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随想 

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七月になって


六月は比較的雨が少なかったが,七月に入ると雨が集中的に降り続き,地域によっては洪水被害が出るくらいである。

半月遅れの梅雨が来たような降り方で,雨は毎日のように降り続いた。

雨の後は猛暑が襲来し,摂氏39度という地域もあったりして,全体的に今も猛暑は依然と続いている。

その間に台風が襲来している。近畿地方は避け北関東地方に上陸し,かすめるようにして再び太平洋側に通り過ぎ去って行った。

京都では毎年祇園さんの頃が一番暑くて,梅雨明け宣言も同じ頃に出されている。このことは今年も変わってはいない。

イギリスのロンドンで,サミットに符牒を合わせるかのように,連続しての2回のテロが発生した。

地下鉄の2ケ所と,二階バスで爆発が発生して死傷者が大勢出た。

2回目は被害は少なかった。自爆テロらしい。イスラム系のイギリス人が犯人のようだが,

スペインに続いてイギリスで起こり,そして次回はイタリアが対象だとのテロの予告があった。

こうなると日本もうかうかはしていられないのではないかの気分になる。

イラクでの自衛隊はサマワでの復興のための援助というものの,ただのアメリカの同盟軍の一員としかみられていないのではないだろうか。

何故か小泉内閣は国民が殆どが派兵反対していたにも拘わらず,閣議だけでもって急いでイラク自衛隊派遣をば強行してしまった。

今もってルーレットのように自衛隊派遣は代わる代わる派遣者が交代しながら続いている。

イラクの自衛隊の危険は日本にいるより遥かに高い。

我々にはアメリカのブッシュのためにしか自衛隊が派遣されているようにしか見えてこない。

尚イラクは戦場でありいつテロが起きてもおかしくない所である。

早々に撤退してほしいものです。

郵政民営化だけでなくて,

「改革、改革」と称して今までに色いろ行ってきた中でも,国民にとって不満であることも沢山行われて来ているように感じます。

国民に対して詭弁を平気で使い騙し,国会では答弁をは゛はぐらかして,逃げ.真面目に国民に対峙し説明責任果たそうとしてこなかった

事に対して一部の国民は苛立ちを感じていると思う。

図らずも総選挙が実施されることになったのは,天の神さんがこの小泉をば日本の首相にしていたならば

日本が再び戦争ができる国にするから,と日本国民にチャンスを与えて下さっているのかもしれない。

倒産が減ってきたといっても,倒産するだけ倒産すれば倒産が減るのはあたりまえである。

リストラされて,就職できない人が出るだけ出れば,リストラが減るのは間違いなく,あたりまえのことである。

小企業は大企業に吸収合併され少なくなって来ている。

ニート(学校を卒業しても職を持たない人たち)とかフリーター(一定の職がなくアルバイトしている人たち)と称して,

まともな職につけない若者があまりにも多い。こんな社会は社会として不健全で誰が見てもおかしい現象である。

「ホリエモン」とか言う若者がマネーゲームのようによって一ケ月に何百億円も一挙に儲ける事ができる社会は異常である。

戦後アリのようにコツコツと真面目に仕事をして,少しずつ貯めてきた者達が

老後をあえぎ生活しなければならない年金生活者社会も又異常である。


異常な政治を進めてきた政府は責任を感じ総辞職するのが当然であった。日本にはまだまだ大勢の首相になる人材がいる筈だ。

郵政民営化だけにつまずいて,ただ国民にその可否をば,ただの○×で決めるあたり,自民党の中で郵政民営化に対し反対した人たちに

同じ自民党から対抗馬をば出すのは如何なものだろう。

そんな単純なことしか考えつかない脳細胞しか持たない小泉首相に政権がまかせられますか。

これは小泉首相の国会答弁乃至今までの行動様式から見ていれば当然な発想なんでしょう。

絶大な権力をば,一人の変人が,,権力を握れば如何に恐ろしいことが起きるかを今回の衆議院解散が如実に示している。

権力者はごう慢であってはならない。権力はあくまでも国民からの預かりものであって,

それをば自己の保身のためとか権力維持闘争のためだけに使うのはもってのほかである。

国民は「構造改革」という言葉のマジックに引っかかってしまい,始めは小泉首相に大いに期待はしていた。

幻想である事が次第に判ってきて,郵政民営化法案が参議院で否決されたことで,衆議院を解散するのも又前代未聞のことである。

内閣総辞職をするのが当然であった。そして次の首相をば自民党内から選べばそれで良かった。

ヤクザのごとく解散をちらつかせ,反対する人を賛成に変えさせようと,脅かしする考え自体がおかしい話である。

今小泉首相は自己保身のためだけに,権力保持するためだけに,鬼と化しているのではないかとしか思われて仕方ない。

こんな首相を持つこと自体,なんとしても日本の将来に対し,禍根を残す事は明らかなことなので,

即刻辞めてもらいたい気持です。言っても辞めなければ国民は投票行動でやめさせるべきです。

国民の心配は郵政民営化だけではない。改革と称して国立が独立法人化されたことに対し,将来どのようになるかの不安感を抱いている。

イラク派兵の自衛隊の海外派兵に対しても不安を抱いている。世界ではテロの対策が間違った方法で行われていて

それにただ追従しているのが今の日本国です。

靖国神社参拝に忍者のようにして毎年行って,韓国 中国から非難され,アジア外交に対しても,

国民はニガニガしく見ている以外に仕方がなかった。

アメリカ追随で,どんどんと日本がアメリカ化して行き,日本の良さが失われて行くのを情けなく傍観するしか仕方なかった。

効率化・合理化だけが最高の善ではない。もっと大切なものがある筈です。

今「お金」とか「効率」とかの次元では換算できないようなものがどんどん無価値なものとして評価され失われ切り捨てられようとして来ています。

それだけに靖国神社参拝したい首相に対し,是非自由に参拝できる身分にしてあげようではないでしょうか。

行きたいのを辛抱させるのは大変お気の毒なことで可哀想だとおもいます。

首相を辞めれば毎日でも靖国神社に参拝されようとも何処の国からも誰からも文句は出てこないことでしょう,

自由の身になれば,オペラや・クラシックに熱中されようとも文句は出て来ません。

国民に対する献身的な奉仕,毎日を身を削るような重大な激務・仕事からもっと自由になって頂き

ゆっくり休みがとれるにしてあげようではありませんか。




少しのいい思い出のために、
みんな一生懸命やっている



7月1日の天声人語より


 最近の言葉から。「やっとここまでたどり着いたという感じ。いいことはあまり頭に残っていない。

少しのいい思い出のために、みんな一生懸命やっている」。


広島一筋に17年、2千本安打を達成した野村謙二郎内野手。

 野茂英雄投手は日米通算200勝を記録した。道のりは長かったかと問われ「考えたことないです」。

強いですね、には「強くはない。メジャーで野球がやりたいだけです。やりたければ、やるじゃないですか」

 大阪教育大付属池田小での殺傷事件から4年たった。

「いまだに悪夢を見ているようで、今でも『ただいま』と元気よく、あの子が帰ってくるのではないかと

思ってしまうことがあります」(池田小の集いで読み上げられた遺族の言葉から)。

 西武鉄道株事件の初公判が開かれ、人定質問で職業を問われた堤義明・コクド前会長が述べた。

「別 にありません」。罪状認否では起訴事実を認め、書面を読み上げた。

「いわゆる西武グループを統括していた者として責任を感じています」

 今年も「サクランボ盗」が多発している。軸ごときれいにもぎ取る手口だ。

山形県東根市では、生産者らの「フルーツ防衛隊」がパトロールする。

「今、サクランボ農家は相当、疑心暗鬼になっている」と、農協の担当者。

 家具などの不法投棄に悩んでいた福岡県朝倉町で、住民が手製の「石の神」を置いたらピタリとやんだ。

大きな石にしめ縄を巻いて、御幣を垂らす。


「神職から御幣の折り方が違うと言われたけど、これは自分たちだけの神様と割り切りました」



良い思い出のある人生に対し毎日を積み重ねているのが人間なのか。




 生活感に根ざした発想と強い指導力で、
小口輸送の新時代を築いた。


7月2日の天声人語より


 「ある時、息子の洋服のお古を、千葉に住んでいた弟の息子に送ってあげようと思った。

ところが、運輸業の社長である自分に送る手段がない」。

元ヤマト運輸社長、小倉昌男さんは、「宅急便」を思いついたヒントのひとつを、そう記している

(「私の履歴書」日本経済新聞)。

 国鉄小荷物や郵便小包ぐらいしかない頃で、家庭の主婦は不便な思いをしているはずだと思った。

「それまで運送会社といえば荒くれ男のイメージが強く、主婦は業界から最も縁遠い存在だったが、

実は大いなる潜在顧客だと気づいた」

 生活感に根ざした発想と強い指導力で、小口輸送の新時代を築いた。

このアイデア豊かな開拓者は、骨っぽさでも知られる。

路線免許の申請を何年も許可しなかった旧運輸省を相手に行政訴訟を起こした。

 創業者の父から江戸っ子の町人気質を受け継いだ。「二本差しが怖くておでんが食えるか」。

そんな侍を恐れない意気が、官僚との闘いの支えになったという。


 21世紀が近づいた98年の元日、本紙は、各界の人たちの俳句による特集「21世紀を詠む」を載せた。

〈初日の出車椅子寄せ接吻す〉。

この小倉さんの句に添え書きがある。

「日本は障害者が住み難い国です。21世紀は、ノーマライゼーションを実現したいものです」。

私財を提供して福祉財団をつくり、障害者の自立実現のために尽力した。

