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11月になって



十一月の前半は寒いなりにも,それほど寒さは身にこたえなかったが,後半頃より一段とその寒さが厳しくなりつつある。

本格的な冬の到来を告げているようだ。

今年は温暖化で紅葉が十二月に入らないと駄目のようにいわれていたが,比較的に寒さが早まったせいか,

紅葉の見ごろもそれだけ早まってきている。

観光バスが紅葉で有名な寺院の道路の前に列をなし,観光客を運んでいる。

毎年のこと,最盛期の紅葉を見ることがないが,今年は見物客が少なくなった頃,西山の粟生野光明寺を訪れた。

さすがに紅葉は最盛期を過ぎているものの,いつもとは違って拝観客が多くて,モミジはまだまだ美しい。

うす緑に薄紅色,真赤,赤味がかった黄色へ,さらに黄褐色へと変った色とりどりのモミジが見られる。

赤と黄色のコントラストが大変美しく感じた。

沢山な落葉があり,それでもって,さらに紅葉の風情が全体の景色を綺麗にして見せてくれる。

拝観料もいつもと同じ無料だった。

何処の寺院も紅葉の最盛期の拝観料は値上がりしていて,京都人として,拝観料をそこまで支払って行く気にはなれない。

又住んでいる近くの銀杏並木が全体が黄金色になっていて,大変見事である。

タクシ-の運転手が降り,写真を撮っているのを見かけた。

秋にも春とは違った華やかさを感じとる。

これから,たち枯れた寒い冬へと季節は移り変わってゆく。

福田首相は今のところ難なく,政治を収めてはいるものの,なんとなく物足りない感じがする。

その内閣支持率は下がり不支持率の方が高くなっている。

雑賀財務大臣の防衛族としての利権の噂が絶えず,参議院では民主党だけの証人喚問案が可決された。

でも自民党が反対と共産党も反対の意向である。

今まで全会一致が慣例だから駄目だとのことのようだ。

考えてみると衆議院は自民党が絶対多数であり,誰でも証人喚問する気ならばできることになってしまう。

こんなことは議会において多数決で決める性質のものではなく,中立的な第三者機関を作り訴えて,

その勧告でもって必ず行われるようにすべきだ。

現在は臭いものには蓋をしながらの形で,絶対的多数党でもって,何でもできてしまう世の中になってしまっているようだ。

参議院選挙結果で事情がかわってきている。

今回,防衛に携わっている商社がそんなに多くあって,それぞれにほしいまま利権をむさぼっていることを始めて知った。

戦争の準備の為,防衛の為の費用が何故にそんなに多く日本国で税金を使う必要があるのだろうか。?

冷戦時代は過ぎ,地球上には地球を何度でも破壊することができるような核兵器を大国が保有している現状において,

どうして世界で大戦争が起きると考えているのか。?

