創世神話(4)

二つの哲学的な創世神話

 一説によると、初めに暗黒があり、その暗黒から混沌(カオス)が生まれでた。暗黒と混沌の交わりから、夜と昼とエレボス(幽冥界)と大気が生まれた。

 夜とエレボスの交わりから、宿命、老齢、、殺戮、節制、眠り、夢、不和、悲惨、悩み、因果応報、喜び、友情、憐れみ、運命の3女神と3人の ヘスペリスたちが生まれでた。

 大気と昼の交わりから、大地母神と天空と海洋が生まれでた。

 大気と大地母神の交わりから、恐怖、策略、怒り、闘争、虚言、悪罵、復讐、放埒、口論、密約、忘却、不安、高慢、戦争、それにオーケアノスメーティス、そのほかのティーターンたち、タルタロス、報復の3姉妹エリーニュスたちが生まれでた。

 海洋とその河川たちとの交わりから、ネーレーイスたちが生まれでた。しかしこのときはまだ、人間は一人もいなかった。やがて女神アテーナーの許しを得て、イーアペトスの息子プロメーテウスが、神の姿に似せて初めて人間をつくりだした。プロメーテウスがポーキスにあるパノペウス地方の粘土と水を使って人間をつくり、女神アテーナーがこれに生命を吹きこんだのである。
  (ヘシオドス『神統記』にもとづく)


 もうひとつの説によると、万物をつかさどる神が — この神のことを自然と呼ぶ者もあるが、名称は何でも差しつかえない — にわかに混沌(カオス)の中に現れて、天からを、からを、下空から上空を引き裂いた。天地水空をさらに細かく分けた後で、神はそれらに今日みられるような正しい秩序を与えた。次いで彼は大地を酷熱地帯、極寒地帯、温暖地帯といったいくつかの地域に区分し、また大地には平原や山岳をつくり、草花や木々をもってその上をおおった。地上高く、神は回転する天空を置いて、数々の星をちりばめ、東西南北を吹く風に、それぞれ宿るべきところを定めた。彼はまた、水にはを、地には獣を、空には太陽とと5つの遊星を配した。そして最後に、神は人間 — あらゆる生きものの中でも、彼だけが天空を仰いで日星辰を眺めることのできる人間をつくりだした。もっともこれは、イーアペトスの息子プロメーテウスが水と粘土で人間をつくり、そのには創世の初めから生き残っていたあるさまよえる聖霊を満たしたという説を、信じがたいとしてのことであるが。
  (オウィディウスにもとづく)




1 二つの哲学的な神話のうち、第一の神話は、ヘーシオドスの『神統記』にもとづいているのであるが、この『神統記』の抽象概念のリストにはいくらか混乱がある。というのは、ヘーシオドスがネーレーイスたちとティーターン族とギガース(巨人)族などまで、むりやりにこのリストに加えたからである。運命の三女神と三人のヘスペリスたちは、じつはどちらも三面相の変化を示すの女神のの相なのである。

2 第二の神話は、オウィディウスだけが述べているにすぎないが、後期のギリシア人たちがバビロニア起源の『ギルガメシュ叙事詩』から借りいれたものである。この叙事詩のはじめの部分に、女神アルルが一塊の土くれから最初の人間であるエアビニ(エンキドゥ)を特別につくりだしたことが記されている。なるほど、ゼウスが宇宙の主神であることは数百年にわたってみとめられてきた事実ではあるけれども、しかし神話作者たちは万物をつくりだしたのがおそらく女神であったろうことを否定しえなかったとみられる。ユダヤ人たちも、天地生成に関しては「ベラスゴイ系」、もしくはカナアン系の創世神話を継承してきたから、この点では同じような当惑を感じていたらしい。現に『創世記』の記載によれば、世界という卵こそ生まなかったにしても、女性的な「神の霊」がのおもてをおおっているし、「生きとし生けるものの母」であるエヴァが、の頭を砕くように命ぜられているからである。もっともこの場合も、はこの世のおわりまで地下の洞穴へ退けられる運命をあたえられはしなかったけれども。

3 おなじく、タルムードの創世神話では、天使長ミカエル — これはギリシア神話のプロメーテウスに対応する — が、生きとし生けるものの母からではなく、イェホヴァからの命令をうけて、土くれからアダムをつくることになってい る。ついでイェホヴァはアダムに生命を吹きこみ、配偶者としてエヴァをあたえるが、このエヴァが人類に災害をもたらすことになるのは、ギリシア神話のパンドーラーと同様である。

4 一方にはプロメーテウスのつくった人間があり、他方には地上に生れた不完全な人間たち — つまりその一部をゼウスが滅ぼし、その残りはデウカリオーンの大洪水におし流されてしまった人間があるが、ギリシアの哲学者たちはこの二つをはっきりと区別していた。『創世記』第六章・第二−四項のなかでも、「神の御子たち」と、彼らが結婚する「人間の娘たち」とのあいだに、まったく同様な区分がたてられているのである。

5 ギルガメシュの粘土板は後世のもので、その内容もあいまいだが、そこでは「虚空の光りかがやく母」 — この女神には称号がたくさんあって、そのうちのただひとつをあげると、「アルル」というのがある — が、万物をつくったことになっている。しかし肝心のテーマは、じつは彼女の女家長制的な秩序にたいして、あたらしくおこった家父長制の神々が反乱を挑むことであって、女家長制はここではまったくの混乱としてえがかれている。最後にバビロニアの都市の神マルドゥクが、海蛇ティアマートに姿をかえた女神をほろぼすが、それにつづけて、ほかならぬマルドゥクこそ、草木や土地や河川や禽獣や人間をつくりだしたのだといった膜面もない記述があらわれる。このマルドゥクはいわば成り上りの、もとは身分の低い神で、ティアマートをうち滅ぼして世界をつくりだしたのは自分だと主張しているが、じつはこれとおなじ主張を、主神ベル — ベルとはシュメール系の母神ベリリの男性話形である — が、ずっとむかししていたものだ。女家長制から家父長制への移行は、いずこも同じく、メソポタミアでも、女王にたいする女王の配偶者の反逆を通じて行われたものらしい。女王はそれまで配偶者に、自分の名前や衣服や神器を用いることを許し、その結果として執政権を委任した形になっていたわけである。(グレイヴズ、p.53-56)