 〈ほととぎす去りにし静寂(しじま)旅果つる〉。

会長職を退いた時の作だ。

惜しくも人生の旅は80年で終わったが、その気概や福祉へのまなざしは長く継がれてゆくだろう。


創業者の苦労もあるが,それをつなぎ受け継ぐ人の苦労もある。郵便事業は現在問題になっているが

僻地の郵便の苦労は筆舌を尽くす所がある。

DVDで観た中国映画「山の郵便配達」の内容は一人の青年が郵便配達の父について二人で

初めて山間部の人たちに郵便を配達する体験が描かれた映画で非常に感動して見た話である。

この山中での郵便配達はお金とか効率からすれば非常に悪い仕事だが,息子はもっとそれよりも大切なものを得て来て

父の仕事を継ぐことを固く決意してゆくストリーの映画であった。

今もそんな場所は日本の田舎でも都会でも沢山あることでしょう。

政府の郵政改革案でもって会社化されれば,まず一番に最初に閉鎖される所なのであろう。






 サミットは30年前、
パリ郊外の古城に三木武夫首相ら
6首脳が集まって始まった。



7月3日の天声人語 より


 6日から始まる主要国首脳会議の主会場は、英スコットランドのグレンイーグルズという古いホテルだ。

「眠ったような田舎町で警備しやすい」と英紙は紹介する。

 サミットは30年前、パリ郊外の古城に三木武夫首相ら6首脳が集まって始まった。

テロの懸念に抗議のうねりが加わり、4年前にはデモの若者が命を落とした。

混乱を避けるため、近年は、高原や湖畔の保養地で催されることが多い。

 「瀬戸内海に浮かぶ直島(なおしま)ほどサミットにうってつけの場所はない」。

米作家レイモンド・ベンスン氏は小説『赤い刺青の男』(早川書房)で、

香川県の島を作中のサミット会場にあてた。

007シリーズの最新作だ。

沖縄サミットの翌年に直島を訪れ、ここを舞台にと思い定めた。

 2年前に邦訳される前から、地元では映画ファンらによるロケ誘致が始まった。

同じ小説に登場する北海道登別市と協力し、8万人の署名を集めた。

だが007映画を手がける英制作会社から色よい返事はない。

「次の映画の原作は別の小説に決定ずみ。

その配役も固まっていない段階で、次の次以降のロケ地は決められない」と。

 日本で撮影されたジェームズ・ボンド映画には、67年の『007は二度死ぬ』がある。

忍者や海女が強調され、フジヤマ・ゲイシャ式の描写も多いが、海外での評判は悪くなかった。

 回り持ちも5巡目に入った本物のサミットで、日本が次に議長国となるのは08年である。

京都、札幌、横浜などが誘致を競う。


そのころまでに、007が活躍する「直島サミット」が見られるだろうか。



サミットに入っていない国々でない人たちのことをも充分に考慮してのサミットは運営されるべきである。

サミット加入国だけの利益を考えるだけの会で有ってはならない。





きのう長嶋茂雄さん(69)が東京ドームに姿を見せた


7月4日の天声人語より


 ミスターは左手を上げた。4万人を超す観衆から拍手がわき起こる。「おかえりなさーい」。

きのう長嶋茂雄さん(69)が東京ドームに姿を見せた。

昨春に病で倒れて以来のことだ。あの屈託のない笑顔が帰ってきた。

 アンチ巨人は多いが、長嶋嫌いはまずいない。


天覧試合でのサヨナラ本塁打や、引退式での「巨人軍は永久に不滅」なんて変な日本語は、もはや伝説のように語り継がれている。

背番号3の名場面を、みずからの人生の一コマと重ねて記憶に刻む人も多い。

 現役選手で活躍したのは、ちょうど高度経済成長期だ。大多数の人々が強くてかっこいいヒーローに心から熱狂した。

子どもが好きなものといえば「巨人・大鵬・卵焼き」。そんな、どこか単純な時代だった。


 でも、あれは最初は「長嶋・大鵬・卵焼き」だった、と作詞家の阿久悠さんが本紙に書いていた。

王貞治選手とともに「ON砲」と言われ始めた1963年に「巨人」に変わったという。

 現在の「長嶋・大鵬・卵焼き」は何だろうか。

スポーツや娯楽の種類が増えて、好みも多様化した。

勝利と人気を独り占めにする存在も見あたらない。

あえて言えば、ヤンキースの松井秀喜、ゴルフの宮里藍選手らを並べて「松井、藍ちゃん、アイスクリーム」だろうか。

 でも、イチロー選手やサッカーのジーコ・ジャパンへの声援も熱い。

子どもは回転ずしやから揚げも大好きだ。悩むほどに、いわゆる一つの長嶋さんの大きさを思った。

すると草野球の打席でよく口にした言葉がよみがえった。

「よばん、さあど、ながしま」




この長島さんの姿はテレビで見た。右手をポケットに入れて左手で観衆に手をふっている姿だが,顔色とか笑った表情は

健康時とは全く変わりはなかった。

右手・右足の麻痺は全快することはかなわないと思われる。失くなった機能を改善するよりも残った機能の利用に努力された方が

賢明である。 失くした機能の回復は遅々としてすすまないが,多分残った機能での練習は飛躍的な改善をみられることと思う。





小泉首相は、
今回の東京都議選では、
街頭での応援演説を一切しなかった。



7月5日の天声人語より


 小泉首相は、今回の東京都議選では、街頭での応援演説を一切しなかった。

前回とは大きな変わりようで、「今回は分が悪いから行かないんだ」との声も首相周辺にはあったという。

 開票の結果、自民はやや後退し、民主党が伸びた。

小泉演説がなかったから後退したのか、それとも、なかったから、やや後退で済んだのだろうか。

 投票率は約44%で、過去2番目に低かった。政党の側では、都議選を次の国政選挙との絡みの中でみていて、

都民の生活をどう変えるのかという論戦は乏しいようだ。

本来なら都議選は、首都・東京をどんな都市にしていくのかというような未来像を浮かび上がらせる場でもあるはずだ。

 「今ノ東京ヲコンナ浅マシイ乱脈ナ都会ニシタノハ誰ノ所業(しわざ)ダ」。

東京・日本橋生まれの作家・谷崎潤一郎が「瘋癲(ふうてん)老人日記」にそう書いたのは、64年の東京オリンピックの少し前だった。

「アノ綺麗(きれい)ダッタ河ヲ、オ歯黒溝(はぐろどぶ)ノヨウニシチマッタノハミンナ奴等デハナイカ」。

「奴等」とは、「昔ノ東京ノ好サヲ知ラナイ政治家」だという。


 谷崎は、大正末の関東大震災の後、関西に移り住んだ。

震災から約10年後に、「東京をおもふ」を書く。

「今の東京はコンクリートの橋や道路が徒らに堅牢にして人は路上を舞つて行く紙屑の如く、と云つたやうな趣がないでもない」

 谷崎が没して、今月で40年になるが、警句は今に生きている。そしてそれは、東京以外にも投げかけられている。

その地の未来を左右する「奴等」を選ぶのは、他でもない住民自身なのだから。




今回の衆議院解散はこのときの都議選をみれば解散せずに内閣総辞職するのが当然の行為であった。

国民がただ単純脳細胞の郵政改革案法案○×で選挙に臨むとは思われない。

自民党分裂選挙の結果は大体予想できそうだ。今回の選挙は国の将来を選択する重大な選挙でもある。





こんな副題の付いた紙芝居
「あすなろ村の惨劇」を見た。


7月6日の天声人語より


 ??そして誰もいなくなった。こんな副題の付いた紙芝居「あすなろ村の惨劇」を見た。

といっても民主党のホームページの上でである。

「やればできる!」を副題にした郵政民営化推進の自民党の紙芝居「あすなろ村の郵便局」に対抗して作られた。

 「みんないいかい、売れるものは何でも売ってくれ」。

民営化された郵便局の局長が叫ぶ。


小さな店が次々につぶれ、村はさびれてゆく。

やがて郵便局は、人口減などで収支が悪化して閉鎖される。


「そして、誰もいなくなった村には、人気のない閉ざされた郵便局だけが、廃墟となって残されていた……おわり」

 「やればできる」の方は、郵便制度をつくった前島密を登場させて、未来の郵便局を夢のように描く。

「田舎の暮らしが便利になれば都会に行ってる仲間たちも、きっとこのあすなろ村に帰ってくるなあ」と、

村の郵便局員に語らせる。


 佐藤春夫が「紙芝居の魅力」を書いている。

「もうこれ以上には無駄を去ることが出来ないといふところまで追ひつめてゐるあの方法あの構造のせいではあるまいか」

(『定本 佐藤春夫全集』臨川書店)。

「あすなろ村」の2作に、この紙芝居の妙味はあるか。

 郵政民営化法案が衆院を通過した。

賛否の差はわずかだったが、議場のテレビ画面からは、緊迫した感じはうかがえなかった。

造反や処罰、果ては解散などという言葉まで飛び交うさまは、筋書きの定まった芝居を演じているようにすら見える。


 賛否双方の紙芝居だけではなく、国会の審議にも、真実味が乏しい。





郵政民営化はすべきでない。大きい政府 小さい政府と言われているが今の小泉首相は権力は大きい政府以上に活用している。

水の流れも小さな流れの時は止められるが,渦巻く大きな流になれば止める事出来なくなるだろう。

いまのうちに戦争への道は是非ストップしておくべきである。大きな流になれば徴兵制 非国民 戦死は避けられなくなる。

今の小泉首相の政府の権力乱用をみれば将来がどのゆようになるか大体想像がつくのではないでしょうか。

特に若い人達は自分の身にかかる重大なことと認識しておいてほしいものです。

国立病院の独立法人化は間違っている。病気には採算だけではどうしようもない所がある。

「効率」と「良い医療」とは相反する所がある。採算重視だけでは立派な良い医療は成り立たない。それは不可能である。

スタッフの数を減らし忙しくなれば誤りも当然増加する率が高くなる。独立法人の病院の独自性は譲渡しても,資金面での援助は

惜しむべきではない。同じく僻地の郵便局は会社化に巻き込むべきではないと思う。

