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三月になって





次第に寒さも遠ざかり暖かい日が多くなってくる。東大寺二月堂のお水取りが済み,お彼岸さんの頃になると

本格的な春らしさがやってくる。昔から暑さ寒さも彼岸までとはよく言ったものである。

暦は間違いなく正確に動いている。

世界の社会の動向はアメリカにおけるサブプライロ−ンに端を発した世界的な不況に突入し,日本もその例外ではない。

何か,よう訳のわからんような政治が日本で行われ国民は悲鳴を上げている。

麻生首相はふた言めには「解散総選挙は私がきめるものだ」と断じて国民の民意を聞こうとしない。

これだけをとるならば王者による専制政治である。勝手なことをドンドンと進めている。

小泉首相か゛断行した郵政民営化イエスかノ−かの衆議院数だが民意は現在誰が見てもそのような

政治情態ではない。自民党への信頼感は失われつつある。

支持する人たちは権力を握っている人たちに逆らうと,自分達の仕事がスムーズに行かず倒産するかもしれないとの

恐れから,叉権力者になびいておかないと自己の出世に響くから逆らわずに唯支持している人たちのようにしか見受けない。

内実の民意は自民党政治から離れているようにしか思えない情勢である。

支持する人たちは唯権力と結びついた自己の利益を考えてだけのことだと思う。

長年に政権の座にあれば退廃するのが道理である。

受け皿といわれている民主党では,小沢党首の利益誘導が疑われる政治資金献金が問題化され,それに比例して麻生内閣の

支持率が上昇しているようである。敵失によるもので積極的な自民党支持はない。

献金額は少ないが自民党側の二階俊博経済産業相ら一部自民党議員側の政治団体についても、

西松建設会社のダミー団体がパーティー券を購入していた経緯などをめぐり西松関係者らから事情聴取が始まっているようである。

誰も見返りの利益のないところにお金を献金するような人たちは,この世の中には少ないのではないだろうか。

企業と政権党との癒着が腐敗政治を生み長期政権を維持しえているものと考える。

コロコロと政権が変る事でもって腐敗による政界の浄化に役立つものと考える。

同じことは地方政治にも言えることで,どの小さな社会においても当てはまることだと思う。

アメリカの新大統領オバマ氏の活動がはじまりかけているが,貧富の激しい社会で強欲な人たちの多い中において

自己の力をばどの程度発揮できるか関心がある。

世界情勢や社会情勢には大いに関心はあるが,同時に叉良寛の詩に大変魅力を感ずる。

  生涯懶立身 騰々任天眞
  嚢中三升米 爐邊一束薪
  誰問迷悟跡 何知名利塵
  夜雨草庵裏 雙脚等間伸

仏教思想を完全に身につけ生きぬいた人物だったように思う。早く世界的に景気回復と世界平和を願うばかりである。








故イブ・サンローラン氏の美術コレクションが地元パリで競売に付され、
個人蔵としては空前の約460億円で落札された









平成21年3月1日の天声人語よりの引用


美と銭は、遠いようで近い。

故イブ・サンローラン氏の美術コレクションが地元パリで競売に付され、個人蔵としては空前の約460億円で落札された。

話題は、中国を怒らせた清朝時代のネズミとウサギだった

二つの頭像は十二支の仲間たちとともに、北京の庭園、円明園の噴水時計を飾っていたが、第2次アヘン戦争で英仏連合軍が持ち去った。

19世紀の戦利品は、欧州を巡り巡って「モードの帝王」の財産目録に連なったのだろう

▼十二支のうち、5体が祖国に戻り、5体はなお行方不明という。

中国政府は、子(ね)と卯(う)が市場に出るのを待ち構えていたらしい。


しかし返還要求もむなしく、銅製の小動物は計34億円で新たな持ち主の蔵へと消えた

▼古今東西、動かせる美術品は列強に集まり、有力者の邸宅や博物館を飾ってきた。

アテネのパルテノン神殿からはぎ取られた彫刻は大英博物館に鎮座し、仏ルーブル美術館にも異国のお宝があふれる。

流出、放浪する文化財に、胸を張れる来歴は少ない

▼美を集める力は今、武より財である。

80年代後半、高値で日本に吸い寄せられた名画の末路を思う。

バブル崩壊で売るに売れず、金融機関が「塩漬け担保」にしていた絵は、海千山千の欧米の画商らが買いたたいた。

日本が元気になったらまた売りに来るはずだ

▼ひとたび競売に出れば、無法時代に奪われたものでも取り返せる。

世界一の外貨準備高を誇り、市場経済を信奉する中国である。

「帝国主義の略奪」という言葉をのみ込んで、落札者に接触している頃かもしれない。







戦後の困窮時に日本でも戦勝国の人たちにより重要な文化財が流出していっている。

廃物希釈の明治維新の時も同じような現象が起きている。

日本がアメリカの占領下で,占領軍の最高司令長官マッカ−サ-が日本人の知能指数は12才だと発言していたことがある。

同様に子供の頃には支那(現在の中国)を弱い国でチャンコロと話していたこと,米英を戦時中には鬼畜米英のスローガンを

唱え無敵の皇軍は敗北し,知能指数が十二歳の国民になてしまった。








美しき星の下に」というシャンソンがある
曲を詠み込んだ一首がある
横浜の人らしいが、その境遇までが「作品」なのか、
確かめようはない







平成21年3月2日の天声人語よりの引用


「美しき星の下に」というシャンソンがある。

詞と曲は「枯葉」のコンビ、女神ジュリエット・グレコがデビュー間もない1951年に吹き込んだ

〈腹ぺこの浮浪者はベンチで眠り、老いた娼婦(しょうふ)たちはまだ客を引く……〉。

底辺の日常がカラリと描かれる

▼曲を詠み込んだ一首がある。

〈美しき星空の下眠りゆくグレコの唄(うた)を聴くは幻〉。

作者の公田耕一さんは、朝日歌壇に現れた自称ホームレスだ。

この歌は選外ながら、耳底に残る「良き時代の音」に、野宿の身を重ねて哀(かな)しい

▼横浜の人らしいが、その境遇までが「作品」なのか、確かめようはない。

読者の激励を届けたい、ずっと歌壇とつながっていてと願い、担当者は「ホームレス歌人さん、連絡を」と記事にした。

その後も黒いボールペンの細字で、連絡先のない投稿が続いている

▼在パリのシャンソン愛好家、長南(ちょうなん)博文さんからお便りが届いた。

「この曲を知る人はファンでも少ない。

50年代に青春を送った70歳前後のフランス通か」との推理だ


▼〈百均の「赤いきつね」と迷ひつつ月曜だけ買ふ朝日新聞〉。

月曜朝刊の歌壇は新しい紙面で、という潔さがうれしい。

グレコの日本公演を長く手がける中村敬子さんは「若くして欧州の文化を愛したであろう方が食うや食わずなんて、

胸が詰まります」と語る

▼春が来て幻に聴く曲も変わろう。

詮索(せんさく)は控え、新星の輝きを見守りたい。

その「住所」は作歌の背景にして源泉、それで十分だ。知りたくもあり、知りたくもなし。

読者と一緒に迷いながら、週の初めに書く。




貧しいながらも心豊かに生活している人たちがいる。逆の人たちも叉いることだろう。

衣食足りて礼節を知るも真理だと思う。








昭和の初めに「妻譲渡事件」なるものが
起きて世上を騒がせた
8日は国際女性デー








平成21年3月3日の天声人語よりの引用


醜聞か、それとも艶聞(えんぶん)というべきか、昭和の初めに「妻譲渡事件」なるものが起きて世上を騒がせた。

谷崎潤一郎の夫人を佐藤春夫が「もらいうけた」とされる文壇史上に名高い出来事である

▼潤一郎夫人に春夫が好意を寄せた。

複雑ないきさつの末、文豪2人と夫人との間で、離婚と結婚が相成る。

