ホーム 医療 高齢者福祉 芸術,哲学 京都伏見・宇治
随想 シュワィツァ−・緒方洪庵 ギャラリ 検索リンク集


随想  平成10年9月 10月 11月 12月 平成11年1月 2月 3月  4月 5月 6月  7月 8月 9月 10月

 
11月 12月  平成12年1月   2月  3月分  4月分  5月分  6月分   7月分  8月分   9月分  10月分 11月分 12月分 

平成13年1月   2月分   3月分 4月分 5月分 6月分 7月分  8月分 9月分 10月分 11月分  12月分 

平成14年1月分  
2月分 3月分  4月分  5月分 6月分 7月分  8月分 9月分 10月分 11月分 12月分


 




晩秋

秋も深まり紅葉の綺麗な季節となった。次第に少しは寒さをば感じるようになってきたが,

時にはポカポカとした良い天気の日も有る。11月の中旬頃,中学時代の同窓生達と一緒に,

京都東山三十六峰の南端稲荷山を中心に瑞光寺から真宗院 石峰寺 宝塔寺 稲荷大社 

東福寺 泉涌寺へと歩く機会があった。

丁度紅葉が盛りの頃だったので多勢の人達が出て,真っ盛りの紅葉を見物する人たちで賑わっていた。




瑞光寺での紅葉



泉涌寺での紅葉


丁度歩いた中間地点に当たる稲荷大社の裏参道にあたる稲荷商店街、沢山な店が

両側に軒を並べ立ち並びいつも参詣者で賑やかな所である。その中の一軒の「祢ざめ家」で昼食をとった。

屋号は太閤秀吉からもらったとかの由緒ある古いお店のようである。

午後からの泉涌寺まではさすがに疲れ,歩くのを止めタクシ―を使い先回りして皆を待つことにした。

泉涌寺はいたるところが紅葉で色鮮やに色ずいていた。

夜も又同級生の一人が経営している割烹料理店で一緒に皆と夕食をともにする。

夜遅くまで歓談し楽しい一日を過ごすことになった。





ブッシュの野望


朝日新聞社から出版されている「アエラ」という雑誌の最近号の中の表題である。(アエラ02.12.9号)

副題には故郷テキサスに大統領の原点をみる。 まず戦争ありき。迫る対イラク攻撃の背後には石油利権もうごめいているとある。

テキサス州知事時代にやったことをば今度はアメリカ大統領としてやろうとしている。テキサス州大都市のヒューストンから車で

約二時間走ったルイジアナ州との境にその街ポートアーサがあるとの記事で始まっている。

そのポートアーサーの製油所はこの8年間で,一日の生産量が平均20%増えた。

この街のあるジェファ-ソン郡の発癌性物質放出量は全米8位。喘息や甲状腺癌の被害が広がった。

中産階級の白人は街を逃げだ゙し,残ったのはアフリカ系住民である。.............

北米3国環境協力委員会の調査では,テキサスは北米で最も大気汚染がひどい州だ。ブッシュ州知事時代に公害防止規制の抜け穴を

そのままにし,環境対策を企業の「自主努力」に任せた結果だ。

「ブッシュの支持者は,ポートアーサーを知らないだけだ。

彼は知事時代に人々の命や健康よりも企業利権を優先,石油・ガス業界寄りの政策を取り,頭角を現した。

いま国全体て゛やろうとしている。テロ一掃という美名のもとにて」。
オースティンにある環境保護団体SEEDの

ピーター・アルトマン会長はそう言った............



世界のエネルギー支配したい野望 さらに石油依存へ

・・・・・・・二ュヨーク市立大学のウイリアム・タブ教授(経済学)はこの戦争と石油の因果関係を指摘し続けて来た一人だ。

これほど石油と軍需産業関係者が占める政権はない」

ブッシュ大統領自身,テキサスで石油掘削会社をおこし,石油ビジネス業界に15年身を置いた。

ライス大統領補佐官(国家安全保障担当)はメジャ―の一つ,シェブロンで9年間社外重役を務めた。

政権内にはほかにも石油関連企業の元役員やロビイストらがいる。

主戦論者のチェイニー副大統領は大手石油掘削会社ハリバートン社の元最高責任者(CEO)だ。・・・・・・・

タブ教授はさらにこう言う「アメリカには世界のエネルギーを支配したいとの野望がある」 イラクの石油埋蔵量は

サウジアラビアに次ぎ世界2位。・・・・・・・・・・・・


イラク占領で中東諸国牽制か世界の再編成狙う

アメリカ外交史を専門とするジョンズ・ホプキンス高等国際問題研究大学院のピエロ・グレシェス教授も同じ表現を使った。

「20世紀,ドミニカ共和国とハイチを抑え,カリブ海諸国を事実上の支配下に収めたように,

アメリカは中東でいまおなじことをしようとしている。

イラク占領という最小限のコストでイランやサウジアラビアも牽制し,イスラエル寄りの平和を確立しようとしている」

アメリカの動きを「帝国主義」になぞらえる見方か,ようゆく米国内から出始めた。

・・・・・・・「政権内の新保守主義と言われる人たちは野心的で,民主的帝国主義と言える世界観を持っている。

狙いは世界の安定より再編成。イラク攻撃はアメリカの圧倒的軍事力で気に染まない国は自由に変えられると言う

メッセ-ジを世界に伝えることになる」・・・・・・・・・・


 まず戦争ありき,という空気をワシントン周辺では濃厚に感じた。むしろ査察は,「軍事行動に合法性を与えるため,

アメリカが国連を道具として利用した」(アイケンべり―教授)
側面は強いのではないか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「軍事力以外に選択肢を持たない国では,反対意見に耳を傾けようとも,議論しょうともしない。いま反戦を唱えただけで,

反米主義のレッテルを張られてしまう
。世論調査でも半数近い国民が戦争は反対しているのに,その声は封じ込められている」

・・・・・・・・・・・・・・・「戦争する側は自由を守るため,と言う。だけど,いま果たしてこのアメリカに自由があるのてしようか」・・・・・・・・・



日本を覆う対米「無力感」・・・・・・・・反米・嫌米は死語か。でも,様々な視点が今こそ必要

・・・・・・絵本作家の五味太郎氏(57)は同時テロ発生直後に母親が「日本が広島,長崎のことをアメリカにきちんと言い続けてこなかったから,

こういうことになってしまったのよ」と話すのを聞き,ドキリとした。大半が非戦闘員である約21万人もの人々を殺戮したのは紛れもない

「戦争犯罪」であり,いかなる理屈でも正当化できない――――――――。


たとえ聞き入れられなくても,日本がそれを訴え続けていればアメリカも自らの「主義主張が異なる相手への徹底的な不寛容」「残虐さ」を,

もう少し自覚したかもしれない,テロリストを生んだ「アメリカへの憎悪」をこれほどかきたてなかったかもしれない,というのだ。

安全と繁栄のため沈黙し続けた日本の罪を,五味氏の母親が指摘したのかもしれない。・・・・・・・・・・・・・・・

アメリカが自らの価値観に懐疑心や謙虚さを抱いた時こそ初めて「アメリカの民主主義」が異質な他者に伝わる力を持つのでは

ないだろうか。その懐疑心を抱かせる力は,日本や日本人にもあるのではなかろうか。・・・・・・・・・・・・・・・・・



アメリカ大統領にブッシュ氏をアメリカ国民が選んでいる。

ブッシュ氏率いる共和党がアメリカ中間選挙で勝ったのはリンカ―ン大統領以来二度目の世紀の大勝利とか。

だが世界の誰一人として,そのような立派な人物とは思っていない。

そのアメリカに対して何もいえない首相が日本では続いている。

日本で首相に選ばれればまずアメリカ詣が始まり,それが毎度慣習として行われている。

戦後のアメリカ軍 マッカーサー司令長官占領時代の後遺症が今も延々と日本にはつづいているのかどうか。?

正しい事そして言うべき事はキチンと言える日本に早くなるべきである。アメリカだけが世界のすべてではない筈である。

確かに世界のなかで独り勝ちしたアメリカは武力において世界で際立ってまさっている。

でもブッシュのような人物を大統領を選出するアメリカは病んでいる。

病んだアメリカをアメリカ国民の方でその自覚が薄い。

日本はその病を治すべきドクターの役割を担うべきである。だが,そうあるべき日本が・・・・・・?????