何処の病院も採算重視になればなるほど事件が起こりえる可能性は否定できない。

国・都道府県が大学病院 国立病院 その他の基幹病院は資金面で面倒みる必要が絶対にある。

大きい政府 小さい政府でもない,中くらいの政府があって良いのではないだろうか,それがベストと考えます。





通り道に、七夕の竹飾りが並んでいた。


7月7日の天声人語より


 どんよりとした空から、細かい雨が降ってくる。

時折、風がゆるやかに渡って笹(ささ)の葉をゆらす。

願い事が書かれた青や黄色の短冊がひるがえる。

 通り道に、七夕の竹飾りが並んでいた。一本の竹に数十の願いが下げられている。

「大金持ち!」「悪徳商法撲滅」「権力がほしいので下さい」。

こんな願いもあるが、多くはやはり、家族や友の健康と安全を祈っている。

 50年前、作家の壷井栄が「主婦の友」に随想「七夕さま」を寄せた。

「ささやかな笹にちらほらの短冊は、つつましい中にも、

なにかしら人のこころの温さ、かわいらしさを感じさせられて好もしい」


 今とそう変わらない七夕の情感だが、この先が、戦後10年という時代を思わせる。

「子供と一しよに短冊をかくようになつてから、七夕さまにつながる思いとして、

いつも私の心をとらえるのは盧溝橋事件である。昭和十二年七月七日。

そしてそれをきつかけにして、敗戦にまで追いやられた私たち……」

 37年の七夕の夜、北京近郊の盧溝橋付近で起きた日中軍の衝突は、日中戦争の発端となった。

現地の日本兵の間では、「七夕の日は何かがおこる」という噂(うわさ)が飛んでいたという

(秦郁彦『盧溝橋事件の研究』東京大学出版会)。

 壷井は続ける。「七夕さまは、たとえ年に一度の逢瀬(おうせ)にもしろ、逢(あ)えるということで私たちに希望を与える。

しかし、私たちのまわりには、永久に逢えない人がたくさんいる。私の友は七夕の短冊に『平和』とかいて笹にむすんだ」。

戦後60年の竹飾りにも、その二文字は幾つも揺れていた。



七夕さんに願いごとを短冊に書いてつるせば願い事が通ずるならば「平和」と書きたい。

平和は天から与えられるものでなく,努力して勝ち取るものと考えます。

固いものと固いものがぶつかれば壊れるが,固いものと柔らかいものでは壊れずにすむ.

両方とも柔らないもの同士では勿論壊れない。テレビで子供番組で話しているのを聞いていてなるほどと感心しました。

北朝鮮問題も同じく太陽政策が最高の速い解決方法です。平和的な交流が進めば拉致人物のことも自然に早々に解決するでしょう。

韓国と北朝鮮の融和が急速に進んでいます。日本も暖かく見守り,両国との友好関係を作る一番の良い機会です。






イギリス・ロンドンで、同時多発テロが起きた。


7月8日の天声人語より

 サミットの開催と、オリンピック開催の決定と??。

いつにも増して世界の目が集中していたイギリス・ロンドンで、同時多発テロが起きた。


この時期の、この街に狙いを澄ましたような、許し難い凶行だ。

 2012年の五輪の開催地を巡って、ロンドンは、本命とされていたパリを破った。

決まった後のトラファルガー広場での市民たちの喜びようや、ブレア首相の満面の笑みが印象的だった。

そのイギリスの高揚感を、たたきつぶすような爆弾テロだ。

 サミットのため、ロンドン市内の警備は、いつよりも厳しかったと思われる。

しかし、多くの市民の足である地下鉄やバスで、同時に何カ所も爆発は起きた。


名物の二階建てのバスも大破したと報じられた。世界からの観光客も逃げまどったに違いない。

 警備の根本が、厳しく問われることになるだろう。

テロリストは、誰もが行き交う公共交通機関を狙った。

いわば警備の「泣きどころ」を突かれ、許した。

そこが深刻だ。

 9・11の同時多発テロから、やがて4年になる。

この間、世界は安全な方に向いてきているのだろうかという疑問が改めて浮かんだ。


「将来の世界の安全」などを掲げて、アメリカはイラク戦争を強行し、イギリスは、それを支えてきた。

小泉首相を含め、サミットの首脳たちは、この事態をどう語り合ったのだろうか。

 民主主義社会は、このような暴力で揺らいではならないし、揺らぐことはないだろう。

しかし、残念ながら、市民に対する無差別多発テロを記憶する日付として、7・7が加わった。



アメリカが「将来の世界の安全」などを掲げ、イラク戦争を強行したが故に,さらにテロが増えて来て世界にテロを拡散している。

又イタリアはイラクから撤退し始めている。名指しにされた以上自国民にテロ被害を受けたくないのが,どこの首相も同じことである。

真剣に世界が 国連中心に具体的なテロ対策を行わない限り根本的な解決方法にはならない。

ブッシュが安易にイラク戦争に踏み切ったのがいけない。ブッショは強硬である。新しい次期アメリカ大統領にならない限りには

テロは続くのではないのかと考えるのが普通である。早々に日本はイラクから自衛隊を撤退すべきである。

12月が約束の期間だから,早く政府は決断し,その声明をば早くだすべきと考えます。





「ラッセル・アインシュタイン宣言」として世界に広まった。


7月9日の天声人語 より


 ロンドンで、哲学者バートランド・ラッセルが核戦争回避を訴えるために記者会見を開いた。

ちょうど50年前の7月9日のことである。

アインシュタインや湯川秀樹らも署名したアピールは、米、英、ソ連などの首脳に送られ、

「ラッセル・アインシュタイン宣言」として世界に広まった。


 厳しい冷戦下での宣言らしく、「核戦争による人類絶滅の危険」を警告している。

民族や信条を超えた「人類のひとり」として訴えかける姿勢には、今もなお十分に説得力がある。

 「私たちがいまこの機会に発言しているのは、あれこれの国民や大陸や信条の一員としてではなく、

その存続が疑問視されている人類、人という種の一員としてである」。

ビキニ環礁での米国の水爆実験による第五福竜丸の被曝(ひばく)にも触れながら、

将来の世界戦争では必ず核兵器が使われると危機感を述べる。

 「私たちは世界の諸政府に、彼らの目的が世界戦争によっては促進されないことを自覚し……

彼らのあいだのあらゆる紛争問題の解決のための平和的な手段をみいだすよう勧告する」(『反核・軍縮宣言集』新時代社)。

 それから半世紀、今でも絶滅の危険は残っているが、核兵器は使われていない。

しかし、紛争問題解決のための平和的な手段を見いだすことは難しく、戦争やテロは絶えなかった。

 卑劣な同時多発テロに襲われたロンドンから、市民たちの表情が伝わってくる。

突然の凶行の恐怖に耐えながら、冷静さを保つようにつとめている印象を受ける。

その姿に、「種の一員」としての共感を覚えた。



人類が破滅するような地球からの核の廃棄を遥か昔に既に「ラッセル・アインシュタイン宣言」として發せられている。

北朝鮮の六カ国の態度は,主にアメリカは北朝鮮の核の廃棄を強く求めているが,求めている側は大量の核を保有している。

西部劇風に解説するならば一人が沢山な拳銃をば腰にぶら下げ持っていながら,一方の相手の腰に持っている

拳銃一丁を危険だから捨てるように説得してることと同じではないのだろうか。

両者が同時に捨てるのが道理のように思えるのだが。

国連が全ての国が保有する核とかの武器類全てを預かり保管する役割が担えるように強化すべきである。

これに世界で唯一の被爆国家日本が率先して主張し,実行できる立場にある。

核はまとめて全て破棄すべきだ。世界で唯一の被爆国日本は世界のために色んな役割りが担う事ができる筈だ。

アメリカに追従してだけの平和の貢献の仕方だけが世界への平和への貢献の仕方とは思わない。

「平和」大国日本が率先し先頭に立ち,賛同する国々を募り世界への平和へのリーダー格になってほしい。

その時初めて核からの脅威に人類は解放されることになる。






「駆け込み乗車はおやめ下さい。
そんな乗り方でけがをした時は
お客様の責任です」



7月10日の天声人語より


 閉まりかけたドアをこじあけて、男性が乗り込む。すぐ車内に車掌の声が流れた。

「駆け込み乗車はおやめ下さい。そんな乗り方でけがをした時はお客様の責任です」

 先月初め、JR中央線の電車が東京の国分寺駅を出た直後のことだ。

乗り合わせた客が「不快な言い方だ」と苦情を寄せた。


JR東日本は事情を調べ、「好ましくない放送だった」と車掌に注意した。

乗務歴30年近いベテランだった。

 この件が報道されると420件もの意見がJRに届いた。

うち9割が車掌支持だという。


全責任を客に押しつけるような物言いは反感を買うだろうが、無謀な乗車に憤る車掌の熱心さも、わからなくはない。

 「頭に血がのぼった時にどう放送するか。車掌の力量が問われます」と語るのは、元車掌の幸田勝夫さん(60)。

国鉄以来、通勤電車や夜行列車に長く乗り、さりげない放送で客を和ませる名人と言われた。

「大切なのはアドリブの力。とっさのひと言です」

 元NHKアナウンサー生方(うぶかた)恵一さん(72)は、

「無理に開けると電車のドアも壊れます」といった冗談で応じる余裕が車掌にあればよかったと話す。

紅白歌合戦で都はるみさんを「美空」と紹介する失敗に泣いた。

あれから20年、反省をこめて「急場ではユーモアが大切」と訴える。

 昔は「アジサイが見ごろです」とか「今日もお元気で」と言い添える車掌の声をよく耳にしたが、最近は聞かない。

JRによると、何であれ静けさを求める客と、懇切な放送を望む客がいる。

車内で何をどう語りかけるかは超のつく難題だという。



車掌の放送は当然の義務の遂行であり,続けて警告して欲しいと願うものです。駆け込み乗車はやはり危険な行為で

「後悔は先に起たない」の格言の道理である。





原因はアスベスト(石綿)

