明けましておめでとうございます。 昨年は色々とお世話になりました。本年もどうぞよろしくお願いします。今年は皆様にとって良い年になりますようにお祈り致します。 平成十三年元旦


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平成13年1月分

 


師走


一年の過ぎるのは早い。アッと言う間に時が過ぎたように思われる。

年齢を重ねるにつれて時の過ぎる速度が加速度的に速くなつて行くように思われる。

近頃は木の葉が地面に散り,掃除をするのに毎日のように木の葉を集めるのが日課となっている。

新しい世紀への胎動が始まる。今年の12月は文字通りの世紀末である。

アメリカ大統領もやっとブッシュ氏に決まり,日本の内閣も改造が行われたが,肝心要の首相が

疑問視されている中での内閣改造では新聞世論調査による国民の支持率もあまり変わり映えしない。

これだけ国民に愛想をつかされているも,森首相のテレビでの写りはいつもニコニコ顔である。

一般に森首相は「蚤の心臓」を持っていると言われているが,案外に毛の生えた「象の心臓」を持っているのかも知れない,

それとも余程の○○なのか,計りしれない存在である。

○○の2字は各人思いが違うので書くのを控えました。




新内閣発足す,森首相は留任


12月6日 天声人語より

 「(森喜朗首相で来年の参院選を戦えるとは)だれも思っていない。

失言がなければ3月くらいまでもつかもしれない」と言ったのは自民党の田中真紀子衆院議員だ(11月、大分市で)。

きのう、その第2次森改造内閣が発足した。 抱負を聞かれた新閣僚が「これから一生懸命勉強いたしまして」と決意を述べる。

そんなことで大事な役割が務まるのか、官僚の振り付けで踊って終わりではないか、と以前から悪評しきりだった。

その点、こんどの内閣で「素人でありますので、よく勉強し」と、のっけから語ったのは1人だけ。

 のんきな森首相も、「不信任案否決は、信任を決定したものではない」発言(野中広務前幹事長)などでさすがに危機感を抱いたのだろう。

この内閣には元首相が2人、総裁の経験者、現役が森氏を含め4人、派閥の長の経験者、現役が森氏を含め5人いる。

 6人の閣僚が留任し、新任のうち3人は過去に同じ大臣職を経験ずみ。

派閥順送りの大臣心待ち組はがっかりしただろうが、記者会見での応対にもいささか余裕の見える、かなりの重量級が顔をそろえた。

背水の陣で何とか3月の坂を越え、夏の参院選に臨もうという内向きの、救国ならぬ救党内閣だ。

 目玉になりうると予想された田中真紀子氏は、選にもれた。

しかし、それでいい。「大きなばんそうこうでも口に張って黙ってもらい、夜だけ料亭でパクパクしてもらう。

それで相当、日本も良くなる」などと言いつつ入閣したのでは、女がすたる。ぜっぽう鋭く批判を続ける方が、世のためだろう。

 新内閣の最大の弱点は、むろん森首相が留任したこと。国民は、首相の軽薄な自作自演劇に苦り切っている。

大相撲の新しい決まり手の番外に、つき手、つきひざ、踏み出しといった自滅技が定められた。

つぎに首相得意の自滅技が出たら、この内閣は危ない。



森首相は本当に人柄は良いのだか,首相の資質には欠けているようだ。よく言えば人柄の良さが災いしているのかも

知れない。森首相が故に景気回復への動きが鈍り,株価を低迷しているのらば森さんだけの問題ではなくなってくるのだが。

我々国民の出来得る事としてはひたすら神に頼む以外に仕方ないことなのだろうか。




人生の妙味

松下幸之助の言葉より
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 雨が降ったり雷が鳴ったりという自然現象はある程度の予測はできるものの、正確にはつかみえない。