以上の記事をコピーしてメールで順番にと,世界中の人たちが読んででほしいものである。

ささやかな平和への願い,戦争への抵抗である。





日本への偏見にドナルド・キーン氏は反論してきた




11月1日の天声人語より 


 文化功労者に決まったドナルド・キーン氏を作家の谷崎潤一郎が親しみを込めてこう評したことがある。

「いつも汽車は三等に乗り、あまりパッとしない背広服を着、古ぼけた靴を穿き、少しも辺幅を飾らうとしない……」。

 日本の風景に溶け込み日本文化に深入りしたキーン氏の日本とのつきあいは長い。

39年のニューヨーク万博に友人の中国人と見学に行ったそうだ。

日本への憎悪が強烈だった友人は日本館に入るのを拒み、キーン氏ひとりで入場した。その感想をこう記す。

 「若いガイドや売子たちが、新聞に報道されている残虐な兵士たちとあまりにちがうので、

一つの国がこうもちがう人々を生み出すとはどういうことかといぶかしく思ったものだ」(『日本との出会い』中公文庫)。

 のちに英国で日本文学を教えるようになったときも「どうして猿真似の国の文学をやっているのか」とよく尋ねられたという。

そうした日本への偏見にキーン氏は反論してきた。反論するときには日本大国論をぶったという。

 経済大国であるだけでは真の大国とはいえない。

大国にふさわしい文化をもっているかどうかが問われる。

その点は造詣(ぞうけい)の深いキーン氏である。堂々と日本擁護をしてくれたに違いない。

 その経済大国としての日本がいまあがいている。

こんどのデフレ対策に対しても、たとえば英経済紙は「日本は困難な決断をする能力と意志を欠いている」と批判した。

確かに打開の道は険しい。だが、キーン氏のように文化も含めた底力から見れば、また違った視界が開けはしないか。


ドナルド・キーン氏のような親日家が日本を世界に紹介してくれている事は有り難いことだ。

京都の同志社大学で教鞭をとつているので新聞でよく彼の記事は読む機会が多かった。

日本人以上に日本人らしさを感ずる事が有る。

社会の全ての面で欧米化が進むなかで良き日本の文化を省みなくなっている日本人をみて

どのようにおもつているかどうか。このまま猿真似するだけの日本人であっては何か悲しい気がする

日本の良さもきちんと残してゆきたいものである。。





人間だれしも病むことがある



11月2日の天声人語より 


 サバのみそ煮、ジャガイモのそぼろ煮、ワラビのお浸し、白菜のかき玉汁、玄米ご飯。

東京都調布市にあるレストラン「クッキングハウス」の日替わりランチは無農薬素材と家庭の味で、常連も多い。

 作っているのは心を病んで通院している人たちである。

開店準備だけ手伝う人、調理も接客もと意欲的な人。

千円でおいしい昼食を出すレストランは、80人の精神障害者が人と交わり、

それぞれのペースで好きなだけ働く社会復帰のレッスンの場でもある。

 20年ほど前、ソーシャルワーカーとして精神科病棟で働くことになった松浦幸子さん(54)は、

初めて見た患者たちの姿に衝撃をうけた。

トレーニングウエアで無表情にうずくまっている。家族の面会も絶え、人生の大半を入院したままの人もいた。

 一人ひとりに寄り添ってみると、繊細で不器用な人たちだった。

人間だれしも病むことがある。ありのままを受け入れ、支え合う場があれば、病院を出て生きていける。

友人と貯金を出し合ってワンルームマンションの1室を借りた。

 退院した患者や通院中の患者が一緒に食事を作って食べて本音で語り合う。

心病む人たちの居場所はいつのまにか地域に開かれ、レストラン兼地域の活動の拠点となった。

12月には15周年を盛大に祝う。 全国で32万人もの精神障害者が入院生活をおくっている。

北海道浦河町の「べてるの家」は、患者たちの日高昆布の産直事業や「幻覚妄想大会」で、すっかり有名になった。

 少しの助けと発想の転換があれば、地域で暮らしていける人が少なくない。



知的障害者,精神障害者のなかに普通の人間に見ることができない感性豊かな人たちを見ることが有る。

あまりにも人間的に純粋なるが故に心を傷つけ病んだ人達もあるように思える。

少し社会が手助けすれば充分に社会に溶け込める人たちである。

接していると心が洗われる気分になることもある。なんとかならないものかと思うだけで

自分自身何もしていない。でも社会では手を差し伸べている人たちが多くおられることを知り力強く思う。




都・鴨川の三条大橋と四条大橋の
真ん中に歩道橋を渡す計画



11月3日の天声人語より 

 「はよつくれ」「そんなもの要らん」。

京都・鴨川の三条大橋と四条大橋の真ん中に歩道橋を渡す計画が両岸の対立で宙に浮いている。

骨董(こっとう)店が多い東岸の祇園・縄手通は賛成、花街で知られる西岸の先斗町(ぽんとちょう)通が反対という構図だ。

 4年前にパリ風の橋を架けようとして猛反対された市長はそのプランを断念したが、

歩道橋計画そのものは生きているとして、有識者に検討をゆだねた。

鴨川の橋のあり方について最近出た提言はこの橋の是非は判断せず、「地域の協議を尊重しなさい」という内容。

対立に匙(さじ)を投げた格好である。

 建設予定地に立つと、反対派の気持ちはわかる。

橋がかかれば、先斗町通は真っ二つに分断される。

所構わず座り込むジベタリアンが橋のたもとにたむろしたら、街の粋な雰囲気が壊れる。そんな心配が出ている。

 一方、三条と四条の間600メートルに橋がないのは不便という賛成派の弁も、もっともな面がある。

人の流れをつくって商店街を活性化したいという願いも自然だ。建設=景観破壊=悪玉という決めつけはすべきでなかろう。

 「先の戦は大変どした」と語るのが応仁の乱のこと、という土地柄である。

両岸の人たちからは「洛中洛外」「秀吉のときまでは」といった言葉が出る。

町内自治の意識が強い。一言も二言もいわないと済まない。それでいて新しモノ好きとくるから、やっかいだ。

 ここはよそ者も行政も抜きで、両岸が腹を割って話し合うしかあるまい。

橋はつくるが先斗町はトンネルでくぐり抜ける、といった解決策が見つかるかもしれない。



フランスのパリにかかるような橋をつくろうとして,市民の猛反対で頓挫している。

京都は古くて革新的な考えの人たちが多い。学生の街であるが故かどうかは判らない。

 「先の戦は大変どした」と語るのが応仁の乱のこと、という土地柄である。これはかなりオーバーな表現であり

嘘である。そんなに悠長な人は誰も京都にはいない。先の戦はやはり第二次大戦である。

なにも京都は被害を受けていないように思われているが,空襲に会つた箇所は何箇所かあることは事実である。

アメリカの資料では長崎の次の次くらいに京都が原爆の対象になっていたようだ。

唯幸いに終戦が早かつたから助かっただけの事である。

どんな橋ができるのかが楽しみである。JRの京都駅は新幹線に乗つていて京都としてはやはり

斬新しすぎていると感ずる。京都らしい橋が早くできても良い。先斗町側の街が二つに分かれるのも仕方がないことである。

それも京都の風情であって上(かみ)と下(しも)の先斗町があってもおかしくはない。それよりも早く作ることだ。





有名な本だが、自分はまだ
読んでいないという本を挙げる





11月4日の天声人語より 



 あの本も読んだ。この本も読んだ。そういって自分の読書量を誇示する。

あるいは「こんな有名な本も読んでいないの」と相手をからかう。

そんな光景にお目にかかることはあるが、その逆をいくちょっと変わったゲームがある。

 有名な本だが、自分はまだ読んでいないという本を挙げる。

たとえばトルストイの『戦争と平和』でも、夏目漱石の『坊つちやん』でもいい。

参加者に「読みました」という人が多いほど得点が高い。自分以外は全員が読んでいる本を挙げれば最高得点だ。

 英国の小説に出てくるゲームで、学者の間でやるとかなり屈折した展開になる。

勝つためには恥を忍んで自分の不勉強ぶりを告白する。

主人公の英文学者は、あるとき必勝を期してディケンズの『オリバー・ツイスト』を読んでいないと告白したが、敗退した。

 このゲームに巻き込まれて、つい「『ハムレット』!」と口走った英文学者がいた。

皆大笑いした。冗談に決まっている。しかし本人は「うそつきだというのか」とまじめに怒り始めた。

どうやら本気らしい。座は白け、本人は大学への就職をふいにすることになる。

『ハムレット』を読んでいない英文学者を採用するわけにはいかない、と。

 まじめすぎると、そんな悲喜劇も生じるが、遊びだと割り切れば、大人のゲームとして楽しめるかもしれない。

しかし、とまじめに考える。いまの日本で必勝をねらえる本はあるだろうか。漱石だろうか、鴎外だろうか。

 読書週間中の本屋を探索したが、これだという本には行き当たらなかった。


図書館通いしていていつも唖然とする。読みたい本 読まなければならない本が山ほどある。

100回の生を繰り返しても読みきれないくらいだ。それに最近インタ-ネツトとかDVDとかが進んできて観たい情報量も

俄然に多くなってきている。どれを優先して読んだり観たりするかが今一番の問題である。





北朝鮮の拉致事件への思い



11月5日の天声人語より 


 拉致事件をめぐって読者からいろいろ意見をいただく。

いずれも痛みを込めた便りで、忘れがちな見方を教えられることも少なくない。

 20人が亡くなった96年の北海道のトンネル崩落事故と重ね合わせて家族のつらさを思う人がいる。

あの事故で、たとえ絶望的な状況だとしても、家族は一刻も早く重い岩を取り除いてやってほしい、と願った。

「遺族の一人が『自分の身内だと思ってやれ!』と叫んだ言葉が、私の心にもささります」。

 本欄も含めてメディアの実感を欠いた「冷たさ」への批判がある。

「もっと切実感を持った書き方ができないでしょうか?」という神奈川県のFさんは「かつて日本がアジアの国々に対して、