7月12日の天声人語より


 ハリウッドを代表するアクションスター、スティーブ・マックイーンが、50歳の若さで他界したのは80年の秋だった。

末期のがん(胸膜中皮腫(ちゅうひしゅ))に侵されており、原因はアスベスト(石綿)ではないかといわれた。

 車のブレーキの内張りや、レーサー用の不燃スーツの裏地など、

アスベストは、マックイーンがその人生を通じて使ったほとんどの乗り物に何らかの形で存在していた

(W・ノーラン『マックイーン』早川書房)。

 アスベストは「不滅」あるいは「消すことのできない」を意味するギリシャ語に由来するという。

熱や酸に強く、物の形に従いながら半永久的に存在し続ける。

 広瀬弘忠著『静かな時限爆弾』(新曜社)によると、アスベスト利用の歴史は石器時代にまでさかのぼる。

古代ギリシャでは神殿の金のランプの灯心として使われた。

既にギリシャ・ローマの時代には、アスベストを採掘する人や、その繊維を紡ぐ職人に肺疾患が多発していたという。

 日本での、アスベストによる健康被害の実態がようやく明らかになりつつある。

多数の工場従業員だけでなく、夫の作業着を洗濯する時にアスベストを吸い込んだ妻までが、中皮腫で亡くなったという。

どこかで吸い込んだだけで発症の危険をはらむなら、誰にでも起こり得ることだろう。

 発症までの期間の極めて長い「不滅の爆弾」が、本格的に爆発するのはこれからともいう。

被害の全容をつかみ、治療の手だてを探る。

爆弾を安全なやり方で除去する。

それが、遅まきながら、不滅を不発に変える道ではないか。



以前から医学上アスベストの危険性は常識になっていた。それが行政で生かされずに今まで放置されていたのが

今の現状である。アスベスは安全な使用法が解明されない限り使用は中止すべきである。

「タバコ」の被害も同じく,いたるところで説かれてはいるが,政府は禁煙対策に消極的であって国民の犠牲でもって

税金を稼いでいるのかと言いたい。税金よる収入以上に健康を害しての医療費の支出が多いのではないのだろうか。

健やかな老後の生活を脅かす元凶の一番がタバコであることを知って欲しいです。




英語化した日本語で、約900語にのぼる

dangoの根深さを思わせる事件だ

7月13日の天声人語より


 ランダムハウス英和大辞典(小学館)の2版には、「日本語から借用された英語」が載っている。

英米の主要辞書や新語辞典などに見られる英語化した日本語で、約900語にのぼる。

 ツナミ、キモノ、ハラキリといった19世紀以来の古いものから、1990年代のものまでがアルファベット順に並んでいる。


単語を拾っていると、それらは、日本に投げかけられてきたまなざしの変遷のようであり、日本が外に対して見せてきた姿のようでもある。

 90年代に登場したという語の中に、日本の古くからの経済のありように絡むものが二つ、目に付いた。

keiretsu(系列)、そしてdango(談合)である。

日本経済の強さや閉鎖性、不明朗性を感じさせる言葉なのだろう。

 日本道路公団が発注する鋼鉄製橋梁(きょうりょう)工事の談合事件を巡り、

元公団理事で、受注調整をしたとされる会社の元顧問らが逮捕された。

天下りした公団OBの親睦(しんぼく)団体のメンバーが、全国の公団支社から未発表の工事発注予定を集めていたという。

 dangoの根深さを思わせる事件だが、日本経団連の奥田会長は、

談合問題について「全国津々浦々に行きわたっている慣習のようなもの」と、記者会見で述べた。

橋梁談合事件を念頭に置いた発言とは思えないが、首をかしげざるを得ない。

 大がかりな談合の罪が解明されようとしている時である。

財界トップによる他人事(ひとごと)のような言い方は、内外から誤解を招かないだろうか。

「tsutsu・uraura」が、借用語に載るようなことがないように願いたい。



日本特有の税金の無題使いにメスが何故入れる事ができなかったのか。これこそが「構造改革」の目指す一番ではなかったのか。





文化庁の国語世論調査に表れた
「世間ずれ」についての回答のずれ



7月14日の天声人語より


 言葉とは、人生に寄り添う愛(いと)しい道連れではないか。

文化庁の国語世論調査に表れた「世間ずれ」についての回答のずれをみて、そう思った。

 この慣用句の意味を「世の中の考えから外れている」と答えた人が、10代では6割いた。

本来の意味である「世間を渡ってきてずる賢くなっている」の方は、この年代では1割強だった。

 本来の答えの方は、年かさが増すほど増え、60歳以上では6割強に達した。

人生の経験を積みながら、この句を実感してゆくさまがしのばれる。

一方で、この年代でも、「世の中とのずれ」と答える人が2割近くいた。

 もうひとつ、目をひくのが、「最近の言い方」についての調査だ。

すばらしい、おいしい、かっこいいなどの意味で「やばい」を使う人が、10〜20代で半数を超えた。

「わたし的には」「うざい」も、この年代が目立って多かった。

言葉が人の道連れならば、時には揺らぎもあるのだろう。

 「大体の見込をいふと、日本語は日ましに成長して居る。

語彙(ごい)は目に見えて増加し、新らしい表現法は相次いで起り、流行し又模倣せられて居る」。

民俗学者の柳田国男が、『国語の将来』(創元社)にこう書いたのは、60年余り前だった。

 柳田は、さらに述べている。

「日本語を以て、言ひたいことは何でも言ひ、書きたいことは何でも書け、

しかも我心をはつきりと、少しの曇りも無く且つ感動深く、相手に知らしめ得るやうにすることが、本当の愛護だと思つて居る」。

難題と自覚しつつ、愛しい日本語の未来を信じた言葉のように思われる。




「世間ずれ」は悪いことだが,世間のことがわかり「人の生」についても理解できてくれば何か役にたつことも

あるのではないかと考える。それは「世間ずれ」しないでのことが前提にあるが。





愛知万博の入り口に着いたのは


7月15日の天声人語より


 昨日の朝、小雨降る東京駅をたって名古屋に向かった。

新幹線と在来線、リニアモーターカーを乗り継いで、愛知万博の入り口に着いたのは3時間後だった。

 日差しが強い。ペットボトルは持ち込み禁止なので、入り口で「没収」されたボトルが山をなしている。

そこを通り抜けるとすぐにペットボトル飲料の売り場がある。皮肉な光景だが多くの人が買う。


 メーン会場の展示館は、行列の長さがかなり違う。

80分待ちの隣が30秒待ちだった。日本館は90分待ちだという。

普段なら敬遠するところだが、せっかくの機会と思い、並び始めた。

長く直射日光にさらされる場所に来た。ペットボトルの水をハンカチにかけて頭に載せる。

75分で中に入った。見たのは正味15分ほどだった。

外に出ると午後4時だったが、このころでも、近くの名古屋市では30度を超えていた。

 会場では暑さの対策は幾つも見られた。

長い回廊では、人工の霧が噴き出す「ドライミスト」の下で一息つく人が多かった。

木材を多用した会場のつくりにも照り返しを和らげる効果があるようだ。

しかし、これからが本番の暑さの中で大丈夫かとも思った。

 行列ができるのが日常なら、ひさしや日よけを増やしてはどうか。

見に行く人は、うちわや日傘、帽子を用意し、十分に水分補給して、無理には並ばない方がいいようだ。

 万博についての本社のアンケートに、こんな意見が寄せられていた。

「環境だけではなく、人にも優しい万博であってほしい」。

夏休みで、子供たちも増える。笑顔で帰れる万博にしたい。



「人にも優しい万博であってほしい」との思いは行かなくとも伝わり理解できる。何も採算が合い損益が出なければ会期を延ばしても

良いのではないかと思うのだが。万博に観たいが腰が重いのはそのためである。




 愛知万博の主会場のある長久手(ながくて)町は、

7月16日の天声人語より

 愛知万博の主会場のある長久手(ながくて)町は、古戦場の町として知られている。

16世紀に、羽柴秀吉の軍と徳川家康の軍が対決する長久手の戦いがあった。

町は、ナポレオン軍が敗れた古戦場として有名なベルギーのワーテルローと姉妹都市の縁を結んでいる。

 長久手の古戦場からそう遠くない会場に、国や企業など、それぞれの「旗印」を掲げた展示館が立ち並ぶ。

仕掛けの大きそうな展示館に人が集中しているようだ。

しかし民芸品の即売場のような素朴な一角もにぎわっている。

その周りでは、こんな会話も聞こえる。

「ちょっと南アフリカに行ってくる」「私はザンビア」「こっちはコンゴ」

 おびただしい展示から、それぞれの一点を見いだすのも万博の楽しみだろう。


イタリア館の「踊るサテュロス」も、そんな一つになるかもしれない。

 サテュロスは、ギリシャ神話の酒 神ディオニソスの従者だ。

恍惚(こうこつ)の表情で旋回するさまをかたどったブロンズ像は、地中海の海底から漁網で引き揚げられ、

2千年の眠りからさめた。

両腕や右脚は失われているが、躍動感は失われていない。

限りのない時の流れに身を委ねている限りある人間の生を、像はうたいあげているように見える。

 「博覧会はもと相教え相学ぶの趣意にて、互いに他の所長を取りて己れの利となす」(『日本の名著・福沢諭吉』中央公論社)。

諭吉は、遣欧使節の随員として幕末にロンドン万国博を見て「西洋事情」に紹介した。

