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随想 シュワィツァ−・緒方洪庵 ギャラリ 検索リンク集


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三月になつて

3月の初めは比較的寒い日が続いたが,お彼岸が近ずくにつれ寒さも

和らいでくる。暑さ寒さも彼岸までで寒いなりにも穏やかな日が続く。

奈良のお水取りがすみ,お彼岸頃からは次第に暖かい日が多くなる。

不況感は相変わらずである。それにイラク戦争が3月20日に勃発した。

一方的なアメリカ側からの宣誓布告である。18日から48時間以内にフセインとその二人の子供の

イラク国外退去を条件にしている。第一発の爆撃はフセインとその二人の子供を狙ってのものである。

ブッシュの暴走が始まりだした。連日のニュースはイラク戦争の話題がトップニュースになり,

国内ニュースはそれにつれて小さな扱いとなってきている。不況からの脱出の舵取りに苦しむ小泉内閣にとっては

幸いだったかも知れない。小泉首相は戦争支持を表明した。国民の七割以上のの人たちが反対していても

日本は戦争支持国家となる。こんな大事なことが首相の決断一つで決められるのかが大変不思議に思う。

今の政治システムでは首相がどのような考えを持つていても,首相を変える権限は国民は持たない。

首相の直接選挙制度については将来のことといわず,早急に真剣に検討すべき事柄である。

大多数の国民が靖国神社参拝反対 イラク戦争支持反対て゛もそのような行動をする首相を持てば

諸外国から日本は非難を浴びる。これで民主主義国家なろうか。?

どのような首相を持つかは国民が直接に決められるべきである。

イラク戦争はやはり来たものが来たとの感を受ける。戦争開始後も戦争反対のデモが世界中で大きく

なって来ている。そんな動きとは関係なく戦争は拡大してきている。

初めは一週間か二週間で終結するような報道がアメリカのラムズフエルド国防長官あたりから

報道されていたが,四月になっても終わりそうも無い。

「衝撃と恐怖」作戦でイラク軍の戦意を消失させる筈だったが。イラクには通じていない。

イラン・イラク戦争から湾岸戦争,そして常に米英軍に監視のもと空爆にさらされているから爆撃に慣れている為か。

制空権はアメリカがはじめから制している。

トマホーク 並びに精密誘導爆弾がバクダッドの政治中枢部に投下されているが,まだフセインを殺すに至っていない。

第一発がフセインの首を狙ったものであったが,あたかも16世紀の戦国時代の大将を狙った戦争と全く同じである。

敵の大将の首をとりに行く戦法は戦国時代と同じだが,戦いの内容そのものは最新兵器,ハイテク兵器を使われている。

宇宙衛星を使ったGPSで目標物に直接爆弾を投下できるものである。

トマホーク一発は60万ドル日本円で約七-八千万円もする品物を6000発を,

 精密誘導爆弾一発25万ドル日本円で約三-四千万円もするのを10000発を打ち込んでいる。

それも破壊の為だけにである。

世界一豊かな国のすることで,なる程デカイことをするものだと感心する。

イラク戦争は米国の兵器産業の商売繁盛させるため,ブッシュとそのネオコンに関係している人たちによる戦争である。

だが彼等は「イラクの自由」作戦の名のもとイラクに民主主義をもたらすための美名のもとに戦争が行われている。

「イラクの自由」とはアメリカがイラクを自分達の自由にするための作戦ではないかとかんぐる。

アラブ世界の反米デモは益々に広がっている。

イギリスの基地より爆撃機か゛, 砂漠を進軍する兵士の前にはアパッチヘリコプターが護衛し

バクダッドめがけアメリカ軍は快進撃を続けている。イラク兵士は祖国防衛・聖戦をとなえており,

アメリカ兵士は仕事を早く終え,国に一刻も早く帰りたいとしている。

両陣営からできるだけ被害者が出ないことを祈り,戦争を見守る以外仕方ないものなのか。

なかでも若い尊い命が失われるのが見るに忍びない。

「この戦争で死んだら、戦争しか知らない人生になってしまう」との若いイラク女性の言葉が心に沁みる。




衝撃と恐怖



テレビを通して見るイラク戦争は想像を遥かに越えたものである。見ていて背筋が寒くなり「衝撃と恐怖」を感じた。

全世界の人たちも同じような,似たような感想をもたれた方も多分あるものと思う。

鬼・畜生が暴れているのではなく,地球上でモンスターかゴジラが大暴れしているような様子だ゛。

科学の発達は目覚しいものである。皮肉って言いたい「さすがアメリカ」だと。

アメリカの科学は全世界のトップを走っているのは誰もが認める所である。

兵器開発関連部門もその例外でなく此処まできたのかと感心する。

エビデンスに基ずく医学がアメリカから言われだしたと同じように,データーに基ずいた作戦が提唱されているようだ。

さすが世界一の科学先進国のやることである。実用にいたらないものは排除し,できるだけ効率を求めた

研究の大いなる成果であろう。実用・実利を重んじたアメリカの実用主義の偉大なる成果をみせつけられた。。

伝統ある実利主義アメリカの一番醜い一面を見た思いである。

世界でただ一つの超大国アメリカが小人国の中で凶暴化したガリバーのように大暴れしている感じを受ける。

危険であることを誰もが認めていてもそれを抑える者は誰もいない。他は小人達だけである。

国連の枠を勝手に飛び出して,戦争は国連憲章並びに国際法に違反しているとアナン国連事務総長が声明をだしても戦争に

突入している。日本の小泉首相がその戦争に支持をだすのだから呆れる。共犯者だ。

現在の世界は無法状態にある。戦争を法で裁く国際刑事裁判所があるがアメリカは参加していない。

日本もである。何故なのだろう。?ここでもアメリカ追従外交がはたらいているのであろうか。

世界中でアメリカの基地が130ケ国に 757ケ所軍事施設があるとの新聞記事を見た。それに国防総省140万人中

24万人が海外勤務しているそうだ。

今回イラク占領することにより又一国が親米国家に生まれ変わる。多分イラク内に数箇所の基地もつくられことでであろう。

その内に全世界中が親米国家になって,軍事施設・基地もふえ続けすることであろう。

これはどういうことを意味すことになるのだろうか。?

 アメリカは力で世界を支配下に置こうとしているのか。?