今日の北朝鮮が行っている以上のことを行ったことも日本人はこの機会に省みるべきだと思いつつ」。

 拉致事件への認識が甘かった野党政治家を批判する熊本県のOさんは「権力に対する批判というだけで善悪正邪の視点を見失っている」と

本紙をはじめ野党に甘くなりがちなマスコミの体質を指摘する。

 北朝鮮の国民は普通の人間かもしれないが「前代未聞の独裁国である」とする神奈川県のSさんは

「拉致事件という犯罪を犯した国を相手に国際常識の通じない交渉はあまりに難しい」。

 日本への永住帰国で無理をしすぎると「被害者の方々が24年間なんとか生きて、つくってきた家庭をこわすことになりかねない」と

心配する神奈川県のOさんのような意見もある。

 政府間の交渉が進む拉致事件は、すべてをそこには収めきれない多様な思いをかかえている。



政府がその気にならなければ北朝鮮の拉致事件は解決しない。北朝鮮よりもアメリカの事情が拉致事件の解決を遅らしている。

イラク攻撃が済むまで事件の解決はまずありえない。イスラム圏対アメリカの構図を和らげたいために北朝鮮が対象になっている。

アメリカの勝手な振る舞い,さらに言うならばブッシュの野望が達成できるまで北朝鮮の問題は後回しである。

日本の政府にはブッシュに逆らってまで解決しようとする気持はサラサラない。

今も戦時中と同様,国家の為に個人が痛めつけられている。テロ撲滅のための美名のもとにブッシュの野望を助けている 

情けない日本の国である。




『暮しの手帖』



11月6日の天声人語より


 秋になると、「今から冬の仕度にかからないと間にあわない」といって子供の冬の衣服の準備を始める。

去年は自分の古いウールの上衣をなおしてつくったが、すぐだめになった。

今年はどうしようか。そんなことをつづった随筆が『美しい暮しの手帖』に掲載されたのが49年10月のことだ。

 筆者は昭和天皇の長女、東久邇成子(ひがしくにしげこ)さんで「日本は変つた」と書き始められる随筆の題名は「やりくりの記」だった。

配給の食料は粉が多いことから「お粉の料理は私の自慢料理の一つ」などと戦後の困窮生活をつづる。

 花森安治編集長が書き直しを要求したうえの掲載だった。

話題になったこの号を契機に雑誌は上げ潮に乗ったという。

のちに「美しい」を抜いて『暮しの手帖』になったこの雑誌の戦後の「暮し」に与えた影響は大きい。

300号記念の特別号を眺め、改めてそのことを思う。

 今週発売の特別号は東久邇さんの随筆をはじめ創刊以来の記事を各種再録する。

のちに雑誌の顔になった商品テストの抄録では、たとえば初期のマッチのテストに時代色が濃い。

69年のトースターのテストでは、焼いたパン4万3088枚を積み上げた写真が壮観だ。

 随筆には川端康成や坂口安吾、小倉遊亀ら作家や画家に加え、浅沼稲次郎、田中角栄ら政治家も名を連ねていて、

この雑誌のうたう「暮し」の幅広さを示す。

 「広告がない。スキャンダルがない」。先月死去したコラムニストの山本夏彦さんが死の直前、特別号に寄せた談話で、

花森編集長とこの雑誌のユニークさを巧みに表現していた。


『美しい暮しの手帖』は読んだ事があるが,生活が苦しい時期の事である。今此れだけ多く雑誌が出版されている中で

どれだけ読まれているのであろうか。




『ぼくはナチにさらわれた』



11月7日の天声人語より 



 大戦中、ナチス・ドイツにさらわれたポーランドの4歳の男の子は、孤児院を経てドイツ人家庭に引き取られ、

ドイツ人として育てられた。ナチス礼賛の少年だった。戦後、11歳のとき、自分がポーランド人だと知らされる。

 「僕がドイツ人じゃない。ドイツ人じゃないだって。僕は……ポラッケだっていうのか。

(略)馬鹿馬鹿しい。ふざけた話だ。あり得ないじゃないか」。

「ポラッケ」と呼んで軽蔑(けいべつ)していたポーランド人だと聞かされ深い衝撃を受ける。

 曲折の末、少年はポーランドの実母に会いに行く。

すぐにもドイツに帰る心づもりで。駅に迎えに来た母のことを「ああ、この眼差しを、その目に溢れた悲しみを私は決して忘れない!」。

滞在中、ドイツで聞いた話とはまるで違うナチスの「蛮行」を聞かされ、茫然(ぼうぜん)とするばかりだった。

 しばらく滞在したあと母に「ドイツに帰るの」と尋ねられ、とっさに「ポーランドに残ってもいいんだけれど」と答えた。

一瞬後には後悔した。それまで遠慮していた母が、そのとき初めて彼を抱きしめた。

その後も彼の心は揺れ続けるが、結局母国に残った。

 A・トヴァルデツキ氏が体験をつづった『ぼくはナチにさらわれた』(共同通信社)からの抜粋である。

訳者の足達和子さんは、国家による人さらいの無残な歴史を多くの人に知って欲しい、と。

ナチスによる人さらいは50万人、うち20万人がポーランド人だったという。

 歴史的な背景は違っても、国家や戦争に翻弄(ほんろう)される個人、とりわけ幼き者の運命のむごさを思い知らされる。



国家や戦争に翻弄(ほんろう)される個人は昔も今も続いている。戦争が絶えるまでつづくであろう。

国家のためと言うよりは国家を利用している利巧な人たちによって個人がいつまでも翻弄(ほんろう)されつづけているのでる。

人類の発生以来つづいていることである。未来も続く事であって止む事はない。

だが一方それを止めようとする努力も人間はいつまでも止めようとしないであろう。






ワークシェアリングへの関心



11月8日の天声人語より

 オランダは、勤務時間などを工夫して仕事を分かち合うワークシェアリングの先進地だ。

2年前、欧州に出張した同僚が労働組合の全国本部を訪れた。

 幹部は取材の最後に、苦笑いを浮かべて切り出した。「オランダ旅行がブームのようだね」。

前日には当時の日経連の一行が訪れ、近く労組の視察団も来るという。

 日本では雇用対策の決め手として、ワークシェアリングへの関心が高まっていたころだ。

多くが社会雇用省に労組、財界団体というお定まりのコースで、制度の沿革や現況などを聞いて回る。

同僚は何ともばつの悪い思いに駆られたそうだ。

 「外国詣で」は、雇用問題に限らない。

徹底した民営化を進めたニュージーランドには、96年前後、行政改革の視察団が大挙して訪れた。

介護のあり方なら、ドイツやデンマークがお手本である。

スウェーデンは年金制度に加え、90年代初めの金融危機での鮮やかな処理にも注目が集まる。

 「先達はあらまほしきことなり」(徒然草)。試行錯誤を重ね、立派な制度をつくった人々から学ぶことは少なくなかろう。

とはいえ、それぞれが払った犠牲や隠れた副作用に目を凝らさないと、上っ面をなでただけの旅で終わってしまう。

さきの労組幹部は「政労使の合意から20年をかけた事実を忘れないでほしい」と強調していた。

 もう一つ、成功に欠かせない条件があった。「実態を隠さずに伝え、政治的な合意形成に努めること」。

スウェーデンの財政金融担当相として、危機を乗り越えたボー・ルンドグレン氏の言葉はひときわ重い。



各国とも色んな試練に会い成長してきている。日本も構造改革とやらの試練を乗り越えないといけない。

大勢の人たちが職を失い 自殺まで追い込まれている人たちがでている。

戦火の中のアフガニスタン これからおきるであろうイラク攻撃下の国民よりは幸せとしか思う以外仕方ないのか。

増長しているブツシュ反対の声が何故もつと世界中で高まらないのかが不思議で仕方がない。

平和なアメリカでない限り平和な世界はありえない。それが現実である。





国全体に吹いた共和党風
イラク攻撃への歯止め役としては期待できない。



11月9日の天声人語より

 米国南部をめぐり「サザン・ホスピタリティー」という言葉がつかわれることがある。

南部風もてなしというのだろうか。そうした相手を思いやる独特の気風がある、と。

 南部の都市アトランタに住んだことのある米国研究の猿谷要さんは、その気風の原点を南北戦争での敗北に求めている。

「敗者は敗北感や屈辱感を味わい、その敗者からこそ他人に対するやさしさが生まれるのではないだろうか」

(『アメリカの風』実業之日本社)。

 アトランタを州都にするジョージア州は何かと話題の多いところだ。

州知事から大統領になったカーター氏はことしのノーベル平和賞に決まった。

公民権運動の先頭に立ったキング牧師もここの出身で、やはりノーベル平和賞の受賞者だ。

 こんどの中間選挙でも、注目の舞台の一つだった。上院議員、知事ともに共和党がおさえた。

とりわけ民主党の現職知事を破った知事選は共和党側も予想できなかった波乱らしい。

「たまっていたエネルギーが解放された地震のようだった」と地元紙が伝える。

 CNNやコカ・コーラの本社がある現代都市アトランタと地方との格差が広がってきた。

この州での共和党の勝利は都市(民主党)に対する地方(共和党)の反乱だったとの見方もある。

もちろん米国全体に吹いた共和党風の一環との分析も。

 中間選挙の共和党の勝利で、大統領を後押しする議会の性格が鮮明になった。

イラク攻撃への歯止め役としては期待できない。

そういう流れの中、猿谷さんのいう「敗者のやさしさ」という良き伝統は無力だろうか。



なんとしてもブッシュの野望にアメリカの国民が目覚めてほしいものである。

ブッシュがアメリカの大統領である限り世界は安定しない。単純思考の彼独特な考えで世界を

波乱に巻き込んでいっている。そのことに早くアメリカ国民が気ずいてほしいものである。

アメリカ人以外アメリカ大統領を決める事が出来ない。そのアメリカ大統領が世界の隅々まで影響を

与えているのが今の世界の現状である。勿論日本人としてアメリカの大統領を選ぶ資格がない。

でも今の世界以外には住むことは出来得ない。おかしいと思っても大きな流れには逆らえないのか。





「負けてたまるか―肺ガン刑事の長生き奮闘記」(二見書房)