 今、世界の事情は厳しい。

せめて万博は、互いに他の長所を広く認め合う場であってほしい。



海外旅行が出来ない身には世界の一端 科学の進歩の一端を見る良い機会であるかもしれない。





韓国映画「大統領の理髪師」は


7月17日の天声人語より


 ひげをそる手が滑って顔を切りでもしたら、銃殺されるかも知れない??。

ことし日本でも公開された韓国映画「大統領の理髪師」は、ある日突然、

朴正煕(パクチョンヒ)大統領の専属理容師に選ばれた男の動転ぶりを描いて退屈させない。

 参上した主人公に大統領の側近が言い渡す。カミソリは無断で使うな、質問はするな、仕事は15分で終えろ。


映画の中のお話ではあるが、大統領の散髪が15分きっかりとはせわしない。

見終えて散髪時間の長短を考えた。

 小泉首相の散髪は時に2時間を超す。

行きつけの理容店は都心のホテルの地下にある。夜11時に入店し、翌午前1時半までいたこともある

「店内に抜け道があってホテルで誰かと密談している」「だから店を出ても髪が元のままなのか」。

妙なうわさが政界に立つ。

 20年前から小泉氏を調髪してきた理容師の村儀匡(むらぎただし)さん(47)は、一笑に付す。

「店のどこにも抜け道なんかありません」。念入りな整髪が自慢で、パーマは2時間、カットでも1時間はかける。

爪(つめ)の手入れもする。「髪形が不変なのは、切ったかどうかさえ微妙な仕上がりをお好みだからです」

 古来、権力者に雇われた理髪師の悲喜劇は数知れない。

ギリシャ神話の理髪師は王様にロバの耳が生えたと知り、秘密をばらす衝動を抑えられない。

オペラ「セビリアの理髪師」では、賢い理髪師フィガロが、頼まれて伯爵の縁結びに奔走する。

 小泉首相の理髪を巡る悲劇や喜劇は聞かない。

ただ村儀さんも怖い夢を繰り返し見る。手元が狂って首相ご自慢の長髪を切り落とす夢だという。



自然にさらりと流した首相の髪にも隠れた努力があるものかと。料金はどれくらいかかるか気になる所である。

こんな人たちばかりで経営がなりたつのか心配。それとも何か他に抜け道でもあるのか。

散髪まで話題にされれば公人とはつらい話である。本当に早く自由な身にしてあげたい思いです。






休暇中のヨットの冒険を描いた彼の作品は

7月18日の天声人語より


 夏休みの始まりを告げる特別の儀式がある。

湖のほとりに降りて行き、片手をそっと湖水につけるのだ。


児童文学の名作「ツバメ号とアマゾン号」シリーズを書いたアーサー・ランサムの若き日の回想である。

 英国の湖水地方などを舞台に、休暇中のヨットの冒険を描いた彼の作品は、世界各地で帆船好きの子供たちを生んだ。

船乗りを養成する独立行政法人航海訓練所の雨宮伊作さん(47)もその一人だ。

 ランサムの世界にひかれて東京商船大に学び、練習帆船勤務を生きがいに、多くの実習生を育ててきた。

2000年ミレニアム記念の北米練習船レースでは、1等航海士として乗り込んだ海王丸が、世界の強豪を抑えて1位に輝いている。

 なぜ、この時代に帆船で実習をするのだろうか。

雨宮さんは言う。「風がなければ帆船は動きません。味方にすれば快適だが、敵に回すと命さえ失う大自然の脅威を前に、

いかに力を合わせるのかを学ぶのです」。


2カ月に及ぶ遠洋航海が終わるとき「実習生の目は輝き、やさしくなり、すこし大人びます」

 ヨットの本場英国では、青少年教育として練習船が活用されている。

ランサム作品で最も緊迫感あふれる「海へ出るつもりじゃなかった」は、主人公の4人兄弟が、

霧と嵐の中、漂流し始めた帆船を操って英国からオランダまで北海を横断する話だった。

危機を乗り切ることで彼らは大きく成長する。

 帆船乗りの世界には「帆が教える」という言葉があるという。

自然を忘れ、効率ばかりが優先される時代に「帆が教える」ものは多いはずだ。



効率ばかり追求すれば人間らしさを失いそして蝕まれて行く気がする。

現在の風潮になじめない所を日本人は感じているのではないだろうか。

東洋思想にはそれとはまったく,反する生活が推奨されている面がある。

一つの身体に如何にそれらを調和して行くかが人間の叡智ではないか。

何度も書いているが人間にとっては効率 実利だけが最高のものではない。

効率 実利を離れた素晴らしいものがあることを知っておこう。





84歳で
ドイツへ行って、ドイツ語で
ベートーベンの「第九」を歌ってきた。


7月19日の天声人語より


 茨城県取手市で書道を教えている松本恒子さんは84歳である。

地元の合唱団の仲間約120人といっしょに、ドイツへ行って、ドイツ語でベートーベンの「第九」を歌ってきた。

 歌い終えると、ドイツの人たちから大きな拍手。

「やった、という感じでした。

それにしても、10年おきに2度もドイツで歌えるなんて、思ってもみなかった」

 松本さんが取手第九合唱団に加わったのは、91年のことだ。歌は好きだが、「第九」ともドイツ語とも縁がなかった。

テープを聴いて、歌詞を丸暗記した。

その5年前に生まれた合唱団の2度目の演奏会だった。

 このあと、「次はベートーベンの母国で」という声が上がった。

「最初は、とても無理だと思われていたのですが」と言うのは小野耕三さんだ。

合唱団のいまの代表である。

合唱団には会社員、公務員、商店主ら様々な人がいる。

つてを求めていくうちに、バーデンバーデンの交響楽団が共演を引き受けてくれた。

 それが95年のドイツへの初めての旅となる

その5年後、バーデンバーデンから指揮者のW・シュティーフェルさんを招いて、取手で演奏会を開く。

そして、今回のドイツ再訪である。

小野さんは「こんなに長く続いたのは、5年に1回というペースだったからだと思う。

手づくりの演奏会は、準備や資金の手当てが大変なのです」という。

 このゆったりとした歩みがいいのだろう。

早くも、「5年後もドイツで」という声が出ている。

松本さんは「5年後ならば、行けるかもしれない。ぜひ行きたいですねえ」と話している。



年をとっても益々に盛んである。それなりに工夫もされている。これからは高齢化社会で見習うべき所が多くあるようだ。




北海道の知床がユネスコの世界自然遺産に決まった


7月20日の天声人語より


 昨日、本紙の「朝日川柳」に載っていた一句に笑いを誘われた。

〈飲んで騒いで丘に上るな知床の/さいたま市 岸保宏〉。笑いといっても、苦い笑いである。

 北海道の知床がユネスコの世界自然遺産に決まったが、単純には喜べない思いをした人も少なくなかったのではないか。

先に遺産に登録された鹿児島県の屋久島や、青森・秋田両県の白神山地では、観光客の急増で汚染が懸念されている。

 世界遺産条約は、自然と文化を人類全体の宝物とし、損傷、破壊などの脅威から保護することをうたっている。

日本政府が登録を推薦したということは、損傷や破壊をしないと世界に約束したことになる。


 知床では、80年代に国有林伐採への反対運動が起きた。

それから今回の登録まで、長い道のりだった。

数多くの人たちの力がよりあわされて、大きな実を結んだ。

これからも自然を保ち続けてゆく責任は重いが、日本の自然を世界遺産という「地球の目」で見直すのはいいことだろう。

 ユネスコ(国連教育科学文化機関)を設立するための会議は、第二次大戦が終結した60年前の秋に、ロンドンで開かれた。

アトリー英首相は、演説の中で「戦争は人の心の中で生まれるもの」と述べた。

 これが、ユネスコ憲章の前文の有名な一節となった。

「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和の砦(とりで)を築かなければならない」。

争を繰り返さないため、世界の各国は互いをよく知る必要がある、との反省が込められている。

知床の自然もまた、心の砦の礎になるようにと願う。



世界遺産は世界中でどのくらいあるのだろうか。検索してみた。

世界中に世界遺産は812件あった。日本で昨年登録されたのは知床だけである。

多いようで少ない気がする。

アトリー英首相は、演説の中で「戦争は人の心の中で生まれるもの」は至言だと考える。

思いなくして行動はありえないということなのだろう。それは全てに当てはまると感ずる。

人類の歴史は戦争の歴史ともいわれている。

アトリー英首相の演説をもじって「平和は人の心の中から生まれるもの」と言い換えたい。

各人が平和を求める心無くしては平和はありえない。




映画「イブラヒムおじさんとコーランの花たち」(03年)は、



7月21日の天声人語より


 イブラヒムおじさんは、パリの下町で小さな食料品店を営んでいる。

フランソワ・デュペイロン監督の映画「イブラヒムおじさんとコーランの花たち」(03年)は、

このトルコ移民の老人と孤独な少年の心の物語だ。

 異国でひっそり暮らす信心深いイスラム教徒を、70代に入った名優オマー・シャリフが演じた。

落ち着いたたたずまいは持ち前だが、その姿は、異国にとけ込もうとする移民の知恵や、

必要に迫られて身につける「擬態」を表しているようだった。

 移民が周りから際だたない暮らしを強いられるのはフランスに限らない。

周りにとけ込む姿勢をとりつつも、移民一世の場合は母国への思いが心の支えになっているのだろう。

 ロンドンの同時爆弾テロ事件の容疑者の多くはパキスタン系だった。