その間の切ない思いを、春夫が〈あはれ 秋風よ 情(こころ)あらば伝へてよ〉と「秋刀魚(さんま)の歌」に込めたのも、よく知られた話である

▼もの扱いのような言葉がまかり通った時代から約80年、一国の首脳が他国の首脳に「あなたの妻は私があげた」と言ったという報道には驚いた。

共同会見の場で、ベルルスコーニ伊首相がサルコジ仏大統領にささやいたそうだ


▼むろん事実ではない。大統領夫人がイタリアの出身なのを冗談めかして言ったらしい。

だが、さすがのサルコジ氏も困惑の表情を見せた。

伊の議員らが「女性の尊厳を傷つけた」と欧州人権裁判所に訴える騒ぎになっている

▼首相の失言歴はなかなかのものだ。

「裁判官は精神異常者」とやったこともある。

女性蔑視(べっし)も目立つ。

いまや脱線を楽しみにする空気も国内にあるそうだが、何せ首相である。

イタリア男性の女性観はあんなもの、と曲解されては迷惑な人も多いに違いない

▼過去の失言騒動の時も、「これからはユーモアを抑えて退屈な男になろう」とうそぶいた人だ。

しおらしく頭など下げそうもない。

折しも8日は国際女性デー。

ここはファーストレディーにこってり意見してもらうのが、一番の良薬だと思われる。





とんでもない事件が有名人の間で昔に起きていることに驚く








人に尊ばれ、人を救済してこそ仏像も本望だろう
「一目見てとりこになった」と、
京都の建仁寺から十一面観音座像を盗んだ男が逮捕された







平成21年3月4日の天声人語よりの引用


仏像を彫ることを、ある仏師が「木の中に住んでいる仏様を出してあげるんです」と言うのを、味わい深く聞いた覚えがある。

そんな仏像の最高傑作のひとつ京都・広隆寺の弥勒菩薩半跏像(みろくぼさつはんかぞう)の、右手薬指が折られる事件が49年前に起きた

▼一人の学生がキスをしようと近づいて、指に触れてしまったのだった。

「美しさに魅せられて」という、まことしやかな伝説がいつしか生まれ、同情論も起きた。

それほどに、この像の湛(たた)える高貴な美は、見る者を引きつけてやまない

▼人に尊ばれ、人を救済してこそ仏像も本望だろう。

だが不心得者もいるから油断ならない。

「一目見てとりこになった」と、京都の建仁寺から十一面観音座像を盗んだ男が逮捕された。


自宅には他にも仏像が並び、余罪を追及されている

▼毎日拝んでいたというから、転売が目的ではないらしい。

信仰心の篤(あつ)いあまりか。

しかし、盗みは仏教の在家信者が守るべき「五戒」にそむく。

仏師が木の中から取り出した仏様に、申し訳がない

▼仏像は今、若い世代にも静かな人気らしい。

指を折られた弥勒菩薩はかつてドイツの哲学者ヤスパースに「永遠平和の理想を最高度に具現している」と絶賛された。

日本の仏像の優れた精神性に癒やされたい人が、増えているのだろうか

▼〈鎌倉や御仏(みほとけ)なれど釈迦牟尼(しゃかむに)は美男におはす夏木立かな〉。

かつて与謝野晶子は大仏を生身の男に見立てた。

あまり息を詰めなくとも、鑑賞の仕方に決まりはない。

ただし触らず、キスせず。マナー違反を「五戒」の番外に付け加えたい。





仏像は拝むもので売買の対象にはならず 盗んで傍においておくものでもない。

寺院に参拝して,我知らず手を合わせる仏もあるが

中には見世物のようにして管理者の寺院の僧侶達が生活の糧の手段にしているのかと,いぶかる事もある。

そのような気持ちになるのは,こちら側の不心得な気持によるものかもしれないが。








浄財のはずの政治献金の背後に「正体不明のおじさん」がうごめく
善意ならぬ魂胆を秘めたカネの送り主だ







平成21年3月5日の天声人語よりの引用


 「あしながおじさん」といえば心温まる米国の小説だ。

孤児院で育った一人の少女に、誰だか分からぬ「おじさん」が大学へ進む資金を送ってくれる。

彼女は生き生きと学び、やがて思いがけない幸福を手にする

▼美しい物語も、政界を舞台に書き直せばキナ臭くなる。

浄財のはずの政治献金の背後に「正体不明のおじさん」がうごめく。

善意ならぬ魂胆を秘めたカネの送り主だ。

その一つ西松建設は、隠れ蓑(みの)の団体を作って姿を隠し、民主党の小沢代表らの政治団体に禁じ手の企業献金をしていた

▼その献金を受けた疑いで、氏の公設第1秘書は逮捕された。


青息吐息の首相を攻めていた野党の党首が、「政治とカネ」の石につまずいた。

王手をかけていただけに政界は大きく揺れている

▼きのうの記者会見で、小沢氏は捜査を「不公正」と強調した。

同じような問題はこれまでもあったのに、なぜ今回だけ捕まるのか。

胸中には憤りがあるようだ。

この点は小沢氏だけでなく、国民を納得させる責任が検察側にもあろう

▼それにしても政界の不思議は、「あしながおじさん」が何者かを知ろうとしないことだ。

詮索(せんさく)はせずに善意を信じるという心ばえらしい。

そして、やましいカネでも出どころを知らなければ罪をかわせる法律を、お手盛りで作っている

▼騒ぎに紛れるように、衆院の「3分の2」がまた行使され、定額給付金の財源などの法が成立した。

与党は一息かも知れないが、このバラマキで国民への「あしながおじさん」を気取るようでは、魂胆が知られることになる




損得勘定なしで大金を政治家に寄付する人はいないと考える。

やはり魂胆があり,寄付するのが一般的常識と取る。

逆に見返りを与えるからと,寄付を強要する政治家もいるらしい。これは票の売買以上に悪質である。

政治家でなく政治を看板 即ち手段にした商人的な政治屋だ。その政治家と業者の間を取り持つ業種もあるらしい。

そのような政治家は政界から早く追放すべきである。






成功すれば多くの報奨があるし、
失敗したらいつでも本が書ける」など、
なかなか機知に富んでいる
本とは、職を退いて書く回顧録のたぐいだろう








平成21年3月6日の天声人語よりの引用


俳優出身の米大統領だったレーガンは才があったとみえ、気の利いた言葉をいくつも残している。

「政治家は悪い職業ではない。

成功すれば多くの報奨があるし、失敗したらいつでも本が書ける」など、なかなか機知に富んでいる

▼本とは、職を退いて書く回顧録のたぐいだろう。


その言に従うなら、執筆のペンを手にしかかっていたのが麻生首相だ。

支持率は沈み、「麻生おろし」が吹きつのった。

追い落としの急先鋒(きゅうせんぽう)が民主党の小沢代表だった

▼それが一夜にして、小沢氏にもペンの用意が必要な事態になった。

攻守所を変えるのかと思いきや、「奇妙な均衡」が与野党間にあるらしい。

小紙政治面によれば、自民党は問題をかかえる小沢氏に代表を続けてほしいのだという

▼同じように民主党も、不人気な麻生氏を相手に選挙に臨みたいそうだ。

互いのマイナスイメージへの期待だろう。

天王山を控えて、敵が喜ぶ大将とは情けない。

野球の貧打戦を見るような、お寒い政治の光景である

▼「政治の幅はつねに生活の幅より狭い」と作家の埴谷雄高が書いていたのを思い出す。

現実は政治の幅を超えて、先をゆく。

それは仕方ないとして、膨張し疾走する現実に、今の政治はあまりに狭くて鈍すぎないか。

与野党そろっての迷走が歯がゆさに輪をかける

▼どっちもどっち。

選挙で将来を託したいのに受け皿がない。

そう感じる人が増えてはいないだろうか。

政治家は失敗して本を書けても、世の現実は続いていく。

あとに残る失望とツケを背負わされるのは、もうごめんである。





政治家になるには一定額のお金さえあれば誰にでもなることが出来る。

だから政治家の資質が益々に低下して来て,とんでもない人が政治家として財をなしている。

その子供達が地盤 看板 カバンを受け継ぎ莫大な財をなす人もある。