冷静に考えれば,戦争の準備に沢山な税金を注ぐことは,何の意味もないことをしている。

戦費はできるだけ少ない方が良い。脅威がくるときは人類破滅の時と同じ時である。

それから年金問題がある。

大勢の年金を納めた人たちのその年金が不明となっている。今まで役人のすることに間違いないと考えていた。

役人がすることはは間違いないと信じていたことが間違っていることが判り,役人に対する信用は落ちてしまっている。

お役人と銀行マンは大変お堅い人たちで,任しておければ安心できるものとの考えが間違っているような事が起きている。

福田内閣では,安部内閣の後をうけて,次から次へと問題が墳出してきている。

この事はその前の小泉内閣からのものなのか,長年の自民党の長期政権による弊害が一挙に噴き出たともいえるものなのか。

それにフイプ゛りノーゲンによる薬害C型肝炎問題がある。

このままでは今の政治の信用回復するには並大抵のことではあるまい。

世界ではあまりイラク問題が話題に上らなくなった。でも中東のイスラム圏内でのアルカイタ゛などによる自爆テロはあとをたたない。

いつも話題に上るのが,アメリカの9・11におけるニュ-ヨークで起こった飛行機による自爆テロである。

それ以後そのために,その自爆テロの死者の何十倍何百倍もの人たちが爆撃や戦争 自爆テロで亡くなっていっている。

アメリカでの9・11事件が,錦の御旗になって,そのためにはアメリカ始め同盟国は何をしてもよい世界に変ってしまったように感ずる

因果のリンクを何処かで断ち切らない限り何時までも同じようなことが起きる。

地球の温暖化問題も自国の利益だけを考えれば,解決することはできない。

何とかその原因を世界が一致協力して,断ち切らない限り温暖化のイキヨイはとどまることはないようであろう。

利益至上主義に人間が行動し続けば何処かで必ず破綻が来る。

温暖化の問題は世界的規模での,その破綻の証である。

身近な所でも,その効率至上主義・利益至上主義で,利益追求がだとする思想が蔓延している。

この考えが方でもって政治を遂行してゆくならば何処かで必ずゆきずまる。

昔の日本に比べて国民の互助精神が薄らぎ,自分さえ良ければよいの風潮が

欧米の合理主義に便乗して日本が汚染され,日本の良さをはドンドンと失いつつある。

なんとか助け合いの世界を復活したいものである。そして世界に日本の良さを示すことである。

アメリカの尻馬に乗ってるだけの行動は日本国民として恥ずべきことだ。

これでは何時まで経っても日本はアメリカの半植民地からは脱却できない。

駐日米軍の滞在費負担をしている「思いやり予算」の存在はなんとかならないものか。

一方では税金の負担は増加し福祉医療費が切り捨てられて,在日米軍の再編成がつい先に待っている。








少しでも地震や火災に強い家がほしい。







平成19年11月1日の天声人語よりの引用


「うだつが上がらない」のうだつは、一般に、民家の屋根の上に張り出させた瓦つきの壁をさすという。

甲斐性(かいしょう)を誇る飾りであり、火事のときに隣からの「もらい火」を防ぐ装置でもあった。

横走って迫る炎を、実際によく食い止めたらしい

▼今なら、延焼を防ぐ頼みの綱は、うだつではなく耐火材だろう。

たいていの人にとって、マイホームは人生で一番高価な買い物だ。

少しでも地震や火災に強い家がほしい。

そんな望みをあざ笑うかのように、今度は耐火材の偽装が明るみに出た

▼建材大手「ニチアス」の不正は悪質だ。

耐火材の性能試験のとき、建材を水に漬けるなどの細工をした。

そうして燃えにくくして、性能が劣っているのをごまかして合格していた。

これを使ったために国の耐火性能基準を満たせない住宅が、全国で約4万棟にのぼっている

▼昨年秋には社長も不正を知った。

ところが頬被(ほおかむ)りを決め込んで、出荷を続けた。

「人と環境を大切にし『断つ・保つ』技術で社会に貢献しています」とホームページにあるが、むなしい空念仏である

▼「木と紙」の家に住む日本人は、火事を恐れてきた。

たとえば江戸市中では、強風の日は銭湯も営業をやめたという。

〈火の元は夏とて油断をせぬがよし燃え立つ蚊遣(かやり)わけて用心〉。

錦絵つきの標語を家々に張っては、細心を尽くしていた。うだつの知恵も、その一つだろう

▼安心を売り物にしつつ、裏でぺろりと舌を出して、生命と財産を軽んじる。

そんな企業のうだつが上がることは、金輪際あるまい。




専門外のものにとっては専門的なことは判らない。ただ会社を信用して任すことになる。

任されたことを良いことに悪事を働かされればたまらない。

専門外のことまで専門的な知識をもてとなると不可能なことである。

結局は信用してよろしくお願いしますのこととなる。

吉兆の食品売りは吉兆という商標に騙されて高価のものを買わされた。

昔の人からの言い伝えでの「暖簾を大切」にすることは客の信用に精一杯応えるところにある。








大手英会話学校NOVAの前社長には
いびつな情熱と大志の先には、私腹があったようだ









平成19年11月2日の天声人語よりの引用


明治維新のさなか、津田梅子は6歳で米国に留学した。

11年後に帰国し、故国の女性の低い地位に驚く。

後に女子英学塾(津田塾大学)を開かせる原点だ。

開校式では、英語力だけではない「オールラウンドな婦人」を掲げた

▼およそ教育に携わる者には、この種の情熱と大志が欠かせない。

大手英会話学校NOVAの前社長、猿橋望(さはし・のぞむ)氏はどうだろう。

レッスン機材を会社に高く買わせ、暴利を得ていたと聞いた。

破綻(はたん)の前後、会社関連の株を売り抜けた疑いもある。

いびつな情熱と大志の先には、私腹があったようだ

▼主役は雲隠れし、残された者の不安は募る。

事業を引き継ぐ企業が現れなければ、約30万人の受講生、講師、700億円ともいわれる前払い受講料は宙に浮く


▼私物化の証しとして、保全管理人が公開した大阪市の社長室をテレビで見た。

20階建てビルの最上階。

場末の劇場を思わせる紅のカーテンがモコモコと上がり、「こんばんは」と夜景が広がる

▼バーに茶室、「隠し部屋」にはダブルベッドと2人用サウナ。

どうも、教育とは無縁のご趣味と見た。

月々270万円の賃料を会社に払わせながら、全国の「駅前」で吸い上げた巨利をかみしめていたのだろうか

▼社長の机には、長い耳と鳥のくちばしを持つ「NOVAうさぎ」が無邪気に転がる。

いっぱい聴き、うんと話す。

語学習得のイロハを形にしたそうだ。

桃色のトボケ顔に罪はないが、見るにつけ腹が立つ関係者は多かろう。

前社長には、怒声にしおれる耳も、おわびの口もないらしい。





NOVAの経営方針は別にして,個人的には熱心な先生に出会ったこともある。


各個人と経営方針は別で,でも結局は破綻する。







そんな悠長な嘆息を許さないのが、昨今の食品値上げだろう







平成19年11月3日の天声人語よりの引用


きのこの世界の「格差」も尋常ではない。

鍋物の脇役、エノキダケは束になっても100円なのに、マツタケは国産なら1本1万円前後。

おまけに、食通の作家から多彩な賛辞を浴びてきた

▼「いためたのを備前焼の大皿あたりに盛り、すだちをかけると、これが松茸(まつたけ)だ、という気がしてくる」は立原正秋。

その香りを、吉田健一は「どうかすると音楽が聞こえてくる」とたたえた

▼大皿に盛りたいなどと豪勢なことは言わないが、「音符」の一つ二つは鼻に入れてやりたい。

しかし、猛暑と少雨がたたり、今年のマツタケは過去にないほどの不作らしい。

せっかくの旬の香も、いつにも増して高根を漂う

▼そんな悠長な嘆息を許さないのが、昨今の食品値上げだろう。

果汁、カレーのルー、ハム、スパゲティ、食パンと、育ち盛りに欠かせぬ品が多い。

年が改まれば、ビール、みそ、おでん種と大人も痛い。

マツタケと違い、台所の常連たちの高値は家計にのしかかる。

「さほどの好物でもなし」と、やせ我慢はできない

▼さて、どうしのぐか。特売の献立もいいが、本紙生活面には「迷ったら、買わない」の助言がある。

つい買い込んで、巨大な冷凍冷蔵庫を「永久凍土」にするような食生活。

まずそれから改めようと訴えるのは『冷蔵庫で食品を腐らす日本人』(魚柄仁之助、朝日新書)だ

▼怪しげな中国産、偽装、値上げラッシュ。

生物の本能か、食べ物に絡む悪いニュースに心は波立つ。

「食乱」の年も秋深く、エノキの安定感がひときわ愛(いと)おしい夜寒である。






食品の値上がりは生活に直結しているからたまらない。それに消費税値上げとなればたまらない。

全うな政治に期待している。







女は実は、観音様の使いだった








平成19年11月4日の天声人語よりの引用

 室町時代からの庶民向けの物語を集めた『御(お)伽(とぎ)草子』に、

大きなハマグリの中からまぶしい光がさして、美女が現れる話がある。

貧乏な孝行息子の女房になり、不思議な布を織って生活を助ける