親たちが、かつて植民地支配していた英国に来た後に生まれた。

そして近年、こうした移民二世や三世の帰属意識が改めて注目されている。

 ロンドンのイスラム人権委員会のアンケートで「英国社会の一員だ」と答えたイスラム教徒は約4割にとどまった。

一方で「差別を受けた」と答えた人は8割もいた。


母なる国も、安らげる居場所も無いという悲痛な思いで日々を過ごす青年も多いのか。

 イブラヒムおじさんは、親を失った少年を養子にして、ふたりでトルコへ旅する。

そこには安らぎと悲しみとが待っていた。母国で土に帰る老人と、別離を越えて生きてゆく少年と。

国籍や民族、そして親と子すらも超えた、ひとりとひとりの人間のきずなへの希求が静かに描かれていた。




異国でひっそり暮らす信心深いイスラム教徒は,イスラム教徒の約4割だけが英国社会の一員と自分を感じ

8割の人たちが差別を感じているようだ。

ロンドンでのテロの素地として,これが原因の一つともとらえることができそうだ。

根本的な対策は地道な調査から初め,それへの改善でもって無くすことができるのではないだろうか。

テロ掃討作戦とか,厳重なテロの警戒だけでは対症療法に過ぎず,テロは何度も起こりえることだと思えてくる。






石綿粉じんによる危険


7月22日の天声人語より


 「せきめんの素顔」という冊子がある。アスベストの業界団体・日本石綿協会が、88年に出した。

前書きに、石綿は「産業界の進歩、発展に無くてはならない貴重な存在」とある。

国際労働機関(ILO)条約で、毒性の強い青石綿の使用が禁止されてから2年後の刊行だった。

 冊子は、石綿によって引き起こされる病気にも触れているが、こんなくだりもある。

「対策が次々と打たれ……今後石綿による疾病の危険はほとんどないと確信できるまでに至っております」


 一般の住民に対する石綿粉じんによる危険率については、こう述べている。

「めったに起きない落雷による死亡危険率と同程度か、それ以下とする専門家の意見に同意するものであります」

 記述は、やはり、石綿の益の方に重く、害の方に軽く傾いているようだ。

その後に発覚した被害は、甚大だった。

 この冊子が出る10年以上前に、当時の労働省が、

石綿工場の従業員の家族や周辺住民の健康被害について危険性を指摘する通達を出していた。

なのに、国は有効な手を打たなかった。


「決定的な失敗」と、今の副大臣が述べたがの不作為による「公」害の様相が一段と濃くなってきた。

 かなり古びた『石綿』という本を開く。

「我が国に於ける石綿工場労働者の健康状態に関する組織的な報告は未だ見ないが、

工場内の塵芥の程度は、著者の見たる範囲に於ては実に甚だしいものである」。

日本パッキング製作所技師長・杉山旭著、昭和9年刊とある。

71年前に記された「石綿の素顔」のように思われた。



業界だけに石綿工場労働者のことを任しておくだけでなく,政府が率先して厳重な監督が必要である。

政府だけではできない仕事なのか。それとも怠慢なのか。

それとも石綿は扱う事が難しく,扱うことの出来ない物質だったかの科学的な解明が必要である。

それまでは『石綿』使用はすみやかに中止すべきである。

使われてしまった『石綿』の箇所の徹底的調査が必要である。





江戸東京博物館で開催中の
「発掘された日本列島2005」には



7月23日の天声人語より


 まず、ぽっかりと開いた目にひきつけられる。黒い穴のような目の先に短いくちばしがあり、右の肩から翼が伸びている。

和歌山市の「岩橋(いわせ)千塚古墳群」で出土した鳥形埴輪(はにわ)の写真を見て、一時心がなごんだ。

 埴輪の顔が私たちをひきつけるのは「切りとった目ゆえである」と国立歴史民俗博物館の館長だった佐原真さんが書いていた。

「埴輪の顔に対するとき、人はおだやかな眼差となる。

切りとった目は、目の輪郭にすぎず、黒目がない。

埴輪は相対する者を凝視できない」(『日本の美術』至文堂)。

 人物埴輪についての記述だが、動物の埴輪にも通じるところがあるように思う。

「埴輪に対する人は、見つめられることなしに、見つめることができる」。

それだから、やすらいだ気持ちで埴輪に向かうことができると佐原さんは記す。

 東京・両国の江戸東京博物館で開催中の「発掘された日本列島2005」には、

全国各地からの様々な出土品と共に埴輪も幾つか展示されている。

中に奈良県巣山古墳で出土した3羽の水鳥形埴輪がある。

白鳥を思わせるこの埴輪の目は、くりぬかれてはいない。

しかし、これはこれで、じっと遠くを見ているような風情がある。

 鳥形の埴輪には、死者の魂を来世に運ぶといった解釈もあるそうだ。

翼を広げたものが出土したのは、今回の和歌山が初めてという。

奈良文化財研究所の高橋克寿・主任研究官は「渡り鳥のように飛ぶことが得意な鳥をモデルにしたと考えられる」という。

 古代からよみがえった謎の鳥は、想像の翼を広げてくれる。



昔のことに目を向けることは心の安らぎともなる。






郵政法案をめぐる血判の動きが報じられている。


7月24日の天声人語より


 幕末の志士、高杉晋作は何かと仲間に血判を求めた。

「夷狄(いてき)を討つ」と江戸で御楯(みたて)組を結成した時には二十数人が血盟に応じた。

なのに京都で将軍暗殺の同志を募ると1人しか応じない。

高杉の呼びかけでも、企てがむちゃならそっぽを向かれたようだ。

 郵政法案をめぐる血判の動きが報じられている。

民営化に反対の自民党議員たちが結束を固めるため、誓紙に名を連ね、血の判を押したと。

本当なら、何とも時代がかった話ではないか。


 発案したと伝えられる亀井久興衆院議員に尋ねた。

「たしかに私が誓紙を用意した。同じ意見の衆院議員に署名を頼んだが、血判はお願いしてませんよ」。

応じたのは約20人で、採決では全員が誓い通り反対票を投じた。

牛王(ごおう)宝印と呼ばれる熊野神社発行の誓紙を使ったそうだ。

 熊野信仰では、牛王宝印の誓いを破ると血を吐いて死ぬと伝えられる


『吾妻鏡』には、義経が頼朝に忠心を訴えた手紙は牛王宝印に書かれたとある。

赤穂浪士が復仇(ふっきゅう)の誓いに使ったのもやはり牛王宝印だった。

神罰覚悟の連判状など講談の世界だけかと思っていたが、政界では今でも立派に通用するらしい。

 誓文に署名する習わしは平安時代にさかのぼる。

戦国の世に裏切りが相次ぎ、署名だけでは安心できなくなった。

それで血判が重みを増す。


徳川幕府も忠誠の血判をしばしば諸大名に出させている(石井良助『はん』学生社)。

 参院自民党でも、血判や連判の動きがあると聞く。

切り崩しや寝返りをにらみつつ、票を読む声がセミのごとくかまびすしいこの夏である。



今回の郵政法案をめぐっては古い恐ろしい言葉が飛び交っている。自民党衆議院の反対の同士の「血判状」とか

又その反対した自民党衆議院に対して選挙で当選させないための「刺客」をおくるとかでドロドロしたものを感ずる。

自民党は自己融解してゆくのではないかと危惧する。

小泉首相が公約でした「自民党をぶっ壊す」だけが達成されるのではなんとも悲しい話である。

自民党内での選挙で選んだ議員の責任でもある。国民にとっては一番望んでいたことかもしれない。

各党の再編成の第一歩かもしれない。

戦後ずーと自民党が与党として存在していた事自体が変な話で政権交代があってよい時期とも感ずる。







ロンドン警視庁が、「クラトス」作戦と呼ぶ新しい作戦を展開中


7月25日の天声人語より


 ギリシャ神話のプロメテウスは、天上の火を人間に与えたかどで、最高神ゼウスの怒りを買う。

アイスキュロスの悲劇「縛られたプロメテウス」には、山にプロメテウスを縛り付ける役のひとりとして、クラトスが登場する。

ゼウスのしもべ・クラトスは「権力」を意味するという。

 同時爆弾テロが続いたロンドンで、ロンドン警視庁が、「クラトス」作戦と呼ぶ新しい作戦を展開中と伝えられる。

テロ狙撃チームが爆弾所持者らを撃つ場合は、下半身ではなく頭を狙うように内部規定を変えた。

先日、ロンドンの地下鉄で、警官が男性に対して至近距離から発砲し、死亡させた。


その男性は、爆破事件には無関係だったことが分かった。

 警察は、ロンドンでの3度目の同時テロは絶対に許さないという決意で、捜査に全力を挙げていたにちがいない。

市民もまた、祈るような思いで、日々を過ごしているのだろう。

 疑心暗鬼という言葉が思い浮かぶ。

疑心が生じると、実際にはありもしない恐ろしい鬼の形が見えるようになる。

 何でもないことでも疑わしくなり、恐ろしくなる。

そして、いつもなら踏みとどまるはずなのに、突き進んでしまう。

かつて日本では、関東大震災で「朝鮮人が襲撃してくる」というデマが広がり、多くの人が殺害された。

 クラトスには、ビアという兄弟がいて、そちらは、「暴力」を意味する。

神話では、クラトスとビアは、いつも一緒だという。

もとよりテロという暴力は許し難いが、「権力」は、「暴力」と同居しないよう踏みとどまるべきだろう。




テロと何の関係もない人が殺される事件がロンドンで起きた。何発もの拳銃が発射されている。

荒っぽい話である。疑心暗鬼となると人間はとんでもない行動を引き起こしかねないと言う事だろう。

さらに戦場だったらどんなことが起きるのか。?