11月10日の天声人語より 



 この欄で1年ほど前、肺がんと、その後遺症を克服して神奈川県警の捜査1課長を務めた

腰原常雄さん(70)のことを取り上げた。

 それがきっかけで出版社から腰原さんに話があり、これまでのことを1冊の本にまとめたという。

「負けてたまるか―肺ガン刑事の長生き奮闘記」(二見書房)とタイトルは大仰だが、いろいろな読み方ができる本だった。

 42歳の警部が健康診断で肺に影があるといわれる。

医師は「手術しなければ3年。すれば5年もつ」と言う。ためらった末に肺の切除手術を受けるが、

手術の影響で声が出なくなる。

職場からの「退職勧告」に反発し、声が出ないまま激務に復帰する。

たたき上げの刑事だけあって、自らの本当の病状を医師たちに問いただす姿勢は

まるで警察の捜査をみているようだ。

 警察も会社も同じだが、病気を患うと組織の中ではマイナスに働きやすい。

「あいつはもう終わりだ」という声が聞こえてくる。

声の回復に努めながら、それにどう打ち勝って、刑事なら誰もがなりたいと思う捜査1課長にのぼり詰めていくのか。

その過程がつづられる。

 夫人の当時の日記が引用されている点も、元刑事の著書としては珍しいだろう。

泥棒の捜査で1年近く夕方出かけて始発で帰ってくる夫の生活が妻の目から語られる。そして発病。

「刑事はいつどこに出張するかわからない」として自室に隠してあった「軍資金」を入院前に夫から手渡される

。妻は死を覚悟する。

 刑事ものとしても、サラリーマンものとしても、夫婦ものとしても読むことができた




病気への闘いはいずれの人たちにもいずれやってくる宿命である。勝つことはない。必ずにいつかは

死ぬ運命にある。でも戦争とか不慮の出来事で死ぬような事は必ず防ぎえるものである。

怒涛の如くに戦争への道が作られる前に断ち切ることが,戦争の苦しみを味わった日本人としての義務では

なかろうか。その体験者も少なくなってきている,今が一番大切な時期である。

イージス艦を気安くアメリカの言いなりになってイラクに派遣する日本を見ていて.なんと馬鹿げたことをと思える。

何のために税金をば国民の意志に反して,ブッシュの個人的な野望に使わなければならないのか,

もし派遣した人の中で亡くなるような人が出ればどうするのだろう。

それでもお国のために亡くなった名誉の戦死とでも言うのか。

英霊として靖国神社に祭られ,小泉首相が参拝に行き周辺諸国より非難を浴びる。

そのようなことをするより,まず馬鹿げた戦争は再びいたししませんと靖国神社の英霊に誓って

そのことを実行して欲しいものである。





「爆弾ではなくブッシュを落とせ」といった
旗を掲げてイラク攻撃反対を訴えた。




11月12日の天声人語より 



 芸術の都イタリアのフィレンツェが、先週末「反戦」のデモ隊で埋まった。

ヨーロッパ各地から集まった参加者は主催者発表で100万人、当局発表でも約50万人というから、たいへんな人数だ。

「爆弾ではなくブッシュを落とせ」といった旗を掲げてイラク攻撃反対を訴えた。

 それまでにロンドンなどヨーロッパ各地、それにワシントンでも反戦集会が催されてきた。

ヨーロッパでの動きは、ここ数年続いている反グローバル化運動とつながっているらしい。

米国をはじめ各国政府は、グローバル化の中で世界の弱者を置き去りにし、抑圧してきた。

そう主張し、イラク攻撃もその一環だと見る。

 米国では、各地で小規模の反戦集会などが行われてきたが、先月末のワシントンでの集会は、

警察発表で10万人という大規模な集会になった。

「ベトナム戦争以来最大規模」とは主催者の弁だ。

 こうした集会に初めて参加したという地方都市の女性は「保守的な町に住んでいて孤独な思いをしていたが、

これで元気が出た」といい、近く自分の町でも集会を開くという(ニューヨーク・タイムズ紙)。

主催者は「米議会は国民の声を反映していない」と主張している

 米国の中間選挙での共和党の勝利から国連安保理の全会一致の決議へとイラク包囲網は狭まり、

米国は臨戦態勢を強めている。

それとは別に国際的な反戦運動は、無視できない「世論」の流れがあることを示す。

 イラクが安保理決議を受け入れ、ブッシュ政権が振り上げた拳をいったん引っ込める。

まずは、それを願おう。



「爆弾ではなくブッシュを落とせ」 

これは誰もがかんがえることである。ブッシュがアメリカの大統領を止めない限り世界の平和はありえない。

アメリカの鼻息に世界が戦々恐々としている。アメリカの石油産業寄り兵器産業よりの政策はブッシュが変らない限り,

変らない。ブッシュを落とすのは世論以外ない。イラクのフセイン大統領も北朝鮮の金正日首相も悪いが,それ以上に戦争を起こす

ブッシュは悪い。国交が正常化すれば各国の国民も目覚め独裁者は続かない。少なくともいつまでも持つものではない。

戦争は一番の悪である。歴史を省みれば独裁者は必ず滅んでいる。

そのための戦争も繰り返されている。常に犠牲になつているのは当時の庶民であることは歴史が証明している。

爆弾ではなくブッシュを落とせ。!





自分と同じもうひとりの自分がいる。



11月13日の天声人語より



 真夜中に目をさますと部屋の真ん中に小さな家がある。女の子が主人公の一見可愛らしい歌は、そう始まる。

窓からのぞくと小さな父がテレビを見ていて、小さな母が花をいけている。

 NHKで放送中の「みんなのうた」の「そっくりハウス」(谷山浩子)だ。

小さな家の子供部屋には自分と同じパジャマを着た女の子がいて、何かをのぞきこんでいる。

彼女がのぞき込んでいるのも小さな家だった。小さな家をのぞく私を私が見ている。

それをまた私が見ている。それをまた……と延々と続く奇妙な光景である。

 村上春樹さんの小説『スプートニクの恋人』(講談社)にも奇怪な場面があった。

事故で遊園地の観覧車に閉じ込められた女性が、たまたま自分のアパートを見てしまった。

そこには自分と男がいて最も見たくない光景を見せられる。その一夜の経験で彼女の髪は真っ白になった。

 自分と同じもうひとりの自分がいる。

この「幻想」を専門用語ではドッペルゲンガー(二重身)という。落語の世界では、こうなる。「そこつ長屋」である。

 八つぁんが駆け込んできて熊さんに言う。「おめえは雷門のところで死んでいる」。

そういえば昨夜は酒のせいで記憶が途切れている、と熊さん。2人で現場に行った。

「あっこれは、オレだ。確かにオレだ」と熊さんは涙を流す。

しかし、と考える。死体はオレだが、この死体を抱いているオレは誰だろう?

