出版ニュース連載コラム(全24回)2002年1月〜2003年12月 

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  「ブックストリート:書店」第09回 2002/09/中旬号

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 この夏、出版業界では雑誌の「年間定期購読キャンペーン」というのが実施されまし
た。年間購読の申し込みと同時に一括先払いすると一カ月分が無料になるというのが特
典で、さらに特大号の値上げ分も不要ですから、合計するとおよそ一割程度の値引きに
なるようです。対象雑誌は28社の34誌だけでしたが、デフレが今後も続くようなら
読者にはお得なサービスといえるでしょう。
 うちの店は参加していないので当事者ではありませんが、外から見ていて気がかりな
ことは、このキャンペーンの危機管理がどうなってるのかよくわからないことです。一
年分を先払いしたのに、出版社や書店がもしも破綻したらどうなるのでしょうか。もち
ろん参加された出版社や書店は、自らの経営状態に万全の自信がおありのことでしょう
が、現在の経済状況ではいつ何時、何らかの予期せぬ巻き添えをくわないとは断言でき
ません。もしも書店が破綻したら、その書店に先払いをされたお客には、出版社が以後
の号を直送してくれるのでしょうか。もしも出版社が破綻したら、書店が清算して払い
戻しをしてくれるのでしょうか。あるいは「マルコポーロ」だったかのように、何らか
のトラブルによって突然休刊に追い込まれることも、ありえないことではありません。
 参加店にはもう少し詳しいマニュアルがあるのかもしれませんが、お客用の「年間定
期購読申込書」を見る限りでは何もわかりません。しかし、この「申込書」も契約書の
一種にちがいありませんから、想定可能な不測の事態への対処法については、免責事項
もふくめて明記しておくべきでしょう。
 それに、一括先払いでは数年前に事故の先例もあります。平凡社さんが「白川静著作
集」第1期の全巻先払い特価を設定されたのですが、その配本中にまず取次の柳原書店
が破綻しました。この時は柳原から仕入れていた書店には、以後は毎回宅配便で直送さ
れたそうですが、その数カ月後には関西の駸々堂書店グループが破綻しました。この時
も同書店に先払いされた予約者には毎回直送されたそうですが、予約者リストが完備し
てなくて、確定作業がなかなかたいへんだったそうです。うちの店にもその著作集の全
巻先払い客が一人おられましたが、刊行中に平凡社さんの「太陽」休刊を伴う大リスト
ラまであって、無事完結したときにはほっとした覚えがあります。
 その後も、小学館の「国語大辞典」とか、三交社の「吉本隆明が語る戦後55年」な
どの全巻先払い特価を扱いましたが、予約を受ける際には、万一途絶しても知りません
よ、ご心配なら毎回払いにしてくださいとしつこく念を押したものです。発行所が破綻
せずとも、さまざまな理由で、予定通りに刊行されない全集やシリーズものは昔も今も
多々あり、全巻先払いではなくても、どうなっているのかと、お客から苦情を言われる
ことは珍しくありません。最近も「横山源之助全集」が発行所の破綻によって頓挫して
います。これには幸いなことに一括先払い特価が設定されていませんでしたが、それで
も、完結しないのだったら買うのではなかったと悔やんでいるお客もおられることでしょ
う。お客からの苦情を直接受けるのはわれわれ書店ですから、販売している商品に責任
をもつ意味でも、この経済状況では先払い予約は敬遠していただいたほうが無難なよう
な気がしています。
 危機管理は万に一つの場合に備えるものですが、現在の出版業界の現状では、千に一
つどころか、百に一つくらいは危機に陥る可能性があるような気がします。たとえ出版
業界がうまく踏ん張れたとしても、全体経済の先行きも暗く、金利の上昇とか新たな貸
し渋りとか貸し剥がしとかに遭遇すれば、たちまち立ち行かなくなる出版社や取次や書
店は少なくないことでしょう。それゆえ、一時払いの問題だけではなく、すべてにわたっ
て、危機管理のレベルを、各自が少しづつでも上げる必要があるのではないでしょうか。                     [2002/08/20記  (c)SISIDO,Tatuo]
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