 われわれの人生の姿も、この自然現象とよく似たものではないだろうか。

そこには、天災地変に匹敵する、予期できない多くの障害がある。

われわれはそれらの障害の中にありながら、常に、自分の道をもとめ、仕事を進めてゆかねばならない。

そこに“一寸先は闇”とよく言われる人生のむずかしさがあるのであるが、そういう障害を乗りこえ、道を切り拓いてゆくところに、

また人生の妙味があるのだとも思う。予期できるものであれば、味わいも半減してしまうであろう



予期できぬことにしばしば遭遇するのが,人生のように思える。其の事が又人生に彩りを与えてくれているのかも

知れない。



寿命を知る

松下幸之助の言葉より
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 人間に寿命があるように、われわれの仕事にも、それがいつのことかわからないにしても、

やはり一つの寿命があると言えるのではないかと思う。

しかし、だからといって、努力してもつまらない、と放棄してしまうようでは、人間で言うところの天寿を全うせしめることはできない。

これはいわば人間はやがて死ぬのだからと、不摂生、不養生の限りを尽すのと同じであろう。

 それよりもむしろ、いっさいのものには寿命がある、と知った上で、寿命に達するその瞬間までは、お互いがそこに全精神を打ち込んでゆく。

そういう姿から、大きな安心感というか、おおらかな人生が開けるのではないかと思う


松下幸之助が長命で社会に役立つものを勧めてこられたのはこの精神によるものと考える。




信用は得難く失いやすい

松下幸之助の言葉より

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 われわれが何か事を成していく場合、信用というものはきわめて大事である。

いわば無形の力、無形の富と言うことができよう。

 けれどもそれは一朝一夕で得られるものではない。

長年にわたるあやまりのない、誠実な行ないの積み重ねがあってはじめて、しだいしだいに養われていくものであろう。

 しかしそうして得られた信用も失われるときは早いものである。

昔であれば、少々のあやまちがあっても、過去に培われた信用によって、ただちに信用の失墜とはならなかったかも知れない。

しかしちょっとした失敗でも致命的になりかねないのが、情熱が一瞬にして世界のすみずみまで届く今日という時代である。



本当に信用というものはなかなかに得られないが,しかし信用を失うのは瞬間の出来事である。

誰もひと時も疎かには出来ない。




小事を大切に


松下幸之助の言葉より
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 ふつう大きな失敗は厳しく叱り、小さな失敗は軽く注意する。

