出版ニュース連載コラム(全24回)2002年1月〜2003年12月 

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   「ブックストリート:書店」第15回 2003/03/中旬号

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 うちの店では現代短歌の本がよく売れています。たとえば、ここ数年の歌集ですと、
齋藤史「風翩翻」(不識書院)81冊、河野裕子「家」(短歌研究社)79冊、永田紅
「日輪」(砂子屋書房)77冊、吉川宏志「夜光」(同)59冊あたりが代表です。い
ずれも本体価格3000円 と、けっして安くはないのですが、歌集の新刊書としては
平均的な価格です。昨年は例年に比べるとさほど目立って売れた歌集がありませんでし
たが、それでも10冊以上売れたのが30点近くもありました。これは「ハリポタ4」
が5組、「海辺のカフカ」が2組しか売れていないうちの店にとってはとても大きな売
上げです。
 現代短歌がうちで売れ出したのは1970年代の初め頃のことでした。それ以前は、
現代詩が圧倒的に売れていて、とくに60年代にスタートした思潮社の現代詩文庫シリ
ーズなどは、現在では想像もできないくらい大量に売れてました。とくに人気があった
のは鮎川信夫、田村隆一、清岡卓行、谷川俊太郎らでしたが、以後の世代には彼らのよ
うに売れる詩人が皆無です。宮沢賢治や中原中也の生前を考えても、現代詩は売れない
のがむしろふつうであって、60年代の人気が異常だっただけかもしれませんが。
 その当時、やや行き場をなくしつつあった現代詩の読者が、現代短歌に触手を伸ばさ
れる大きなきっかけになったのが、1971年に潮新書として出た中井英夫の「黒衣の
短歌史」(※現在は東京創元社文庫所収)でした。この本によって、齋藤史、葛原妙子、
前川佐美雄、塚本邦雄、岡井隆らの名が歌壇外にも知られるようになりましたが、現在
のように豊富には出ていなかった彼らの歌集を探して仕入れると、面白いように売れま
した。極端にいうならば、戦後の現代短歌の<読者>は、この本のおかげで誕生したと
言えるでしょう。その当時も、「短歌」や「短歌研究」等の商業誌はあり、歌書の出版
も少なくはなかったのですが、購読者は実作者が大部分だったようです。短歌の数倍は
人口があるといわれる現代俳句には、いまも<読者>がほとんど存在してないらしく、
大量の句集が出版されてはいるものの、仲間内での贈与交換でほぼ完結しているようで
す。短歌も同様ですが、大部分が自費出版ですから、出版社にとってはけっこうな商売
ですが、書店としては歌壇や句壇の外部に<読者>が存在しないと商売になりません。
もちろん、単にうちの店が現代俳句に弱いだけであり、世間には多くの<読者>を持つ
書店があるのかもしれませんが。
 うちの店では現代短歌関係書の売れ行き上昇にともなって徐々に在庫を増やし、いま
ではうちの店を代表するジャンルの一つになりました。大型書店でもあまり力を入れて
おられないところが多いようで、遠方からも来店されますし、通販でもよく売れていま
す。歌書専門の出版社は、ふつうに流通している社もありますが、取次との取引がない
社とは直接取引をする必要があります。取次を通る出版社でも、買い切りだったり、正
味が異常に高かったり、入荷速度がやたらに遅かったりします。自費出版が手軽になっ
たために、歌集の出版点数は膨大ですが、大部分は初版500部程度で、重版されるこ
とは極めてまれです。そのうえ、書誌のデータベースに未登録の本が多くて検索がなか
なか困難ですし、しかも商品として売れそうなのはせいぜい数パーセントにすぎません。
ようするに、大型書店にとってはめんどうな上に市場規模が小さすぎて、力を入れて揃
える気がおこらないのでしょう。その結果、うちのような極小書店にとって、たいへん
に具合のよいスキマが発生しているのですが、このありがたい状況はまだしばらくは続
いてくれそうな感じです。
 参考のために、昨年の現代短歌関係書の出版社別売上げランキングを載せておきます。
 01 砂子屋書房
 02 雁書館
 03 短歌新聞社
 04 本阿弥書店
 05 ながらみ書房
 06 小沢書店
 07 短歌研究社
 08 不識書院
 09 柊書房
 10 青磁社
                 [2003/02/20記  (c)SISIDO,Tatuo]
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