世界中に反米感情をもった国民が大多数いるところの親米国家が

沢山できるだけである。

世界は益々不安定になりテロが横行する世界になる。


国連の決議に反してでも行動する横暴な力の強い相手にはいくら話しても通じない場合テロしか選択の方法が無いから,

テロが横行するだろう。思いつめた自爆テロが起きる。全世界がアメリカの行動に注目している。

ここの所をアメリカは強く肝に銘ずるべきである。

二ュヨークの9.11事件の結果だけが問題になっている。そしてその後のアメリカはそのことを錦の御旗にして何事も振舞って来ている。

その原因を作っていたのはアメリカ自身にもあったのではないかと思う。何の理由もなくテロが突然起きるとは思わない。

いつまで経つても軍事力では平和的解決は得られない。

戦争→テロ→戦争→テロの連鎖はずーと続く。イラク戦争の後の中東には反米感情のイスラム国民がアメリカに対して

多分テロを起こすであろう。世界の世論を踏み倒したブッシュの責任は極めて重大である。

うすのろブッシュに戦争の権限を与えた現在のアメリカ上下議員達の責任も当然ある。

アメリカの力が大きけれ大きいほどにアメリカ自身,自身の立場をわきまえ自己規制,自戒を強くしなければならない。

アメリカの良き?伝統として一旦戦争になるとその戦争中は批判しないことになっているようだ。

平和主義だった元カーター大統領もイラク戦争に対し何も言わなくなってきている。

一方ブッシュはイラクで火災を起こした所への鎮火に既にテキサス州の石油会社を派遣している。

戦後の復興もアメリカが血を流したから,ブッシュ主導のアメリカの戦後復興が取りざたされている。

世界的な公私混同である。世界に平和はやって来るはいつのことになるのだろうか。





現実の社会や生身の人間に
直接かかわりたいと



4月1日の天声人語より 



 「早いものです。開業して10年たちました」と、うれしい便りが届いた。

兵庫県宝塚市で歯科医院を営む桝谷(ますたに)多紀子さんからだ。

 歯科衛生士らの助けを借りて、医院を一人で切り盛りしてきた。

患者全員をよく知っている。

「ご飯がおいしく食べられるようになった」と年配の人に感謝されるたびに、この仕事を選んでよかったと思う。

 桝谷さんは60年代、宝塚歌劇団で花組の主演娘役として活躍していた。

「花園とよみ」という芸名で甲にしきさんの相手役をつとめていた可憐(かれん)な姿を覚えているファンもいるにちがいない。

 退団後の活動の場はテレビだった。連続ドラマのヒロインなど、作品に恵まれた。

それなのに、30代半ば、突然、芸能界と縁を切った。虚構の世界しか知らないのが不安だった。

現実の社会や生身の人間に直接かかわりたいという思いがふくらんだのだ。

 自宅でピアノと歌を教えながら、歯科医をめざして予備校へ。

2度目の受験で私立の歯科大学に合格した。

若い学生に交じっての勉強は苦労が多かった。ようやく頭に入れたことが、あっという間に抜けていく。

 88年に卒業したものの国家試験に受からない。次の年も、その次の年も。

支え続けてくれた母親が倒れ、看病と家事が桝谷さんの肩にかかった。

合格を果たしたのは4度目の挑戦だった。

 夢の実現に10年を費やした。

「投げ出さなかったのは宝塚で鍛えられたおかげ」と桝谷さんは笑う。阪神大震災もなんとか乗り越えた。

はじめは歌劇団の関係者が多かった患者も、いまでは地域全体に広がっている。





運転士が走行中に居眠りしていた事件


3月2日の天声人語より 



 電車の中で居眠りする人が多いのに驚くというのは海外から来た人によく聞かされる話だ。

それだけ日本社会が安全で緊張感が薄いということなのか、あるいは皆疲れているのか。

ただ乗客はともかく、電車の運転士に居眠りされては困る。

 先日山陽新幹線で運転士が走行中に居眠りしていた事件にはひやりとさせられた。

事故につながらなくて良かったが、電車に限らず乗り物が錯綜(さくそう)する現代、「安全と睡眠」について考えさせられる。

 調査した旅客機のパイロット9人のうち5人が着陸直前に居眠りをした。

米航空宇宙局(NASA)によるそんな物騒な調査結果もある。

居眠りが原因で事故が続いたこともあって、

米国では国家睡眠障害研究委員会がつくられ「ウエークアップ・アメリカ(目覚めよ、アメリカ)」という報告書が出された。

 10年ほど前に出た報告書では、約7千万人の米国人が睡眠障害に悩んでいるという。

それ自体大変なことだが、睡眠障害が事故につながりやすいことも重大である。

 眠りそうなときは自分でわかると思うのは誤りだという。

「眠気は何の前触れもなく、瞬時にして眠りに姿を変える」と睡眠研究の権威デメント氏(『ヒトはなぜ人生の3分の1も眠るのか?』講談社)。

山陽新幹線の運転士もその例だろうか。

 デメント氏も、教え子でNASAの研究を主導したローズカインド氏も眠気がらみの危機を避ける最も効果的な対策を言う。

うたた寝である。うたた寝で効率も安全も確実に改善される、と。眠れるときに眠る。これは、わかりやすい。





 「フランチェスコの祈り」


3月3日の天声人語より


 不意に心の底に届く言葉がある。

以前はそれほど心に響かなかった言葉が、あるとき生き生きとよみがえる。

読者から「フランチェスコの祈り」について便りをいただき、そんな思いを抱いた。

便りには「自分はキリスト教徒ではないが、紹介してほしい言葉です」とあった。

各種の訳があるが、試訳で紹介を。

 「私を平和の道具にしてください。憎しみのあるところには愛を、争いのあるところには赦(ゆる)しを、分裂には一致を、

疑いには信仰を、絶望には希望、闇には光、悲しみには喜びをもたらす者にしてください」

 フランチェスコは12世紀末、イタリアのアッシジの裕福な家に生まれ、若いときは放蕩(ほうとう)生活を送った。

戦争や病に苦しんだ後に目覚め、清貧のうちに信仰生活を送る。

アッシジの聖人として知られる彼は、宗派や宗教を超えて敬愛の的になってきた。

 彼をめぐる書が様々あるなか、1冊の絵本が心に残っている。

ユニセフのエズラ・ジャック・キーツ賞を受賞した『フランチェスコ』(はらだ たけひで作・絵 すえもりブックス)で、

聖人の半生を心やさしく描き、この「祈り」の境地を簡潔に表現していた。

 「フランチェスコの祈り」は続く。

「慰められるより慰める者に、理解されるより理解する者に、愛されるより愛する者に……」。

読者からの便りは「この祈りの言葉自体が『平和の道具』になるのではないか」と。

 いま、とげとげしい雰囲気が世界を覆っている。

そんななかで、ひとときの安らぎを与えてくれ、勇気を与えてくれる言葉かもしれない。




春一番




3月4日の天声人語より



 風によって季節を感じる。その匂(にお)いや感触によってふと季節の移行を知らされる。

そんな風を日本人は愛してきたが、例外もある。

春一番である。季節を告げる風、しかも春を告げる風がこれほど荒々しいとは。

 きのう関東地方に吹いた春一番もそうだった。

風雨の強い荒れ模様のなかでの到来だった。東京では風速20メートルを超えた。

華やぐひな祭りに襲いかかるような春一番だった。きのうのように、ひな祭りと春一番が重なるのは珍しいことらしい。

 気象庁が春一番の記録を始めたのは51年からだという。ひな祭りと重なったのは61年以来で、きのうで2度目だった。

去年より12日早いが、例年より早いとか遅いとかいう言い方はしないそうだ。

1年に1回だけ吹く風として、季節感のお知らせの意味で発表しているらしい。

 『風の事典』(関口武・原書房)によると、日本に風の名前は2145もあるという。

世界でも珍しい多さだろう。季節によって吹く風がさまざまなこと、海に囲まれていて風の影響を受けやすいことからだろうか。

とりわけ漁業を営む人たちにとって風を見極めるのは死活問題で、その命名もきめ細かい。

 春一番は、地方によっては昔からつかわれていた名称だが、全国的につかわれるようになったのは戦後からのようだ。

確かに春を告げる風だが、春二番、春三番と続く強風は海難風でもあり、ときに事故や災害をもたらすことがある。

春はのんびりとはやって来ない。

 きのう、ひな流しはどうだったろうか。〈流し雛沈む小さな波紋のこし〉(石浜石翠)




