会長の姿をみるにつけ,若者達のスポーツの祭典には全く相応しくない姿である。

それに続く総督の開会宣言は意外性を持ってオ-ストラリアの現実を見た思いだ。

これが今の現在のオーストラリアの一面である。

誰が考えてもおかしい現実であることを開会式で教えてくれた。

日本の選手団のマントの格好悪さにも失望に近い気持ちになった人達が多いのではなかろうか。

森英恵のデザインとかで,このような世界競技参加の時には選手を含め

日本全国からデザインを競い優秀作を着て出場して欲しかった。

他国はそれぞれの特色有る服装している中で,日本選手団だけが日本らしくなく,テルテル坊主との酷評もきかれる

集団が入ってきた時はアレーこんな筈ではないのにとの気持ちになった。

次ぎ次ぎと登場して歌った女性歌手の歌も気持ちよく聴くことが出来た。

アポりジンと称する原住民がオーストラリアにいたことも初めて知った。

そのアポリジンの女性が聖火の点火役に選んでいるオーストラリアの心ずかいが感じられる。

一方,アメリカにおける原住民インディアンの人たちが,アメリカでどのような待遇を受けているのか

自然に連想されるシーンでもあった。





永遠に消えないもの

松下幸之助の言葉より
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 高野山にはたくさんの墓があります。

その中で一段と目立つ立派な墓は、おおむね大名の墓だそうですが、その大名の墓も、今日では無縁仏になっているものもあるということです。

昔は相当の一家眷族を養い、しかも明治になってさらに華族として、

財産も保護されるという状態が長く続いたにもかかわらず、そういう変化があったということを考えてみますと、

人間のはかなさというものを身にしみて感じます。

 やはり世の中というものは形ではない。

いくら地位があり財産があっても、それはいつまでも続くものではない。

結局、永遠に消えないものはその人の心であり、思想であり、この世で果たした業績である、そう思うのです。



以前にも一度引用した言葉だと思う。

永遠に消えないものは何一つとして無い。

人の心も,思想も、この世で果たした業績も全ては永遠に存続するものは無い。

この世は儚い夢の連続である。それが恰も確固として何か有るかのごとく思い生きているのが

地球上に生きている凡夫・人間全てに当てはまる。例外は一つとしてない。

毎日を目先の事に悩み・もがき・苦しんで生きているのが我々の普通の姿である。

そのことを知るだけでも救われ,明日への活動の原点・エネルギーとなるのだはないだろうか。




戦死やあわれ




9月17日の天声人語より

竹内浩三(こうぞう)をめぐる2つの催しが、この夏、生まれ故郷の三重県伊勢地方であった。

竹内……と聞いて、「だれ?」と首をかしげる人も、つぎの詩を作った兵隊だと聞けば、あるいは思い出すかもしれない。

 〈戦死やあわれ/兵隊の死ぬるやあわれ/遠い他国でひょんと死ぬるや/だまってだれもいないところで/ひょんと死ぬるや

/ふるさとの風や/こいびとの眼や/ひょんと消ゆるや……〉


 催しの一つは小さなコンサート。8月最後の日に開かれた。

浩三の詩「骨のうたう」に曲をつけた歌を、郷里の人びとに聴いてもらおうという趣旨だ。70人を前に、

作曲した横浜の団体職員、小園弥生さん(39)のピアノ伴奏で、友人の舞台俳優、五月女(さおとめ)ナオミさん(36)が歌った。

 小園さんは16年前に詩と出あった。衝撃を受けた。

背を押されるように曲が生まれ、2人で歌い始めた。浩三のお姉さんが健在なのを知り、大切にしてきた歌を聴いていただけませんか、と手紙を出した。

それをきっかけにコンサートが実現する。「歌うたびに、この詩とどう向き合うかを考えています」と五月女さんは語った。

 もう一つは演劇。劇団「伊勢青年劇場」が『竹内浩三』を上演した。

出征直前の、浩三と周囲との心のやりとりを中心に、フィリピンで戦死するまでをたどる筋書きだ。

この劇団は、地元ゆかりの人物を主人公にした芝居を、年1回のペースで上演している。

 脚本を担当した野村竜矢さん(36)は2年前、『沢村栄治』の脚本を書いた。

やはり戦争で死んだ、伊勢出身の伝説の名投手である。

「野球がやりたい」と叫んだ瞬間に舞台が暗くなる沢村の最期と、放心したように自作の詩を口ずさむ竹内の最期。

双方の演出に、郷里の先輩への追慕の念を込めた。

 浩三の墓と、野球ボールをかたどった沢村の墓は、同じ墓地に数歩を隔てて立っている。



第二次大戦で犬死の如くに死んでいった人たちに対して、生きている今の我々が考えること,なすべき事は

どんな事だろうか。?