一般的には政治家の世襲制度は良くない。

政治が社会全体が良くなるか悪くなるかの基本のところで,全ての社会活動の元となっていることは誰でも知り尽くしていることだ。

根本のところが全く変っていないから社会は変らない。真の改革はない。小泉改革も改悪だったかどうか。





ある名高い動物行動学者によれば、
子どもの年齢と好きな動物の大きさは反比例するらしい。
つまり幼い子ほど大きい動物が好きなのだという









平成21年3月7日の天声人語よりの引用

 ある名高い動物行動学者によれば、子どもの年齢と好きな動物の大きさは反比例するらしい。

つまり幼い子ほど大きい動物が好きなのだという。

だから動物園でゾウは人気者だ。

長い鼻、大きい耳、それに優しげな目を、子らは瞼(まぶた)に焼きつける

▼気は優しくて力持ち。

そんなイメージを覆すように、中国南部で野生のゾウが集落を襲い、農作物を食い荒らしている。

小紙国際面が先日、深刻な様子を伝えていた。

犠牲者も出て、経済的な損害は巨額にのぼる。

住民は戦々恐々らしい

▼背景には自然林の消滅があるようだ。

伐採してはゴムの植林を広げてきた。

貧しい村には収入をもたらしたが、ゾウを追いつめた。

巨体だけに怒れば怖い。

ゴム林をなぎ倒し、バイクを壊して、なかなか森の奥へ帰ろうとしない

▼怒れる巨体に、宮沢賢治の童話「オツベルと象」を思い出す方もおられよう。

地主にこき使われて疲れきった白象を、仲間が大挙して救い出す。

建物を壊し人間をつぶし、森へ帰っていく。

白い象は、資本家に搾取される者の象徴とも読み取れる

▼中国では資本家が山ごと権利を買って、地元民に植林と樹液集めをさせているそうだ。

ある村民は「本当に責任のある政府や大企業でなく、罪のない庶民に牙をむく」と嘆く。

だが、ゾウにそのからくりは分からない

▼同じことが、アジアの他の地域でも起きている。

ゾウの「暴動」とはせず、「異議申し立て」と見るべきだろう。

抑え込まずに共存の道を探ってほしい。

あの優しい目を、これ以上三角にさせないために。






中国の内戦による共産革命は何のためにあったのか。

指導者の交代のためだけだったのか,丁度日本の戦国の世と何も違っていない。

人間は同じ事を繰り返す動物のようだ。科学は進歩しても人間そのものは進歩しない。









当局への年次報告書で、
GMは「事業を続けられるかどうか
重大な疑念がある」と告白した






平成21年3月8日の天声人語よりの引用


アメリカにはスポーツカーがなかった。

この国が大戦後の繁栄を誇った1950年代、さっそうと走り去る欧州車に「愛国心」がうずかぬはずがない。

初の純国産スポーツカー、シボレー・コルベットは、こうした空気の中で登場した

▼しゃれた二座席の車体、運転しやすく割安。

上げ潮の超大国が手がけた一台は「間違いなくアメリカの青春そのものであった」(川上完(かん)著『名車たちの伝記』)。

おちゃめな車を巨人ゼネラル・モーターズが生んだことに、米国経済の若々しさを見る

▼半世紀を経て、同じ巨人がうめいている。

当局への年次報告書で、GMは「事業を続けられるかどうか重大な疑念がある」と告白した。

政府の追加支援なしには立ち行かない、という宣言だ

▼怪しげな金融商品を太らせたのは、身の丈を超す米国の消費ざんまいだった。

カネとモノにまたがる巨大企業は、経済危機の「火元責任」を一身に負うかのように、存亡の岐路に立つ。

週末のGMの株価は1.5ドルを割り、なんと大戦前の水準に沈んだ


▼GMの社員と退職者は手厚い福利厚生に浴する。

経営が傾いた昨年も、ワゴナー会長は5億円を超す報酬を手にしていた。

そんな話を聞くたびに、米国民の胸中で「青春の一台」は色あせていこう

▼自動車評論家の徳大寺有恒(ありつね)さんは、スポーツカーの絶対条件を〈それが出てくるだけで日常的な風景を変えてしまうこと〉と表現した。

逆風を切り裂いて走り続けるのか、修理場へと消えるのか。

GMの命運もまた、それひとつで危機の眺めを一変させる。




世の中は無常である。大企業の倒産が有ってよい。日本も戦争に敗れ全国民が困窮の生活に放り出された経験をもっている。

混乱のきわみの中から立ち上がってきたのが戦後の日本人達である。大きいから潰せない発想はおかしい。

アメリカは日本を負かし全国民が困窮の中に放り出した。何故に保護するのか。

何か世の中がおかしくなってきているのは事実だ。大企業の富者は何時までも滅びないのだろうか。








横浜市の中学1年生、
山崎一哉君が気象予報士に合格した。





平成21年3月9日の天声人語よりの引用


作家の村上龍さんが5年前に著した『13歳のハローワーク』を読み返した。

あらゆる職業を紹介するにあたり、著者は子供たちに説く。

「嫌いなことをいやいやながらやるよりも、好きで好きでしょうがないことをやるほうがいいに決まっています」

▼そして、こう助言する。

「13歳は自由と可能性を持っています。

だからどうしても世界が巨大に映ってしまって、不安ととまどいを覚えるのです」。

村上さんによれば、満ち足りた人生の出発点は好奇心だ

▼横浜市の中学1年生、山崎一哉君が気象予報士に合格した。

好きこそ物の上手なれという通り、幼時から図鑑を眺めるのが好きで、面白い雲を見つけるのが楽しみという。

最年少記録の13歳7カ月にして「好き」と「上手」を重ねてみせた


▼94年に始まった予報士の試験に、年齢制限はない。

合格率は平均6%の狭き門で、山崎君は小5から4度目の挑戦だった。

抱負も「台風や大雨に慌てない予報士になりたい」と堂に入る

▼生ある限り挑める最高齢の記録と違い、最年少のほうは歳月が奪い去る。

もっとも、好奇の的を絞った理科少年にすれば、記録など二の次だろう。

いつの日か「上手」を仕事につなげてもらいたい

▼先々の予想は気象予報士の勝負どころだが、さすがの山崎君も10年後の自分は見通せまい。

「人生の朝方」は発達した好奇心で気圧配置が安定せず、空模様に一喜一憂させられるものだ。

予想が悪い方に外れたら、やり直せばいい。

10代の天気図はうらやましいことに、夢も悩みも鉛筆で描かれている。





好きものものの上手なれで,好きなことにはその才能をば発揮すればよいことである。









今日で64年になる東京大空襲の日を前に、
『大空襲三一〇人詩集』という新刊を送っていただいた
東京だけでなく、空襲に遭った各地で書かれた詩が収録されている
中国の重慶、ロンドン、ガザもある









平成21年3月10日の天声人語よりの引用


今日で64年になる東京大空襲の日を前に、『大空襲三一〇人詩集』(コールサック社)という新刊を送っていただいた。

頁(ページ)を繰ると、鎮魂、怒り、そして平和への祈りが一編一編からわき上がってくる

▼東京だけでなく、空襲に遭った各地で書かれた詩が収録されている。

中国の重慶、ロンドン、ガザもある。自ら逃げまどった詩人もいれば、想像力で紡いだ詩もある。

空襲詩ばかりを集めた詩集は例がないそうだ


▼〈追ってくる火 走る火 落下する火……たくさんの死をまたいで 逃げまどう/走る 生きのびようと 走る

 死ぬかもしれないけど走るしかないから〉〈そのときだった 道端に積みあげられた枯れ草が燃えて ヨシコが燃えた〉。

(たかとう匡子(まさこ)「ヨシコ」)。

作者は幼い妹を姫路で亡くした

▼日本軍も中国を爆撃した。

文人の郭沫若(かくまつじゃく)は、死んだ母子を〈骨と肉はコークスとなり、かたくくっついて引離せない。

ああ、やさしい母の心は、永久に灰にはできないのだ。〉


と怒りを込めて表した(上原淳道訳)