そして最も変わるべきだった政治と金との
関係は変わっていない。


3月5日の天声人語より



 「川崎の助役がらみでサンズイがあるようです」。サンズイとは新聞記者用語で汚職のことだ。

本社横浜支局のS記者がデスクにこう報告した。デスクは「全力をつくしてやれ」といった。

88年4月のことだった。政権崩壊にまで至ったリクルート事件の取材はこうして始まった。

 取材班は全員20歳代の若手記者だった。

もちろん、この事件が日本の政界を揺るがす大事件になるとは夢にも思っていなかった。

株や登記についての知識もなく、学習しながら取材をする毎日だった。

 川崎市の助役をめぐる「事件」の概要を調べ上げ、あとは捜索、逮捕を待つばかりというときに、

捜査当局が手を引くとの情報が入った。取材班は打ちのめされた。

通常はそこで記事にするのをあきらめざるをえない。しかしデスクの指示で独自取材を続ける。

 この取材続行がなかったら、事件は永遠に闇に埋もれたままだったかもしれない。

その後の政界再編も様相が変わっていただろう。

本社のスクープだったからというわけではないが、報道のもつ独自の役割を再認識させてくれた。

若い記者が活躍したことも励みになった。

 15年前、横浜支局で事件の端緒をつかんだS記者がきのうの法廷を傍聴した。

江副浩正被告の表情に年月を感じたようだ。「かつての精気がすっかり失(う)せていた」と。

時代の波に乗って驚くべき成長を遂げ、絶頂期に墜落した被告にとっても長い年月だったろう。

 事件で変わった人もいる。変わらなかった人もいる。

そして最も変わるべきだった政治と金との関係は変わっていない。





 ITについて何でも相談に乗ります。


3月6日の天声人語より



 ITについて何でも相談に乗ります。

中小企業に情報技術による経営改善を助言するボランティアたちが、関西を駆け回っている。

「ちょっとアドバイス(3回まで)は無料」と銘打ったところがご当地らしい。

 その一人熊谷聡さんと、従業員20人のリフォーム会社を訪ねた。

事務所の奥に、73歳の社長と総務担当役員の奥さんがいた。

大企業を退職して会社を始めた社長は

「営業マンが携帯パソコンやデジカメで、改装後の画像をお客さんに見せられるようにしたい」と意欲的だ。

 すかさず、手書き派の奥さんが口を挟んだ。

「この人は高い機械を買っては、ほこりをかぶせてきた。嫌だという人に無理強いしてもだめよ」。

平均年齢が50歳を超すところではそうだろう。結局、社員がなじめるペースで進めたら、となった。

 もう一人の岩田晋一さんと出向いた先は中堅のガラス・サッシ商社だった。

「全員にパソコンを持たせなさい。私用メールに目くじらを立てない。

覚えるより慣れろです」と説いたが、経営陣はそれより取扱商品をデータベース化して、営業の現場で活用する話の方に興味を示した。

3回目だから無料相談は終わり。以降の相談は当事者同士の交渉次第だ。

 「ちょっとアドバイス」の派遣元は財界団体でつくった関西IT戦略会議。

推進役の山岡喜紹さんは、ボランティアをIT伝道師と呼ぶ。

「金ばかりかかって役に立たないと懐疑的な経営者が多い。悩みを聞き、布教するんです」。

 無料奉仕に退職者、現役など50人ほどが手を挙げた。ちょっといい話である。




その「世論」について


3月7日の天声人語より



 ボラの大群は想像とは少し違っていた。

活発に泳いでいるのかと思ったが、ただ体を寄せ合っているだけのように見える。

よく見るとゆっくりゆっくり移動している。

 大きな群れはほぼ同じ方向に動いている。小さな群れも島のように点在し、やはり体をくっつけあっている。

一匹オオカミならぬ一匹ボラは見当たらない。東京の浜離宮庭園を囲む汐留川に現れたボラの大群を眺めながら考えた。

どうやら大群の指導者はいないようだ。目指す目標もはっきりしない。ただ群れて移動している。

 その群れを見ながら小泉首相が語った「世論」のことを考える。「世論に従って政治をすると間違う場合もある。

それは歴史の事実が証明するところだ」。その「世論」について。

 イラクではフセイン政権支持が100%だった。

北朝鮮で信任投票をしても同じことだろう。戦前、戦中の日本もそれに近かった。

情報統制と報道管制それに監視態勢の厳しい国ではそうなるだろう。

歴史が教えるのは、そうして形成された世論はしばしば「間違っている」ということだ。

 体制が違ういまの日本では、一応自由に個人の考えを表明できる。

世論はその集合といえるだろう。その世論が間違っていると思えば、指導者の役割は説得することだ。

たとえばイラク戦争反対の世論が間違っていると思えば、いかに戦争がやむをえないか、あるいは必要かを説得すべきだろう。

 指導者も、目標もなく動いているように見えるボラの群れを眺めながら、人間世界の群れはそれとは違うはずだ、と思うのだが。




今回のイラク戦争でつくづく感じたことはいかに官邸 そこにいる首相の権限があまりにも強いかという事である。

国民が生きるも死ぬも官邸の指導力によるものである。

そのようなことは既に理解していたつもりだが,今回ほど身に感じた事は無い。

自民党が一番の党でそこから選ばれたのが,小泉首相である。前回の5人衆で選ばれた森首相とは少し違っている。

曲がりなりにも選挙で選ばれている。

自民党の中にも戦争反対の人たちが多くいる。でも一旦タカ派の首相が戦争支持となれば日本全体がそのようになる。

もし仮に法律のことは詳しくないが,法律で規制されていないことに関し全てが鶴の一声でそのようになってゆくのか。

鶴がとんでもないことを発すれば,国民はそれにしたがわざるを得ないものだろうか。?

戦争支持の全責任は小泉首相にあるのだから,イラク戦争が米 英の次に 日本と思い込んでいてテロを考えいる人があれば

是非小泉首相を狙ってください。

大多数の国民は小泉首相に大反対なのですから。

国民の世論は間違っていると言い切る首相が当選して,首相になれる制度自体が民主主義に反している。

何故にそのようになるのだろうか。首相の直接国民による選挙 アメリカとか韓国の大統領選挙のような制度を

日本にも導入すべきである。間接選挙はよくない。戦後ずーと自民党の主体とした一党支配が続くのはカネ 義理などの違った

汚れた要因が加わっているからである。

是非首相は直接選挙にすべきである。首相の唱える構造改革の一番大切なことではなかろうか。!!