イラクでは今日も6人のアメリカ兵がテロに殺されているとの報道がある。

アメリカ兵は疑心暗鬼がつのり,益々に一般の市民が殺されている可能性は充分にある。

何人もの無実のイラク一般市民が殺されているか。

イラクはベトナム化してはいないのか。?

戦争が長引けば長引くほど喜ぶのは兵器を売っている「死の商人」たちである。

ブッシュをば大統領から追放する以外に解決は困難ではないのか。





千葉県を震源とした23日の地震である


7月26日の天声人語より


 大暑にしては過ごしやすい土曜の夕方だった。

いつもの、さざ波のような前触れをほとんど感じないうちに、突然大きな揺れが来た。

千葉県を震源とした23日の地震である。

 家のどこかの壁が、みしみしいっている。

火を使っていないことを確かめながら、東京では、ここ10年に一度あったかどうかの大揺れだから、

震度4以上だろうと推測した。

 テレビで速報が始まる。千葉方面などが震度5弱だ。

大災害が予想される震度6以上の地点が見あたらないので、ひとまずほっとする。

都内は震度4以下なのかと思っていると、20分以上たったころ、突然足立区が、この地震で最大の震度5強と出た。


 都庁から気象庁にデータが届くのが遅れた。

区市町村の地震計などのデータは都庁に集められ、変換して気象庁に送信される。

阪神大震災を機に導入したシステムで、当時は最先端で最高速だったという。

都庁では、今回の地震でシステムなどの限界が表れたとして早急に抜本的な改善をすることにした。

 震度情報は、被害の予測を立てたり対応を決めたりするための基本的なデータだ。

一刻を争うシステムが、大事な時に滞るとは。

直下型の大地震が懸念される首都の備えとしては、はなはだ心もとない。

 今回は大災害には至らなかったが、鉄道やエレベーターなど、人を運ぶ仕組みのもろさが露呈した。

できれば、日ごろから足腰を鍛えておいた方がいいのだろう。


地震は、忘れていてもいなくても、いつかはやってくる。

もしも、やってこないなら、それはそれで言うことはないのだから。



地震は忘れた頃に来るとは寺田寅彦の言葉であるが,今地震は忘れない頃にきている感が世界中で起きている。

それだけ地球も人間のすることに怒りを感じ,揺さぶりを起こしているのではないかと思うほどに次から次へと地震が

起きているように思える。太古の茅葺きの家だけの時代だと被害も少ないが,近代化した現代では大災害が起こりえる。

人間は自然には勝てない。それは永遠にである。人間は自然に随い自然のいうままに生きるしか仕方ないと考える。

人間はいつまで経ってもお釈迦さんの手の掌にいる孫悟空のようだ。




 46歳という若さで亡くなった杉浦日向子さんが、


7月27日の天声人語より


 くまで ゆや みみかき しゃくし こたつ かや おはぐろ おひつ ずきん すごろく。

 46歳という若さで亡くなった杉浦日向子さんが、本紙の地域版に連載した随筆「隠居の日向ぼっこ」の題の一部だ。

のどかで、かなしくもあり、こわさをも秘めた独特の世界の入り口が見える。

日ごろ江戸の町家に住み、時に現代に通ってくる女性の浮世絵師といった風情があった。

 『大江戸観光』(筑摩書房)で江戸時代をこう述べた。

「近世封建制を手放しで礼賛する気はありませんが、かといって、中世封建制やヨーロッパのそれとは明らかに違う、もっとひらけた、

秩序的にも社会構造的にも明快なものと思います」

 「風土・民族に適合した生活様式であった筈(はず)」で、

明治以降の、絶え間なく戦争をしてきた近代日本は、「やっぱり無理をしているとしか思えません」。

無理をしない心の構え方が、漫画家からの30代での「隠居宣言」にもつながったのだろうか。

 88年に文芸春秋漫画賞を受けた「風流江戸雀」では、一話の首尾に配した川柳と絵との絡みが絶妙だった。

「物思う相手がなさに蚊帳を釣り」「男じゃといはれた疵(きず)が雪を知り」。

長屋暮らしや、雪もよいの川端の一景に引き込まれた。

 江戸っ子らしくソバ好き、というより「ソバ屋好き」だった。

『もっとソバ屋で憩う』(新潮文庫)では、ソバ屋でのいっときの安らぎを勧めている。

日できることは、明日でもできる。どうせ死ぬまで生きる身だ」。

その先の一行が、目にしみる。「ソンナニイソイデドコヘユク」




杉浦日向子さんの江戸時代の博学にはいつも感心してテレビをみていた。若いと思ってはいたが,

こんなに若いとは,あの博学ぶりからして感じられなかった。江戸時代に住んでおられ見聞し,帰ってこられた位に思えた。

江戸時代の平均寿命はもう少しあったように思うのだが,あまりにも若すぎる。





スペースシャトルの打ち上げ


7月28日の天声人語より


 スペースシャトル・コロンビアの打ち上げをケネディ宇宙センターで見たのは、81年の秋だった。

 天に向かうロケットの噴射口の下に、白金のきらめきを強烈にしたような巨大な光の玉が見えた。

やがて、空気を大きく揺るがす衝撃波が記者席に届き、体が小刻みに震えたのを覚えている。

 打ち上げを見守る現場には、緊張感とともに、厳粛な雰囲気が感じられた。

悠久の時の流れの中で、地球は宇宙の力学によって定められた軌道を巡っている。

その地球に張り付いて同じ軌道を巡る人類が、地球を飛び出して独自の軌道を描こうと試みる命がけの現場だった。

そしてその挑戦は、時には悲惨な結果をもたらした。

 コロンビアの空中分解事故から約2年半、日本人の宇宙飛行士・野口聡一さんたちを乗せたディスカバリーが打ち上げられた。

野口さんは述べている。

「危険性はあるが、宇宙から得られる利益や、若い世代への知的な刺激のため、挑戦する価値がある」

 初の日本産ロケット「ペンシルロケット」の発射実験から50年になる。素朴な仕組みは、巨大で複雑なものになった。

人間のなすことでは、失敗の可能性を完全には消し去れない。

しかし今は、野口さんたちが任務を果たし、宇宙を存分に味わって帰還することを念じたい。

 アポロ計画で月に行った宇宙飛行士のひとりが、後年述べた。

「宇宙にはすべてを超えた『力』がある。始まりも、終わりもない。

ただ、すばらしい世界をつくった『意志』があるだけなんだ」。

野口さんたちもまた、宇宙の力を感じただろうか。




野口さんたちを乗せたスペースシャトルの打ち上げを固唾をのんでテレビを見ていた。軌道にのって宇宙ステーションとドッキングしてから

の活躍も逐次送られてくる画像を楽しみに見ていた。シャトル表面の修復作業もなんとか出来無事帰還されホッとする。

ブッシュは何かの戦略的なことに使っているようだが,人間のロマンとして大変素晴らしい運行だった。

無重力状態で動き,「地球が青い」こともよく判った。飛行機に乗っていて,いつも感ずることは人間の小ささである。

人間同士何故に争うのか判らない気にもなることがある。

シャトルに乗れば神を感じたと言われるのもなんとなく理解ができそうだ。

「地球は青かった」との始めてのロケット飛行士からの感想は今も印象的に残っている。







戦後60年の原爆の日が近い。


7月29日の天声人語より


 最近の言葉から。「恥ずかしながら……と帰国した夫は、28年間もあきらめずに生き抜いた

ここでくじけたら、夫に恥ずかしい」。横井庄一さんは、終戦を知らずにグアム島の密林で28年を過ごして生還、

97年に82歳で他界した。

妻・美保子さんが、名古屋市内の自宅にグアムの洞穴を模型で再現するなどして記念館にしようと奔走している。

 戦後60年の原爆の日が近い。

被爆者への本社のアンケートでは、被爆体験を今も日常生活の中で思い出すという人が約8割にのぼった。

「雷が鳴ると動悸(どうき)がひどく、動くことも自動車の運転ももってのほか」「真っ暗な所に入ったとき、何かが迫ってくる気がする」

「焼け跡のにおいが鼻に残り、焼き魚が嫌いになった」

 沖縄県金武(きん)町で米軍が強行した実弾射撃訓練に抗議する県民集会が開かれた。

「これほどにウチナーンチュ(沖縄人)、我々がなめられていいんですか」と儀武剛町長。

 「私は大丈夫」。そう言っていたという日本道路公団の内田道雄副総裁が、談合事件で逮捕された。

副総裁に任命した近藤剛総裁が記者会見で述べた。「誠に人を見る目がなかったということかもしれない」

 妊娠してから結婚する「できちゃった婚」の新しい呼び名が、ブライダル業界などで広まっているという。

「おめでた婚」「授かり婚」「ダブルハッピーウエディング」「ママリッジ」

 名古屋場所は混戦となったが、最後は、朝青龍が憎らしいほどの強さを見せつけて優勝、5連覇を達成した。

「6連覇、いきたいね。もっと強くなりたい」




広島原爆の日は人類に忘れる事のできない出来事であった。初めて実際に攻撃のために使われたのである。