▼詩集は、戦争と平和をめぐる言葉の空疎化にあらがってもいる。

たとえば「戦争の悲惨さ」や「命の大切さ」と言う。

便利なだけに手垢(てあか)にまみれ、もはや中身はからっぽの感が強い。


うつろな言葉が封じる想像力を取り返したいという思いが、書中から伝わる

収録した詩人「三一〇人」は3月10日にちなんだ。

むごい言葉、つらい言葉にも、平和を希求する思いが透けている。

それは64年前のきょう炎に巻かれた人々の、遠い遺言を聞くようでもある。






死んだ人たちは語ることが出来ない。死んだ人たちの変わりに,同じ体験した者達がその無念をば語らなければならない。

二度と同じ体験を繰り返さないためにも必要だ。

「二度と同じ過ちはくりかえしません」と。平和な世界を求めて。








埼玉に住む不法滞在のフィリピン人一家が
国外退去を命じられている問題に、
蕪村の句を思い起こす









平成21年3月11日の天声人語よりの引用


埼玉に住む不法滞在のフィリピン人一家が国外退去を命じられている問題に、蕪村の句を思い起こす。

〈斧(おの)入れて香におどろくや冬木立〉。

倒そうと斧を入れた木から生々しい香が立ちのぼった。

生命力に打たれて詠んだ一句とされている

▼一家の件では、親子という「生木」に入管当局の斧が入った。

在留特別許可は認められず、父親は身柄を収容された。

一人娘のカルデロン・のり子さん(13)を、両親と帰国するか、日本に残るかのつらい選択が待つ。

立ちのぼるのは悲しみの香だろうか

▼のり子さんは父母の国へ行ったことはない。

日本語しか話せない。

「母国は日本、心も日本人」と言う中学1年生だ。

両親はまじめに働いて職場や地域になじみ、偽造旅券での入国ではあったが、この国に根を下ろしてきた

▼13歳という年齢は、なかなか難しい。

異国で一から出直すには日本に根を張りすぎている。

だが親と離れて暮らすには、その根も幹もまだ弱い。

いわば人生の早春である。

両親と日本、どちらを選ぶにせよ、生木を裂かれる思いだろう

▼いつも一定の基準にものごとを当てはめる、杓子定規(しゃくしじょうぎ)という言い方は江戸の昔からあった。

庶民が大岡裁きの政談に喝采したのには、そうした背景もあっただろう。

法は法として貴い。

だが運用の妙があってもいい


▼13日までに両親が帰国の意思を示さなければ、強制送還されるという。

「家族3人で日本にいたい」とのり子さんは涙ぐむ。何とか手はないものか。





日本の特殊事情は判るが,何とかならないものかと感ずる。








田口さんから日本語を学んだ金賢姫(キム・ヒョンヒ)元死刑囚(47)との面会は
5年越しの望みだった









平成21年3月12日の天声人語よりの引用


母恋いの物語「瞼(まぶた)の母」を書いた長谷川伸は、実生活でも4歳で母親と生き別れた。

「瞼の母」が舞台や映画で大ヒットしたのをきっかけに再会を果たしたのは、47年の後だった

▼〈月も落ちたか夜半(よなか)の寝ざめ、子供らしくも母恋し〉。

慕わしさに、40の坂を越えてからもこんな唄(うた)を作ったと自著に書いている。

母から遠く暮らすとき、万人の胸に湧(わ)く思いだろう。

その大事な人を北朝鮮に拉致された飯塚耕一郎さん(32)はきのう、瞼の内にどんな母の像を描いただろうか

▼1歳での別離に記憶はなく、今も「田口八重子さん」としか呼べないという。


田口さんから日本語を学んだ金賢姫(キム・ヒョンヒ)元死刑囚(47)との面会は5年越しの望みだった。

じかに話を聞いて、お母さんと呼べる気持ちに近づければと、この日を待ちわびた

▼「母恋い」の裏には「子恋い」がある。金元死刑囚の手記に、晩秋の雨の日に酒に酔い、声を張りあげて泣く田口さんの回想が出てくる。

身を焼くような望郷であり、わが子に届かぬ手の慟哭(どうこく)でもあったろう。

国家による犯罪の、罪の深さを憎む


▼北朝鮮で先日、国会にあたる最高人民会議の代議員選挙があった。

投票率99.98%、金正日総書記の信任率は100%に達したそうだ。

独裁国家のベールの向こうで、田口さんも他の拉致被害者も、消息すら判然としない

▼長谷川伸は別離の47年を、互いに探しながら「叫べど聞こえず」の歳月だったと回想している。

被害者家族の悲嘆の歳月を、これ以上積み重ねない救出の道へ、昨日の面会がつながることを願う。

彼女以外にも、同じ境遇で育ち、学ぶ子らが、日本には大勢いる。





分割された南朝鮮(韓国)と北朝鮮が統一されて,元のようになれ南北の対立なく拉致問題は解決される。

早く朝鮮を統一するよう努力することが一番の解決の近道だ。

「北風よりも太陽」が必要であることが政治家は理解せずに,政治に拉致問題をば利用しているように思える。








阪神タイガースは負けに負け、身売り話も飛び交っていた
あまりの低迷に広まったのが「人形の呪い」である
優勝の夜、興奮したファンが、ケンタッキーフライドチキンの「カーネルおじさん人形」を
道頓堀川に投げ込んだ