その質問は世界の多くの人が
抱いている疑問ではないか。



3月8日の天声人語より



 親しく名前で呼ぶ間柄でも記者会見というのは、受ける側にとってはなかなか難しいものだろう。

ブッシュ大統領が6日、米国人記者を名指ししながら進めた会見も後半は問いと答えがかみ合わない場面が多かった。

 その質問をいくつか紹介する。

「同盟国と諜報(ちょうほう)機関の情報を共有しているということだが、

イラクの脅威はそれほど切迫していないと考える国がいるのはなぜか?」

 「北大西洋条約機構(NATO)や国連は分裂しているし、世界中で何百万という人たちが反戦デモをしている。

そういう国や人々はあなたに強く反対するだけでなく、あなたが率いる米国を傲慢(ごうまん)だと見ている。

なぜそんなことになったのか?」

 「多くの国民はフセイン大統領の武装解除については疑いを抱いている。

あなたは証拠を握っているという。しかし私たちは証拠を見ていない。

フセインが攻撃してこないのに血を流す必要があるのだろうか。そう考えている国民も半数いる。どう思うか?」

 「だれもがあなたのように楽観的ではない。攻撃がさらにテロを呼び、反米感情を増幅し、中東を不安定にするという人もいる。

彼らの方が正しいと考えるときはないか?」


 問いに対してブッシュ大統領はほぼ同じ答えをし続けた。

「フセインは欺瞞(ぎまん)の名人だし、彼が武装解除することはありえない」

「行動しないことの危険の方が大きい」「私の仕事はアメリカを守ることだ」などだ。

 質問は大統領に日々接している米国人記者からだった。

その質問は世界の多くの人が抱いている疑問ではないか。




フセインも悪いがブッシュも悪い。イギリスのブレア首相は何かひたむきな所が見られて好感がもてる。

国連で演説していた名前は忘れたがイギリスの外相はどうも嫌いだ。高圧的である。

ブッシュは何故に記者の説明に答えようとはしない。それでも大統領になれるのか不思議である。

父前大統領のブッシュの力 それにカネ,石油業界 兵器産業への好意的政治姿勢によるものか。

とんでもないアメリカ大統領が出現したものである,大変心配だ。

これは世界の世論に背を向けて単独行動をしている。

それにつき従うは経済的援助が欲しい東ヨーロッパの新しい国々に

日本のようなアメリカによって作られた危機(北朝鮮)を抱える国々 アングロサクソンの国々が支持している。

若いころはアル中で,次にはキリスト原理主義の,熱烈な信仰しか持てない精神的にタフでない人物が

アメリカ基地内で軍人達に演説している。その大統領の演説は理性に欠けた情緒的な訴えばかりである。

うすのろブッシュに世界は乗っ取られている。パウエル国務長官の方がまだましである。





アニメになった「頭山」が
あちらでどう評価されるか



3月9日の天声人語より



 今年の桜も早いそうで、そろそろ花見の計画をたてている人もいることだろう。

その花見といえば不運な人もいるもので、自分の頭に桜が咲いて花見客が頭の上にぞろぞろやってくる。

そんな話がある。落語の「頭山(あたまやま)」である。

 これを原作にしたアニメーション映画「頭山」(山村浩二監督)が米アカデミー賞短編アニメ部門の候補作にあがっているから、

落語ファンでなくてもご存じかもしれない。とにかく奇想天外な話である。

 江戸時代にできた話で、普通に演じると短すぎるので、独立して取り上げられることは少ない。

近年では八代目林家正蔵が得意にしていた。

四代目橘家円蔵の大正時代の口演記録も残っている(『明治大正落語集成』第七巻)。

 話はこうだ。ある男がサクランボを種ごと食べてしまったために頭から桜が生えてきた。

見事な桜で評判になり、花見客がやってきて頭の上でどんちゃん騒ぎをする。

頭にきた男は桜を引き抜いてしまった。その跡に大きな穴ができた。

 雨に降られて穴は池になった。フナやコイがわいて今度は魚釣りが押し掛ける。

夜になって網船を出す者まで現れた。もう我慢できない、と男は「もんどり打ってドブーンと自分の頭に身を投げた」(橘家円蔵)。

 しばしばシュール(超現実的)でブラック(気味悪い)な笑いと評されるが、

「そこつ長屋」や「死神」など落語にはこの手の「怖い」話はいくつかある。

ただ発想の奇抜さでは「頭山」が群を抜いているだろう。

アニメになった「頭山」があちらでどう評価されるか、楽しみだ





意見の違う者を暴力で封じ込めようとする
社会であってはならない。




3月11日の天声人語より



 大事件や非常事態で輪転機を止めるとき、新聞社ではサイレンを鳴らして非常を告げる。

あのときのサイレンは居合わせた者にはまさに「弔鐘」だった。

「小尻、1時10分、死亡」。87年5月4日未明、朝日新聞大阪本社の社会部長が怒気を含んだ声でそう叫び、

輪転機を止めるサイレンが鳴り響いたあのときである。

 前夜、阪神支局で散弾銃を浴びた小尻知博記者は病院で失血のため亡くなった。

重傷を負った犬飼兵衛記者の体には、いまなお44個の散弾粒が残っている。

この事件を含め一連の朝日新聞襲撃事件すべてが11日午前0時で時効成立、

犯人不明のまま事件は一つの節目を迎えた。

 事件後、小尻記者の母親のみよ子さんは「六十の手習い」で俳句を始めた。

〈帰ってよ奇跡おきれば帰ってよ〉〈何見ても意味なく流る涙とて〉〈暗やみにうずくまり居てひかり待つ〉。

そのころは、ひたすら悲しみを吐露する作品で占められている。

遺族らのこの気持ちには「時効」が訪れることはないだろう。

 犯行声明を送り続けた「赤報隊」は「すべての朝日社員に死刑を言いわたす」と脅迫した。

小尻記者の死はその意味でも「すべての朝日社員」にとって消えない痛みとして残る。

「赤報隊」のようなテロリストに対して、言論でもって闘い続けるという誓いとともに。

 多くの言論人も思いは同じだろう。意見の違う者を暴力で封じ込めようとする社会であってはならない。

その原点は共有できるだろう。

 〈彼岸来て悲願つづけてまた彼岸〉。みよ子さんの悲願も、時効を超えて続く。





閉塞(へいそく)状況から抜け出そうと
あがいているところは、現在にも通じる。





3月12日の天声人語より



 20年ぶりに株価が8000円を割ったのを機に、20年前の83年を数字で振り返った。

GDPなど経済規模は現在の半分に近い時である。前年に発足した中曽根政権は支持率37%で始まった。

不支持率も37%だった。83年中は常に不支持率の方が高かった。

 失業率2・7%、失業者数は158万人でこれもいまの約半分だ。この年、自殺者数が急増し、2万5千人を超えた。

98年から3万人を超えるが、それまではこの年の数字が最悪だった。

国債残高が100兆円を超えたのもこの年で、戦後最大の財政危機といわれた。

 「社会は豊かに、個人は質素に」と唱えた財界の大御所、土光敏夫氏が注目を浴びた。

めざしが好物で一汁一菜の質素な食事ぶりなどが紹介された。

その後の行財政改革の道筋をつけた人である。

 もう一人、質素や辛抱、忍耐を訴えたヒロインがいた。NHKの連続テレビドラマ「おしん」だ。

最高視聴率62・9%という驚異的な数字を記録した。その後、途上国など世界各地に輸出され、国際的なおしんブームをもたらした。

 マイケル・ジャクソンの「スリラー」が一年中流れ続け、韓国の歌手趙容弼(チョーヨンピル)の「釜山港へ帰れ」が街々に流れた。

「熱い秋」とは欧州での反核運動の高揚である。200万人が抗議行動に参加した時期もあった。

993万人。これは4月に開園した東京ディズニーランドの83年度入園者数だ。

 こうやって振り返ると、バブルをはさんだ20年前というのは近いようで遠い。ただ、

閉塞(へいそく)状況から抜け出そうとあがいているところは、現在にも通じる。





相手のためにと思ってすることが
相手には迷惑になる





3月13日の天声人語より


 タマちゃんの屈託のない表情を見ていると、望郷の念に駆られているとも思えないのだが、考えの違う人たちもいるらしい。

横浜市の帷子(かたびら)川を遊泳するタマちゃんを「強制帰郷」させようとした人たちの試みは

失敗に終わったものの、騒ぎは人間同士の意見衝突を招いている。

 「故郷の海に帰すべきだ」という主張は一般論としては理解できる。

川にとどめようとするのは人間のエゴだという主張も、そうかもしれないと思う。

しかしタマちゃんにとってどちらがいいか、を考えるとそう簡単ではなさそうだ。

 「地獄への道には善意という絨毯(じゅうたん)が敷き詰められている」。

少々大げさかもしれないが、こんな警句を思い浮かべる。

善意を振りかざす人たちが結果的に悪をもたらすとの逆説を言っているのだが、

しばしば経験することだ。

やさしくいえば「おせっかい」だろう。相手のためにと思ってすることが相手には迷惑になる。

 捕獲を頼まれて来日した保護団体の米国人が「こんな汚い川にいては幸福であるはずがない」と語ったそうだ。

ブッシュ大統領が同じような言いまわしをする。圧制下のイラク国民が幸福であるはずはない、と。

そして「彼らの解放」をイラク攻撃の理由の一つに挙げる。こちらの「善意」はそれこそ地獄への道かもしれない。


 「正義はわが方にあり」などといって非難し合う人間社会のきしみを少し和らげてくれたのがタマちゃんの出現だった。

その自分が争いの的になるようでは愛想をつかして消え去るかもしれない。

 残念ながら人の世に争いの種は尽きない。



イラク戦争はブッシュの論理は圧制下のイラク国民が幸福であるはずはない、と。でもそれ以上に爆弾で殺されるほうが

ずーと恐ろしい。イラクの中では少なくともフセインに歯向かわずに随っていれば殺される事はない。

でも爆弾は何処に落ちるか判らない。誰の上に落ちるかも判らない。鉄砲の弾が戦争ならば誰に当たるかも知れない。

そのような危険な状態にブッシュの為によって置かれている。それでもイラク国民が幸福といえるのだろうか。

今まで,戦争と平和の繰り返しであった。徳川時代の圧政下の日本の民が不幸だったとは思えない。

その前の戦国時代 明治維新の動乱期に過ごした方のほうが不幸と思える。

現在,日本もアメリカの半植民地である。沖縄では基地が沖縄の良好な土地を占めている。

戦前 戦後の動乱期を体験したものとして食べることが一番困った事であった。雑炊と芋が主食である。

当時アメリカ進駐軍(占領軍)が食べ残した残飯が大変なご馳走だった。

戦後 アメリカの同年の人達とペンパールとして文通した中でテレビと自動車があると知り夢のような国に

住んでいる人のように思えた。何が幸福か勝手にブッイュがイラクの人たちの運命を決めるべきではない。

戦争が最大の不幸をもたらしている。




病人を支える制度
日本に住む身として、
考え込んでしまう。



3月14日の天声人語より



 北極圏にあるスウェーデンの国立研究所でオーロラ研究を続ける山内正敏さんが、

全身の筋肉が動かなくなる難病に襲われた。一昨年10月、41歳のときだ。

 発病2日で急速に麻痺(まひ)が進み、息もできなくなった。3カ月たって人工呼吸器がはずれ、

4カ月後にリハビリテーション病棟へ。筋肉の回復はゆっくりだった。

1年後、口で操作していたパソコンをかろうじて手で操れるようになり退院した。

 高負担高福祉の国として知られるスウェーデンは、入院中に医療費はかからない。

部屋代などとして集中治療室にいるとき月約1万円、リハビリ病棟で約4万円で済んだ。

給料は病気になっても9割が無期限に出る。一般的には8割だという。

 姉の美佐子さんは独身の弟を気遣い、発病直後と2カ月後に病院を訪ねた。

家族は患者の心に「寄り添う」だけでよく、日本のように「付き添う」必要はなかった。

その分病院には大勢の看護職が働いていた。

 まだ全身麻痺状態なので、5人の介護者が交代で24時間つく必要性を行政が認めた。

介護者の給料は税金から出るが、法律上の雇い主の山内さんが、非喫煙者などの条件で面接して採用した。

入院生活と比べ面倒は増えたが、夜遅くまで友人と酒が飲めるなど自由が快い。

今は週に2日通勤し、自宅でも平均2時間パソコンで仕事する。

 スウェーデンの福祉制度も経済危機に見舞われ揺れている。

それでも、病人を支える制度がこれだけある。「日本で発病しなくて幸せだった」と山内さんはいう。

日本に住む身として、考え込んでしまう。



スゥエーデンの話は医療・福祉先進国として常に聞いている。だから完全なものとは思わない。

国情に合った医療・福祉があつて良いと考える。日本は介護制度が始まり軌道にはまだ乗っていない。




信仰を心の支えにして
戦争に臨もうとしている大統領

雰囲気重視の首相




3月15日の天声人語より



 雰囲気を大事にする首相と信仰を大事にする大統領と、指導者としてどちらが頼りになるか。

なかなか難しい問題だ。

 野党の党首と会談した小泉首相が米国のイラク攻撃について「その時になってみないとわからない」

あるいは「その場の雰囲気だ」などと語ったと伝えられる。

国際舞台では緊迫した外交交渉が続くなか、見上げた落ち着きぶりである。

とうに米国を支持すると決めているからか、あるいは本当に雰囲気次第なのか。

 一方、「悪との戦い」を確言するブッシュ大統領には宗教の影がつきまとう。

信仰心のあついクリスチャンとして知られるが、9月11日の同時多発テロ以来、その影が濃くなった。

イラク攻撃をひかえて宗教色がさらに前面に出てきた。

 ピルグリム・ファーザーズといわれる清教徒の一団を先祖と仰ぐ国である。

英紙によると、いまでも53%の米国人が「人生で宗教がたいへん重要な役割を占めている」と考える。

英国では16%、フランスでは14%、ドイツでは13%というから、その信仰心のあつさは突出している。

 その国で、キリスト教右派といわれる人たちの支持を得、ホワイトハウスで聖書研究会を開き、

演説では必ずのように神に言及する。

信心深いこと自体は責められることではないが、大統領としては少々深入りしすぎではないかとの危惧(きぐ)はある。

 信仰を心の支えにして戦争に臨もうとしている大統領を、

状況追随あるいは雰囲気重視の首相が説得して事態を動かすことはたいへん難しい。

2人の組み合わせから、そのことだけは想像がつく。



「その場雰囲気」に頼り政治をおこなう小泉首相と「悪との戦い」を確言するブッシュとは良いコンビである。

でも簡単には戦争をやるべきでないし,又簡単にその戦争支持を表明すべきではない。

目覚しい高価な高価な兵器をフンダンに使用するに対して,身近な自国の赤字財政で苦しんでいることを考えず,

何故遠い他の国のことがそんなに気になるのだろうか。?その理由をば是非聞きたい。





各地から梅の便りが届く



3月16日の天声人語



 各地から梅の便りが届く。この梅の魅力は桜とはちょっと違う。

一本ごとに枝ぶりが異なり、花の咲きようも違う。

その姿は豪華な桜と違って清楚(せいそ)なたたずまいといおうか。

寒さが残る中で咲くけなげさもある。〈梅一輪一輪ほどの暖かさ〉(嵐雪)