 自分そっくりの影武者が何人かいるといわれるイラクのフセイン大統領もふと思いはしないだろうか。

「自分は誰だろう?」と。




大切な自分二人としていない自分に皆がきがつけば,もうすこしましな世の中になる。





青魚のイワシ、サンマ、サバは、
暮らしに溶け込んだ大衆魚





11月14日の天声人語より 



 〈トラックへ荷揚鰯がどしや降れる〉(榑沼けい一)。

俳句のなかのイワシといえば、大漁の風景が詠まれることが多い。

歳時記などでもしばしば「最も普通の海魚」「漁獲が多いので値も安い」と簡単に説明されたりする。

 やはり秋を代表する魚サンマは、焼かれる光景を詠む作品が圧倒的に多い。

〈秋刀魚焼く匂の底へ日は落ちぬ〉(加藤楸邨)といったしんみりした句もあれば

〈火より火を奪ひ烈しく秋刀魚もゆ〉(天野莫秋子)のような激しさを表現する句もある。

 「嫁に食わすな」の言い伝えがある秋サバを詠む句はそれほど多くはない。

〈秋鯖のずしりとおもしたなごころ〉(深見桜山)。歴史的にはサバは珍重されてきた方だろう。

若狭でとれたサバが京都へ運ばれる道は「鯖街道」として知られるし、

平安時代には税の一種として地方から都に集められたこともあった。

 これら青魚のイワシ、サンマ、サバは、暮らしに溶け込んだ大衆魚だった。が、このごろ異変が起きている。

最も大衆的とされるイワシ、なかでもマイワシの不漁が深刻なのだ。価格も高騰している。

10年ほど前には水揚げ価格1キロ16円ほどだったのが、去年は87円、今年は月によって500円にまで高騰した。

 水産庁によると、マイワシは日本海側は「事実上いない状態」で太平洋側も「危機的な状況」にあるそうだ。

マイワシは数十年単位の長い周期で増減する魚だ。そうすると簡単には復活を望めない。

 〈汲み上ぐるこぼれ鰯に目もくれず〉(城谷文城)。こんな光景がいつまた見られることか。



青魚のイワシ、サンマ、サバなどは大衆ギ魚だが,身体には良い作用をする。動脈硬化を防ぐ作用がある。

それを使っての薬も発売されている。薬にはどうしても副作用があるが魚にはない。

食べ過ぎてお腹をこわす以外にない。

正しい食習慣が薬を服用するより充分な効果がある。適度な運動 肥えない バランスの良い食事 塩分は控え目

タバコは止める 適当なアルコールはストレス解消になり良い 生活習慣が成人病を予防する。






非難し合う。いらだちがあまりに露骨である
だが「我々皆我慢のときだ」



11月15日の天声人語より 


 あちこちから不気味な声が聞こえてくる。生死不明だったビンラディン氏のものと思われる肉声が放送された。

「暗殺には暗殺、爆撃には爆撃だ」と。カブールが陥落して1周年の前日のことである。

イラクが国連決議を受諾する直前でもあり、はかったようなタイミングだった。

 核開発を進めていることを認めた北朝鮮が生物・化学兵器も保有しているという情報も駆け巡った。

イラクが焦点になっているとき、テロ集団の頭領と目されている人物が「鬼さん、こちら」と手をたたく。

北朝鮮は「大量破壊兵器はこちら」と名乗りをあげる。そんな鬼ごっこのような光景だ。

 一方、イラクは「大量破壊兵器などは持っていない」と主張しつつ、何度査察をしても何も出てこない、

とばかりに開き直った。アナン国連事務総長への査察受諾の書簡は「邪悪な米ブッシュ政権」への怒りに満ちている。

 ブッシュ大統領の方は、ビンラディン氏の「挑戦状」に対し「憎悪を持続し、

目的のためには殺人を犯す敵がいるということだ……こちらも犯人追跡を続ける」。

イラクについては「フセインが武装解除をしなければ、私たちが彼を武装解除するまでだ」。

 国際舞台で憎悪をぶつけ合い、非難し合う。いらだちがあまりに露骨である。

イラクの書簡を受け取った仲介役のアナン事務総長は、ブッシュ大統領と会合したあとに語った。「我々皆我慢のときだ」。

 拉致事件の被害者が帰国して、きょうで1カ月になる。こちらの事態打開も国際情勢の影響を受けざるをえない。

「我慢のとき」が続く。



「暗殺には暗殺、爆撃には爆撃だ」とビンラディン氏はいう。一方テロには戦争だとブッシュ氏は叫ぶ。

これではいつまで経っても「戦い」は止まない。テロの温床は貧困にあることをブッシュさんご存知ですか。

最新兵器を作るお金をテロが起きるであろうと思われる国々に何故まわさないのですか。

それに対して日本始め世界の国々も協力は惜しまないと思います。でもフセインを倒すためのイラク攻撃には

何処の国もしぶしふの協力しかできない,したくもないのが本心だと思います。

是非敬虔なキリスト教徒であるブッシュさんに言いたい。「左の頬をぶたれれば,右の頬をだしなさい」と。

「我慢のとき」です。そうすればきっと神は正しい解決を示して下さると思います。






 中国の変貌(へんぼう)はめざましい。



11月16日の天声人語より


 10年ほど前、北京大学で政治学者に話を聞いたことがある。

89年の天安門事件の余燼(よじん)がくすぶっているころだったからだろう。

警戒心が強く、現代の中国政治についての質問などには答えてもらえなかった。

 ある国でどれだけ「自由」が保障されているか。それを知る指標の一つが政治学をどこまで許容するかだろう。

権力の座にある者には自分のことをあげつらう煙たい学問だ。

独裁体制下では、真っ当な政治学は存在することさえ難しいだろう。北京の学者からもそれに近いつらさがうかがえた。

 中国の変貌(へんぼう)はめざましい。

最近の祖国について「もはや自分がかつて住んでいたのとは別の国だ」と

東洋学園大学の朱建栄教授がいうほどだ(『中国 第三の革命』中公新書)。もちろん経済が変化の推進力である。

 そのなかで政治だけが旧態然としているといわれてきたが、

変化へ向けて動き始めた。権力交代の仕組みがはっきりしない国だったから、

これまで移行期には権力闘争が熾烈(しれつ)を極めた。

しかし今回、胡錦涛総書記への移行は表向き平穏に進んだ。

 ここに至るまでに、中国共産党はソ連の崩壊や東欧の激動を相当詳しく研究したらしい。

あのように崩壊しないように、まさに「反面教師」としてである。その成果が、

定年制の実施など世代交代も含めた権力移行を円満に進める仕組みをつくることにつながったようだ。

共産党をもう少し開かれた組織にしようという試みも、またそうか。

 こんど北京を訪れたら、かの政治学者はもっと気楽に中国政治を語ってくれるだろうか




中国を旅行して知つたことは大東亜戦争時代に大人達から聞いていた支那とはまるっきり違う

中国を見た。案内してくれた青年達は日本の青年と全く変わりがない。

都市も変化し近代化されている。でも日本と違うなぁと思うところもまだ多く見受けられた。

政治も共産党一党支配では遅れている。でも物売りをされる人たちの状況は資本主義以上の場面に

出くわした。たくましく商売をされている。

眠った獅子が起き上がりつつあるような感じをうけた。





新しくて、進歩性があり、有用でもある。
日本で特許が認められるには、この三つの要件



11月17日の天声人語より 



 新しくて、進歩性があり、有用でもある。日本で特許が認められるには、この三つの要件を満たさなければならない。

 中でも重視されているのが進歩性だ。

特許庁の審査官によれば、有用性はどんなものでもなにがしかあるとみなされて、あまり厳しく問われない。

新しさの判断は比較的簡単にできる。進歩性の有無が、特許をとれるかどうかの鍵を握る。

 30年前に渡米し、米国で特許弁護士として活躍するヘンリー幸田さんは

「発明にとって重要なのは進歩性があるかどうかではない」と、日本の審査方針に異議を唱える。

そもそも、特許の要件の一つを進歩性としたのは誤訳に近いという。

 各国の特許法の条文を見ると、「進歩性」の解説として「その分野の専門家にとって自明でない」としているものが多い。

これをそのまま読めば「意外性」といったものに近くなる。

 日本で特許法ができたのは、明治期である。

先進国に追いつきたいと願う人々は、発明には進歩がつきものと、つい思い込んだのか。

しかし、その言葉が特許の敷居を不当に高くしているという指摘には、うなずかずにはいられない。

 政府は、知的財産基本法案を臨時国会で成立させようとしている。

発明やアイデアなどを知的財産として守りつつ、一層の活用を促す法律だ。

特許の審査期間の短縮や、紛争処理の迅速化といった施策も盛り込まれている。

 特許は、多くの人に使われてこそ意味がある。

進歩へのこだわりを捨て、むしろ有用性を第一に考える。

そんな発想の転換が、何より先に必要かもしれない。


進歩へのこだわりを捨て、むしろ有用性が一番は当然のことかと考える。

有用性がなければ,実用化は程遠い。

知的財産とは如何ようなものか。この世から戦争を追い出す事のできる仕組みを作り出せないものか。

国連に兵器類は全てあずけて戦争する場合は国連に申請し,許可が下りてから戦争ができるといった

仕組みがかんがえられないものか。 各国ばらばらに兵器は作りたい放題,自国の力以上の戦力を持ち

それが貧困を増大している国もみかける。まず全ての国が「武器よさらば」にして国連に預ける仕組みを

作り出す事だ。




苦しいことを苦しいといえる社会、
それを受け止めてくれる社会になってほしい




11月18日の天声人語より 



 中学2年のとき、ひとりで風呂に入っていると、父が無言で入ってきた。何年もそんなことはなかった。

恥ずかしいので、すぐに出てしまった。その翌日、父は自殺した。

 いま大学4年の斉藤勇輝さんはそのときのことを後々まで悔やむ。

何か会話をかわしていれば、背中を流しながら「長生きしてね」の一言でも声をかけていれば、

父は自殺を思いとどまったかもしれない、と。

 斉藤さんらが中心になって、自殺で親を亡くした遺児たちの手記をまとめた。

その『自殺って言えなかった。』(サンマーク出版)を読んでみても、必要以上に自責の念に駆られる遺児たちが少なくない。

たとえば、父からかかってきた最後の電話にもう少し何か言ってあげられなかったものか……。

サインを見逃した悔しさがつきまとう。

 親を亡くした悲しみに加え、世間の「偏見」との闘いもつらい。

親族らからは自殺ということを隠しておくように諭される。

漠然とした罪悪感につきまとわれる。そして自殺のことも亡くなった親のことも心の奥深く封印してしまう。

 親を亡くした人に奨学金を出している「あしなが育英会」の集まりで、

初めて自分の体験を「告白」して封印を解き、新しい歩みを始める。斉藤さんもそうだったが、そうした例が多い。

 18日で22歳の斉藤さんはこう語る。父は借財を背負ってひとりで苦しみ、死んでいった。

自分もひとりで苦しんだ時期があったが、仲間が苦しみを受け止めてくれた。

