出版ニュース連載コラム(全24回)2002年1月〜2003年12月 

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   「ブックストリート:書店」第12回 2002/12/中旬号

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 ちかごろ図書館の問題についての議論がいろいろあるようです。公貸権というような
むつかしいことはよくわかりませんが、文藝家協会が何らかの補償を求めておられるら
しいことにはいささか違和感があります。この協会は以前にも、文芸書の売上が落ちた
のは、書店の販売方法が悪いからだと「指導」に乗り出されたことがありました。しか
し、文芸書の売上が落ちた原因を、図書館や書店やブックオフなどに求める前に、自分
たちが生産されている「文芸作品」が、読者にとっては定価で買うほどの魅力がなくな
りつつあるのではなかろうかということをまず最初に疑うべきでしょう。読者というの
はけっしてばかではありません。旧ソ連名物の地下出版のように、本当に自分が読みた
ければ、少々高価であっても、入手に危険が伴おうとも、万難を排して入手しようとす
るものです。
 まだ幸いなことに、日本語による文学は、国家や社会の保護がなければ消滅してしま
うというような危機的状態とは思われません。言論の自由とか表現の自由とかを持ち出
すまでもなく、言語表現に人生を賭けておられるのであろう方々が、「国家基金方式」
だの何だのというような、どうせ天下り官僚の巣窟となるであろう組織の支配下に入る
ことを、なぜわざわざ希望されるのか理解に苦しみます。青臭いことをいうようですが、
本来、文学とは金銭は二の次であって、著者の表現欲や発言欲の自由な発露として生ま
れるものでしょう。金にならないからというような理由で簡単に捨てられるような仕事
だったら、さっさと商売替えされることをおすすめします。
 ベストセラー本の過剰な複本が槍玉に上がっていますが、そのような本はごく限られ
たものであり、大部分の本は手近な図書館には1冊も蔵書がないことのほうが多いはず
です。生活の心配がなさそうなベストセラー作家が、複本のおかげでどれくらい儲けそ
こなっているかというようなことは後回しにして、まだまだ貧しい日本の図書館の状況
を少しでも豊かにすることを先に考えた方がよいのではないでしょうか。地域差はある
ようですが、住民一人当たりの図書館数や蔵書数はけっして満足できる数字ではないに
もかかわらず、地方財政の悪化によって真っ先にリストラの対象になっています。財政
問題はさておき、図書館数と購入部数が増加すれば、当然のことながら著者印税も増え
るでしょう。
 現在の図書館でもっと問題なのは、利用率が優先されているため、あまり利用されそ
うにない資料類や専門書類の購入が押さえられ過ぎていることです。初版五〇〇部とか
一〇〇〇部あたりで、定価が五〇〇〇円以上とか一万円以上とかのしっかりした内容の
本を、少なくとも全国で二〇〇館とか三〇〇館くらいが購入してくれるならば、出版社
もかなり楽になるはずです。このような本は個人ではなかなか揃えられるものではあり
ませんから、必要ができたときに、身近な図書館で気軽に借りられたらとても助かりま
す。ひと昔前ならば、図書館に購入希望を提出すれば、かなりの確率で購入してもらえ
ました。下手な営業をするよりは、知り合いにでも頼んで図書館に購入希望を出しても
らったほうが、よほど売上が増えるのではないかと、出版社の人たちにはよく話してい
たものです。
 現在では図書館業務にもIT化の波が押し寄せていますが、コンピュータのもっとも
得意とする仕事のひとつは重複のチェックです。大学の図書館では、全学に一冊あれば
あとは公費では購入しないというところが多く、以前なら一つの大学で一〇組や二〇組
は売れたであろう資料類が、軒並み一組づつしか売れなくなったという話を出版社の人
から聞いたことがあります。また、地域ごとに図書館がオンライン・ネットワークを作っ
て、購入希望に対しては館相互の貸し借りで済まして、極力新規購入を避けようとする
傾向が強くなりつつあります。どう考えても図書館の現状は、著者の収入補填どころか、
出版そのものの援助にならない方向に進みつつあるようです。
 これはあくまでも個人的な好みかもしれませんが、図書館というものは、自宅からさ
ほど遠くないところにあって、少なくとも数百万冊は蔵書があり、その大部分は開架式
というのが理想的です。そのような図書館が全国に行き渡れば、出版物の売上も増加し、
著者の取り分も少しは増えるでしょう。書物のペーパーレス化はまだうんと先のことで
すし、これからの高齢化社会には図書館の重要性は増えるばかりのはずなのですが。
        [2002/11/21記  (c)SISIDO,Tatuo]
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