 梅を愛したのは万葉歌人だった。中国原産の梅は、遣隋使か遣唐使が持ち帰ったともいわれる。

大陸から渡来したばかりであろうその梅を、古人たちは競って歌にした。

桜を詠んだ歌よりはるかに多い約120首にのぼる。

〈わが園に梅の花散るひさかたの天より雪の流れ来るかも〉。

大伴旅人のこの歌は、自宅に友人を招いて観梅の宴をしたときの作だ。

 平安時代の清少納言も「木の花は濃きも薄きも紅梅」と書き留めた。

白梅中心だった万葉の時代と違って紅梅賛美である。またこの時代、梅の香りへの賛美も多い。

源氏物語にこんな一節がある。

 「春のおとどの御前(おまへ)、とり分(わき)て、梅の香も御簾(みす)のうちの匂ひに吹きまがひて、

生ける仏の御国(みくに)とおぼゆ」。

紫上の住んでいる御殿の描写で、梅の香りが漂ってきて極楽浄土のようだ、と。

薫物(たきもの)の話が詳しい「梅枝」の巻では、紫上が香の一種の「梅花」を調合し、絶賛されもした。

 千年以上も前のそうした話を思い浮かべながら、街で梅を見かけてふと立ち止まる。

先日立ち寄った浜離宮庭園では、菜の花が一面に咲く色鮮やかな畑の横で、梅がひっそりと咲いていた。

そんな風景もいい。

 月明かりの中の梅も忘れてはいけないだろう。〈春もやゝけしきとゝのふ月と梅〉(芭蕉





メキシコの対米感情は複雑である。



3月17日の天声人語より


 メキシコで米国人記者とともにスペインのアスナール首相に会ったことがある。

当時は野党党首として紹介された。

両国の友好関係を語っていたが、メキシコ人からすれば複雑な感情を抱かざるをえないスペインとの関係だろう。

 遠い昔とはいえメキシコの地を侵略、征服した国である。その後は長く植民地支配を受けた。

その間、混血が進んだからスペイン人は自分たちの祖先でもある。

 米国との関係も微妙だ。19世紀の対米戦争で国土の約半分にあたるテキサスやカリフォルニアなどを奪われた。

その後、両国の力の差は広がるばかりだ。一方で輸出の9割が対米など依存関係も極端だ。

移民や出稼ぎ先としても依存度が高い。

 メキシコの対米感情は複雑である。

向きは「米国は素晴らしい隣国だ」と礼賛をしても、親しくなると「どうしてあんなに強圧的なのか」などと本音をもらしたりする。

そしてイラク攻撃をめぐっては、国民の圧倒的多数が反対、つまり反米である。


 世論と米国との間で板挟みのフォックス大統領の心労は大変なものだろう。

米国の後押しもあって安保理の非常任理事国になったものの、果たして米国やスペインにノーと言えるのか。

先日ヘルニアの手術ということで入院したのは心労のあまりか。

 西部劇ではしばしば従者や三枚目の悪役をやらされるメキシコ人だが、フォックス大統領もそんな役は演じたくないだろう。

「神からはあまりに遠く、米国にはあまりに近い可哀想なメキシコ」。

かつてのメキシコ大統領の自嘲(じちょう)の言葉のように、悩みは尽きない


メキシコと同じような思いが日本の国民にもあると考える。ただ違うのは自民党のアメリカ一辺倒のタカ派首相が政治を

携わっている所に有る。





悲惨な歴史への感覚は鋭い。


3月18日の天声人語より



 人間は忘れることができる。そのおかげで生きていくことができる。

悲しみや苦しみもやがて記憶の闇に埋もれていく。そうやって多くの人は生きてきた。

悲惨なできごとを忘れないように記憶や記録に残しておこうという発想はいつごろからのことだろう。

 前世紀の最もいまわしいできごとの一つ、アウシュビッツ収容所は、ほとんど当時のまま残され、

人類共通の記憶として保存されている。悲劇を静かに、しかし雄弁に伝える。広島の原爆ドームもそうした記念碑だ。

 今世紀初頭の最も衝撃的で悲惨なできごととして記憶されるだろうニューヨークの世界貿易センタービル跡、

通称グラウンド・ゼロの跡地計画にもその考えが採り入れられる。

くぼみに残っていた壁をそのまま生かして追悼施設をつくる計画だ。

 「グラウンド・ゼロに行ったとたんにそのアイデアがひらめいた」とは、コンペで計画を採用された建築家D・リベスキンド氏だ。

その施設には、ゆっくりと下りていくスロープがあり、装飾のない空間で各人が静かに思いをめぐらせることができる。

 ドイツのベルリン・ユダヤ博物館の設計者として知られるリベスキンド氏は、ユダヤ系ポーランド人の家に生まれた。

両親は大戦中、ソ連の収容所に入れられ、やがて解放されたが、親族はほとんどがホロコーストの犠牲になった。

悲惨な歴史への感覚は鋭い。

 「9月11日」の事件以後、世界は変わった。そして、いままた戦争が始まろうとしている。

原点の事件から外れすぎているのではないかとの懸念を振り切って。




「平和の構築は戦争をするより難しい。
忍耐強くなければならない」。


3月19日の天声人語より



 ブッシュ大統領の皺(しわ)が印象的だった。

戦争に向けてイラクへの最後通告をする大統領の額の横皺と眉間(みけん)の縦皺の深さである。

「苦渋の決断だったろう」と語る小泉首相のさっぱりした表情とは対照的だった。

 最後通告をした日の夜というのは眠れるのだろうか。

普通は心配で眠れないといわれる。ひょっとして相手が素直に従うのではないか。

そうしたらどうしよう。冗談のような不眠説もあるが、それとは逆に私たちは、

土壇場でフセイン大統領が亡命してくれればいいのに、とかすかな希望にかけるしかない。

 最後通告にはしばしば48時間という期限がつけられる。

今回もそんな慣例通りである。考えてみればこの最後通告というのは妙なものだ。

問答無用はいけない。これから戦争を仕掛けますよ、と相手に告げる。

開戦にあたってのあいさつである。最も野蛮な行為であるはずの戦争にも最低限の礼儀が必要というわけだ。

 ただし、礼儀正しく通告したからといって戦争が正当化されるわけではない。

ブッシュ大統領は「国連安保理は責任を全うしていない。だから我々がそれを全うするのだ」と語った。

日本でいう「天に代わりて不義を討つ」の論理だが、往々にして独善の正当化に使われやすい。

 「平和の構築は戦争をするより難しい。忍耐強くなければならない」。

かつて米国の国連大使としてキューバ危機に対処したA・スチブンソン氏の言葉だ。

あのときもソ連に最後通告をつきつけて迫ったが、ぎりぎりのところで譲歩を引き出した。

 改めてかみしめたい言葉である。




ブッシュは決断にそんなに深刻に考えていない。猿顔の皺は元もと有ったもので,彼には思考力がない。

他の助言者の意のままである。演説も全てが他の人が書いたのを読むだけである。

一方誰が言っても自我を通すのが小泉首相である。

タカ派的性格は親譲りのようだ。難しいと思うことは丸投げにして責任を取らない。

極めて処世術に長けた人物である。だから最近「変人」の言葉は聞かれなくなってきている。

「変人」を演じたのも彼の処世術の一つだったと考えたい。

一番大切な外交をば川口順子外務大臣に任命した事は大間違いである。

世界では日本の存在感がほとんど認められていない。ただ外務省の言いなりであり,アメリカの言いなりである。

日米同盟と国際協調を同列に置くのは無理が有る。国際協調の中の一つとして日米同盟があるのが

本筋である。復興支援が話題になった時にもアメリカは米国主導を唱え,

他の国が国連主導の二つに分かれたときにどうするのか。

積み木を壊した場合もとにもどすのは壊した人が全て責任をとるべきである。

次に費やした兵器を補充生産するのに注ぐ費用をばイラクに,全てアメリカが支払えば問題は解決する筈である。

だが戦争で亡くなった生命は元には戻らない。





今度の戦争の正当性が
極めて疑わしいことの証しの一つ




3月20日の天声人語より



 英国ブレア政権は最大の危機といわれた。

与党の労働党から戦争に反対する造反議員が大量に出たうえに、閣僚の辞任もあった。

18日の下院での演説、質疑と採決が正念場だったが、ブレア首相は野党保守党の支持を得て乗り切った。

 「最近顔色が悪く、髪の毛も薄くなって疲れ切った様子だったブレア首相が、この日ばかりは活力にあふれ、

驚くほどの集中力を発揮した」と英紙は当日の様子を伝えている。

テレビなどで演説や質疑を見聞きしたが、まさにそんな感じだった。

 言葉で何とか説得しようという情熱が伝わってくる。