「苦しいことを苦しいといえる社会、それを受け止めてくれる社会になってほしい」と。



苦しみはなかなかに人に訴え難いもののようである。患者さんの多くがくるしみをもたれる様子がわかる。

それが病の原因になっていることもある。その苦しみは誰もがどうすることも出来ないが,苦しい事情を

聞くことにより半減する場合がある。





現代世界とは、不幸を大量生産する
時代ではないかと思えてくる。




11月19日天声人語より 


 何げなく引用してしまう言葉がある。たとえば「幸福な家庭はみな同じように似ているが、

不幸な家庭は不幸なさまもそれぞれ違うものだ」。トルストイの『アンナ・カレーニナ』の有名な書き出しの言葉である。

このごろよく思う。はたしてそうだろうか。

 きのう紹介した親を自殺で亡くした遺児たちの手記を例にとれば、その「不幸のさま」は似ているところが多い。

年間3万人もの自殺者が出ている昨今、手記に登場した人たちと同じような不幸を体験した人の多さはいうまでもないだろう。

 拉致被害者の家族もそうだ。ある日忽然(こつぜん)と家族のだれかが消えてしまう。

その後の喪失感と悲しみは、家族の方々が共有する感情だろう。

この拉致の疑いの残る行方不明者はさらに70〜80人にのぼる可能性があるという。

 拉致を実行した国でいえば、多くの人が困窮の生活を送っている。

日々の生活のたいへんさは共通しているだろう。さらにあの国でいえば、

金日成主席が死去したときの嘆きはすさまじかった。

国をあげての「一大不幸」だった。体制が幸不幸を左右する国家である。

 世界を見渡せば、貧困や圧政に苦しむ人が何と多いことか。

現代世界とは、不幸を大量生産する時代ではないかと思えてくる。

そしてその不幸をメディアが刻々と再生産する。不幸を縫ってささやかな幸福を求める。

その幸福の方が、各人によって多様ではないか。

 19世紀末の『アンナ・カレーニナ』と違って、いまは「幸福はさまざまだが、

不幸は驚くほど一様である」と書き始めるべきかもしれない。



不幸と幸福はその人その人により代わってくるものである。誰がみても不幸としか感じられない場合でも

生き生きとした生活している方もあると反対に,この人は幸福な環境た゛と思えるも不幸せな生活をおくっている

いる人をみる。心のもちようだと昔の人から聞くがそれは真理である。






ブッシュ政権では、協調派のパウエル氏と
強硬派のチェイニー副大統領




11月20日天声人語より 


 ニクソン大統領を失墜させたウォーターゲート事件報道で知られる

米ワシントン・ポスト紙のB・ウッドワード記者の新著が話題になっている。

題名は『ブッシュ・アット・ウォー』で、邦訳すれば「ブッシュの戦争」か。

ポスト紙の紹介記事では、ホワイトハウス内の暗闘が生々しく描かれている。

 たとえばパウエル国務長官が政権内でいかにのけ者にされ、いかに巻き返したか。

まるでアイスボックスに閉じ込められているようだ、と語っていたパウエル長官がイラク攻撃をめぐってはブッシュ大統領と直談判し、

単独行動を思いとどまらせた経緯などが描かれる。

 「コイズミ・アット・ウォー」はどうか。田中元外相はパウエル長官と同じような立場だった。

かし「自由にやれ、というから動こうとすると、スカートを踏まれて動けない」などと不満の言葉を残して、結局政権から放逐された。

 ブッシュ政権では、協調派のパウエル氏と強硬派のチェイニー副大統領らが事あるごとに対立する。

強硬派に耳を傾けがちな大統領を協調派が引き戻そうとする。ライス補佐官が仲介役になっているらしい。

 小泉政権では改革派と抵抗勢力との争いのはずだった。

抵抗勢力に「宣戦布告」し国民の喝采(かっさい)を受けた小泉首相に、一時の威勢の良さは感じられない。

デフレ対策では竹中大臣を矢面に立たせて正面突破を図ったが、後退を強いられている。

 「身内」の争いを抱え込んでいるブッシュ大統領と小泉首相だが、ともに支えは、当面の支持率の高さである。

その低下は政権を直撃する。




「、ともに支えは、当面の支持率の高さである」はどの場合の政権にも言えるが」。

だとすれば100%の支持率があるイラクのフセイン大統領にもいえるのだが。

国民が支持していてもアメリカが気に食わなければ武力で強制的に交代させられる。

そして戦争によって無実の国民の多勢が多分死んでゆく。こんな馬鹿げた話があるものなのか。

親米でなければ政権が持続し得ない。

ブッシュのやり方は余りにも極端いすぎる。一時は昔フセインも親米だった。その当時にアメリカより細菌兵器の技術提供を受け

戦争相手国イランに使っている。 なまなましい死人の写真が報道されていてもアメリカからの制裁が当時なにもなかった。

原子爆弾で大勢の日本国民が亡くなっていっている。それも二度までも落とされている。

それでも自国の兵士の戦死を減らすに充分な効果があったからとの理由で不問に付されている。

戦争犯罪でない。

「アメリカは正邪を裁く裁判官」なのかと言いたい。同じ世界の形勢は今も続いている。

だから歴代の日本首相が参勤交代よろしくアメリカ詣でが続いている。







ホンダとソニーの創業者の足跡をたどった会場




11月21日の天声人語より


 ベトナムではオートバイのことを「ホンダ」というそうだ。

ホンダ製であるかどうかは関係ない。

実際は安価な中国製が多いといい、本物のホンダ製はあこがれの的である。

東京都墨田区の江戸東京博物館で開催中の「本田宗一郎と井深大展」(12月8日まで)の会場を巡りながら、

そんなことを思い出した。

 米経済学者のガルブレイス氏は音楽好きなのだろう、来日したときのこんな発言が記憶に残っている。

「ソニーのウォークマンを愛用している。あれは素晴らしい発明だ」。そう日本の技術をたたえた。

 ホンダとソニーの創業者の足跡をたどった会場には過去の珍しい製品や懐かしい製品が数々陳列されている。

たとえばソニーが50年に発売した日本最初のテープレコーダーである。

物のないころで、試作品づくり、とりわけテープづくりがたいへんだった。

 テープに磁性粉を塗るということはわかっていた。試行錯誤を繰り返した。

磁石を乳鉢ですりつぶしたり、「乾留」という作業ではフライパンで原料を煎(い)ったりしたという。

重さが40キロを超え、16万円という値段では商品としては失敗だった。

 自転車にエンジンを取り付けよう。

戦後すぐそのアイデアがひらめいた本田氏は、湯たんぽを試作車の燃料タンクに使った。

思いついてから1カ月で販売にこぎつけるという早業だった。

 「成功は99%の失敗に支えられた1%である」と本田氏が語ったという。

焼け跡の町工場から世界の企業へ。

このジャパニーズ・ドリームを実現した2人は、失敗を恐れず挑戦を続ける人たちだった



日本はいつまでも平和企業立国でありたいものだ。





世界9カ国の18〜24歳を対象にした調査で、
米国の「世界知らず」が顕著だった




11月22日の天声人語より 


 世界地図を示して日本の位置を答えさせる。米国の若者は42%しか正解できなかった。

米ナショナル・ジオグラフィック協会の調査結果である。

世界9カ国の18〜24歳を対象にした調査で、米国の「世界知らず」が顕著だった。

 日本の位置についてはもちろん日本の正答率が一番だったが、イタリアの81%など欧州も高かった。

イタリアの位置については56%、スウェーデンについては16%、イスラエルについては21%と米国の正答率の低さが目立つ。

 少々驚かされるのは、太平洋の位置を知らない若者がけっこういることだ。

あの大海に面していても、米国では29%が正しい位置を示せない。

日本は16%、カナダは17%、メキシコは26%の誤答率だった。

 自国が軍事攻撃をしたアフガニスタン、あるいはカシミール紛争の当事国、あるいは通貨のユーロについての質問などでも

米国は最下位か下から2番目で、国際政治や国際経済への関心の薄さを示した。

 日本は全体的に中程度で、スウェーデンが正答率で首位だった。

若者を対象にした調査とはいえ、ある程度各国の現状を反映しているだろう。

米国の調査責任者は結果について「文化の危機」と語っているが、それだけではない。

最も影響力の大きい国が世界についての知識に極めて乏しいとしたら、それこそ「危機」であろう。

 ブッシュ米大統領が双眼鏡をのぞいている写真がインターネットで出回っている。

その双眼鏡はふたをしたままだ。

からかいの種にされているが、実際、大統領に世界が見えているのかどうか心配になる





自国のことしかわからず,世界の様子が知らないアメリカがが世界の指導者であるのは大変な事だ。。

 世界地図を示して日本の位置を答えさせる。米国の若者は42%しか正解できなかった。では大変こころもとない。

どんな教育がアメリカではおこなわれているのかどうか。そのような国が果たして正確な世界情勢の判断が可能かどうか。

世の中に自分の家の出来事は放置しておいて,他家の家のことに干渉したがる人がいる。

自分の家のドラ息子が大変な女道楽しているのを放置していて,他家のことに対し事細かく干渉する。

そのような人がいる

アメリカとはそのような国に思えてくる。





高円宮(たかまどのみや)
憲仁(のりひと)さまの早すぎる急逝



11月23日の天声人語より 

 身近な実用品でありながら、巧みな細工が施され人を引きつける。根付(ねつけ)の魅力である。

腰から下げる印籠(いんろう)などを帯にとめるときの滑り止めで、

亡くなった高円宮(たかまどのみや)憲仁(のりひと)さまが「“実用の美”を芸術の域にまで高めた」(TASC誌)と

いって愛着を示した伝統工芸だ。

 文化への関心は深く広い人だった。

父の三笠宮崇仁さまが古代オリエント史の専門家である影響もあったのか、長い物差しで歴史を見ていた。

サッカーW杯で皇族としては初めての韓国公式訪問を終えたあとも、

日韓の千年を超える長いつきあいについて言及していた。

 訪韓時には、韓国の伝統芸能を大いに楽しんだそうだ。

歌で物語を聞かせるパンソリなどで「韓国は予想よりもずっと日本に近い国だと思いましたね」と(『文芸春秋』9月号)。

これからの日韓文化交流でも重要な役割を担うことのできる人だったろう。

 W杯では20試合近く観戦したという。

相当なサッカー好きだったようだ。サッカーにかぎらずスポーツ愛好家としての印象が強かった。

それがまた多くの人に親しまれる一因だったろう。

 日本の伝統に足を置きながら、バレエや音楽をはじめとした文化や各種スポーツへの旺盛な好奇心を絶やさなかった。

気さくな人柄とともに、戦後の皇族のあり方に身をもって一つの範を示した人のあまりに早すぎる急逝である。

 歌会始の作を引いて、その人柄をしのぶ。

〈両翼に海風つかみ天かけるをじろわしの姿大空に映ゆ〉(97年)