▼女は実は、観音様の使いだった。

しばらく人間界で暮らし、感心な息子に7000年の寿命を授けて天上へ帰っていく。

7000年ののち、天寿をまっとうした息子もまた、花の降りしきる極楽浄土へ上がっていく

▼7000年とまではいかないが、驚くような「長寿」の話題が英国から届いた。

大西洋のアイスランド沖でとれた二枚貝が、400年余りも生きていたらしいと分かった。

大きさは約8センチというから、最大級のハマグリぐらいか。

大学の研究班が、貝殻に残った「年輪」を顕微鏡で数えて判明した。

調べるために身をはがされ、惜しいことに昇天したそうだ

▼「この貝が若い頃、シェークスピアが『ハムレット』を書いていたのだ」と学者たちは偉大な生涯をたたえている。

一方で「恐ろしく退屈な一生だったはずだ」と語っているのは、ユーモアなのか、想像力の羽ばたかない科学者のやぼか

▼貝にまつわる奇談は、古代中国にも多い。

海に現れる蜃気楼(しんきろう)は大ハマグリが吐く息だと考えられていた。

このたびの長寿を聞けば、貝に霊力を見た古人の想像が、荒唐無稽(こうとうむけい)に思われなくなってくる

▼〈わたしの耳は貝のから 海の響をなつかしむ〉(コクトー、堀口大学訳)。

生きたまま調べて、そっと海へ戻す手だてはなかったものか。

面白うて、やがて悲しき物語でもある。






本当に人間は勝手なものである。「生きたまま調べて、そっと海へ戻す手だてはなかったものか」

科学の為の人間のエゴ゜がわかる。

科学の進歩の影には沢山な小動物が犠牲になっているの実際に経験してきた。

科学の進歩にはやむを得ないことだが調べるだけのことだけならばそっと生きたまま返してあげたい気持ちだ。








「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし」は徳川家康だ。

その言わんとした重荷も、実は「魂」だったかも知れない。







平成19年11月5日の天声人語よりの引用


小春とは旧暦の10月、ちょうど今ごろからのことだ。

その穏やかな日が小春日和。

〈たましひといふ大荷物日向(ひなた)ぼこ〉(千葉皓史)の句を思い起こす

▼「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし」は徳川家康だ。

その言わんとした重荷も、実は「魂」だったかも知れない。

愛憎あり、恥辱あり、不平不満あり。


近ごろは心的外傷や、ストレス障害……。

日だまりに魂をさらせば、来し方の大小の傷に、秋の陽(ひ)がしみわたる心地がする

▼この人の魂に深い傷はあっただろうか。

そう思いながら、ポール・ティベッツ氏の訃報(ふほう)を読んだ。

広島に原爆を投下したB29爆撃機「エノラ・ゲイ」の機長だった。

92歳というから、天寿まっとうであろう

▼戦後、空軍の准将にまで昇進した。

投下の正当性を疑うことはなく、「眠れぬ夜などない」と語っていた。

自著のサイン会で「初の原爆投下」と書いたTシャツを売って、在米被爆者の怒りを買ったこともある

▼だが、異なる顔がなくもなかった。

広島平和記念資料館の元館長、高橋昭博さん(76)に会ったとき、

被爆で変形した高橋さんの右手を、約30分の対面中、ずっと握って離さなかった。

「自分が正しいのかどうかもわからない」と迷う言葉も残している。

「心の痛みはあったと思いたい」と高橋さんは言う

▼生涯おろせない「大荷物」が、元機長をかたくなにさせたのかもしれない。

広島が負った深い傷に、はたして、どれほどの思いを寄せていたのだろう。

遺灰を海にまいて欲しい。

それが遺言だったそうだ。




皆が戦争という化け物の犠牲者とも言える。

戦争は「絶対悪」で化け物である。

化け物が威張るような世の中にしないことが第一だ







そんな自陣の嘆きを聞いてかどうか、
民主党の小沢一郎代表が辞意を表明した






平成19年11月6日の天声人語よりの引用


天下分け目の戦いを前に、大将が敵将と意気投合したのでは士気も戦法もあったものではない

そんな自陣の嘆きを聞いてかどうか、民主党の小沢一郎代表が辞意を表明した

▼政権への近道とにらんだ連立協議。

敵陣深くに浮かぶその早舟に、心はすでに乗っていたのであろう。

「あうんの呼吸」(福田首相)の結果を党役員会に拒まれ、自身への不信任と受け止めたそうだ。

「首相の誠意あるご対応」へのけじめだとも言う。

毎度のことながら、この人の言動は分かりにくい

▼小沢氏は、民主党の現状を「政権担当には力不足」とひとごとのように語った。

総選挙は厳しいと公言した党首を、幹部が懸命に慰留する不思議な状況。

「後任人事」にも気が入るまい

▼前首相の政権「放り出し」は歴史に残る失態だった。

政権へと踏み込んだ足がもつれた「寄り転び」もまた、末永く語り継がれる独り相撲となろう。

政界の横綱級が、奇々怪々な決まり手で次々と倒れては、有権者の座布団が舞うばかりだ

▼小沢流の独断専行が罪深いのは、参院選で民主党を圧勝させた100日前の民意を、丸ごと置き去りにした点である。

小沢民主への期待は、呉越同舟の連立丸ではなかったはずだ

▼国家国民のためと称して、与野党の大物が密室で大事を相談する。

憂国の士を気取る仲介者が暗躍する。

そんな政治はとうに卒業したのではなかったか。

国民不在の「連立方程式」をどういじっても、政治不信、民主主義の後退という寂しい解しか出てこない

いや「怪」と書くべきか。





小沢さんは半分の足は自民党に有る様に見えてくる。







持ち越されている党首討論で
「藪談議」の始末をつけてもらいたい









平成19年11月7日の天声人語よりの引用


都市部では、藪(やぶ)というものを目にしなくなった。

わずかに慣用句の森に残る「藪」は、つつけば要らぬ蛇が現れ、出し抜けに棒が飛び出す。

与野党首脳の連立協議は、例文になるほどの「藪から棒」だった。

同様の唐突さで民主党の小沢代表が続投する

▼ただ、双方の言い分が異なる「藪の中」はそのままだ。

小沢氏は、自衛隊の海外派遣についての持論を福田首相が丸のみしたと言うが、首相は言葉を濁した。

インド洋での給油を再開するための新法でも、首相が成立にこだわるのかどうかで食い違う

▼そもそも、国の針路にかかわる問題を2人だけで詰めようというのがいけない。

国民の目が届く場所で、堂々と論じるべきだった。

密談で自衛隊を取り上げたことに、藪陰の火遊びに通じる危うさを見る

▼危ういといえば、小沢氏自身、政界再編の火種であり続けた。

この人物を党首に迎えた時点で、民主党は多少のやけどを覚悟すべきだったのかもしれない。

当人の炎上と、続投を求めた周囲の火消し作業に、支持者は冷や水を浴びた心地だろう

▼小沢氏が代表にとどまるからには、持ち越されている党首討論で「藪談議」の始末をつけてもらいたい。

藪ではなく、国会という見通しの良い原っぱで、連立協議の出所や食い違いを縦横に語り合えばよい

▼小沢氏は「恥をさらすようだが、もう一度がんばりたい」と語ったそうだ。

国民の視線に身も恥もさらし、説明に努めてほしい。

藪の中はまず、きょうの会見で、小沢「新」代表から明かすのが筋というものだ






どうも野党党首としての小沢氏はわかりずらい。本籍は自民党で,現住所が民主党のようにしかみえてこないのだが。







温暖化のせいか、
季節の曲がり角が以前より
丸みをおびた気がする






平成19年11月8日の天声人語よりの引用


北から南へ、山から里へ、紅葉がゆっくり下りてきた。

例年にも増して四季の回りが遅い東京でも、街路樹や庭木の色調に動きがある。

深い赤から薄茶へと最終章を迎えたのはハナミズキだ

▼緑葉に朱の斑が舞い降り、全体を染めてゆく。

色に重さがあるかのように、そろって葉先を地に向け、土にかえる時を待つ。

なんとも言い難い赤である。

飲んべえには、鮭(さけ)トバかビーフジャーキーの色といえば早い。

春の花、秋の葉、赤い実と、今年も3通りの姿で楽しませてくれた

▼きょうは立冬。

「冬の気立ち初めていよいよ冷ゆれば也」(暦便覧)の節目だが、

温暖化のせいか、季節の曲がり角が以前より丸みをおびた気がする。

この冬の入り口も暖かいらしい

▼ハナミズキは大正時代、東京が首都ワシントンに贈った桜のお礼に、米国から渡来した。

花言葉には「返礼」がある。

多芸なこの花木と違い、桜は樹勢のすべてを春の一芸に注ぐ。

この先、開花への刺激となる「寒の記憶」を花芽に刻み込ませる仕事が待つ

▼家の近所に、80年愛される桜並木がある。

周辺の人たちが「木の戸籍」を作り、50本ほどの保存に努めている。


秋の調査によると、残暑で毛虫やキノコがつき、夏ばての木をいじめたそうだ。

車の排ガスも大敵という

▼戸籍の「27番」が交通事故に遭ったのは1年前だった。

道に張り出した大枝を、引っ越しのトラックに折られた。

消毒や胴巻きで養生を尽くした結果、新しい枝が伸び始めている。