同じ言葉でもブッシュ米大統領の演説が、

米国民の心に響きやすい「正義」や「自由」などといった大づかみな言葉で情に訴えることが多いのに対し、

ブレア演説は周到に論理が練られていた。

一方、きのうの党首討論での小泉首相はといえば、論理による説得力も情に訴える力も弱かった。

 ブレア首相はたとえばこうだ。

「確かにフセイン大統領は譲歩もした」「大量破壊兵器とテロ集団との結びつきはまだ緩やかだ」

「なるほど世界や国連は分裂している」など自分の主張に不利な事態を挙げつつ「しかし私はこう思う」と語りかける。

 フセイン打倒を前面に出してきた米国との違いも語った。

「イラクの体制転覆を正当化したことはない。国連決議だけが攻撃の法的根拠だ」と。

 ブレア首相の獅子奮迅の働きにもかかわらず、与党労働党の約3分の1にあたる139人の離反者が出た。

今度の戦争の正当性が極めて疑わしいことの証しの一つでもあろう。





戦争が始まってしまった。




3月21日付の天声人語より


 戦争が始まってしまった。

この戦争は尋常ではない。根本的に何かがおかしい。

だから最後通告後も「始まるはずがない、始まってはいけない」との思いが消えなかった。

 とてつもなく古い戦争のような気がする。古代ローマ帝国やアレクサンダー大王の時代を思い浮かべてしまう。

飛び抜けて軍事力の強い帝国がはるばる遠方の地まで出かけ、力でねじふせて勢力下に置く。

そうしたかつての帝国といまの米国とがつい二重写しになった。

 米国は「自由をもたらす」戦争だという。

その伝道師然とした使命感には宗教戦争のにおいを感じざるをえない。

攻められるイラク側が「イスラムへの攻撃だ」と宣伝するだろうから、実際にその危険をはらんでいる。

過去の宗教戦争の過酷さを持ち出すまでもなく、そうなったら悪夢である。

 古さついでに中世の神学者アクイナスを引けば、彼は「正義の戦争」に三つの条件を挙げた。

(1)公に是とされる(2)正しい理由がある(3)動機がゆがんでいない。

国際社会が分裂し、国連の枠を外れての開戦だから、少なくとも(1)を満たさない。どうやら神学者の眼鏡にもかなわない。

 国連抜きの開戦は赤裸々な力の衝突ということで、19世紀型の主権国家同士の戦争という感じにも襲われた。

その戦争はしかし、最も新しくて強力な兵器で戦われる。そこは突出して新しい。

 テロとの戦いは、国家の枠には収まらない新しい21世紀型の戦争のはずだった。

こんどの戦争に古さを感じるのは、それとは異質の部分があるからではないか。

どこで道を誤ったのだろうか。



「正義の戦争」に三つの条件を挙げた。(1)公に是とされる(2)正しい理由がある(3)動機がゆがんでいない

三つの以上の条件がみたされようとも「正義の戦争」というものはありえない。

歴史を振り返ってみても,一つとして戦争で正義だといわれるものは何一つとしてなかった。

勝てば官軍であって,しばらくはそれが「正義」の勝利だが,時代を経て政治情勢が変化すれば評価も変る。

それも時代によって正義はコロコロと変わっている

戦争で多くの人たちが死に傷ついた事だけは,その事だけは決して変らないいつまでも真実なのである。

戦争は決して有ってはならないものである。それへの努力として小さい争いで,戦わずして解決する方法を人間は

見つけている。それは司法制度による裁判だ。それで正邪をつける方法を長い間の人間の智慧として発見している。

国際間の争いも司法制度を活用する努力をすべきだ。常に最新兵器を作る努力するよりも最優先させるべきである。

今回の暴挙は世界歴史上におけるアメリカの汚点である。

いくらテレビで正しい戦争として多勢の従軍記者をつれ見せたとしても,アメリカが人間として劣った国民であることを

宣伝しているようなものである。アメリカは精密機械(文明)のみが発達した野蛮国であることを世界に宣伝している。

「正義の戦争」は今までにもなかったし,今後もありえない事に早く人間はきずくべきである。






童謡の世界は新鮮に映っている


3月22日の天声人語より



 戦時下のイラクでは、子どもの歌声は消え去っただろうか。

子どもたちの歌が懐かしくなって、東京都目黒区にある「音羽ゆりかご会」を訪ねた。

童謡を歌う子どもは少なくなったが、1933年に生まれたこの会は、

童謡が伝えてきた豊かな情感やきれいな日本語を残そうと、今も健在だ。

 「カナリアが歌わなくなったので、山に捨てたり、柳のむちでぶったり、この子はカナリアが嫌いなんだろうか」

「嫌いだと思う」「先生の意見は違う。好きだから、なんとかしてもう一度、歌ってほしいと思っているのじゃないかな」

 指導者の海沼実さん(30)は、こんな会話をしながら、童謡「かなりや」を教えている。

「背戸(せど)の小薮(こやぶ)」「象牙(ぞうげ)の船に銀の櫂(かい)」といった言葉には、説明が必要だが、

「子どもたちには知らない言葉が多く、童謡の世界は新鮮に映っている」と海沼さんはいう。

 童謡は、大正時代に子どもが楽しめる歌を作ろうと詩人や作曲家が始めた運動だった。

その流れをくんだのが「ゆりかご会」で、戦後すぐに川田正子、孝子、美智子の三姉妹が歌う

「里の秋」や「みかんの花咲く丘」などで、童謡ブームを作った。

 食糧難だったが、平和のありがたさをかみしめながら、

「栗の実」や「みかんの花」の歌詞を口ずさんでいると、飢えも少しは和らいだのかもしれない。

イラクに子どもたちの笑顔と歌声が戻ってくるのは、いつの日だろうか。

 同会は23日に創立70周年のコンサートを東京芸術劇場で開く。

海沼さんは創設者の孫で、三姉妹の末妹の美智子さんの長男でもある。




バグダッドの市街に上がる
キノコ雲のような火煙からも



3月23日の天声人語より



米英軍が戦っている相手は、イラクだけではない。

自国の世論、そして世界の世論を相手にもしている。

そもそも正当性が疑われる戦争だけに、これ以上反戦感情が増幅するのは避けたい。

できれば戦いの中で正当性を獲得していきたい。そんな意図がうかがえる。

 そのためにはさまざまな分断を試みる。

支配者と被支配者とを分ける。標的は支配者だと言い続ける。軍と市民とを分ける。

市民の犠牲をできるだけ少なくすると言い続ける。

それを目に見える形で可能にするのが、精度の高い最新兵器だ、と。

 精度の高さにもかかわらず、最新兵器の破壊力の大きさは被害を広範にし、必ずしも目的には沿わない。

バグダッドの市街に上がるキノコ雲のような火煙からも、その破壊力のすさまじさが推察できる。

市民を巻き添えにしない攻撃は至難だろう。

 日中戦争やベトナム戦争が泥沼化したのは、兵と一般の人々との区別が難しかったことが一因だった。

「人民の海」にまぎれてのいわゆるゲリラ戦である。

多くの人がゲリラ側を支持したから可能でもあった。

そのためしばしば無差別の殺戮(さつりく)が行われ、悲惨な事態を招きもした。

 米英側は避けたい事態だし、イラク政府の中枢が生き残りを図ろうとすれば、そうした「ゲリラ戦」に持ち込もうとするだろう。

バグダッド攻防をめぐる最悪のシナリオの一つである。

「戦争を終わらせる最も手っ取り早い方法は負けることだ」。

この格言をイラク中枢が聞く耳を持つかどうか。

 無力感に襲われがちだが、「非戦」の声を上げ続けるしかない。




「非戦」と反戦はどのような違いが有るか。戦争は絶対にあってはならない。早く戦争を止めるべきである。

遅すぎる事はない今すぐに戦争はやめるべきだ。

多分ブッシュもフセインも聞く耳はないと思う。道理としては戦争を始めたほうからやめるべきで有る。

そして国連に戻し問題となる大量破壊兵器を見つけ出す事である。そして破棄する。

新しい政府を作るのは国連の監視下でイラク人自身で手で作ればよい。虐殺はフセインは勿論の事ブッシュも

又イラク国民に対してしている。兵士は命令に随っただけである。最高司令官はフセインであり,そしてブッシュだ。




イラク戦争当初の集中攻撃「衝撃と恐怖」
作戦は「孫子の兵法」を基礎



3月24日天声人語より




 米国の書店で『孫子』の英訳をよく見かけた。古代中国の兵法の書だが、

軍事関係の棚はもちろん東洋思想の棚でしばしば見かけたような気がする。

そのように思想書としても読まれているのかと思ったものだが、実戦に応用されることもあるらしい。