平成21年3月13日の天声人語よりの引用


大阪で勤務した1980年代の後半、3年ほど甲子園球場の近所に住んだ。

熱狂にわいた85年の日本一のあと、阪神タイガースは負けに負け、身売り話も飛び交っていた

▼たとえば87年の勝率は、首位打者の打率より低い。

首位との差はなんと37.5ゲーム。悪魔も落涙するようなダメ虎ぶりだった。

流行歌「西海(さいかい)ブルース」をもじった「最下位ブルース」が自虐的に歌われたのも、あの頃だったと記憶する

▼あまりの低迷に広まったのが「人形の呪い」である。

優勝の夜、興奮したファンが、ケンタッキーフライドチキンの「カーネルおじさん人形」を道頓堀川に投げ込んだ。


浮かばれない怨念(おんねん)がチームに取り憑(つ)いた――冗談はいつしか、愉快な神話になっていった

▼その伝説の人形が川底から見つかって、関西はちょっとした騒ぎらしい。

24年ぶりに「救出」された姿は、ヘドロまみれだったが、円満な笑顔はそのまま残る。

落語家の桂三枝さんは「ケンタッキーだけに『無事に揚げられた』ということですな」(日刊スポーツ)とお見事だ

川に沈んだときの中曽根さんから、首相はすでに15人を数える。

その間にバブルは膨らみ、はじけ、失われた10年を経て、いま未曽有の不景気にあえぐ。

思えば遠くへ来たもんだと、今浦島の人形に人の世を重ねてみる

▼そして今年も球春は巡り、プロ野球の開幕も近い。

カーネルおじさんは「呪い」から一転、福の神として阪神を見守る格好だ。

あれ以来の日本一に輝くなら、それこそ絵に描いたような物語の完成、ということになる。





カーネルおじさんも災難だったことであろう。







春の祭典の幕が、南から北へ開いていく
人の目を和ませる祭典だが、
生き物にとっては厳しい生存競争への参加だ。









平成21年3月14日の天声人語よりの引用


 明治の文人正岡子規は不治の病に長く伏した。

あるとき外で遊んでいた隣家の子が「あれ蝶々(ちょうちょ)が蝶々が」と言うのを病床で聞いて、

〈一道の春は我が心の中に生じた〉と書き残している。

子の無心な声に、鮮やかな心象風景が呼びさまされたに違いない

▼冬ごもりの虫が這(は)い出す啓蟄(けいちつ)を過ぎて、もう「菜虫(なむし)化蝶(ちょうとけす)」、つまり青虫が羽化する候である。

きのう九州に上陸した桜前線ともども、モンシロチョウの初見前線もどこかを北上していることだろう。

春の祭典の幕が、南から北へ開いていく

▼人の目を和ませる祭典だが、生き物にとっては厳しい生存競争への参加だ。

おのれが目覚めれば、天敵もまた眠りから覚める。

その天敵にも天敵はいる。

自然界の命の掟(おきて)は、他の生き物の食物になることだという

▼〈蟻が 蝶の羽をひいて行く ああ ヨットのやうだ〉。

これで全文の三好達治の詩「土」は、ぎりぎりの単純さで命の連鎖を表す。

美しく舞うチョウもいつか落ち、地を這うアリを養う。

命にぎわう季節の舞台裏である

▼ひるがえって人間社会で「羽化」といえば、実社会への門出だろうか。

卒業式が盛りだが、今年の風はわけて冷たい。

採用内定の取り消しや、授業料の滞納で卒業証書を受け取れないという悲話が各地から聞こえてくる

▼それでなくても社会と会社は甘くない。


真冬に羽化したように心細い人も多いだろう。

一日も早い景気の春を呼び込むのは政官財の責務だが、足取りは覚束(おぼつか)ない。

悠々たる歩みで北をめざす自然の春に、心底あやかりたい思いがする。









生物達の生存競争が春から始まりだすとは思いつかなかった。

春は全てにとって,良いことばかりでもないようだ。

自然界の神秘とでも言うのか。









「鳥獣戯画」である
京都の高山寺(こうざんじ)に伝わる4巻の絵巻物は
合わせて44メートル。
平安末から鎌倉初期の筆とされる







平成21年3月15日の天声人語よりの引用


散歩の道すがら、動物病院の看板にうなった。

「小鳥から象まで」とある。たいていのペットは診ますという告知は、腕に自信ありとも読めた。

「ミジンコから鯨まで」だとうそ臭いから難しい。

表現の「幅」を豊かさと感じてもらうには、技と節度が要る

▼まさに小鳥から象までを、これほど豊かに表現した古美術はなかろう。

「鳥獣戯画」である。

何でもござれとばかり、動物の姿を借りて、おおらかな喜怒哀楽をサラサラと描く。


手前みそになるが、朝日新聞文化財団の助成で、この国宝が修復されることになった

▼京都の高山寺(こうざんじ)に伝わる4巻の絵巻物は合わせて44メートル。

平安末から鎌倉初期の筆とされる。画風は巻ごとに違い、鳥羽僧正ら複数の作品をひとそろえにしたものらしい。

なにぶん「字」がなく、解釈は自在だ

▼ウサギやカエルが川遊びや相撲に興じる甲巻は、どなたも見覚えがあろう。

象や麒麟(きりん)が出てくる乙巻は動物図鑑の趣、丙と丁の巻には最も度し難い生き物、人間も登場する。

こっけいな設定の線描は、最古の漫画と呼ぶにふさわしい

▼鳥獣の戯れに癒やされつつ、8世紀前の人に親しみを覚えた。面白さのツボは、古今東西さほど変わらないのではないか。

そんなことまで考えさせてくれる、幅広の文化財だ

▼原画はアナログ媒体の極みである和紙に宿る。

官民の懐が寂しいと後回しにされやすいが、色あせや虫食いなど、時の移ろいに抗する手当てが欠かせない。
]
動物たちの熱演に報いるためにも、先人が描いたままの豊かさで、明日へと引き継ぎたい。






実物は見たのか見ないのか判らない,京都の博物館 ホテルなどの土産屋で小さなサイズのものは良くみかける。

動物に託し当時の描いた人物でもある鳥羽僧正が画いた。た゜が見る人たちにより幾らでも解釈がなりたつ。

戯画は何時の時代でも受け継がれている。









夏ではなく春の季語だと知って、しゃぼん玉を見直した。







平成21年3月16日の天声人語よりの引用


夏ではなく春の季語だと知って、しゃぼん玉を見直した。

詩歌では水遊びの域を超え、風との戯れになるのだろう。

膨らみかけたのを春風にさらわれ、合点がいかずに玉を追う子が浮かぶ。

〈しゃぼん玉息を余して離れけり〉堀越せい子

▼肉眼で見える、最も薄いものの一つが石鹸(せっけん)膜だと物の本にあった。

晴天下に漂う玉は日光で水分が蒸発し、膜がどんどん薄くなる

色の変化を楽しめる代わり、曇りの日より短命という。

空中のチリに破られず、風に恵まれた玉だけが長く、高く舞う

詩人の野口雨情(うじょう)は、そのはかなさを童謡「しゃぼん玉」にした。

〈しゃぼん玉消えた/飛ばずに消えた/うまれてすぐに/こわれて消えた〉の部分は、生後8日で亡くした長女への鎮魂ともいわれる

▼幼子の不幸から作品の発表まで14年あるが、そこは詩人だ。

我が子と同じ運命をたどった幾多の命を、音もなく消える玉に重ねたのかもしれない。

雨情が一家を構えた明治から大正期には乳児の7人に1人が1歳の誕生日を祝えなかった

▼戦後、赤ちゃんの死亡率は劇的に下がり、父母の心労は思春期からが本番である。

チリとホコリが充満する世、大切に膨らませ、ストローの先で危なげに揺れる玉を案じぬ親はいない。

様々な事情から、息を十分吹き込めずに手元を離れる玉もあろう

▼壊れそうな膜の中に思いの限りを満たし、どこまでもキラキラ飛んでいけと願う。

風よ優しく頼むと。

この時期、教師たちも同じ心境に違いない。

巣立ちの情景で、しゃぼん玉は春ならではの言葉になる。






シャボン玉がどうして春の季語になるのか.子供の頃にストロ-で吹いて遊んだものだ。










巨額の公的資金を受けて再建中の保険最大手AIGが
幹部らに計約440億円ものボーナスを支払うと米メディアが報じている
公的資金は半端ではなく、あれやこれやで16兆円を超す