繰り返し,繰り返し戦争の愚かしさ,むなしさや悲しさを思い出し語り続けて二度と同じ過ちを繰り返さないことである。

核兵器の有る今の時代に大戦は起こらないとの思いはあるが,愚かな人間のことだからどんな事で戦争を起こすかも

知れない。愚かな指導者がいても賢明な智慧を持った人達が大きい声を上げ反対すれば

どんな馬鹿な為政者でも協力する人たちがいなければ,一人では戦争をすることはできないだろうと考える。




真剣に取り組む


松下幸之助の言葉より
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 大相撲は相変わらずの人気である。

私はその勝負が一瞬の間に決まるというところが好きである。

力士の人たちは、その一瞬の勝負のために、毎日朝早くから夜おそくまで文字通り血のにじむような鍛錬をし、

稽古にはげんでいる。そしてその成果を土俵の上で一瞬の間に出し尽そうというわけだ。

 われわれも、いま自分の担当している仕事を本業として、これに打ち込んでいるだろうか。

大相撲の人気というものの裏には、日夜稽古にはげむ力士の姿があることを思って、

われわれもまた、自分の人生、自分の本業というものに対して日々真剣に取り組んでゆきたいものである



今回のシドニーオリンピックを見ていて,どの競技にしても特にシンクロナイズスイミング,新体操を見ていて

5分から10分の競技にどれだけの練習を各国の人たちが繰り返したか,それも真剣に何千回何万回何十万回も練習を

繰り返したかが想像できる。それに比べ我々が本業にどれだけ真剣に取り組んでいるか肝に銘じ

反省すべきところが多々あるのではなかろうか。





シドニーオリンビック(1)



9月25日の天声人語より

 女子マラソンのレースの2日前に、日本の3選手が記者会見した。

難関コースの中で、どこがポイントになるか? 風への対策は? スローペースの展開になったときの対応は?

 矢継ぎ早の問いに、高橋尚子選手はこんなふうに答えた。「当日の気象条件とかレース展開を想定するのは非常にむずかしい。

その場になってみないとわからないので、臨機応変に走っていこうという気持ちです」「自分の体と相談しながら走っていくと思います」

 「臨機応変」とは、言うは易(やす)く行うは難しの典型みたいなことばだ。その場その場に応じて適切な手段をとることは、

凡人にはなかなかできない。それを気負いもなく淡々と口にできるのは、過酷な練習でつちかわれた洋々たる自負ゆえだろう。

 マラソンをテレビが最初に中継したのは、東京五輪(1964年)のときらしい。

それ以後、この競技に対する関心はいっそう高まったように思う。

技術の進歩で、いまや視聴者は居ながらにして、選手の一挙手一投足をつぶさに見ることができる。

苦しげな顔、微妙な駆け引き、疲れた脚、汗の一筋までわかる。

 それもたっぷり2時間以上。これほど長く、集中的に他人の行動を観察する機会は、あまりあるまい。

コースの上り下り、晴れか曇りか、風の強さ、その他もろもろの条件が勝負に影響する。運不運も関係する。

ついつい、山あり谷ありの人生行路に重ねたくなってくる。

 などといささか月並みなことをテレビの前で思いつつ、金メダルのインタビューを見た。

「自分の体と相談しながら、対話しながらだったので、緊張というより集中してました」。

自分のことをきちんとつかんでいて、初めて語れることばだろう。

 見ている こちらは「快挙」に興奮気味なのに、当の本人は淡々としている。

さわやかな風が軽やかに通り抜けた心地よさがある。




高橋尚子選手の女子マラソンで金メダルは始めてである事は勿論,女子陸上で64年振りの金メダルとか。

見ていても軽やかなリズムに乗った走り方を見ていて気持ちが良かった。

話す内容も立派である。小池監督の教えどうりに守ってやったこと,大勢の人たちが私の背中を押して応援してくれた事が

金メダルにつながったなどの話すのを聞くにつれて,これは優勝して当然の人のように思えた。

一芸に秀でると人間も立派になるのか,立派な人間が一芸に秀でる事ができるのかどちらだろう。

毎日の訓練・練習の積み重ねが,それも他の人とは一段と違った練習がそのような人間にしたのだろうか。





シドニーオリンピック(2)