桜に好意が通じるのなら、春の「返礼」が待ち遠しい。




紅葉は春の桜と違った華やかさ美しさを感ずる。春の花見 秋の紅葉狩りで特に春秋は我々の眼を目を楽しませてくれる。








中曽根氏は「主筆なら政治家や
国論を動かしていいんです」と、
盟友の隣で言い切った








平成19年11月9日の天声人語よりの引用


55年の「保守合同」は、日本民主党の三木武吉、自由党の大野伴睦、両総務会長の秘密会談から始まった。

密議は経済人らが仲介したが、政治記者たちも連絡役など様々な形で、歴史的な政界再編にかかわった

▼当時大野番だった読売新聞グループ本社会長(主筆)の渡辺恒雄氏が、回顧録(中央公論新社)で、金のやりとりを含む裏話を明かしている。

氏は4年後、41歳の中曽根康弘氏を大野に引き合わせ、科学技術庁長官として初入閣させた。

中曽根政権の実現に尽くした件もよく知られている。

どれも昭和の昔話……ではない

▼民主党の小沢代表は2カ月前、「さる方」から食事に呼ばれ、「お国のために大連立を」と迫られた。

福田首相との会談を仕組んだこの「さる方」が渡辺氏だという。


「大記者」健在である

▼渡辺氏と中曽根氏は、騒動のさなかのテレビ番組で大連立の必要性を説いた。

中曽根氏は「主筆なら政治家や国論を動かしていいんです」と、盟友の隣で言い切った

▼渡辺氏はロマンチストなのだろう。

実現したい夢があり、それに向けて現実を動かし得る立場だ。

とはいえ、ありのままを見て聞いて、書くのが記者。

当事者として、つまり現実の一部になって書いたのでは、観察者の「見る聞く」作業が甘くならないか

▼わが身が一線の記者なら、偉大な上司が黒衣役で「出演」する政治劇を、さてどこまで自在に書けるだろう。

よりよい社会を念じて新聞は影響力を競うべきだが、世の中は後ろからではなく、読者と共に正面から動かしたい。





渡辺恒雄氏のごとき影で政治を操るような人物がいなくすることが,政治の世界を明るく清潔なものにする為には

必須である。こんな人物は何処の世界にも蠢いていて世の中をおかしくする最大の要因である。

表に出ないからキス゛がつかない。にいつまでも陰の人物としてず-と長く生き続けることができる。

影にいてる真の実力者・悪者である。








お年玉つき年賀はがきが売り出された







平成19年11月10日の天声人語よりの引用


 先頃、友人が仕事で訪れたスペインで災難に遭った。

乗っていたタクシーが止まった時、外からドアを開けられ、ひざ元のハンドバッグが消えた。

海外ではありふれた手口らしい

▼一番の心残りは、住所録と携帯電話だという。

旅券やカードは再発行できるが、バイクと共に走り去った個人情報は戻らない。

異国での不運を知らせるすべさえない相手もいる。

結局、彼女は「本当の友からはいずれ連絡がある」と気持ちを整理したそうだ。

この際、交遊の濃淡を顧みてみようと

▼盗みに遭わずとも、住所録をふるいにかける時節が近づいた。

今年の付き合いを振り返りながら、名刺の束から住所録に「定住」させる知己がある。

目鼻立ちが浮かばず、パソコンの記録から退く名前もあろう

▼お年玉つき年賀はがきが売り出された。

民営化された日本郵政グループは、記念の年に、この伝統商品を39億枚さばく。

「年賀状は、贈り物だと思う」と広告にある。

なるほど、元日の郵便受けにはお義理の「送り物」も多かった

▼50円で関係が1年延びるなら安い。

5円乗せて「カーボンオフセット(温室効果ガス打ち消し)年賀」にすると、寄付金が風力発電などに回る。

送受どちらにしろ、温暖化との闘いに参加した気分になれば、義理の賀状にもいくらか潤いが出る

▼〈賀状書く一筋の縁続きをり〉飯嶋百合子(朝日俳壇)。

年に一度のやりとりが、互いの安穏を告げもする。

津々浦々、わが名が住所録の棚卸しを生き抜くことを祈りつつ、消去キーに置きかけた指を戻す。






郵便の年賀状の始まりは何時からはじまったのか。郵政省にうまく国民が乗せられたように思える。

正月の郵便は年賀状だけしかこないのも可笑しな話だ。







ソロンの言う「結構な死」とは、名誉ある死だった。







平成19年11月11日の天声人語よりの引用


ソロンといえば古代ギリシャの七賢のひとりで知られる。

諸国巡りの旅に出たとき、ある王に「世界一幸せな人物は誰か」と問われた。

王は「自分こそ」のつもりだった。

だが、ソロンが別人の名をあげたので怒る

▼ソロンはあわてずに、答えて言った。

「あなたに莫大(ばくだい)な富があることは知っている。

だが生涯を終えるまでは何とも言えない。

このうえに結構な死に方ができて初めて、幸福な人物と呼ぶに値するでしょう」。

ヘロドトスの『歴史』(岩波文庫)が述べる逸話である

▼功なり名とげた人生も、死に方ひとつで幸不幸の彩りは変わる。

ソロンの言う「結構な死」とは、名誉ある死だった。

いまなら尊厳ある死だろうか。

それを大きく左右するのが、終末期医療だろう

▼過剰な延命を望む人は、いまや多くあるまい。

さりとて「自然な終わり」を迎えるのは簡単ではない。

国などの音頭取りで、延命中止のルールづくりが進んでいる。

だが素人目には、死にゆく人を主人公にした印象は薄い。


医師による、医師のためのルールでは、という懸念がぬぐえない

▼夏に封切られたドキュメンタリー映画『終りよければすべてよし』も、幸せな最期がテーマだった。

生きることを支える力と、人の死への思想が、そのための両輪だと、羽田澄子監督はメッセージを込めている

▼先ごろ、小紙「ひととき」欄「95歳で天国に凱旋(がいせん)した母」という文章に出会った。

「凱旋」の語にひかれ、結構な旅立ちは、両の輪がうまくかみ合ってのものだったろうと、独り想像した。





尊厳死よりも,できるだけ元気で長生きするのがベストな生である。

100年後の自分 1000年後の自分さらに10000年後の自分を想像すれば

現世に長く生きられていること自体は大変に有り難いことである。

時間は間違いなく確かに進み来る年月である。

小さな一生の間にもだえ苦しみ笑い生活して生きているのが人生である。

あくまでも色即是空 空即是色である








6年前の水抜きではコイやフナもいたのに、
今回は駆除した1400匹以外の生き物が、
ほとんど見つからなかった





平成19年11月13日の天声人語よりの引用

山形県鶴岡市のため池で10月末、外来魚のブラックバスが駆除された。

池の水を抜き、底を網でさらった50人は「恐ろしく単純な生態系」に驚いた。

6年前の水抜きではコイやフナもいたのに、今回は駆除した1400匹以外の生き物が、ほとんど見つからなかった

▼外来の生物は、時に在来種を押しのけて日本の自然に定着する。

淡水魚では北米原産のブラックバスとブルーギルが有名だ。

全国の湖や池で、生態系を回復するための駆除が続いている

▼ブルーギルは1960年、皇太子時代の天皇陛下が訪米時に贈られ、持ち帰った。

養殖の研究をしているうちに各地に広まったらしい。

雑食で生命力が強く、在来種の脅威となっている

▼この日曜、琵琶湖のほとりで「全国豊かな海づくり大会」が開かれた。

陛下は「お言葉」で、琵琶湖の漁獲減の背景として水質汚染やご自身の米国土産に触れ、「このような結果になったことに心を痛めています」と述べた。

ずっと気にされていたのだろう

▼この夏、滋賀県庁の食堂にブラックバス料理が登場した。

秋に金沢市であった催しでは、ブルーギルのバーガーが試食された。

もともと食用目的で渡来した異国の魚たちが、敵役を脱する日が来るかもしれない

▼人類の営みが自然界に及ぼす影響は、この惑星の将来にかかわる。

まず、外来種に食べられる小魚の命を気にかけることから始めよう。

湖の豊かな生態系を保つことは、地球を長生きさせることにつながる。

最強の生物ゆえ、弱いものの境遇には敏感でありたい。





日本産のものは弱く外来産のものは強く呑みこまれているのは琵琶湖の生態系だけの話だろうか。

琵琶湖だけの話ではない。

ドンドンと日本古来からの良さが失われているのもその一つではなかろうか。

政治によっての保全対策が必要である。

日本の良さがドンドンと失われてゆくのが大変に悲しい。








きのう70歳で亡くなった稲尾和久さんは、
西鉄ライオンズの黄金時代を鉄腕で担った









平成19年11月14日の天声人語よりの引用


きのう70歳で亡くなった稲尾和久さんは、西鉄ライオンズの黄金時代を鉄腕で担った。

入団の年から巨人と日本一を争い、3連覇した1958(昭和33)年。

大型新人、長嶋茂雄との初対決が面白い

▼稲尾さんはじっと目を見たが反応は何もなく、戸惑いながら得意のスライダーを放る。

「ぼーっと立っていた肢体が突如反応し……打たれたことのないコースを打てるはずのないフォームで打たれた。

味わったことのない恐怖を、私は覚えた」(日本経済新聞社『私の履歴書』)