 イラク戦争当初の集中攻撃「衝撃と恐怖」作戦は「孫子の兵法」を基礎にしているという。

「戦争の原則としては、敵国を傷つけずにそのままで降伏させるのが上策で、

敵国を打ち破って屈服させるのはそれに劣る」(『孫子』岩波文庫)とある。これを指すらしい。

 心理的に衝撃を与え、恐怖心を抱かせて屈服させる。ただし孫子の言とは違って、

今度の作戦は開戦後の攻撃である。思いがけぬ利用のされ方に孫子も苦笑していることだろう。

イラク情報相はきのうの会見で「米英軍の失敗こそ、彼らに『衝撃と恐怖』を与えただろう」と切り返した。

孫子のいう「上策」に米英側が成功したとはとてもいえそうにない。

 孫子は紀元前500年ごろ、春秋時代の人物との説が有力のようだ。今日まで愛読され続けたのは、

単なる兵法の書にとどまらず、人間と組織への鋭い洞察が基盤にあるからだろう。

 孫子はいう。最もまずい戦争は敵の城を攻めることだ、と。

犠牲者が格段に多くなるからだ。バグダッド進軍を続ける米英軍はその最もまずい戦争に向かっている。

孫子はまた、敵の退路を断つな、とも。

 イラク戦争では、そもそも孫子のいう意味での「戦わずして勝つ」方法があったのではないかとの思いがなお去らない。




人間の知恵は進歩していない。紀元前500年ごろの孫子の兵法がイラク戦争で利用されている。

物質的文化はドンドンと進歩して,兵器産業界では人類が人類を滅ぼす位に科学が目覚しい進歩を続けている。





米国のいい面を見せてくれたのが救い


3月25日の天声人語より



 スピーチの終了を促す音楽を「ちょっと待って」とさえぎって話し続けたのは

「戦場のピアニスト」で米アカデミー賞主演男優賞を獲得したA・ブロディである。

「あの映画に出ることで戦争が人をいかに非人間的にするかがよくわかった」。

 この映画で監督賞を受賞したR・ポランスキーは子どものころ、

映画の舞台になったポーランドのゲットー(ユダヤ人居住区)で暮らしたことがあり、両親は収容所送りになった。

映画にはその経験が色濃く反映している。

 そして映画が訴えるのは、戦争そのものの悲惨さというよりは、

ブロディが語ったように戦争がいかに人を残酷にするか、である。

さらにいえば、どんどん非人間的になっていくのを止められない怖さであり、

それに慣れていかなければ生きていけない過酷さである。


 テレビで追った授賞式だが、ブロディのスピーチだけでなく戦時を反映する場面が色々あった。

たとえば会場を騒然とさせた長編ドキュメンタリー賞のM・ムーア監督だ。

「でっち上げの理由で私たちを戦場に送り込むでっち上げ大統領、ブッシュよ恥を知れ」。

でっち上げを忌避する記録映画の監督らしい罵倒(ばとう)だった。


 脚本賞のスペインのP・アルモドバル監督は前日、ハリウッドで催された反戦デモに参加した。

あいさつでは「この賞を平和のために声をあげているすべての人にささげる」。


 政府支持の声、受賞を単純に喜ぶ人など式には多様な顔があったが、意見を率直に語る俳優やスタッフたちが、

期せずして米国のいい面を見せてくれたのが救いだった。



戦争反対の叫びはアメリカでも沢山起きている。ブッシュは微塵もその声に耳を傾けようともせずに戦争につきすすんでいった。

戦争による物理的勝利は初めからアメリカが得ることは判りきっている。

世界の世論に背を向けての戦い,当然初めから敗北はブッシュにある。戦争そのものは世界人類史上人間が侵した汚点である。





「敵味方関係なく、中立の立場で救護活動をする」



3月26日天声人語より


 どんな時代でも戦場の悲惨さに変わりはないだろう。

ただ19世紀後半の戦場はひときわ凄惨(せいさん)だったという見方がある。

破壊力を増した兵器で大量死がもたらされた上、多くの遺体はそのまま放置されることが多かった。

 こんなぞっとする話もある。

「遺骨はイギリス人請負業者たちが収集し、イギリスに送り返してすりつぶし、

骨粉飼料や肥料として販売した」(M・イグナティエフ『仁義なき戦場』毎日新聞社)。

 同書はいう。フランスのルイ王朝時代の方が兵士はもっと大事にされた。

何しろ膨大なお金をかけて雇った傭兵(ようへい)だから。

「全国民を利用できるようになったナポレオンは兵士の命を浪費する余裕があった」と。

 そのように命が浪費されたイタリアの戦場に遭遇し、負傷者の救援をしたスイス人デュナンが悲惨な状態を本にし、

世界に訴えた。

そしていまから140年前の1863年に国際救護機関としての赤十字を創設し、翌年ジュネーブ条約が締結された。

 デュナンはクリミア戦争で看護にあたったナイチンゲールにも協力を依頼した。

彼女は、救護は国ごとの医療機関の仕事だといって断ったという。

当時画期的だった「敵味方関係なく、中立の立場で救護活動をする」との考えはその後、

幾多の戦争を経て定着した。

 イラク戦争では捕虜の扱いをめぐり、赤十字国際委員会が双方に条約違反の疑いがあると警告した。

バスラでの戦闘被害についても「人道的な危機の恐れ」を警告した。

命を浪費する戦争の悲惨さを少しでも減じようとする。必要だが、つらい活動が続く。



イラク戦争では捕虜の扱いをめぐり、赤十字国際委員会が双方に条約違反の疑いがあると警告した。

戦争にはきれいな戦争なんてありえない。歴史がそれを証明している。

平和時には戦争そのものが忘れられて行く運命にある。いつも戦争で被害被るのは庶民達だけである。

指導者は,戦争を指揮している人たちは山荘で週末を家族と共に休み,一方は安全なシェルターの中から号令を

発している。




ホームレスの数は全国で約2万5千人にのぼる。


3月27日の天声人語より



 〈生きる身の酷(むご)くせつなき日々ありて街頭生活の夜の暗さよ〉。

90年代、東京・新宿で路上生活を送った富士森和行さんが詠んだ歌だ(『新宿ホームレスの歌』朝日新聞社)。

路上生活でつらいのは冬の朝の寒さだ。このごろ寒さが少し緩んでほっとしている路上生活者も多いことだろう。

 政府の調査ではホームレスの数は全国で約2万5千人にのぼる。

この3年ほどの間にホームレスになった人が半数以上というから不況の影響が大きいのだろう。

直前まで正社員だったという人も約4割を占める。企業社会から締め出された結果であることがわかる。

 1928年生まれの富士森さんもかつて大手の紡績会社に勤めていた。

結核を病むなど曲折を経て路上で生活するようになった。「エサ取り」といわれる食べ物拾いがなかなかできなかった。

深夜、ポリ袋にいっぱい食べ物を入れて運んでくる人がいて助けられたそうだ。

コンビニ店長の「個人的好意」だった。

調査でも「食べ物が十分にないのでつらい」という人が4割いた。

 富士森さんは人の目もつらかった、という。

露骨に見られるより「チラッチラッと投げかけるだけの軽い侮蔑を含んだ視線」が耐えられなかった。

〈たそがれの風は挽歌をひゞかせて生きる資格の喪(な)きものを吹く〉。

 そうした軽侮の目がホームレスへの暴力にもつながる。

調査でも、近隣住民からの嫌がらせや通行人からの暴力を訴える人が少なくない。

 富士森さんはその人生をこう振り返った。〈失意の日幾たびありて鰯雲遠く還(か)えらぬわが生涯よ〉


現在の日本の福祉制度ではホームレスの人は出ない仕組みになっているのにいつも不思議に思う。




砂漠の戦闘があまりにも遠く、
あまりにも不毛な戦いに思えてくる。



3月28日の天声人語より


 世界には2種類の人間がいる。砂漠を知っている人間と知らない人間と。

そう言われることがある。観光旅行で行ったことがあるという程度では「知っている」ことにならない。

砂漠の過酷さを身をもって知っているかどうか、である。

 砂漠にあたる英語「デザート」は、砂とは関係なく、そもそも人のいない地、不毛の地のことだ。

バグダッドに向けて砂漠を前進する米英軍を襲う砂嵐の映像を見て、砂漠の恐ろしさの一端を知らされたような気がする。

開戦1週間、誤算続きに見えるこの戦争の困難さを象徴しているかのようだ。

 しかしフランクス米中央軍司令官は「すべてが予想の範囲内だ」と言い続ける。

精密兵器の誤射や誤爆も、民間人の犠牲者が増え続けているのも予想の範囲内か。

そしてバグダッドをめぐる攻防戦ではさらに凄惨(せいさん)な事態がありうるだろう。