10月 2日の天声人語

 読者からの手紙に〈五輪ほど うるさきものは 世には無し メダル メダルと 夜も寝られず〉。

そうした批判があるかと思えば、〈素晴らしい日々をありがとう〉との便りもいただいた。

シドニー五輪が幕を閉じた。

 新聞、テレビなどの報道が過剰気味、といった指摘も聞く。国内外にもっと大事なニュースはないのか、と。

女子マラソンの優勝より、同じ日の巨人のセ・リーグ優勝の方に関心を抱いた、という声も届いた。

まことに評価は人さまざまだ。

 五輪とは、たくさんの人が自然な形で「世界」を見られる、またとない機会――なかに、こんな見方もあっていいかと思う。

古い歴史を持つアボリジニーの人びとの存在を、こんど初めて知った人もいるだろう。

女子マラソンに個人参加した選手のひたむきな姿は、東ティモールという新しい存在を印象づけた。

 「日本のマラソンは、我慢のマラソンです」。最終日、レース前のテレビはそう解説していた。

日本選手の健闘が及ばなかったレース後、我慢だけでは世界に通用しないこともわかった。

世界は広い。

いろいろな人がいて、多様な国民性を持ち、多彩なうねりがある。

一方で、日本のソフトボールの力は世界に冠たるものと、たとえばそんな、日本にとってうれしいあれこれも味わった。

 むろん「光」だけではない。金の問題にせよドーピングにせよ、その他もろもろの「影」も見えた。

エルサレムではまた流血の惨事が起こり、ユーゴスラビアは揺れた。

世界の平和を掲げる五輪をよそに、時代の歯車は容赦なく回り続けているようにも映る。

 しかし、選手たちが力いっぱい走り、跳び、泳ぎ……成功し、失敗し、喜び、涙する姿に、素直に感動した人も多かったに違いない。

4年に1度の「力いっぱい」の光景を目にしていると、こちらも元気や誠実さを分けてもらった気持ちになる。



今回のオリンピックを見ていて世界は一つだという事を強く印象付けられた。

どの国の人たちも同じ人間としての血が通っている事を実感した。

でも一方ではどうして世界の何処かで戦争が,争いが越きるのだろうか。

一部の誤った,一握りの指導者達によって引き起こされているとしか考えられない。

大多数の人たちはオリンピックに参加した世界の人たちと同じような人々である。

欲にからんだ愚かな指導者とそれを取り巻く一握りの人たちによって戦争が,争いが引き起こされていると考えたい。

オリンピックは4年に一度というのではなく3年に一度2年に一度世界の若人が集まる事自体が,

そして世界の人々がテレビを通じオリンピクを見るならば,世界が一つだとの一体感が益々感じられるように

なって来るのではなかろうか。




米国大統領候補と日本の首相



天声人語の10月5日と10月6日より


 民主党のアル・ゴア候補(副大統領)はなかなかの討論上手。

対照的に、共和党のジョージ・ブッシュ候補(テキサス州知事)は、うまくはない、といわれてきた。

大統領選のテレビ討論を前に、ブッシュ氏は「オリンピック代表選手並み」の猛訓練を重ねたそうだ。

 テキサス州の自分の牧場などで、同志の上院議員をゴア氏に見立て、演壇も用意し、

本番と同じく1時間半にわたってやり取りした。

ちゃんと中継のテレビカメラも置かれていた、という話もある。

なにしろテレビ討論の経験はわずか十余回、と少ないのだ。

 ゴア氏の方は、すでに3、40回の経験を持つ。

1992年と96年には副大統領候補同士のテレビ討論もこなし、結果的に勝利をおさめた。

だから本番をひかえて余裕たっぷりに見えた。ジョギングをし、フロリダの浜辺を散歩した。が、こちらも準備を怠ってはいない。

 いろいろな職業の13人の「平均的な国民」を招き、討論のやり方について感想を聞いた。

本番に反映させ、視聴者の共感を得ようという作戦だ。数週間前に助言者たちと検討した想定質問と答えを、繰り返し復習した。

96年のテレビ討論では、会場と同じ温度にした部屋で練習したほどに周到なのである。

 これまでの形勢はほぼ互角。〈すべてはテレビ討論で決まる〉と書いたメディアもあった。慎重にならざるを得ない。

本番では申し合わせたように、2人ともダークスーツに赤いネクタイだったのはおかしかった。

冷静沈着、思慮深く見える、とでも専門家が薦めたのだろう。