原爆投下は戦争を早く終わらせるためのアメリカ側の話は嘘のように思えてならない。

一瞬にして,一発の原爆が27万人の人たちを殺したのである。その原爆は世界中に27万発もあるらしい。

原爆は水素爆弾に進化しているからもっと高性能なのだろう。

ブッシュは手軽に使える小型の原子爆弾開発を命じている。狂気の沙汰である。

政治家のお坊ちゃんが政治のプロになればこのような発想しか出来ないのかと情けない。

選挙で民主主義で当選したと言うものの何代もその地域で代々も続けば苔が生えたような人たち同士の義理・人情・お金・お世話などなどで

民主主義とは全く関係のない所での選挙でもって議員になってきているとしか感じられない。

議員の世代交代は禁止にすべきである。

日本を眺めて見ても二代目三代目の議員が多い。自民党においてそれが特に目立つ。

民主主義とは全く無関係のことで議員になっているようにしか思われない。

選挙民も又代々いうままに見返りを期待して,選挙投票が行われてきているだけのことである。

それらの議員は昔から代々苔が生えたような人たちの義理・人情・お金・お世話などなどで結ばれているから

本来の民主主義としては無縁で,地盤として極めて堅牢で落選する確率はすくない。





久隅守景(くすみもりかげ)の
「納涼図屏風(びょうぶ)」だ



7月30日の天声人語より


 今年も、暑さが極みに達する時節となった。

いつも、今時分に取り出して眺める絵がある。

江戸狩野派系の画家、久隅守景(くすみもりかげ)の「納涼図屏風(びょうぶ)」だ

本物は国宝で、東京・上野の東京国立博物館の蔵にあるが、

古い雑誌から切り取った手元の絵からでも、涼味の一端は伝わってくる。

 つるを伸ばした夕顔をはわせた棚が、横に長く描かれている。

棚の下には、地べたに敷いたござのような敷物でくつろぐ親子3人の姿がある。

一日の仕事が終わったころなのだろう。


夫は肌着をまとい、腹ばいになってほおづえをついている。

そばに腰巻き姿の妻が座り、ふたりの間から童子の顔がのぞいている。

 画面の上半分に空が広がり、左手には、おぼろな月が浮かんでいる。

親子の顔の向きはほぼ同じで、一緒に月を眺めているようにも見える。

天と地と人が、とけあっているかのようだ。

  質素とも粗末とも言える暮らし向きだが、飾りもののない簡素な図が、涼やかさを運んでくる。

現代の暮らしは、人工的な物に密に取り囲まれているから、素朴でのびやかな空間に心引かれるのだろうか。

都会では、日差しをさえぎる夕顔の棚をつくれるような庭などは、かなりぜいたくな部類だろう。

 近年、打ち水で少しでも都会の熱をさまそうという運動が広がっている。

夕顔の棚はなくとも、風呂の残り湯などで水を打てば、街を冷やす効果とは別に、

心にも涼しさをもたらすかも知れない。

 国宝の夕顔棚の納涼図屏風は、8月2日から9月11日まで、

東京国立博物館の平常展で一般に公開されるという



納涼図屏風で涼をとる昔の人の智慧か。今は暑くなれば直ぐにクーラーをつけて涼しくしている。




のんびりと、牛が草をはむ


7月31日の天声人語より


 のんびりと、牛が草をはむ。

おいしそうに食べているのは、クズ、シロザなどふつうは雑草と呼ばれる草木だ。

伸び放題の黄色いセイタカアワダチソウも平らげる。

 草刈り用に牛を貸し出す。その名も「レンタカウ制度」。

瀬戸内海に面する山口県柳井市で、ことしもやっている。

人影の少ない、山あいの休耕田に、4頭の黒毛和牛を放っている。

 牛を借りるのは、年老いて農作業がつらくなった農家が多い。

周りの田んぼの稲が青々と育つなか、草だらけにしていては害虫がわく。

迷惑をかけまいとして、草刈りをシルバー人材センターに頼むと、金がかさむ。

炎天下での作業は、請け負う人もきつい。


 ならば、牛に食べさせたらどうだろう。4年前に、市長の河内山哲朗さん(47)が言い出した。

農地が減り続け、畜産も振るわない。ため息が重なる農業関係の集いでのことだ。

牛を使えば、人件費も、えさ代も浮く。借り手も貸手も都合がいい。

さっそく農協が事業化した。今夏は7軒の農家が利用する。

 手間もかからない。放牧地の周囲に2本の電線を張る。

そこに太陽電池で電気を流すと、さくになる。持ち運びも取り外しも簡単だ。


市の試算では、5千平方メートルの草刈りを人間がやれば、2人で2日かかる。

運搬処理費も含めて5万円なり。

牛なら、2頭がそこに寝泊まりして約50日で食べ尽くす。

機材費込みで2万4千円ほど。

 牛はもぐもぐと黙々と働く。

こんなのどかな光景が全国の休耕地に広がったら気持ちよかろう。

そう思った瞬間、きょとんとした眼の牛と目が合った。


都会のこのあたりでは牛は滅多に見ない。動物園でしか見ることが出来ないのかもしれない。

昔のように蝶もトンボもメダカも見られなくなってきている。

でもセミの声は喧しく聞こえてくる。




「無言館」の絵画展を鑑賞して


テレビを見ていると京都で「無言館」の展覧会が開催していることを知った。

「無言館」は長野県にあって窪島誠一郎氏によって始められている。

京都文化博物館で開催されることを知り見に行ったが思ったより大勢の方が来館されていているのには

少し驚いた。何か普通の展覧会とは違った雰囲気で戦争で亡くなっていった画学生達の作品が

作品よりもその傍に展示されている彼等の遺品を見て,戦争とは如何に残酷なものであることをしみじみ心に訴えさせられる。

遺品を大切に保存していた家族の悲痛な叫び,気持が自然に伝わってくる。

20才台の若者のものが殆どである。何の一点の曇りもなく戦争に疑問を抱くことなく「忠」に「孝」に「国家のため」に殉じて死んでいっている。

遺言書も展示されていたが20歳台できっちりと死を覚悟し,自分が死ぬ事に対し一点の曇りなく全く当然の如くに書かれている。

作品も中には将来立派な画家になるのではないかと思われるような作品もあった。

彼等は無言のままに今の我々に何かを訴えようとしている。

「すすり泣きの聞こえる美術館に来たのは初めてす」と美術館にそなえつけたノートに書かれていたとのことである。

違った感動を訴えかける展覧会で,戦争が如何に惨いものかが違った面から我々に迫ってくる。

政治体制がそのような雰囲気に置かれれば人間にはそれに順応し何の疑いもなく

その世界をば受け入れ溶け込んで行くところがある。

今から見れば戦時体制は全く間違っていると言える。

それが徐々に徐々に移行して行けば,その社会が当然である気持になるものなのでしょう。

政治権力で締め付けられれば,何も抵抗できずに随うのが人間の習性です。

自身の身の安全のために政府に協力しながら,自分自身を含め全て全体をば危険に追いやっている所があるのではないのか。

無言館は無言のままで我々に何かを訴え続けてきているように思われる。。京都文化博物館で8月28日まで開催とか。





行基と空海


行基と空海は時代的にかけ離れた人のように感じてしまうがそんかに隔たりはない。

二人とも始めの頃は誰にも認められずに次第に当時の権力者との関係を結ぶ事によって偉大な人になっている所は

似通っている。行基が建てた寺の多くが大体に空海の弟子達に継がれ真言 天台宗の寺となって現在に続いている。

行基と空海をつなぐ寺として東大寺がある。行基は東大寺を建設に協力してその完成を見ずに途中で亡くなっている。

空海は東大寺で修行して弟子達も同じく東大寺で修行している。行基は近畿に49院を建設しているが空海も行基ほどでないが

高野山とかの寺を建ててはいるが比較的少ない。行基は官寺 氏寺に抗して一般人が礼拝し出入りできる寺を目指して

当時の庶民のために寺を建設していた。一方弘法大師として空海は現在の庶民信仰のための寺が出来ている。

観音信仰で33ケ所四国巡礼の寺がそれである。行基は行基菩薩で,空海は弘法大師として信仰されてきた。

大師号を授かった僧侶は大勢いるが,普通お大師さんというと弘法大師を指すことになる。

確かに二人とも偉大な人物だが弟子達に恵まれていて,それにより偉大さが後世に伝わったと思われる。

色いろと調べだしていると灯篭とか造園にも広がってくる。灯篭は石だから長く保存されつづけ現在もあるものだと

思っていたが,行基 空海の建てた寺では灯篭は現在まで残っているものは一つもない。

一番古い灯篭は奈良の当麻寺の灯篭だけが奈良時代作で一つだけ有り,平安時代のものは数箇所にあるだけである。

殆どが江戸時代以後のものらしい。一つのことに関心を持ち出すと次ぎ次ぎと連鎖的に興味が広がってきて

以前に何回か訪れている寺も新しく見えてきて礼拝し,観察できるのも不思議である


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