〈石垣島あをくしづけき水底(みなそこ)をすべるがごとくマンタ泳ぎゆく〉(99年)


突然のあの若さでの逝去にはおどろかされた。世の中よい人がなんでこんなに早く亡くなるのかと悔やまれる。





小国の大統領の警告である。


11月24日天声人語より 


 大相撲で朝青龍が優勝した。モンゴル出身力士の優勝は初めてである。

土俵上のあの激しい取り口には、つい大草原を疾駆する騎馬民族の雄姿を重ね合わせたくなる。

そして13世紀に広大な版図を築いたモンゴルの大帝国のことを思った。

 折しも東欧のプラハで、北大西洋条約機構(NATO)の首脳会議が開催されていた。

そこでバルト3国やバルカン半島へと加盟国を広げることが決まった。

この軍事機構は、西から東へと「版図」を広げている。いまやかつてのローマ帝国に匹敵するような広大さである。

軍事力の強大さはいうまでもない。

 開催国チェコのハベル大統領は並みいる大国の首脳を前に演説した。

退陣間近だけに、世界が注目する最後の「晴れ舞台」になるかもしれない。

そこで彼はNATOの拡大を歓迎しながらも、彼らしい警告も発した。

 「プラハの春」といわれる民主化運動が起きたとき、ソ連の戦車が出動して弾圧、民主化運動は崩壊した。

68年のことだ。ソ連側は「同胞の救援」の名目でチェコの主権を侵害した。

その経験をくぐったハベル大統領は語る。

 より大事な価値のためといって主権を侵害する。これには慎重でなければならない、と。

明言はしなかったが、NATOも決断を迫られるイラク攻撃を念頭に置いての発言だろう。

「自分たちの奉じる価値が絶対だと思ってはいけない」ともいう。

強大なNATOが傲慢(ごうまん)さに陥らないようにとの思いが込められる。

 目前の敵のことばかりでなく、歴史のなかの役割を考えよう。

小国の大統領の警告である。



身近な事や歴史上の出来事で学ぶべきことは沢山有る。大国ばかりが先生ではない。

学ぼうとする心があるならば「全てが己の師」である。自分に学ぶ心構えがなければ

一生懸命に教えてもらつていても身にはつかない。





宙を「無量無辺、無始無終」と
形容したのは福沢諭吉だった。
ブラックホールをめぐるニュース



11月25日天声人語より 


 とても身近とはいえない。はるかに遠い世界のことだ。

私たちの生活に直接影響を与えるとも思えない。

しかし、そのことを考えると私たちの生きている世界の不思議さを心底から実感する。

そんなものの一つにブラックホールがある。

 このところブラックホールをめぐるニュースが相次いだ。

太陽系もその一部である銀河系の中心にブラックホールがある。

日米のX線天文衛星がその確実な証拠をとらえた。

もう一つは米国からの報で、4億光年かなたに双子のブラックホールを見つけた。

二つの銀河が衝突した結果のことらしい。

 大きな星の寿命が尽きて縮んでいく。その行き着く先がブラックホールである。

仮に野球のボールほどのブラックホールだとすると重さは地球の5倍にのぼる。

そこでは重力があまりにも強くて、光さえ脱出できない。

中心には特異点という物質密度が無限のところがあるという。

 宇宙の終末への道を描こうとした『宇宙のエンドゲーム』(徳間書店)によると、

「特異点は、他の宇宙への出入り口なのかもしれない」。

ブラックホールの内部に入ったらどんなものでも私たちの宇宙に戻ることはできないが、

別の宇宙に紛れ込む可能性はある、と。

 宇宙を「無量無辺、無始無終」と形容したのは福沢諭吉だった。

いまは宇宙の大きさ、さらに始まりと終わりまでかなり解明されてきた。

福沢が言う地球の芥子(けし)粒のような小ささとそこに生きる人間のちっぽけさの実感は深まるばかりだ。

 些事(さじ)に追われるばかりのときには、そんな宇宙のことを考えてみる。




ブラックホールの話を聞かされてもピンとこずに理解に苦しむ。 宇宙を「無量無辺、無始無終」と形容したのは

福沢諭吉の考えの方に納得する。広大な宇宙から見るならば自分の身辺の出来事は小さい。

アメリカがイラク攻撃をかけようがどうしょうが宇宙の現象からみるならばアリが虫を捉えるかどうかの

些細なでき事である。大げさに考える必要もないと考えたい。

時には夜空に立って星を見るのも良いのかもしれない。





カナダの首相報道官で、「うすのろ」
呼ばわりされたのがブッシュ米大統領だった




11月26日の天声人語より 



 私語にしろ、一国の大統領を「モーロン(うすのろ)」と呼んでは物議をかもす。

プラハでのNATO首脳会議開催中のことだ。

そう言ったとされるのがカナダの首相報道官で、「うすのろ」呼ばわりされたのがブッシュ米大統領だった。

カナダでは議会で野党が追及した。

 旧ソ連の有名な小話を思い浮かべる。

赤の広場で「ブレジネフは馬鹿だ」と当時の書記長の悪口を言った市民が逮捕された。

容疑は「国家機密漏洩(ろうえい)」だった。最高指導者が馬鹿だというのは、国家機密だったという話である。

 言論統制が厳しい時代で、そうした小話が口コミで広まった。

ささやかだが、したたかな抵抗だった。

いまは昔、とばかりもいえない。最高指導者の悪口を言ったりしたらひどい目にあう国はまだまだ存在している。

 自由の国アメリカではそんな心配は不要のはずだ。

悪口は許されるだけでなく、自由の証しでもある。

先日この欄でふれた「ふたをしたままの双眼鏡をのぞくブッシュ大統領」には、

インターネット上で「国家機密の疑い」もある写真説明が種々流れている。

 「おい見ろ、ブラックホールを見つけたぞ」「すごい双眼鏡だ。自分の後頭部が見える」

「君たち、コインを持っているかね。自由の女神が見えないじゃないか」。

そんな説明もあれば、ずばり「諸君、これが私たちが選挙で選んだ男だ」。


 カナダのクレティエン首相は報道官の発言について、記者たちに「私も彼女から『うすのろ』と言われることがある。

君たちに対してはいつものことだよ」と皮肉を込めて擁護した。




今までのアメリカの大統領の中でブッシユのように話題に何回もなるのはあまり聞かない。だが中間選挙での支持率は

此れまでの大統領が政権党が票を減らす所を却って増やしている。異常現象である。

リンカーン大統領以来の快挙だそうだ。でも「うすのろ」呼ばわりされる大統領も又少ない。

とんでもない人物がアメリカの大統領になっているということだ。

世界の殆どの国が参加しているのにもかかわらずに京都温暖化防止条約に参加していない。

米国全体の排気ガスはたれ流しである。今年の夏は殊に暑かった。地球の色んなところで弊害が出始めている。

南極 北極の氷が溶け出し海面が上昇してその為による被害が出つつある。突然現象の突風が吹くらしい。

笑い事ではすまない。独りよがりのアメリカによって世界は振り回されている。





田沼意次の時代は商品経済に着目し,
流通税の導入を図ったり、通貨改革をした



11月27日の天声人語より 



 現代日本の改革論議に耳を傾けながら、江戸時代のある人物のことを思い浮かべた。

時代が下って評価が大きく変化した江戸中期の老中、田沼意次である。

腐敗政治の権化のように見られてきた人だ。

それどころか道鏡、足利尊氏と並んで日本史三悪人に数えられることもあった。

 近年、歴史学者の大石慎三郎氏によって彼の再評価が進んだ(『田沼意次の時代』岩波書店)。

田沼といえばわいろ、といった悪評の出どころの多くが彼の政敵側からであることを示し、「実像」再建を試みた。

悪評の元になった史料は田沼失脚後に出たものがほとんどで、

彼と激しい政争を繰り広げた松平定信周辺の人物が記したものらしい。

 田沼時代は享保と寛政という二つの改革に挟まれた時代だ。

元禄時代のいわばバブルが崩壊したあと、財政再建のために倹約(歳出抑制)と年貢米の増徴(増税)を進めたのが

享保の改革である。

 田沼は商品経済に着目した。流通税の導入を図ったり、通貨改革をしたりした。

改革は完結しなかったが、先見性には見るべき点があった。

続く松平定信の寛政の改革では厳しい統制政策に戻るから、田沼時代はいわば谷間の時代だ。

 政権が商業資本と結びついてわいろが横行、たがが緩んだ面もあった。

〈白河の清きに魚もすみかねて元の濁りの田沼恋しき〉。

定信のやり方に疲れ、田沼時代を懐かしむ有名な落首である。世評も移ろいやすい。

 政争によって人物像や政策評価がゆがめられる。「小泉改革」の当事者たちも、歴史の評価に耐えられるかどうか。



「白河の清きに魚もすみかねて元の濁りの田沼恋しき」のようなことであつてはならない。

政治はまず政治改革を一番初めにはじめるべきことである。今の政治では競争がない。

誰も現在小泉首相に取って代われるような人に乏しい。民主党が鳩山代表に代り誰が代表になるか。

