出版ニュース連載コラム(全24回)2002年1月〜2003年12月 

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   「ブックストリート:書店」第24回 2003/12/中旬号

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 2年間おつきあいいただきましたが、このコラムの担当は今回が最終回です。2年前は
鈴木書店が倒産したばかりで、いよいよ出版業界の全面崩壊が始まるのではという時期で
した。ひょっとしたら波瀾万丈の実況記録になるのではと、密かに期待もしていたのです
が、この間はさほど大きな波乱はありませんでした。とはいうものの、明るい話は何もな
くて、業界全体の売上はとめどなく低下しつつあり、書店、出版社、取次の倒産や廃業が
静かに続いています。しかし、この程度ですんでいるのは、経営が改善されたからという
よりも、低金利政策の恩恵が大きいようですから、金利が上昇すればたちまち破綻が続出
することになるでしょう。
 出版業界の売上低下は、たんに全体経済が不況だからばかりではなく、衛星放送やテレ
ビゲームなどに代表される娯楽の多様化、IT関連の技術発展にともなうペーパーレス化、
レンタル店やリサイクル店を上手に利用するようになった消費者の意識変化など、業界外
から押し寄せる大きな構造変化の複合的な結果ですから、もはや押し止どめることは不可
能と思われます。将来、景気が回復すれば、一時的に売上が上昇することがあるかもしれ
ませんが、長期的に考えれば、紙に印刷された出版物の売上が縮小していくことは確実で
す。少し前までは「雑高書低」といわれていた雑誌の売上が、ここ数年急速に落ちつつあ
りますが、これもおそらく一時的なことではなくて、メディアとしての限界性の現れと見
るべきでしょう。
 今後の出版業界は、おそらく和服業界のような衰退の仕方をして行くことになるのでは
ないかと思います。戦後の和服業界のピークは大阪万博のころだったようですが、その後
の30年で売上は10分の1以下になっています。現在、和服はごく限られた愛好者と、
職業上や芸事上必要な人たちの需要を別にすれば、コスプレの一種になってしまった晴れ
着と浴衣だけしか売れていません。このように普段着としての需要がまったくなくなって
しまったことは、着物文化を支える下部構造が完全に消え去ったことを意味しています。
仕立てや洗い張りや縫い直しはいうまでもなく、帯の結び方も着物の畳み方も知らない人
が大部分になり、しかもそれで日常生活に何の不便もないわけですから、関係業界がいか
なる振興策をとろうとも回復の見込みはありません。
 出版物もあと30年もたてば、限られた愛好者向けの特製本とごく一部の専門書、そし
て粗悪な読み捨て本以外は新刊が出なくなっているかもしれません。もちろん何らかの端
末で文字を読むわけですから、文字文化が絶えることはありませんが、通勤電車の中で読
むのも、寝る前にベッドで読むのも、印刷物以外の端末が主流になっている可能性が大き
いでしょう。和服を普段着とする習慣がある人が、せいぜい昭和一桁生まれまでであるの
と同様に、娯楽としてあるいは暇つぶしとして本や雑誌を読む習慣がある人は、せいぜい
平成一桁生まれまでだといわれる日が来るのではないでしょうか。ゲームボーイや携帯電
話の小さな画面と省略フォントで鍛えられている世代の人たちは、端末の価格さえ手頃に
なれば、驚くほどあっさりと印刷物を見放してしまうかもしれません。
 うちの店はこの2年間の連載中、しつこく宣伝させていただきましたように、インター
ネットとの相性が妙によくて、取次ルート外の出版者との直取引やネット通販の道が新た
に開けたこと、再販制の弾力運用に伴う自由価格本の波にいち早く乗れたこと、立地の商
店街が近年上向きなことなどの幸運が重なって、何とか横ばい程度の売上を維持できてい
ます。しかし、これだけの幸運が重なっても横ばいがやっとなのですから、うちの店もや
はり下降局面にあることは間違いがありません。
 うちは極小書店ですが、土地建物は自前だし、家族以外の従業員はいないし、借金もな
いので、業界が縮小していっても、比較的耐久力がありそうです。筆者は54歳ですから
体力の低下に合わせて徐々に仕事をへらしつつ、のんびりと無理をせずに、あと10年店
を続けられるとよいなと希望しています。このコラムはこれで終了ですが、ときどきは三
月書房のホームページを覗いて、まだ潰れていないかどうかをお確かめいただけるとうれ
しいです。
               [2003/11/20記  (c)SISIDO,Tatuo]
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