しかし、考えてみると、大きな失敗というものはたいがい本人も十分に考え、一生懸命やった上でするものである。

だからそういう場合には、むしろ「君、そんなことで心配したらあかん」と、一面励ましつつ、失敗の原因をともども研究し、

今後に生かしていくことが大事ではないかと思う。

 一方、小さな失敗や過ちは、おおむね本人の不注意や気のゆるみから起こり、本人もそれに気がつかない場合が多い。

小事にとらわれるあまり大事を忘れてはならないが、小事を大切にし、小さな失敗に対して厳しく叱るということも一面必要ではないか。


凡人にはなかなかに一見気のつかないことである。





年を越す政治の風景 いくらなんでも…

朝日新聞社説12月30日より



 インターネット上の匿名の掲示板に突然、「加藤紘一氏のミス」のコーナーが現れた。

11月19日、加藤氏が出演していたテレビ朝日の報道番組「サンデープロジェクト」の放送が終わって、すぐのことである。

 「加藤氏の乱」は、まさに佳境を迎えていた。野党が提出する森喜朗内閣不信任決議案に、本当に賛成するのか。

 かたずをのむ視聴者たちが聞かされたのは、首相退陣がはっきりするなら兵を引く、という加藤氏自身の腰砕け発言だった。

 「最大級の失言だ」「主流派の勝ちだ」「これで加藤派の団結が弱まる」。書き込みは夕方までに約300件にもなった。



 ●「ネット政局」の新しさ

 匿名だから、どんな人々なのかはわからない。それにしても、素早い反応である。

政治家の言葉へのきゅう覚は鋭く、政局の流れの読みも的確だ。

 だれが命じたわけでもない。なんの見返りもない。

それまで100万件を超えるホームページへのアクセスに「マグマにも似たエネルギー」を感じたという加藤氏ならずとも、

なにごとか新しい事態が起こりつつあることを感じずにはいられない。

 「ネット政局」。加藤氏の乱につけられたニックネームである。

 ネットで有権者が政治を語り合い、ネットが政治家を動かす。こんなことは過去にはなかった。

今年の政治の風景に新しさがあったとすれば、この点をおいてほかにない。

 時間をとられる、カネもかかる、体力勝負だ。政治といえば、それが常識だった。

普通の人々には、せいぜい選挙の時ぐらいしかかかわるゆとりもない。

そんな参入障壁を、ネットが低くしたことは間違いない。

 もちろん、危うさを指摘する声はある。無責任な議論や、不作法な中傷が横行しがちな傾向を否定できない。

ネットに渦巻く無数の声を軽々に「民意」と見なしていいものかどうか、疑問は残る。代議制との折り合いをどうつけるかも、熟慮すべき点だろう。

 しかし、いずれにしても、公論が行き交う新たな回路としての可能性は捨て難い。上手に活用していく知恵を出し合いたい。

 政治の変化はサイバースペースだけで起こったわけではない。現実の投票所にも活気が戻りつつあることが、今年は感じられた。

 10月、作家の田中康夫氏が長野県知事に当選した。

「いつもは無口で黙々と満員電車に乗っているような一人ひとり」が、静かに異議申し立てをした結果だった。

 県庁出身の知事が県民を見下ろすように君臨すること40年

物言えば唇寒し、の閉そく状況がなおも続きそうな雲行きに、「いくらなんでもそれはないだろう」という県民の思いが募って不思議はなかった。

 年中こぶしを振り上げているわけにもいかないが、大目に見るにも限度がある。

そんな有権者の気分に「ここらでまともさを取り戻そう」という田中氏の訴えが染み込んだ。



 ●変化進み、抵抗も強まる

 停滞が極まるところ、変化はおのずと生まれる。11月には「栃木の乱」が続いた。

 しかし一方で、変化が進むところに抵抗も強まらざるをえない。

 永田町の今年の姿は、まさにそれだったのではないか。首相の交代があり、6月には総選挙もあった。

それなのに、ここでは政治が変わったという手ごたえがない。

 「(無党派層が)寝てしまってくれれば……」。

総選挙前の森首相の言葉は、民意の変化に戸惑い、なすすべを知らない職業政治家の本音を見事に代弁していた。

 無党派層は朝寝坊だったかも知れないが、夕方にはむっくりと起き出した。それでも与党3党は馬耳東風を決め込んだ。

 その適格性が森氏ほどあからさまに疑問視された首相は過去にいない。

世論調査は、有権者の「いくらなんでも……」という思いを次々と数字として示した


しかし、永田町の「数」は、民意と全然別物であるらしい。

 永田町の内と外の、なんともやるせないズレ。それを少しも修復できないまま、世紀は変わろうとしている。

 1990年代の課題は政治自体の改革だったのに、永田町内外のズレは、皮肉にもまさにこの10年を通じて広がり続けた。

 対抗軸は何か――。難問の答えは容易に見つからず、「新しさ」以外にメッセージのない政党が次々と生まれては消えた。

細川護煕首相が担った非自民政権のうたげも、あっけなく果てた。二日酔いのけん怠感にさいなまれた有権者は、投票所から遠ざかった。

 残ったのは、衆院の小選挙区比例代表並立制である。