小泉首相にとって一つ間違えれば,やるべき事をやらないととって変られる人材がいたほうが

緊張感があってよい。今の政治手法をみていると大手土建業者の如き閣僚並びに〇〇○委員会にマル投げして

その結果を待っている首相の態度が目立つ。マル投げ首相ともでもいうか。あくまでも他人事のごとくに

閣僚 委員会を批判する言い方は如何なものかとおもう。 

早く首相のミスがあれば直ぐに変わりえる政党 人物が出てきてほしいものである。日本のために。




肉親の愛は時にうち勝つだろうとの思い


11月28日の天声人語より 



 シェークスピアの「ハムレット」を初めて読んだ生徒がこう言ったという。

「『ハムレット』にはいっぱいことわざが出てくるね」。一種の笑い話で、

それほど「ハムレット」のなかの言葉が、ことわざのように流布している。その多さを物語る話だ。

 以前この欄で「ハムレット」のなかのせりふを引用した。

これは小田島雄志訳だが、邦訳にいくつかあたってみて、

同じせりふが訳者によってこんなにも違うのか、と驚かされた。

 小田島訳に比較的近いのが福田恒存訳で「情が時を制するか、時が情を制するか」となる。

2人とも舞台にかかわる人だから、テンポがよく実際に口にしやすいことを考慮しての訳だろう。

 新しい訳では「愛が運命を導くか、それとも運命が愛を導くか」(野島秀勝訳)。

少し古いところで、戦後すぐの市河三喜訳はこうなる。「愛は境遇を左右するか、はた、境遇が愛の先達(せんだつ)となるか」。

さらに明治時代にまでさかのぼって、坪内逍遥訳になると「愛と利との先後(せんこう)は如何(いかに)?」と相当な「意訳」である。

 このせりふを引用したのは、拉致事件の被害者たちが日本にいなかった24年という長い年月のことを思い、

しかし、肉親の愛は時にうち勝つだろうとの思いを込めてだった。

あれからまた別の時間が流れている。被害者が北朝鮮に残してきた家族との離別の時間である。

この時間も重さを増すばかりだ。

 ここに至っては、手詰まりの事態の打開を願い「愛が運命を導く」の訳を引くのがふさわしいか。




「愛が時にうち勝つか、時が愛にうち勝つか」がことわざとして一番理解しやすい。「愛が運命を導く」のことわざも良い。

愛が地球を動かし得ると信じたい。人類愛が戦争を放逐し飢餓 貧困 病気 別離 圧政から解放されることを願いたい。

誰もが平等に世界の中で暮らしえる権利を備えて生まれてきているのである。時は狂いなく一刻一刻を刻んで過ぎてゆく。

その時 同じ時を過ごすのに地球上で異なった時を全員が過ごしている。戦争 飢餓 貧困 病気 別離 圧政などに

支配されない時が過ごせればと願う。

薄汚い策略 欺瞞 謀略などにより善良な人々が落としいられないよう世論が監視すればことの解決は簡単である。

世論の力を信じたい。
 



平和に対する言葉は戦争だけではなく
飢餓、貧困、無知、暴力、残虐などたくさんある



11月29日の天声人語より

 
 最近の言葉から。「北であれ南であれ、かつての日本であれ、汚れのない国家はない。いつでも被害者から加害者に反転しうる。

国家や民族は自己同一化する対象ではない。むしろ今、個人としてどう国家と向き合うかが問われている」とは

在日2世の政治学者の姜尚中さん。

 在日朝鮮人で詩人の金時鐘さんは「北共和国の国家暴力による日本人拉致事件は、在日定住者である私たちの体面を大きく損ない、

背負いきれないほどの負い目を同族の私たちに強いている」など

「恥ずかしさを堪(こら)えている私の、つついっぱいの思い」を記した(『論座』12月号)。

 憲法で常備軍を廃止しているコスタリカの元国連大使カレン・オルセンさんは「平和とはいかに生きるかということ。

平和に対する言葉は戦争だけではなく飢餓、貧困、無知、暴力、残虐などたくさんある」。

 「国民はまだ生活にゆとりがあり、蓄積がある。

クラッシュが来るまで、国民は政治を真剣に考えないね、きっと。

まだ、タレントを見るみたいな目で政治を見ている」と自由党党首小沢一郎さん。

 「以前は進学できない子が就職したが、今は、就職できない子が進学する。

大変な時代になった」とは大阪の求人説明会に生徒を引率してきた商業高校教員。

 「油まみれの32年、形になるものは何も残らんかった。ちょっと寂しいけど後悔はしとらん。

これまで、日本のモノ作りを支えてきたのはおれらやということは自信を持って言える」と

大阪府内最後の高炉で火を落とした中山製鋼所の孫請けをしていた中田純俊さん。


 「油まみれの32年、形になるものは何も残らんかった」とは誰にも大なり小なりである。砂で山を作るような人生の人

が大部分の人生かと思う。それでもよいまず一生懸命に人生をすごそう。人間は「砂の器」である。

弱いものであるから何回も何回も挑戦する事である。

戦争のない平和な世界は歴史を振りかえつても一度も無い。だからと言って諦めるのでなくそのような世界を求める

努力もずーとされてきている。ます゛は「爆弾をおとさせるのでなくブッシュを落とす」ことに尽きる。



パラダイス(天国)と名のついたホテルが
一瞬にして地獄に転じた

ケニアのモンバサで起きたテロ


11月30日天声人語より  


パラダイス(天国)と名のついたホテルが一瞬にして地獄に転じた。

ケニアのモンバサで起きたテロは、すべてを悪い方向に導きかねない衝撃的な事件だ。

 モンバサはヨーロッパなどではよく知られるリゾート地らしい。

この地で育ったというイスラム系ジャーナリストの記事が英紙に掲載されていた。

それによると近年、地元の人々と観光客との亀裂が広がっていたという。

 地元の人を雇用しない方針のホテルもあって反発を買っていたし、

旅行会社も外国資本か非イスラム系資本で、地元は潤わない。

観光客を「退廃した西洋文化の先兵」と見るイスラム教徒も少なくない。

そのうえ昨年9月のテロ事件以降、ケニア政府と組んだ米諜報(ちょうほう)機関などが強引な「捜査」をして反感をあおっている。

そういってテロを生む土壌を指摘した。

 バリ島のテロで多数の犠牲者を出したばかりのオーストラリアでは、政府が12日に警告を発していた。

テロの恐れがあるからモンバサへの旅行は控えるように、と。

 諜報機関からの情報というが、時期や方法などについての情報は得ていなかったと説明している。

対テロの闘いが情報戦でもあることを教える例だが、この情報を各国で共有できなかったのだろうか。

 こんどのテロがイスラエルを標的にしたことで、火に油を注ぐような事態を招くのは避けられないだろう。

対テロの闘いの困難さが一段と深まる。

テロを育てる土壌にも目を向けつつ、国際的な連携を強めてテロ組織のネットワークに立ち向かう。

改めてその重要さを告げる事件だった。


テロは何処でにでも起こりえる。現在のテロの動きを見ているとそれなりにルールがあるように見える。

アメリカに強く協力している国の人たちが狙われている。テロのターゲットの一番はアメリカに有るからだ。

アメリカが警戒すればするほどに対象が狙い易いアメリカよりの国の人々になる。

日本もこのことをば肝に銘じて,アメリカに追随しないことである。

アメリカは戦争を兵器産業の繁栄のために続けば続けるほどにテロも続く。止まない。

いつまでたっても平和は来ない。世界がブッシュの野望を手助けするだけに終わってしまう。





天声人語

ずーと昔から子供の頃,新聞を読むようになってからも天声人語は朝日新聞に掲載されていた。

書く人も歴代変っている。自然の移り変わりを特に書かれたひともいるし,日常茶飯事のことを多用していた

方もおられた。その時代時代の風物 事件が書く対象になっているのは天声人語の特徴は一貫して変らない。

天に代わって人の言葉で書くとの壮大な「天声人語」に引かれる。

天に代わって時の悪いことをしている人たちに天誅を下す。この言葉に引かれて今月は全部の天声人語を引用させてもらった。

このようにしてみてみると思いつきだけでなくじっくり調べられ引用されて話を展開されている事がわかる。

思いつくままの「随想」として書き始めたがそんなに新しい考えが浮かばないものである。

このように毎日職業として書くことになればしんどい話しかと思った。

不思議と人生を通じ朝日新聞を読む機会が与えられて来た。祖父の時代からずーと朝日新聞を読んでいる。

週間朝日もとっているが朝日にとりあげられて,追求された人物 会社は殆ど駄目になっている。

見る目が正しいのかどうかによるか考えても判らない。読むのを逸した人たちにも天声人語を引用していることは

良い事ではないかと考えている。




Homeへ


                                          10月分   11月分   12月分