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あいかわらず出版業界の景気は一向によくならないようで、どっぷりと沈滞感や閉塞
感に覆われてます。書店の店数も売り場面積も減少の一途ですし、社会思想社のように、
力尽きて廃業されて行く出版社もますます増えることでしょう。そんな中でただひとつ
景気がよいのが「ハリー・ポッターシリーズ」ですが、この秋に出る第4回配本から、
取引条件が買切りになります。この巻も大量に売れるのが確実ですから、買切りにする
のはむしろ合理的といえますが、問題なのは買切りであるにもかかわらず、正味を下げ
るとの話がないことです。書店にとっても買切りならば、期限内の事前予約分は発売日
に満数配本が約束されていますから、まったくメリットがないわけではありません。し
かし返品リスクがないわけですから、少なくとも5%くらいは正味を下げる余地がある
と思うのですが、そのあたりはどうなのでしょうか。
再販制のもとでの書籍の流通改善を考えるとき、委託を制限して買切りを増やせばよ
いのではという意見は以前からあります。そのときに、いつも問題になるのが、書店の
買切りに対する根強いアレルギーの存在です。このアレルギーの発生についての責任の
大部分が、岩波書店の高正味買切りにあるといっても言い過ぎではないでしょう。本来
は買切りだからといって高正味にしなくてはならない理由はまったくなく、むしろどう
考えても低正味が自然です。仮に岩波書店が低正味買切りだったなら、追随する出版社
も少なくなかったでしょうし、本の内容によって高正味委託と使い分けることも可能で
すから、その後の出版流通の状況はもう少し別の方向に進んでいたに違いありません。
30年ほど前のいわゆる正味戦争などを経て、少々の正味改訂はあったものの、いま
だに岩波書店が高正味買切りという圧倒的に有利な条件を既得権として確保しているの
は、同社の業界内の相対的地位が大幅に低下したことを考えると、不思議というほかは
ありません。その理由のひとつとして考えられるのが、やはり30年ほど前から急速に
広がり始めた、いわゆる一本正味ではないでしょうか。取次と一本正味の契約をした大
書店は、出版社別の個別の正味に興味がなくなり、対取次との一本正味の下げ交渉にの
み関心を向けるようになります。その結果、出版社との正味交渉においては、同調すべ
き取次との共闘態勢があいまいになってしまったように思えます。
うちの店では希望者全員に配信している「三月書房販売速報(仮題)」というメルマ
ガの別冊として、関係者向け限定配布のメルマガも出していますが、そのある号に高正
味版元の問題を議論するための土台として、うちの店の出版社別入り正味の一部を公開
してみたことがあります。うちは極小書店ですから、日販との取引は一本正味ではなく
て個別の正味なので、こういうことが可能だったのですが、この号はいつになく反響が
大きくて、たくさんの返信をいただきました。それでわかったことは、出版社同士もお
互いの条件をあまり知らないこと、そして大書店の若い人達は、個別正味の存在そのも
のすら、ろくに知らないらしいことでした。これでは高正味問題の議論そのものが成り
立ちません。
一本正味が増加しだした当時は、まだ取次の店売にコンピュータなどなくて、袖に黒
い布筒?(名称を忘却)をはめた女子事務員さんたちが、カーボンを2枚挟んだ3枚伝
票を、神業のごときスピードで切っておられた時代の末期でした。レジスターのような
計算機でロール紙に打ち出すこともありましたが、書名はおろか出版社名も記入できな
い原始的な機器でした。そんな状態では、急速に売上を伸ばしつつあった大書店に、一
刻を惜しんで出荷するためには、正味の一本化もある意味では避けがたい合理化手段だっ
たのでしょう。しかし現在の取次のコンピュータ能力ならば、大書店向けであっても個
別の正味で起票するくらい簡単なことです。個別正味と一本正味の差額は別途バックマ
ージンとして補填することにして、すべての書店との取引を個別正味に戻せば、大書店
もたちまち高正味版元に対する被害者意識に目覚められるに違いありません。その結果、
正味切り下げをやむなく飲まされることになるであろう専門書版元は、低正味の買切り
を採用することによって、経費の削減をはかるのが合理的なのではないでしょうか。高
正味版元の逆サヤに耐え切れなかった鈴木書店は倒産しましたが、大取次とていつまで
も高正味版元のめんどうは見切れないでしょうから、一本正味の廃止は、書店と共闘し
て正味下げ交渉をするためには有効な手段かと思われます。
[2002/07/22記 (c)SISIDO,Tatuo]
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