▼長嶋は何も考えていないらしい、と気づくのは3連敗の後である。

本能で反応してくる天才打者を相手に、それならと、ノーサイン投法で挑んだ。

ここからの4連勝は語り草だ

▼自由な空気の球団では、型破りの個性が勝手に、しかし強烈にはじけた。

内野に中西太、豊田泰光、仰木彬、外野には「青バット」の大下弘。

そしてベンチの知将、三原脩(おさむ)。そこに鋼の腕が加わる。

野武士軍団のきら星が、男の子たちを午後の空き地に走らせた

▼現役生活は太く短く14年。

最初の8年で234勝という密度に驚く。

投げて投げてまた投げる。

疲れを知らぬ機関車は、時代が違えば海の向こうでも「神様」になっただろう。

だが、本人は一切を「バカになれた時代の幸せ」とくくった

▼「戦後の復興を果たし、成長し続ける日本……そうした時代のエネルギーが西鉄ライオンズに、私の右腕に注入されたのだ」(同)。

時代に熱をもらい、時代を熱くした。

昭和30年代の「馬力」がまた伝説になる。




稲尾 長島 王達は野球に夢中になっていた頃のヒロインである。時代は移り変わってゆく。

さらに今はサッカーが面白くバレーに夢中になっている。







977年の11月15日その日の夕刻、
新潟市の中学1年生、横田めぐみさんが
行方不明になった。








平成19年11月15日の天声人語よりの引用


1977年の11月15日を、具体的に記憶している人は少ないだろう。

最近、あの頃の日記を引っ張り出した。

〈15日(火)奨学金入る/明日のバイトはきつい/前期の成績も心配〉。

東京で一人暮らしの学生にとって、ありふれた一日だった

その日の夕刻、新潟市の中学1年生、横田めぐみさんが行方不明になった。

両親の滋さん、早紀江(さきえ)さんには、忘れたくても忘れられない、特別な日になった

▼帰りが遅い娘を案じた母は、部活のバドミントンが長引いているのかと学校に急ぐ。

体育館から漏れる照明と女性の声に安心するが、ママさんバレーの練習だった。

東京の学生が、アパート近くの中華料理屋で野菜炒(いた)めか何かを食べていた時刻だ

▼新潟の母親は遥(はる)かに正確に、作りかけの夕食を覚えている。鶏のホワイトシチューは、ジャガイモが煮え切る前に火が止まった。

転勤家族の平穏も、そこでぷつりと断たれた。

多くの日本人にとって、この悲劇が「同時代の体験」となるのはずっと後のことである

▼早紀江さんは、娘の夢をめったに見ない。

最後は小泉再訪朝の前だった。

長い長い下りのエスカレーターに、20歳ぐらいのわが子がいた。

声は届くが手が届かない6段先、赤いシャツで、赤ん坊をおぶっていた。

その残像さえ宝物だ▼「私たちができることは全部しました。

早く静かに、普通の人になりたい」。

自分の名が難しいからと選んだひらがな3字。

いつの間にか、国家犯罪を告発する記号になった。

親子の30年を奪ったまま、極東を次の冬がつつむ。




横田めぐみさんほどの有名人はいない。でも考えておく一つとして,無名の第二次大戦中に朝鮮から日本に

つれてこられたことのある歴史があた。

今回の韓国の大統領に当選した人は在日朝鮮人として両親と三歳まで大阪に住んでおられた人らしいことである。

早く拉致問題は解決して欲しいものである。







権力との深い仲は国を誤らせる







平成19年11月16日の天声人語よりの引用


明治維新の前夜、長州藩の豪商、梅屋七兵衛は身分を隠して長崎に向かう。

藩の密命を帯び、倒幕の武器を仕入れるためだ。

長崎から上海へと渡り、1年半後に七兵衛が持ち帰った英国製の鉄砲千丁は、日本の近代をこじ開けた

▼歴史の節目に時代を回すこともあった武器商人だが、今は事情が違う。

権力との深い仲は国を誤らせる。

軍需商社の元専務と癒着した前防衛事務次官、守屋武昌氏の行状も、国防への信頼を葬りかねない

▼守屋氏はきのうの参院で、ゴルフ接待漬けについて「私が特殊」と、涙を浮かべて組織や職員をかばった。

そこは能弁だったのに、疑惑の核心は三つの「ません」でかわした。

いわく、記憶にありません、覚えておりません、承知しておりません


▼その代わり、元専務との宴席に同席した政治家として、元防衛庁長官2人の名を挙げた。

久間章生氏は六本木、額賀福志郎氏は神田の料亭だったという。


防衛族の国会議員や役人への接待ぶりが、ほんの一端にしろ生放送で垣間見えた

▼手を尽くして取り入る御用商人と、家族ぐるみで墜(お)ちたお役人、ちらつく大名の影。

安い時代劇のような、身もふたもない構図である。

国庫から軍需商社に支払われ、守屋夫妻の遊興費に化けたのは、私たちの税金だ。

この流れのどこかで、犯罪が成立しないわけがない

▼七兵衛が今の世に現れたら、命がけで持参した小銃や弾薬を持て余すことだろう。

なにしろ、託すに値する相手がいそうもない。

志の怪しい皆々様に、お国の明日は任せられませんと。






防衛予算は少なくなったといっても膨大な金額である。

邀撃ミサイルがハワイ沖でイージス艦によって成功といわれているが。

ピーンとこない。花火打ち上げが成功したような思いにしかなれない。

無駄な税金を高額な武器に何故日本が投資しなければならないなのだろうか。

米軍の「思いやり資金」をば夕張のような疲弊した地方自治体に「思いやり資金」として日本国が同胞に

与えては如何であろうか。







イスラム過激派の無差別テロはその後、
世界中に広がった。







平成19年11月17日の天声人語よりの引用


古代エジプト人の死生観について、作家の荒俣宏さんが書いている。

「彼らは、生命は永遠に存在し続けると信じていた。

死は完全な消滅ではなく、『霊的な旅』と考えられた」。

ならば今ごろ、あの10人はどの辺を旅しているのだろう

▼エジプトのルクソールで観光客がテロ集団に襲われ、62人が殺害された事件から今日で10年になる。

逃げ場のない神殿広場で、4組の新婚を含む5組の日本人夫婦が巻き込まれ、男性1人を除いて亡くなった

▼10人目は添乗員の草野冨己恵(ふみえ)さん(当時47)だ。

福島県に暮らす草野さんの母、聖子(きよこ)さん(88)は、火葬の後に見つけた銃弾2個を小箱にしまった。

一つは眉間(みけん)に、一つは右太ももに撃ち込まれた

▼「観光地を恨んでもみたけれど、すてきな場所だからあの子も案内したのだと思い直した」。

そう語る母親が「天国まで添乗して行くなんて」と悔やんだ娘。

ツアー参加者は幸せの極みで生を絶たれ、見送りもなく予定外の旅に出た。

ご遺族の衝撃は時も癒やせないだろう

イスラム過激派の無差別テロはその後、世界中に広がった。

政治や宗教のもめごとに無関係な、名もなき勤め人、旅行者が、望まない旅立ちを強いられている。

警備を強化したエジプトでも、観光地への襲撃がやまない

▼永遠の生を疑わない古代人は、魂の帰りに備えて死後の肉体を保存した。

命の神秘と尊厳を踏みにじるテロが、本来、これほど似合わぬ地はない。

10年でさらにもつれた憎悪の連鎖を嘆きつつ、悲しい顔の10人が空を翔(か)けているはずだ。





テロが起きる根源的な原因を科学的に分析研究したひとがいるのかどうか。

テロは悪い。どうして発生するのか徹底的に研究すべきだ。

対処療法では繰り返されるばかりだ。







吉兆を指折りの料亭に育て、
料理界で初の文化功労者に選ばれた





平成19年11月18日の天声人語よりの引用


昭和5年(1930年)の秋も深まった11月21日、大阪の街で、「吉兆」はのれんを揚げた。

10人で席が埋まるほどの店である。

冷え込んだのだろうか。

最初のお客は、銭湯帰りに湯豆腐で一杯やった人だったという

▼はじめのうちは閑古鳥が鳴いた。

主の湯木貞一(ゆきていいち)さんの妻は、何度もお稲荷様に願を掛けた。

厳しさにぶつかりながらも湯木さんは、自分の店で料理が出来ることを、

「なんと幸せだろう」とかみしめていたそうだ(『吉兆 湯木貞一のゆめ』朝日新聞社)