平成21年3月17日の天声人語よりの引用


 〈人間は欲に手足の付いたる物ぞかし〉と、江戸時代の浮世草子の作家、井原西鶴は鋭く突いた。

〈世に銭ほど面白き物はなし〉とも言っている。

大坂の商家の生まれだけに、金銭をめぐる人の性(さが)を見る目は光っていた

▼その西鶴も、金融危機の震源になった米国ウォール街の、この期に及んでの強欲ぶりには脱帽だろう。

巨額の公的資金を受けて再建中の保険最大手AIGが、幹部らに計約440億円ものボーナスを支払うと米メディアが報じている

▼公的資金は半端ではなく、あれやこれやで16兆円を超す。

むろん税金だ。


普通の神経なら粗衣粗食で失態を恥じるところだが、ウォール街流は違うらしい。

賞与の最高額が6億円超と聞けば、「欲に手足」ぶりも極まった感がある

▼昨年9月、米政府は証券大手リーマン・ブラザーズの破綻(はたん)を見捨てた。

その翌日、AIGには救いの手を差し伸べた。

「大きすぎてつぶせなかった」からだ。

だが、溺(おぼ)れかけて公金という浮輪にすがるなら、それなりの節度が必要になる

▼さすがに、米国内でも批判は強いそうだ。

サマーズ国家経済会議議長は「この1年半で色々ひどいことが起きたが、これが最も言語道断」だと憤る。

オバマ大統領も就任直後、こうしたお手盛りを「恥」と難じていた。


腹に据えかねているに違いない

▼貸し手は常に借り手より記憶がいい、という。

血税をつぎ込んだ企業を米社会はおいそれと忘れまい。

AIGがそれに鈍感なら、今後の公金投入への支持は冷めて、米経済は手痛いしっぺ返しを食うはめになる。






富める者は何時までも富めるままではおかしい話である。

世の中は無常で「盛者必衰の世の中」なのは源平の時代から説かれていることである。

アメリカらしさを感ずる「矛盾」を露呈しているよなうな話だ。









人の話には、とかく出まかせが交じる
虚実ひしめく中から情報を嗅(か)ぎ分け、
地道に裏付けして事実をつかむ。
それが記者の基本とされる。










平成21年3月18日の天声人語よりの引用


人がしゃべる「はなし」を漢字で書けば、普通は「話」だろうが「噺」や「咄」もある。

口偏に新と書く「噺」の字づらには耳新しいニュースという印象がある

▼片や「咄」は口から出まかせのようにも見える。

国文学の故佐竹昭広さんの『古語雑談』によれば、古くには「話す」を「放す」と表した例もある。

虚実ないまぜにした、肩のこらないおしゃべりが「はなし」の原義だったそうだ

かくて人の話には、とかく出まかせが交じる。

記者なら百も承知のはずが、日本テレビの面々はだまされた。

岐阜県庁の裏金をめぐる虚偽証言に基づく誤報は、久保伸太郎社長の辞任へと発展した

▼虚実ひしめく中から情報を嗅(か)ぎ分け、地道に裏付けして事実をつかむ。

それが記者の基本とされる。


美談でも「泣きながら疑え」と教えられる。

人の世には表も裏もあるからだ。

きな臭い情報提供ならなおのこと、疑ってかかる必要がある

▼うその証言をした男は、顔を隠し声も変えてテレビに出た。

「素顔で語るとき、人は自分でなくなる。仮面を与えよ。そうすれば真実を語るだろう」。

そうした意味のことを英国の作家ワイルドが述べていたと記憶する。

皮肉ながら一面の真理でもあろう。

しかし匿名の仮面はときに、無責任と表裏一体になる危うさをはらむ

▼「取材のすべての過程に問題があった」と久保社長は言う。

きびしい反省をふまえた調査と、その公表が信頼を取り戻す第一歩になろう。

報道番組は虚実ないまぜの「はなし」を盛る器ではない。

事実をのせる公器なのだから。




記者達の活躍によって大いに世の中が浄化されなければならない。

それにも確かなルールにのっとるべきである。

記者が名誉心とか商売に走っては駄目だ。








まだ多くの人が貧しさに甘んじていた
しかし時代は右肩上がりだった
最近は非正社員が職を失い、
たちまち困窮するケースが目立つという








平成21年3月20日の天声人語よりの引用


朝日新聞出版の「週刊昭和」が昭和37年の巻で吉永小百合さんを特集している。

この年の映画「キューポラのある街」に16歳で主演した。

鋳物の町の貧しい人々を描いた名作だ。

撮影に入る前、浦山桐郎監督にひとこと「貧乏について、よく考えてごらん」と言われたそうだ

▼まだ多くの人が貧しさに甘んじていた。

しかし時代は右肩上がりだった。

奇跡と呼ばれた経済成長をへて、一億総中流という安定期を迎える。

そこを過ぎていま、浦山監督のひとことが再び突きつけられる時代へと、この国は転がってきた

▼先日の小紙は、生活保護の受給者が1月に過去最多になったと報じていた。

最近は非正社員が職を失い、たちまち困窮するケースが目立つという。

今日の勤労が明日の暮らしの保証にならない。

殺伐たる雇用の風景である

▼給食費や授業料に事欠く家庭も増えている。

数日前はNHKテレビが、医者にかかるお金がなくて学校の保健室に駆け込む子らを伝えていた。

「治療」を受けに熱を押して登校する。

その姿は切なく痛々しい

▼映画に話を戻せば、監督に言われて吉永さんは、貧乏ならよく知っていると思ったそうだ。

〈小学生の時は給食費が払えませんでした……貧乏は得意中の得意なんです〉と自著『夢一途』につづっている。

だからだろう、「キューポラ」は見事な人間のドラマだった

▼あのころの貧乏と今の貧困が似て非なるように思われるのはなぜか。

希望への処方箋(せん)をどう書けばいいのか。

「よく考えてごらん」の声を聞くような、半世紀の後である。






企業の生き残り為に社員が解雇され悲惨な目に遭っている。今までの蓄えは企業は放そうとせず

役員の給料がそのままでは平社員だけが犠牲になるのは気の毒な話である。

その家族はどうかと考えだすと暗澹たる気持ちになる。









米軍は早々とフセイン政権を倒したが、
あとは泥沼となって市民の犠牲は増えた







平成21年3月21日の天声人語よりの引用


かつて小紙に連載されていた大岡信さんの「折々のうた」にこんな諺(ことわざ)を教わった。

〈銀をたくさん持っている者は仕合(しあわ)せだろう。

麦をたくさん持っている者は嬉(うれ)しいだろう。

だが、何も持っていない者は眠れるだろう〉。

古代メソポタミアの言葉という

▼現在ならイラクのあたりになる。

その古い文明の地で戦争が始まって、きのうで6年になった。

米軍は早々とフセイン政権を倒したが、あとは泥沼となって市民の犠牲は増えた。

持てる者も幸せでなく、持たざる者も安眠できない。


苦難の歳月が続いてきた

