出版ニュース連載コラム(全24回)2002年1月〜2003年12月 

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  「ブックストリート:書店」第11回 2002/11/中旬号

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 例の「ハリー・ポッター4」ですが、うちの店の配本希望部数は3組でした。この少
なさはちょっと自慢してもよいくらいでしょう。事前予約者は1名のみですから、年内
に残りの2組を売り切ることができるかどうかも自信がありません。もちろん売る気が
ないわけではないのですが、うちの店のお客はわざわざ遠方から来てくださるかたがほ
とんどのため、どこの書店でも買えるベストセラー本はまったくだめなのです。
 売れないから悪口をいうわけではないのですが、通常のベストセラー本というのは、
一過性のものが多く、たとえたくさん売ったところで、次にはつながらないものが大部
分です。古いところでは「積み木崩し」とか「気配りのすすめ」とかが代表的ですが、
それ自体は数百万部売れても、同じ著者の他の著書がたいして売れるわけでもなく、新
たなジャンルが開発されるわけでもなく、瞬間的に便乗本がぞろぞろと出るだけで、あっ
という間に忘れ去られるのがふつうです。
 それらに比べると「ハリポタ」は過去のベストセラーとはかなりおもむきが違ってい
ます。今後も売れることが確実な続巻が予定されているうえに、単なる便乗本ばかりで
はなく、「指輪物語」などの古典も見直されて、英国系ファンタジー小説のコーナーが
多くの書店に常設されるようになり、しかもそれらの売上もよいらしいという、業界に
とってはなんともありがたいシリーズです。
 うちの店では「ハリポタ」のように全国区になった本はまったくだめですが、そのか
わりに、他店ではあまり話題にならなかったらしい、うちの店独自のベストセラー本が
何冊もあります。たとえば、うんと古いところでは、1971年に出た潮新書の「黒衣
の短歌史」という中井英夫の小著は、それ自体が何百冊売れたかは記録がありませんが、
現代短歌というジャンルに読者が発生したのは、少なくともうちの店においては、間違
いなくこの本のお陰でした。1970年代初頭までは、現代詩の圧倒的な人気に比べる
と、短歌はほとんど売れていなくて棚もなかったくらいですが、この本のおかげで寺山
修司、塚本邦雄、齋藤史、葛原妙子、前登志夫、坪野哲久、前川佐美雄、岡井隆などが
売れだして、あっという間に現代詩の売上を抜いてしまい、今ではうちの大黒柱の一つ
になっています。
 またちょっと古いところでは1992年にうぶすな書院から出た三木成夫の「海・呼
吸・古代形象」は現在までに300冊以上売れています。この本が売れたきっかけは吉
本隆明の解説が付されていたためでしたが、すぐに三木本人の全著作が売れるようにな
り、やがてはよく引用されるゲーテの自然科学書、クラーゲス、野口三千三、村木弘昌
あたりにまで売上が波及しました。この三木成夫はゲーテを通じて、うちの大黒柱のひ
とつであるシュタイナー関係書とも関連がありますから、ネット上の目録では合併させ
ています。
 このネット上の在庫目録には、うちの得意とするいくつかのジャンルを掲示している
のですが、ネット棚の長所は、地べたの店の棚のように物理的、経済的制約がないため
理想に近い棚構成が可能なことです。たとえばいくつかのジャンルにまたがる本は、在
庫が1冊しかなければ、地べたの場合はどこか1ケ所の棚に並べるしかありませんが、
ネットだと関係がありそうな全部のコーナーに並べることが可能です。また、ネットだ
と絶版や品切の本、あるいはさまざまな理由で不扱いの本も、そう断ったうえで掲示し
ておけば、他書店や古書店や図書館で探される参考になるはずです。
 そういう意味で最近もっとも役にたった本は、1999年に皓星社から出た寺島珠雄
の「南天堂」でした。この本自体も40冊ほど売れていますが、それ以上にありがたかっ
たのは、この本の充実した索引のおかげで、ネット上に「南天堂関係者の本」のページ
を開くことができて、きだみのる、辻潤、辻まこと、黒色戦線社の本などが、思いがけ
ないくらいよく売れるようになったことです。
 他店のことはよくわかりませんが、うちの店にとって、もっともありがたい本とは、
単に部数が売れるだけの本ではなくて、その本を中心として縦横斜め裏表、あるいは現
在過去未来へと読者の関心が広がり、それにつれてその周辺の棚の在庫が充実して行く
ような本です。当然のことながら、そういう力のある本はめったにありませんが、また
いつの日にかよい本が見つかり、うちの店に新たな棚ができることを常に期待していま
す。    [2002/10/21記  (c)SISIDO,Tatuo]
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