▼日本料理に打ち込んだ先代の生涯は、つとに知られている。

吉兆を指折りの料亭に育て、料理界で初の文化功労者に選ばれた。


晩年には「商売はお金より、いいお客に恵まれることの方が大事だ」と話していた

▼そんな遺訓など忘れたかのような、「船場吉兆」の醜態である。

偽装表示はむろんだが、「現場の独断」でやったと、パートの女性らに責任を押しつけようとした疑いも浮かんでいる。

彼女らは記者会見をして、涙まじりに「違う」と訴えた

▼一昨日、とうとう捜査の手が入った。信

用をえぐった深い傷は、容易には消えまい。

「結構な老舗(しにせ)の身代を譲り受けながら、奢(おご)りなどで身上(しんしょう)を絶やすのは、盗人の百倍の罪にあたる」。

江戸時代の商いには、そうした戒めがあったと聞く

▼戒めは、家業は先祖からの預かり物ながら、世間からの預かり物でもある、というモラルに根ざしていたそうだ。

いまで言えば、企業の社会的責務ということだろう。

軽んじたツケの小さかろうはずはない。






『吉兆」は料理界の名門中の名門である。料理は大変に高価である。それが偽者だとわかれば味はおちるのだろうか。

人間の味覚はそんなに確かなことはないように思うのだが。

後光に圧倒され,味はわからなくなっているのが人間なのかもしれない。







月探査機「かぐや」から、
みずみずしい地球の画像が届いた






平成19年11月19日の天声人語よりの引用


世界初の人工衛星、ソ連のスプートニクが宇宙に飛んで、この秋で半世紀が過ぎた。

その名が、ロシア語で「旅の道連れ」の意味だったと、最近になって知った。

地球と一緒に太陽を回るから、と命名されたらしい

▼だが待てよ。

それではお月様に申し訳なくないか。

地球とは双子のように、太古から連れだって旅をしてきた。

美しいおとぎ話や神話を人間に授けてくれた。

せんだっては、昔話に名前をもらった月探査機「かぐや」から、みずみずしい地球の画像が届いた

▼詩人茨木のり子さんの、「水の星」の一節が、頭をよぎる。

〈生まれてこのかた なにに一番驚いたかと言えば 水一滴もこぼさずに廻(まわ)る地球を 

外からパチリと写した一枚の写真 こういうところに棲(す)んでいましたか……〉


▼それは、月を回るアポロが1968年に撮った地球だろう。

漆黒に浮かぶ、奇跡のような姿だった。

あくる年、米国は月に人を送る。

小さな金属球にすぎなかったスプートニクから、わずか12年後のことだ

▼めざましい宇宙開発はSF作家泣かせだったと故・星新一が書いている。

たとえば、月はいつも片側の面を地球に向けている。

「天地創造のときに天使たちが月の裏に落書きをした。

神様が困って、人間に見えないようにした」。

そんなアイデアを温めた

▼だが書かなかった。

じきに裏側が撮影され、面白くなくなると踏んだからだ。

案の定だったという。


進歩を喜びつつ、「心の片隅には一種の葬送曲が響いている」と、しんみりした思いも打ち明けている。


月から見た地球の○出は大変興味ある写真だった。一種の葬送曲には思えない。ドンドン新しいことを発見して

写真を さらには旅行ができることを願いたい。でも人間の知りえぬ神秘世界は無限のようである






このところの冷え込みで落葉が進み、
芝生の日だまりに点描画ができている






平成19年11月20日の天声人語よりの引用


東京に木枯らし1号が吹いた日曜日、新宿御苑を歩いた。

このところの冷え込みで落葉が進み、芝生の日だまりに点描画ができている。

黄、赤、茶。

風のひと吹きごとに、サワサワと、いくつもの色を落とす木があった。

桜である

▼過日の本欄で、ハナミズキをほめた。

春の花、秋の葉、赤い実と年に3回楽しめる多芸ぶりのことだ。

引き合いに出した桜を「春の一芸」と書いたところ、「秋の桜も捨てがたい」とのお便りを何通かいただいた

▼花木界の大スターだけに、春の「全国ツアー」に目を奪われ、葉色の移ろいには無頓着だった。

だが、秋の余興を見逃さない人がいるものだ。

一枚一枚が変化を競う不ぞろいの妙を、ある読者は「優しくて複雑な至芸。

セザンヌの色づかい」と教えてくれた。

近くで見上げ、その観察眼にうなずく

▼北国から雪の便りが増え、きのうは九州でも初氷が張った。

ようやく、寒暖の帳尻が合ってきたかに見える。

温暖化に押されたままでなるものかと、地球が気合を入れ直したのか

▼温暖化をめぐる国連の統合報告書は、これから20〜30年の努力が分かれ目だと警告した。

怠れば、取り返しのつかない海面上昇や生物種の絶滅につながる。


事務総長は「世界の科学者は声を合わせた。

次は政治家の番です」と訴えた

▼異常気象の時代に、順番通り、きっちり四季が入れ替わるのは頼もしい。

自然が復元力を残しているうちに浪費生活を改めなければと、つい、人間代表みたいな顔で反省する。

季節の底力を感じる冬の入り口である。



温暖化対策は人類が生存し続けるための早急にすべきことだが,世界の国々のエゴで進もうとしていない。







さて、財務相は続けられるのか






平成19年11月21日の天声人語よりの引用


けじめをつけさせていただきたい」と、額賀福志郎氏は首相に辞表を出した。

あわてるなかれ、防衛庁長官として背任事件で引責した9年前の話である。

今と同じ与野党逆転の参院から、問責決議を突きつけられての詰め腹だった

▼約2年後、今度は経済財政担当相を辞める。

汚職事件に絡んだ財団法人KSDから、多額の資金提供を受けた疑惑ゆえだ。

辞任の前には「秘書が預かっただけ」「全額返した」と抵抗した

▼さて、財務相は続けられるのか。

軍需商社の元専務と、前防衛事務次官が「同席した」とする宴がある。

額賀氏は「夜を徹して」調べたが、記録にも記憶にもないそうだ。

逮捕された者と、国会に喚問された者。

それなりに重い両者の言葉を覆すには、とことん説明するしかない

▼額賀氏は02〜07年、この商社に計220万円分のパーティー券を買ってもらった。

欠席者も多い「パー券」は献金のようなものだろう。

元専務の接待攻勢が発覚し、これまた全額返したという。

それでも、軍需商社が防衛族の有力議員を支えた事実は残る

▼額賀氏は商社系のゴルフ場で元専務とプレーした。

車代や、口利き絡みの話もある。

すべてに納得できる説明が必要だ。

産経新聞記者として、報じる側に10年いた氏なら先刻ご承知であろう

▼この夏、財務省での就任あいさつは幹部職員を驚かせた。

「私は懐は深いが頭はからっぽ。

どんどん洗脳してほしい」。


人も金も来るものは拒まず、まずいと見ればさっさと返す。

頭の中までは知らないが、懐は深すぎる。





星で店を格付けするミシュランガイドを意識する





平成19年11月22日の天声人語よりの引用

 フランス料理の巨匠、アラン・デュカス氏に会った時のことだ。

「星の数にさほどの興味はない」と語る氏に尋ねた。

世界で手がける店は合計いくつの星を得たのか。

即座に「14」と、短い答えが返ってきた

▼料理界ではどんな大物も、星で店を格付けするミシュランガイドを意識する。

掲載されるだけで一目置かれ、星の増減で客層や収益が激変するからだ。

最高の三つ星ともなれば、世界の美食家が巡礼の列をなす

▼本日発売の「東京版」で、このガイドはアジア進出を果たした。

星はパリの倍、計191個の大放出、三つ星8店のうち5店を和食とした。

「世界一の美食の都」(編集長)への賛辞とも、巨大な外食市場へのサービスともとれる

▼三つ星「すきやばし次郎」は化粧室が店外で、パリの基準では星は微妙だ。

高い評価は味のほか、業界の人間国宝とされるすし職人、小野二郎さん(82)への畏敬(いけい)だろう。

商売道具の手を守るため、外出時に手袋を離さぬ人である。

伝説が星を呼び、星が次の神話を生む

▼懐石からラーメンまで、東京の16万店を同じ物差しで比べられるのか。

調査員に和食の優劣が分かるのか。


大もとの疑問は、「調査結果」の公表を境に昔話になりつつある。

食都に現れた星空を見上げ、食通たちは「評定の評定」に忙しい

▼デュカス氏がひと手間かけたポタージュと、小野さんが仕事をした穴子の握り。

世の中、何がうまいかは星ではなく、己の舌と懐具合が決める。

それで結局、いつものソース焼きそばが一番だったりするのだが。





いよいよ日本にも三つ星のランク付け習慣が上陸してきた。味覚には個人差が人種さもある。

そこまで料理店をランク付けする必要があるのだろうか。







鉄の橋は、多少さびても朽ちはしない







平成19年11月23日の天声人語よりの引用


中国との関係を橋に例えたのは福田首相、といっても先代の赳夫氏である。

78年、日中平和友好条約に調印後の発言が知られる。

「日中共同声明でつり橋ができ、この条約で鉄橋になった。

それで重い荷物を運び、交流を進めたい」

▼アジア各国首脳との交流を終え、福田康夫首相がきのう帰国した。

日中会談では、温家宝首相が「お父さんは中国で人気がある。

30年前に……」と語りかけた。

「靖国」で冷えた関係は修復に向いている。

鉄の橋は、多少さびても朽ちはしない

▼だがそれは、造りが万全であっての話だ。

高速道路の橋に使う資材で偽装が発覚した。

大阪の栗本鉄工所が、公表値より薄い鉄板でパイプ状の型枠を生産し、旧日本道路公団に納めていたという。

強度試験のデータもうそだった

▼この型枠が使われたかもしれない約9000カ所の橋が、緊急点検に入った。

「創業100年、会社の常識は社会の非常識だった」と、社長が認める姿に目を覆う。

偽装歴はかれこれ40年というから、日中の懸け橋以上の年季ではないか


▼手抜き住宅と違い、橋は誰もが使う公共財だ。

しばらくは、渡るたびに運転席で尻が浮く人が出よう。

公団を継いだ高速道路3社は安全に問題はないと言うが、お菓子から土木工事まで、「ごまかし列島」冬景色である

▼橋は、往来が難しい二つの地をつなぐ。

外交でも道路でも、行き来を重ねてこそ両岸の交流は深まり、橋の重みが増す。