これなら政権交代が起こりやすい、使い方次第では首相も事実上、有権者が直接選べる、と宣伝されたものだ。

 これまでのところ、能書きと実際の効能は大いに違った。

有権者が世紀末の永田町で見せられたのは、政権維持のための数合わせと、密室での首相選びだった。

 政治自体の健康管理もままならない政治家たちが、経済の病根を摘出できようはずもない。

「痛みの分かち合いを」。与党政治家の構造改革論が口先にすぎないことを、多くの有権者はとっくに見抜いている。





 ●「組織の時代」の終わり

 案の定、この年末の永田町で、与党は相変わらず頼みの支持層への「親心」と「面倒見」の予算案を組み、怪しむ気配もない。

 戦後保守政治にとって、まことに幸福な半世紀だった。

しかし、右肩上がりの成長はとうに終わり、受益と集票のシステムとしての「組織の時代」も確実に過ぎ去った。

 来世紀の政治は、公共事業のような部分利益の配分にかまけていることを許されない。

地球環境をはじめとする共通利益の維持こそが、なにより切実に問われるだろう。

 変化と抵抗のせめぎあいは、なお続くに違いない。それでも、歴史の大きな流れは明らかなように思える。

 永田町がそのことに気づかないなら、有権者はいよいよ立ち上がるだろう。「いくらなんでも……」と。来夏、参院選である。





21世紀を迎えるに当たって


20世紀が終わり,新しい21世紀を迎える事になる。時は休むことなく正確に刻んで過ぎてゆく。

新しい世紀を迎えるからとて,何か新しい事が突然起こることでもない。時代は休まずに進行くしている。

インターネット中心にした新しい情報媒体がさらに進化して全世界を網羅しつつある。ただ悲しい事に言葉の壁が,

張り巡らされているインターネットを有効に利用することを阻んでいる。

かなり遅れを取っていた I T も政府主導での欧米を追いつき追い越せの掛け声が現在次第に国民全体に浸透しつつある。

所謂 I T革命の始まりだした。昨年の12月の随想で「日本経済の不況回復の立ち遅れは」の原因はコンピュター技術の

遅れによるものだと書いていたが,当時はあまりコンピュターに対しての関心が今年ほどには多くはなかったように思う。

政府の方針が I T技術を先導する形になってから俄然急速にインターネットが普及して来たように思われる。

でも欧米に比べてまだまだ低く,追いつくにはかなりの時間が必要になるのではなかろうか。

この点に関しての森首相の決断は評価すべきだったと思う。政府が音頭を取らなかったならばこれ程までには国民の

関心をI Tに向ける事はなかったと考える。

21世紀は電話 テレビ パソコン インターネットが同時進行の形で進化発展して行き,

書物 ラジオ さらには新聞までもが時代遅れのものになる可能性がある。,

さらにはもっと現在考えも付かないような技術が開発されるに違いない。




飴(アメ)と鞭(ムチ)



人を自分のいうとうりにする為にアメとムチを上手に使い分けする人達を良く見かける。

又アメとムチと知りつつも仕方なく其の人達に従っている人もみかける。

政治の世界では利権の餌をちらかせつつ,一方では従わないと嫌がらせを相手にして困らせ強制的に従わせるようとする。

政治の世界だけでなく一般のどの社会においても大なり小なり同じようなことが行われて来ているように思える。

その善悪は別にして人を動かすにアメとムチを使わなければならないとは情けない話である。

できれば自発的に其の人が行動に出るようなインパクトある行動をば指導者自身が示す事である。

アメとムチは”やくざ”の世界でもされている。

それに従わないといけない心理になるなんて人間という動物は情けない存在である。




世の中次第に若者が多くなってきた


自分が年齢をとっているのを忘れ,自分中心にしか考えられず,世の中が若い人達が次第に多くなってきたかのように

錯覚を起こしがちである。見習うような人達も次第に少なくなってきて,淋しい気持ちになってくる。

医事新報」という医学雑誌が4000号特集号として医学 医療の80年の記念にCD−ROMを付録につけて最近発売されて送られてきた。

「医事新報」は学生時代より購読しており,比較的に医者の世界では一般に広く読まれている雑誌の一つである。

そのCDーROMを見てみると名前は良く知っているが見たことのない人物とか建物などを見ることが出来懐かしいと共に

其の頃と比較して現在が嘘のような気がしてくる。多分に其の頃に生きた人達が今の世の中を想像しえなかったと思う。

だから多分に80年先はどのように世の中に変化しているかは予想もつかない。

 若い人達がどんどんと増えてきて,どの同窓会から送られてくる名簿の順番も前の方になってきている。

若者達だけが次第に増えてきている世界にになってきた。

自分はいつまでも変わらないでいると考える天動説的な考え方であって地動説的考えには中々に思い至って来ない。




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