 去年秋のジニ元米中央軍司令官の演説を思い浮かべた。

彼は「戦争では予想できないことが必ず起きる」といいつつ、イラク戦争を成功させる条件を挙げた。

 (1)同盟が成立している(2)短期で終わる(3)イスラエルが出てこない、などである。

(2)について語る中で「戦争では嫌なことが起きる。それもしばしば起きる。予想はできない」と。

長引けば長引くほど嫌なことも多くなるし、世論の支持も失う、と短期決戦の重要さを強調していた。

 東京都心で桜が開花した。皇居沿いの柳も柔らかな緑を見せ始めた。

うららかな天気の中、街を歩いていると、砂漠の戦闘があまりにも遠く、あまりにも不毛な戦いに思えてくる。





一体この強国が、多くの理由でわれわれに
素晴らしい思い出を残してくれた、
あの同じアメリカ合衆国なのだろうか。


3月29日の天声人語より



 最近の言葉から。「この戦争で死んだら、戦争しか知らない人生になってしまう」。

イラン・イラク戦争のさなかに生まれたバグダッドの22歳の女性がそう言って泣いた。

 米空母キティホークの艦内広報紙を編集する下士官ライアン・ベルさんは

「米国の防衛のために軍に入ったのに、攻撃をしかけていない国を攻める。わが国のポリシーは変わった。

自分を納得させるのは簡単じゃない」。

 「一体この強国が、多くの理由でわれわれに素晴らしい思い出を残してくれた、あの同じアメリカ合衆国なのだろうか。

これが寛大なマーシャルプランを恵んでくれた寄贈者、民主主義という教科を気長に教えてくれた先生、

自己自身をとらわれずに批判する者であったあの同じアメリカなのだろうか」とはドイツの作家ギュンター・グラスさん。

 作家の辺見庸さんは「今回の武力行使が人倫の根源に背く」として「思えば、私たちの内面もまた米英軍に爆撃されているのであり、

胸のうちは戦車や軍靴により蹂躙(じゅうりん)されているのだ」。

 ピースウオークを始めた「CHANCE!」呼びかけ人の小林一朗さんは「よく言えば社会変革、悪く言えばゲームかも。

このどうしようもない日本に変化を起こせるかというのは、すごいワクワク感がある。

でも戦略通りにいかないのが面白さ。想像を超えた部分が出てくるのが楽しい」と。

 高校時代に先生から教えられた英国の詩人ワーズワースの言葉に「胸が熱くなった」とは美術評論家の酒井忠康さんだ。

その言葉は「進む者は別れなければならない」。





 テレホンカードを手にする機会が減った



3月30日の天声人語より


 テレホンカードを手にする機会が減った。記念品や引き出物の定番だったのが、うそのようだ。

 NTTによれば、95年に全国で4億枚も売れていたのが、01年には5400万枚に。

ここ数年は、前年の3割減のペースで落ち続けている。携帯電話が、テレカを吹き飛ばしてしまった。

 足並みを合わせて、街角の公衆電話も姿を消している。

合理化に追われるNTT東日本、西日本両社は、毎月の利用額4千円を割る公衆電話の廃止に動いている。

こちらは10年間で2割近く減った。

 金券ショップの店頭では、テレカの値下がりが進む。

東京・神田の専門店「大島コイン」での売値は、500円のテレカで400円から、買値は380円だ。

一般のカードでピークの1割安、高値のついたプレミア品では3分の1にまで相場が下がったそうだ。

大量に持ち込む企業から愛蔵品を手放す個人まで、不景気が長引くにつれ売り物は増える。

 それでも「思わぬ需要はある」とご主人は話す。

まず、病院。医療機器に影響が出る携帯電話は厳禁とあって、入院患者の家族がまとめて買っていく。

もう一つが携帯との使い分け。高い通話料に閉口して、かけるときは公衆電話からという人たちだ。

 こうした利用も肝心の公衆電話があればこそ。

携帯を持たない人はもちろん、電波の届かない場所や災害地での頼みの綱でもある。

贈答文化や投機に支えられたテレカ熱が冷めるのは当然でも、公衆電話まで簡単に減らしていいのか。

維持費用の負担も含め、自治体や利用者も加わって話し合う時期だろう。





米英軍10万人以上の食糧調達の大変さは想像できる


3月31日の天声人語より


 食べ物がいかに大事かは戦時も平時も変わりない。

かつて300人を率いてイラク南部で港湾建設にあたった土木技師の浜砂順一さんは記す。

「食の不満からくるストレスが仕事への意欲をそぐことは、国内で飯場を張っている時に嫌というほど経験していた」。

 70年代後半、3年半ほどイラクでの建設工事の監督をした東亜建設工業の浜砂さんが

その経験をつづった『平和なイラク、再び』(大村書店)には、食べ物の苦労話が多い。

日本のレストランから派遣してもらった料理人たちに現地の料理人も加えての態勢だったが、問題も多々出てきた。

 たとえば弁当だ。

砂漠では50度以上に気温が上がる。そこで働く人たちの弁当は乾燥のため、昼には干し飯(いい)のようになる。

当初は水をかけて食べていた。日本から保湿式弁当箱を取り寄せ切り抜けた。

 水の確保も大変だ。

すぐ熱湯になってしまうから氷が必要だ。

近くの都市バスラから氷の塊を買っていたが、細かく砕くのが大仕事だった。

日本から製氷機4台を取り寄せてしのいだ。野菜の確保など食材調達も難事だった。

 平時の300人でもそれほどの苦労だ。

現在イラク国内に展開している米英軍10万人以上の食糧調達の大変さは想像できる。

実際、一部前線では携行食の支給が滞っているらしい。

 この戦争について浜砂さんに尋ねると「かないませんね。

イラクの人たちも一緒にやってくれた工事です。本当に心配です」と。

浜砂さんは著書でも「戦争は建設の反対語であり破壊である」と建設マンの信条にたびたび言及していた。




戦争と医師その矛盾

テレビで戦争報道を聞いていて,トラック一杯の戦士を殺したとの報に接するる。

又戦車を破壊し何十人の死傷者を出したとの報も聞く。

一発の爆弾で極めて元気な若者達を一度に殺すのが戦争である。

一方,医師の仕事は一人の例えば心臓を患っている一人をば何人もの多勢の医師達が昼夜を厭わずに寄ってなんとかして

心臓移植などをして助けているのが現実である。

戦争では健康な人たちが,一度に大勢の人たちが殺されていくのです。

医師達はどのようにし,できるだけ健康を維持し健やかな生活ができるかを説明して,それを実行してもらうように説いている。

又病んだ人たちをいかに元気になってもらうかに毎日腐心している。

戦争での人殺しと医師の使命とはどう考えても相容れない矛盾するものがある。。

戦争で負傷した人たちの治療に携わる医師達の話は良く聞くが,戦争へのかかわりとしての戦争反対の声はあまり耳にしない。

今回の戦争でも日本医師会などが団体としての戦争反対の声明が小さく報道されているのを見た。

どんな戦争であろうとも戦争自体は絶対悪である。それは普遍的な真理である。それにきずく人は少ない。

世界の全部の医師たちが全員立ち上がり,戦争反対の先頭に立ってもよいのではないかと考えている。

今回宗教界ではそれが見られた。医師は戦争で傷つき病んだ人たちを助けるだけが任務でなはなかろう。

一人の重症の患者に心血注ぐと同様に,全世界の医師たちが戦争反対に心血を注いでもよいのではないかと考えている。

世界医師会で各国の人たちが集まり討議しても良い。戦争は病原菌と同様に医師にとって敵である。

何故にそのような動きが米 英 フランス ロシア 中国 ドイツなどの国々で起きないなのだろう。

病原菌に対する研究がされ,悪い事に,それを如何に戦争に利用するかとの研究の歴史はある。

今もやっている所があるのだろう。

元気な人たちが大勢 急に亡くなり傷つく戦争こそ医師の存在理由からしても 反対すべきであり,無くする責務があると考える。

何処の国にも国内に法律があり,それにより争いが防げているように,戦争には国際的な司法制度の実行が緊急の課題である。

戦争でなく,裁判によって,世界の良識でもって 争いごと・戦争を裁く制度の完成され実施される必要がある。

「勝てば官軍」の力による正邪の判断は間違っている。

戦争をはじめるような事柄に対し,司法による判断が確立されれば好き勝手に戦争する人たちも無くなるのではないかと考える。


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