極東の橋は政治の風に揺られもするが、命が日々行き交う場には寸分のズレも許されない。








ヒトの皮膚細胞に4種の遺伝子を入れたら、
どのようにも育つ万能細胞になったという






平成19年11月24日の天声人語よりの引用


子供の動作にすぐ反応が返るような状況を、保育学では応答的環境と呼ぶそうだ。

五感はその中で豊かになる。

「応答的」な遊び相手なら、思い通りに姿を変える粘土がもってこいだろう。

手のひらや指先に、遠い感触がよみがえる

▼「粘土には予想のつかない変化の力が働くので、意外な形になり、子どもは新しいイメージを次々に発見していきます」

(中川織江『粘土遊びの心理学』)。

小さな手の中で土くれは形になり、つかの間の命を与えられる

▼医療の場に「夢の粘土」が現れた。

ヒトの皮膚細胞に4種の遺伝子を入れたら、どのようにも育つ万能細胞になったという。


細胞が七変化した末の皮膚という形を、白紙の可能性を秘めた「無形の粘土」に戻すことができた。

京都大学、山中伸弥教授らの成果はノーベル賞級と聞く

▼脊髄(せきずい)や心臓などを患う人には朗報だ。

実用化にはまだ時間がかかるが、治療に必要な組織を自分の皮膚から育てる期待が膨らむ。

万能細胞を起点に、再生医療への道が開かれるに違いない

▼医学の日進月歩を思う。

1億人を救う新技術が、明日の朝刊に載るかもしれない。

1日生き延びれば、その病は治せるかもしれない。


京都発の「世界的スクープ」はそんな希望を抱かせる

▼再生医療には、生命倫理の視点が欠かせない。

旧約聖書の創世記によると、神はアダマ(土)のちりで人間(アダム)を形づくり、その鼻から命を吹き込んだという。

いま、人類は土を得た。

とはいえ、神ならぬ身である。

ここは大急ぎで、そして慎重に形にしたい。








古来、雁(かり)とも、かりがねとも呼び習わされてきた。







平成19年11月25日の天声人語よりの引用


渡り鳥の飛来で知られる宮城県の伊豆沼と内沼を先ごろ、寒波の厳しかった日に訪ねた。

低い空から湧(わ)くように雪が降り、末枯(すが)れた野山を白く染めていた。

水面は寒々と波立っている。

土地の人によれば、例年より早い冬景色らしい

▼ハクチョウは優美だが、列をなして飛ぶマガンは感傷を呼びさます。

古来、雁(かり)とも、かりがねとも呼び習わされてきた。


二つの沼への飛来は、今月初めに計6万羽を超えたそうだ。

遠くカムチャツカなどから渡って来るマガンの8割強が、ここで翼を休め、春を待つ

▼〈今日からは日本の雁ぞ楽に寝よ〉。

弱いものへの慈しみを詠むことの多かった江戸期の俳人、小林一茶は、けなげな旅をねぎらった。

現代人にも共通する思いだろう。

だが「楽に寝られる」所は、減り続けているのが実情らしい

▼かつては、関東などにも分散して冬を越していた。

しかし開発で自然が損なわれ、伊豆沼周辺に集中するようになった。

「ここの飛来数ばかり増えるのは、望ましいことではないのです」と、現地を観察して13年の嶋田哲郎さん(38)は言う

▼13年前は2、3万羽だった。

いまや2倍を超す。

日の出を待って一斉に飛ぶ「総立ち」は、感動的でもある。

とはいえ、ほかの越冬地の環境悪化が背景にあるのなら、喜んでばかりもいられない

▼秋の空に飛来する雁は、古くから、懐かしい人の消息をもたらす使いだとされてきた。

手紙のことを「雁書(がんしょ)」と呼ぶのは、それゆえだ。

ひと冬のねぐらに事欠くのでは、風流の使者たちに申し訳がない。




渡り鳥を見かける機会は少ない。でも文章内では良く見かける言葉である。

でも渡り鳥らしき鳥は巨椋池埋立地で開発されていないところで鳥をみかけるが

渡り鳥なのかどうかは判らない

雁書を書く機会も少なくなっている。








サッカー日本代表のオシム監督(66)は、
祖国ユーゴスラビアの解体や、
ボスニア内戦といった辛酸をなめてきた








平成19年11月26日の天声人語よりの引用


サッカー日本代表のオシム監督(66)は、祖国ユーゴスラビアの解体や、ボスニア内戦といった辛酸をなめてきた。

それゆえだろうか。

口をつく言葉は奥が深い。

民族の悲劇が、名将の人生に、深々とした陰影を刻んでいるように見える

▼動じない精神力と、異文化への広い心が持ち味である。

それを戦争体験から学んだのかと聞かれ、「(影響は)受けていないと言った方がいい」と答えたそうだ。

「そういうものから学べたとするのなら、それが必要なものになってしまう。

そういう戦争が…」(木村元彦『オシムの言葉』)

▼内戦の死者は20万を数え、サラエボの街は破壊された。

街の一角に、監督が生まれ育った地区がある。


そこで起きた悲劇を描く映画『サラエボの花』が、近く東京の岩波ホールで上映される。

内戦下の組織的レイプを見据えて、内容はずしりと重い

▼この映画に、脳梗塞(こうそく)で倒れる直前のオシム氏が文章を寄せている。

愛してやまない故郷を、「すべての者が共存し、サッカーをし、音楽を奏で、愛を語らえる場所だった」と

誇らしげに思い起こしている

▼その故郷を、「人類のモラルと良心がかき消された、世界史上に類のない場所になってしまった」と言い切るのは、

辛(つら)かっただろう。

燃えるような郷愁と、戦争への憎悪が渦を巻く、切ない一文である

▼オシム氏の容体は予断を許さないと聞く。

現役時代の氏は、ハンカチ一枚の隙間(すきま)があれば、3人に囲まれても突破したそうだ。

危機を突破して、新たな言葉を聞かせてくれるよう願う。




脳梗塞のオシム氏の容体は予断を許さないといわれ回復しても片麻痺は必須で,長島監督のよう状態だろう。

厳しいユーストラビアやボスニア内戦で生き残られてきた方である

眼が大変鋭くて厳しい顔に見える人である。







新宿の映画館で、夜を徹して世界のCM500本を見た。






平成19年11月27日の天声人語よりの引用


映画「卒業」の製作から40年だという。

大学を出て帰郷したベンが、幼なじみのエレーンと恋に落ちる。

訳あって、他の男と結婚式を挙げる彼女を教会から奪い去る場面は、サイモン&ガーファンクルの音楽とともに映画史に刻まれた

▼ベンを演じたダスティン・ホフマンが、年を重ねた今の姿で教会へと車を飛ばすCMがある。

曲は懐かしのミセス・ロビンソン。


今度は花嫁の父親役で、連れ戻した娘に一言、「ママの時と同じだ」。

出世作をパロディーにしたドイツ車アウディの広告(日本未放映)だ

▼新宿の映画館で、夜を徹して世界のCM500本を見た。

全国を回る有料イベントで、9年目になる。

始発が動くまでの7時間、約千人が50カ国の創意を堪能した

▼字幕いらずの爆笑編からエイズ予防の社会派まで、一つの映像として楽しめる作が多い。

毎年、興行が成り立つ理由が分かった。

ただ、日本のCMは15秒か30秒と短い。

商品と芸の両方を見せるには窮屈なのか、物語の妙より旬の人気者に頼る傾向を感じた

▼CMは見せ方次第で逆効果にもなると、先ごろの記事にあった。

慶応義塾大学、榊博文教授らによる「山場CM」の調査だ。

「驚きの結末はCMのあと!」といった中断は86%を不愉快にさせ、そのCMの商品も34%が買いたくないそうだ

▼巨費を投じて嫌われては、広告主はたまらない。

効果を冷徹に測る企業が増えているのは当然だろう。

どう楽しませ、かつ買わせるか。

時には、見る者の心を鮮やかに奪い去るような一本に出会いたい。




若い頃は映画によく行ったものだが最近はテレビで見ることが多く勿論CMはない。

若い頃見た映画にはCMがなかった。

映画でのCMの見せ方に問題があるようだ。







あったことか、なかったことか、
温室効果ガスの排出枠という見えない物を、
日本がハンガリーから買うそうだ。








平成19年11月28日の天声人語よりの引用


〈あったことか、なかったことか〉。

ハンガリー民話はこう始まることが多いという。

そして、例えば主人公の将来に触れて〈死んでいなけりゃ、生きてるだろうさ〉と結ぶ(岩波文庫『ハンガリー民話集』)。

ほのぼのとした味わいだ

▼ある一編は、居酒屋で飲んだ3人のかみさん。

勘定は亭主をだませなかった者が払うと、店主に告げた。

全員、まんまと夫に一杯食わせて店に戻ると、店主が「分かった。

勘定はわしがもつ」

▼あったことか、なかったことか、温室効果ガスの排出枠という見えない物を、日本がハンガリーから買うそうだ。

京都議定書の約束を守るため、かの国が約束以上に減らしたいくらかを、日本が減らしたことにする。

ありふれた気体で商いが成立するとは、昔人もびっくりだ

▼ロシアや東欧には排出枠が余っている。

すべて放出すれば、各国はそれを買うだけで京都の誓いを果たせるらしい。

これでは、温室ガスを元から減らそうという気がしぼまないか

▼もちろん一番ひどいのは、最大の排出国なのに議定書を離脱した米国だ。

豪州も離れたが、議定書の批准を公約した野党が先の総選挙で政権奪回を決めた。

ブッシュ大統領に近い指導者が次々に退く

▼主要国が責任を果たさねば、温暖化のツケは「3人のかみさん」のように、地球という店がかぶることになる。

海面はせり上がり、島国は領土を減らすだろう。

海のないハンガリーの人々が将来、はるか東の列島をこう記すことのないよう祈る。

沈んでいなけりゃ、まだあるだろうさ。




温暖ガスの排出量を他国から購入してその国の開発にまわはすシステムは如何なものだろうか。

排出ガスを工夫して少なくする努力が本筋ではなかろうか。







政治家がうごめく防衛利権の闇を、
今度こそ納税者の前にさらしてもらいたい。
接待費とはケタ違いの税金が
食い物にされている図が、そこにある







平成19年11月29日の天声人語よりの引用


ゴルフのルールは自然を尊重する。

例えば、モグラやウサギの巣穴に入ったボールは、拾い上げて近くに落とせる。

これに対し、穴掘り動物ではない犬が遊びで掘った穴だと救済はない(日本ゴルフ協会)