▼大義名分だった大量破壊兵器はどこにもなかった。

「テロとの戦い」を掲げながら、世界を一層きな臭くした戦争でもある。

「愚挙」という評価を覆すのは難しかろう


▼6年前、開戦に反対する国際社会の象徴だったのが仏のドビルパン外相(当時)だ。

先ごろの小紙との会見で、「人生と歴史の中ではノーと言える時がなくてはならない。

あの時はその使命を担っていた」と回想していた。

反対に、いち早くイエスと支持したのが日本だった

▼5年前にイラクを取材したことを思い出す。

電気工事の男性が「日本に感謝している」と言っていた。

かつて日本の現地企業で働いていた。

その経歴で腕を信用され、混乱の中でも仕事に困ることがないのだという

▼同様の人は少なくあるまい。

対米協力より何より、この感謝こそ日本の勲章と思われる。

誰も安眠できなかった治安はやっと安定しつつあるそうだ。

「失われた6年」の後をどう手伝うか、「日本流」を探りたい。







結局ブッシュはイラクに多大な犠牲を強いて従軍した若いアメリカの兵隊達は何の戦いに参加したのかわからない。

テロとの戦い アメリカの為に従事したのだが?命令を下したブッシュは豊かな余生を暮らして

イラクの人たちやアメリカ兵の戦死 負傷兵士たちは大変に気の毒ではすまない気がする。

素早く開戦に賛成した日本の政府も責任は大変に重い。誰だったか。










月あかりを論じた昨秋の小欄が、
都内の女子大の入試問題に使われたと聞いた。
書き手としては、中学生が家族や辞書の助けを借りて
理解できる水準を心がけている。







平成21年3月22日の天声人語よりの引用


月あかりを論じた昨秋の小欄が、都内の女子大の入試問題に使われたと聞いた。

新聞コラムの宿命ながら、あの雑文が18歳の進路を左右したかと思うと、ありがたくもすまないような、妙な気分になる

▼書き手としては、中学生が家族や辞書の助けを借りて理解できる水準を心がけている。

高校生なら、背伸びせずとも読みこなせると思いたい。

さて、小学生である。

「私たちの天声人語」と題する作文の束が、高松市立栗林(りつりん)小から届いた

▼6年生約200人が1年間、小欄の感想を語り合い、学級間で意見を交わしてきたそうだ。

勉強の仕上げに、司馬遼太郎さんや立松和平さんの著作を読み、技術の進歩や自然、命について全員が書いてくれた

▼「機械化はほどほどにし、人、ロボット、自然の三つが助け合って生きるべきだ」とある男子。

「未来は私たちがつくる」「一人の人間として、責任を持って地球のために行動しようと思った」など、女子の言葉にも勇気をもらった

▼12歳に天声人語。

踏み台の上で背伸びをするように読んでくれたのだろう。

学年主任の利國(としくに)佐代子先生は「国語の学習というより、生き方を学び、視野を広げるのが目的でした。

子どもたちは大きく成長した」と話す

▼新聞の責任を改めて思う。

虚実が交じる情報の海で、ひと息つける島。

そんな存在でありたい。

早くから記事に親しみ、おぼれないだけの知恵を身につけてほしいとも思う。

いささか宣伝めいたが、「島」の名は問わない。

教室での活用が広がるよう、学年の変わり目にお願いしたい。







朝日新聞は子供の頃より親しんでいる。高校時代に天声人語の作者の名前を話していた友人が

ジャ−ナリストとして活躍していった。当時その名前も知らなかったし天声人語の価値も判っていなかった。

徐々に読み出してきて,よいことを短い文書の中で指摘していると思い引用したのがきっかけである。










人と情報が集まる私邸は権力の代名詞だ
「目白」の田中角栄、それ以上の重量感で「大磯」の吉田茂である
神奈川県大磯町の旧吉田邸がきのう、全焼した







平成21年3月23日の天声人語よりの引用


政治家も大物になると、居所で呼ばれることがある。

人と情報が集まる私邸は権力の代名詞だ。

「目白」の田中角栄、それ以上の重量感で「大磯」の吉田茂である。

ワンマン首相が愛した神奈川県大磯町の旧吉田邸がきのう、全焼した

▼貿易商だった養父の別荘を、外国の賓客を招くために新増築した和風建築。

総ヒノキで、京都の宮大工が手がけたという。

いずれ県立公園として公開の予定だった

▼大衆やマスコミが苦手な吉田は、これと見込んだ相手と話し込む政治家だった。

座談のための奥座敷が大磯ということになる。

在任中も週末はほぼ私邸で過ごし、門前の二階屋では総理番記者が来客に目を光らせたそうだ

▼晩年も千客万来だった。

三女で、現首相の母でもある麻生和子さんは「父の引退生活は、

とにかくお客様が多かったのであまり寂しいというものではなかった」と著書に記している。

要人の「大磯詣で」のほか、若手外交官や自衛官もよく招かれた

▼「西日が差す」という大工の忠告を無視し、吉田は上階に大窓を抜く。

客のない夕方など、これを額縁に富士山をじっと眺めていたという。

臨終の日も窓際に寄り、秋空に映える霊峰を瞼(まぶた)にとどめた。

昭和の裏面史を見聞きした障子や壁と共に、その母屋も焼け落ちた

▼火事は命や財ばかりか、風景を奪い、思い出を灰にする。

白いソファから窓外を見やる老人の写真を改めて手に取り、逆光の後ろ姿に不思議な喪失感を覚えた。

炎があぶり出したのは、私たちが知らずに抱く「復興する日本」への郷愁だろうか。





傑出したワンマン首相は存在しなくなったが,現在の自民党は末期症状を呈していて

政権交代による政界の浄化には反対で,権力にしがみついているようにしか感じられない。

よほど権力を握ると良いことがあって離せないのだろうか。政治は国民の為にある筈の基本を忘れているようだ。








高校1年だった88年の夏、水の事故で亡くなった
ご両親は89年、小3から小4の作品約200編をまとめた詩集
『四季の色』を出版し、各地で紹介してきた








平成21年3月24日の天声人語よりの引用


しゃぼん玉を綴(つづ)った先週の小欄に、神奈川県藤沢市の堀祐吉さん(65)から一筆いただいた。

娘さんも小4の時にしゃぼん玉を書いたそうだ。

長女明子さんの詩はこう結ばれる。

〈だが美しいものは/はかなくわれる/わたしはそれを見まいとする〉

▼10歳とは思えぬ張り詰めた感性に驚く。


幼時から庭の草花などを詩に書き留めた明子さんは、高校1年だった88年の夏、水の事故で亡くなった。

彼女のことは小欄を含め何度か報じられており、ご存じの方もおられよう

▼ご両親は89年、小3から小4の作品約200編をまとめた詩集『四季の色』を出版し、各地で紹介してきた。

19回目の詩集展が、いま兵庫県三田市で開かれている(4月26日まで)