 原稿棒読みの政治家に慣れた身に、丁々発止のやり取りは、内容以前に、それだけでも感動的だ。

「ナマの声」が直接有権者に届く魅力である。ふと、思う。こちらの党首討論なるものはどうなったのか、と。

 聞けば、11日に想定されているそうだ。期待して、待ちたい。


就任して半年になった森喜朗首相について、「地元関係者との面会や夜の会合が多いのではないか」という質問が、官房長官会見で出た。

 担当の記者たちも、できればこんな質問はしたくなかっただろうが、森首相のその種の行動は、最近の首相のなかで際立つ。

本紙「首相動静」によれば、このところの夜の会合の場所は、

2日が築地の日本料理店「河庄双園(かわ・しょうそう・えん)」と赤坂の日本料理店「浅田」。

3日、赤坂プリンスホテル内の日本料理店「弁慶橋清水」と赤坂の日本料理店「大乃(おおの)」。

4日は銀座のレストラン「銀座ライオン」といった具合だ。

半年分をまとめると、『有名料亭・レストラン・ホテル案内』でも読んでいるような気分。

ほぼ連夜で、はしごも辞さずだから、出どころは知らないが費用も並たいていではあるまい。

 1日は地元・石川県に日帰りし、2日夜は料亭で石川県議らと懇談、4日夕方には石川県知事と面会するなど、

地元と接触する度合いも群を抜く。3組の石川県関係者と会った日が1度ならず。故郷へ錦(にしき)を飾ったことも一再ならず。

金大中大統領との日韓首脳会談の会場も、首相の強い意向で、石川県の「ホテル百万石」の系列である熱海の「あたみ百万石」とされた。

 冒頭の記者の問いに、中川秀直官房長官(森派)は、こう答えた。

地元関係者との面会問題=「本人は庶民政治家を貫きたいという思いがある」。

夜の会合問題=「首相自身は、いろんな人に会うことが、健康のためにいいというか、ストレスがたまらないという思いがあるようだ」。

珍答というべきか。

 地元に帰って、「頭の真ん中に石川県のことが入っている」と述べたこともある。

首相はときに「いま頭がいっぱいだから」と記者の質問を振り払う。

ひょっとすると、先に「石川県のこと」が入っているので、すぐ頭がいっぱいになるのかもしれない。



アメリカ大統領の選出方法と日本の首相の選出方法との違いから,

このような米国の大統領候補と日本の首相の行動にも出てきているのだろうか。

これでは日本国民の一人として大変に淋しい気がする。

誰もがこんなことではいけないと思うのではなかろうか。





道を極めるとは


どの道でもその道を極めるという事は並大抵な努力が必要になってくる。

普通の人がしているだけなら唯の普通の人にしかなれない。


その道の頂点になるにはそれに対する覚悟と努力が必要である。勿論運もあることだが。

どの分野でも道を極めて頂点に立つような人にはどの分野が違おうとも皆共通する

何かがかなりの部分で持っておられるように思う。

天性の才能もあるかも知れない,運も有るかも知れないが,90%以上は

並々ならぬ努力・精進の賜物のようだ。

政治 経済 科学 文芸 芸術 芸能 スポーツ 宗教 市中の職人さんであろうとも全て道を極め,

極めようとする人たちの意気込み努力などは全部同じような所がある。

幹の部分は全部全く同じだが,枝葉,それに咲く花だけが違っているように思う。

共通する所は分野が異なっても全部同じように感ずる。

それは古今,洋の東西を問わずして言えると思う。



日記


人間の記憶力なんかは知れたものである。2-3日前のことになると,もううろ覚えになってくる。

一ヶ月前のことになると殆ど思い出せない。人から何かヒントを与えられると思い出すかも知れない。

一年前のことになると殆ど忘れてしまっている。それ以上前の事になると全く思い出せない事もある。

その点日記をつけていると少しの事しか書いていなくとも,それがヒントでその前後のことを

思い出す事が出来る。

何かの記事で読んだ事があるのだが,日記を書いていない日はその人の人生からその日が削除されたのと同じだと。

それを読んでからメモ程度に日記を綴るようになったが,読み返す事は殆どしていない。





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