▼欲望の深穴に落ちた人間は、どんなルールでも救いようがなかったようだ。

守屋武昌・前防衛事務次官が妻と共に逮捕された。軍需商社の元専務らにゴルフ旅行の接待を受けた、収賄の疑いだ

▼疑惑はしかし、ゴルフざんまいの役人夫婦にとどまらない。

政治家がうごめく防衛利権の闇を、今度こそ納税者の前にさらしてもらいたい。

接待費とはケタ違いの税金が食い物にされている図が、そこにある

▼小銃から戦闘機まで、自衛隊が買い入れる装備品は欧米の軍隊より割高だと聞く。

なにしろ、性能も価格も素人の手に余るハイテク工業品である。

元手は税金だから節約する気もうせ、売る側の言い値が通りやすい。

そこに、巨利が生じる

▼79年のダグラス・グラマン事件。

後に検事総長となる伊藤栄樹は、国会で「捜査の要諦(ようてい)はすべからく、小さな悪をすくい取るだけでなく、

巨悪を取り逃がさないことにある」と、政界中枢への波及を期待させた。

だが、捜査は政治家に及ばず、防衛予算の森にモグラのように巣くう利権構造は温存された

▼大食漢のモグラは、巣穴に迷い込むミミズや昆虫を端から食らう。

穴それ自体が巨大な罠(わな)ともいえ、条件が良い巣穴は代々引き継がれるそうだ。

検察がたたきつぶすべきは巨悪と、国庫の地下を縦横に走る病巣である。




税金が官僚や政治家での接待に使われているのは昔からのことである。

その出所が防衛予算からだとなると,何のために防衛省がどうして大きくなる必要があるのか

疑問がわいて来る。






藪(やぶ)の中の真相をめぐる11月の言葉から






平成19年11月30日の天声人語よりの引用


日差しは心細く、暮らしの端々に闇や陰を感じる時が増えてきた。

藪(やぶ)の中の真相をめぐる11月の言葉から

▼賞味期限を偽装した船場吉兆。

「独断」を責められたパート女性が湯木尚治取締役の指示だと反論した。

「そんなん日持ちするんやで。

1カ月くらい延ばせ」と大声で言われたと。

ブロイラーを地鶏と称した件で社長から「裏切られた」と嘆かれた鶏肉業者は「地鶏を注文されたことは一度もない」

▼ミシュランの評価を拒んだ東京の和食店「麻布かどわき」の門脇俊哉さん。

「接待で使う店、好きな女性と行く店など様々な料理があるはず。

あらゆる目的に応えられる料理なんてつまらない」。

隠密調査から三つ星8店が選ばれた

▼その一つ、日本橋人形町の「濱田家」で1年前に酒食を共にした紳士たち。

「居たはず」と指摘された額賀財務相は「不確定な材料で質問される立場になったことは本当に悔しい」と、アリバイ写真などを公表した。

民主党の山岡国対委員長は「作ろうと思えば、数字はデジタルでいくらでも入る」


▼入国する外国人に指紋採取と顔写真撮影が義務づけられた。

「友人の友人がアルカイダ」の鳩山法相は「テロリストの怖いのが平気で日本をうろうろしている」。

狙いはテロより不法滞在者という見方も

▼保険金目あてに自分の母親と娘2人を殺したとして、死刑を求刑されていた男性に広島地裁が無罪判決。

細田啓介裁判長は「非常に疑わしい点があり、シロではなく灰色かもと思うが、クロと断言はできなかった」と説明した。


賞味期限問題の食品は次から次へと出てきている。賞味期限問の過ぎた食品を冷蔵庫から出し食べても身体への影響が

あったことを経験したことは良くある。賞味期限とはどうして決められるのかが疑問である。





十二帝稜と真宗院





京都市伏見区深草に存在する真宗院は子供から親しんできた寺院である。

特にその寺院の檀徒ではないが,墓参りの時には花とお線香をば真宗院で買いバケツを借り山の斜面にある墓地に

親族一同と先祖のお墓参りをしていたのが子供の頃からの慣わしだった。

真宗院から東北一帯が広い墓地になっている。

十二帝稜は西にある筋違橋通りから丁度東方向に向かって真宗院へ向かう途中の道筋にあって,JR奈良線の踏み切りを渡った直ぐの北側に在る。

十二人の天皇が゜まとめて祀られているから,十二帝稜と呼ばれている。

こんな御陵は全国的に大変珍しいのではなかろうか。

後深草天皇(1243-1304) 伏見天皇(1265-1317) 後伏見天皇(1288-1336) 後光厳天皇(1336-1374) 後円融天皇(1358-1392)

 後小松天皇(1377-1437) 称光天皇(1401-1428) 後土御門天皇(1442-1500) 後柏原天皇(1464-1526) 後奈良天皇(1496-1557)

 正親町天皇(1517-1593)  後陽成天皇(1571-1617)それに栄仁親王墓。

栄仁親王は後円融天皇の従兄弟で崇光天皇の子。 ( )内の年数は生没年である。

1243年から1617年の間は374年で鎌倉時代始めから江戸時代初期に当たる期間である。北朝持明院統の天皇が多くが祀られている。

深草北稜とも呼ばれており,深草稜として,これより東南方面にある仁明天皇の御陵があり,その北側の御陵だから深草北稜である。

真宗院は後深草天皇の援助で宝治二年(1248)i西山深草派の祖である円空立信上人によって建立された。

又宝冶年中(1247-49)に後深草天皇の父親後嵯峨上皇が仏殿・山門・経蔵などを建立し般若堂を構えて,念仏三昧を修した(円空上人行状)

ともいわれている。場所は現在地の真宗院の西南の地だとされているが。

宝冶年中(1247-49)に後嵯峨上皇が建てられたとする時は後深草天皇が三歳から五歳に当たるので,そちらの方が正しいと考えられる。

円空上人が師西山派の祖西山国師について学び諸宗に通じて自らの教学である深草義を立てられた。

深草派といわれるのはそのためでもある。

後深草天皇が崩御された後に境内にある法華堂に納骨された。これが深草北稜(十二帝稜)の始まりとされている。

真宗院という名は後深草天皇から頂いている。

「西山派の派祖証空は、内大臣久我通親の一門、加賀権守源親季の長子として1177年京洛に生まれました。

法然が『選択集』を撰述したときの勘文の役(諸事を調べて上申する)を勤めるなど学識が高い人物でありました。

他の弟子たちが仏教の他流派からの転向が多いのに比べ、証空は法然のもとで学び、念仏者の道徳的実践となる円頓戒をも伝えられています。

したがって証空の教学には天台宗の影響が顕れているといわれます。

証空のあと、西山派は浄音の西谷(せいこく)流、円空の深草流、証入の東山(とうざん)流、道観の嵯峨流にわかれ、ほかに示導の本山流を開きました。

この五流のうち後世おおいに栄えたのが、西谷流と深草流です。

前者は禪林寺、光明寺、後者は誓願寺、円福寺が代表的ですが、

現在では光明寺を中心とした西山浄土宗、誓願寺を中心とした浄土宗西山深草派、そして禪林寺を中心とした浄土宗西山禪林寺派の三派に分かれています」
(インターネットよりの引用
)

以上をみていると常日頃行くことの多い粟生野光明寺, 禅林寺(永観堂)そしてこの真宗院も証空の西山派から出ていることに気ずく。

後嵯峨天皇の子にもう一人の天皇,亀山天皇がおられ,その子の後宇多天皇,その子の後醍醐天皇とへと続く南朝大覚寺統である。

嵯峨の大覚寺が根拠地となる。

伏見深草地域は持明院統,。そして嵯峨地域が大覚寺統となる。

十二帝稜に祀られている天皇たちは北朝の持明院統の天皇たちで,この時代皇室の:経済が大変窮乏していて十分な御葬儀もだせなかったと

いわれており,十二人の天皇が合葬されている御陵である。

持明院統と大覚寺統とが合併したのは足利将軍三代義満(1358-1408)の時で
明徳三年(1392)に58年間にわたる朝廷の合一を図った。

相国寺は室町幕府3代将軍足利義満は、いわゆる「花の御所」の隣接地に一大禅宗伽藍を建立することを永徳2年(1328)に発願。

竣工したのは10年後の明徳3年(1392年)であった。

義満は、禅の師であった天龍寺春屋妙葩(しゅんおくみょうは、1311−1388)に開山(初代住職)となることを要請したが、

春屋はこれを固辞。春屋の伯父であり師である高僧・夢窓疎石(1275−1351)を開山とするなら、自分は喜んで第2世住職になる。

相国寺の西になると,花の御所の所在地は現在の同志社大学が在る場所辺りがその場所になる。





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