▼〈もうさきそうな大きなつぼみも/もっとあったかくなるまでじっとまっている小さなつぼみも/いつかつぼみたくさんが/花たくさんになるだろう〉。

「つぼみたくさん」から引いた。

咲きかけて静止したつぼみは哀れだが、残された言葉はその一粒に永遠の命を与えた

▼父が語る。

「娘は今も自分で歩いています。

詩展の前夜は準備で落ち着かないのに、翌朝には明子の世界がそこにある。

夜中に来たのかと思うくらいです」。

娘が愛した庭は、間もなく萌(も)える時を迎える。

短い言葉がひときわ輝く季節

▼わずか35字の景色に心を洗われた。

〈富士の後ろに夕やけ空がある/夕やけ空のうしろに/はてしもなく広い空間がある〉。

少女はそのあたりにいるのだろう。


消えかけて、消えない。

夕空高くとどまる、透明の玉のように。






娘を亡くした親の気持ちはよくわかる。なんとか娘に報いたい気持ちでの詩集の発行された気持ちが理解できる。









平時の疑似戦争とでもいおうか、国と国との試合は熱しやすい






平成21年3月25日の天声人語よりの引用


冷戦期、アメリカとソ連はあらゆる分野で張り合った。

宇宙開発もスポーツも。東西対立の落とし子、西独で開かれた72年のミュンヘン五輪、

無敗同士で迎えた男子バスケットボールの決勝は語り草だ

▼試合は終了直前、逆転のフリースローが決まって50対49で米国が「勝利」した。

ところがソ連の抗議で時計が戻され、

残り3秒からの再開となる。

ここでゴール下へのロングパスが通り再逆転。

五輪で62連勝中だったバスケ発祥国は表彰式に出ず、銀メダルを拒んだ。

冷たくて熱い、今は昔の物語だ

▼平時の疑似戦争とでもいおうか、国と国との試合は熱しやすい。

因縁があればなおさらだ。

拮抗(きっこう)する力、国際情勢、過去のしがらみ。

一切を薪(まき)にして、負けじの炎が激しく揺れる

▼野球の世界一をかけた第2回WBCで、侍たちが2連覇を飾った。

実のところ、世界に名を借りた「日韓五番勝負」だった。

納めの一戦は、両国民の万感を溶かし込んで燃えた。

攻守とも緩みのない延長戦に、仕事が手につかぬ人も多かったろう

▼決勝打を放ち、イチローはにこりともしなかった。

こちらは仕事師の顔である。

敬遠もありえた場面で投手が勝負したのは、打者が「日本代表の代表」だからだろう。

シンボルをねじ伏せたいという思いは、センター前にはじき返された

▼隣国と好敵手になるのは悪くない。

サッカーのブラジルとアルゼンチン、ラグビーの豪州とニュージーランド。

意識し合い、互いに強くなった。

日韓が戦うたび、伝説と因縁が積み上がる。

すべて、共有の財産である。






野球でもサッカ−でも近隣諸国は勿論大いに偽似戦争はやってほしい。

負けても勝っても後見の悪さをは゛残さずに。

本当の戦争は,永久に何処の国ともやってもらいたくない。正義の戦争は過去の歴史上からも存在していない。








不正献金問題で秘書が起訴された小沢民主党代表が、
涙ながらに続投を表明した
その姿を見て、決断の裏にどんな損得勘定があったのかと首をひねった








平成21年3月26日の天声人語よりの引用


田中真紀子さんやクリントン米国務長官はかつて、泣いたこと自体がニュースになった。

強いと信じられている人の落涙は両刃(もろは)の剣だ。

人間味と映れば共感を、もろさと取られれば幻滅を呼ぶ。

総じて「男泣き」は損得の振幅がより大きいようだ

▼不正献金問題で秘書が起訴された小沢民主党代表が、涙ながらに続投を表明した。

その姿を見て、決断の裏にどんな損得勘定があったのかと首をひねった

▼下心みえみえのゼネコンから党首が巨額の献金を受け、どこが悪いんだと居直る。


これでは、さまよえる「反自民票」が行き場に迷う。

この件でどれだけ票が減るか知らないが、手負いの将は与党に喜ばれよう

▼損を埋め合わせる何かがあるとすれば、剛腕と選挙上手の実績あたりか。

検察批判を控え、企業献金の全廃を言い出し、小沢氏は反攻を始めた風でもある。

世論が収まればそのまま進むつもりらしい

▼東京地検は異例の背景説明に及び、起訴の意味を記者団に説いた。

形式犯どころか悪質で見過ごせない、国策捜査ではありませんとのこと。

特捜部という組織、コワモテの党首以上に冷徹非情のハードボイルドかと思っていたが、世評も気になるとみえる

▼これまでの展開に、名探偵フィリップ・マーロウの言葉が重なった。

〈タフでなければ生きていけない……〉。

生みの親の作家レイモンド・チャンドラーが没して、きょうで50年になる。

代表作に見立てれば、小沢氏は「長いお別れ」ではなく、あの言葉も出てくる「プレイバック(再生)」を選んだ。

賭けである。






小沢さんは例え政権交代があろうとも早々に退陣すべきである。自民党時代から利益誘導政治をする人で

自民党時代の小沢さんの体質は誰もが知っている。

二つの自民党の交代では国民もたまったものではない。長期政権は腐敗するものだ。

何処の分野でもいえることである。長期維持することは良くない。









野宿生活者が答える「ホームレス人生相談」である








平成21年3月27日の天声人語よりの引用


66年に創刊された週刊プレイボーイの売り物は、作家柴田錬三郎の人生相談だった。

受験に失敗し、自殺したいという18歳をシバレンは一喝する。

「生き残っても日本のために役には立たん……こう云(い)われて、くやしかったら生きてみろ!」

▼人生を極めた先生が針路を示す。

この常道を外れた、しかし思いの深さでは負けない相談に出会った。

野宿生活者が答える「ホームレス人生相談」である。

彼らが大都市の路上で売る雑誌「ビッグイシュー」の人気コーナーだ

▼例えば実母を持て余す女性に、家族を捨てた男性が「愛すべき人がそばにいる。

それだけで幸せなこと」と諭す。


問答をまとめた単行本『世界一あたたかい人生相談』も出た。

どん底を経験して初めて見えるものもある

▼街角の雑誌売りに、悩みを明かす若者が多いことから生まれた企画という。

1冊300円の雑誌は売り子に160円をもたらす。

03年の創刊以来、800人強が計4億円近い現金を得て、81人が職に就くまでになった

▼出版元の佐野章二さん(67)は「売ってくれるからビジネスになる。


彼らは施しの相手ではなく、私たちのパートナーなんです」と語る。

「売る勇気」から始まる自立。

英国生まれのこの仕掛けは、貧困への関心も高める

▼強者不在の相談と上を向く野宿者。

月2回刊の雑誌は、今では得がたい温(ぬく)もりと望みを届ける。

迷える世にほしいのは、あとは激しさだ。

時代ゆえにせよ、剣豪作家が悩みを斬(き)りまくった相談は、熱く激しく「キミはやれ、俺(おれ)がやらせる」のタイトルだった。





誰もが何らかの形で社会の役に立つことは理想の社会である。








帝国ホテルは1958(昭和33)年、第二新館を開業した
呼び物は地下の食堂「インペリアルバイキング」だった










平成21年3月28日の天声人語よりの引用


帝国ホテルは1958(昭和33)年、第二新館を開業した。

呼び物は地下の食堂「インペリアルバイキング」だった。

何十種もの総菜を客が自由に取れる北欧料理は珍しがられ、芸能人や腹をすかせた力士らが押しかけた。

日本では以後、食べ放題を「バイキング」と呼ぶようになる


▼バイキングのイロハは、つまらない物で胃袋を埋めないことだ。

かといって、がつがつと高級料理ばかりを山盛りにしては、味が殺し合う。

節度とバランス、適度のゆとりが満足を得る骨法であろう

地方の高速道路がきょうから、どこまで走っても原則千円になる。

土日と祝日、通行料金を自動収受されるETC搭載車に限っての恩典だ。


もちろん、走るほどに燃料代はかさむ。

「食べ放題、ただし飲料は別料金」といったところか

▼1週早く値下げした本四連絡橋は前週の倍、東京湾アクアラインも3割増しの台数でにぎわった。

走り放題の「通行手形」となるETCには国から5千円強の購入補助が出るが、肝心の機器が品薄という

▼景気のため、という2年間の大盤振る舞い。

鉄道やフェリーの客が移るだけかもしれないし、道路優遇のばらまきにも見える。

週末ごとの渋滞と、盆暮れは空前の帰省ラッシュが確実だ。

そもそもガソリンを使って下さいという政策は、省エネや環境保全に逆行する

▼それでも「高速道バイキング」でかなう家族旅行もあろう。

全国、訪ねてみたい土地ばかり。

どこもかしこも大急ぎで回らなきゃと焦ることなく、どうか「腹八分目」で楽しんでいただきたい。




バイキングではどうしても大食いして,メタボシンドロームの原因になる。損得勘定でもってどうしても大食いになる。

最近はそのようなことはなくなったが。ビジネスホテルでの朝食は何処ともにバイキングである。

普通のホテルでも行われている。何故かついつい食べ過ぎる傾向にある。








「耕す」という言い方は「田返す」から変じたらしい









平成21年3月29日の天声人語よりの引用


「耕す」という言い方は「田返す」から変じたらしい。

作物を植え付ける前に田畑の土を鋤(す)き返して軟らかくほぐす。

春耕(しゅんこう)の季節、先日の朝日俳壇に〈耕して光る大地となりにけり〉の入選作があった

▼借りて2年目のわが市民農園も、今がその時期だ。

鍬(くわ)を振るって石灰をまき、何日かおいて堆肥(たいひ)を鋤き込む。

雨が土を黒く潤し、雲が切れて日が差せば、5坪ほどの猫の額も艶(つや)めいて「光る大地」の風格を見せる。

育てる野菜を何にするか、思い巡らすときでもある

▼〈畑はいつもきれいな色と よい風の吹いてゐる四季の卓子(たくし)である〉と書いたのは詩人の佐藤惣之助だった。

卓子とはテーブル。

その詩「畑」は、〈新らしい耕作の力は 光と熱で出来た風車のやうに もろもろの種子から花と葉をとりいだし……〉と続く

▼そういえば、〈ものの種にぎればいのちひしめける〉という日野草城の名句もある。

小さな種に満ちている命を、素人ながらに自然との共同作業で取り出(いだ)す。

それが野菜作りの妙趣だろう。

人の手抜き、天気の乱調、どちらがあってもうまくいかない

▼手塩にかけて取り出した命は、不格好でも捨てられない。

近ごろは「わけあり」と称して、ふぞろいの野菜も市場に出回るようになった。

キズや色落ちのかわりに値は安く、なかなかの人気らしい

▼アマチュア菜園にとって春耕は1年の計の立てどきだ。

手作り野菜が四季のテーブルを彩ると思えば、鍬持つ手にも力が入る。

手抜きを自戒し、お天道様が乱心せぬように祈りながら、種まく日を待つとする。





これからが家庭菜園の季節で健康にも大変良いことだ。好きな野菜が育て収穫できるのは大変に喜ばしいことだ。










行き場のない高齢者の受け皿に、
無届けのずさんな施設が使われていた







平成21年3月30日の天声人語よりの引用


随筆家の幸田文が「身の納まり」ということについて書いている。

出入りの畳職人があるとき、腕は良くても老後に身の納まりがつかない者は良い職人とはいえない、と口にしたそうだ

▼「若い者に、自分の安らかな余生を示して安心を与え、良い技術を受け継いでもらわなくてはいけない」と。

つまり寒々しい老後を見せれば、若い者はこの仕事を続けていいものか不安になる。

それでは失格、というわけだ。

見事な人生哲学だが、難しいからこその自戒だったのかも知れない

▼その随筆から半世紀がたち、身の納まりは一層つけづらくなってきたようだ。

群馬県の高齢者向け住宅で先日起きた火災にも、その感が強い。

行き場のない高齢者の受け皿に、無届けのずさんな施設が使われていた

▼最期が無残な焼死では、安らかな余生からは程遠い。


「終(つい)のすみか」の、質量ともどもの不足が生んだ悲劇である。

これでは後に続く世代に不安ばかりが募る。

畳職人にならって言うなら、こんな国は失格、ということになる

▼「老いて暖まりたい者は、若いうちに暖炉を作っておけ」と西洋の諺(ことわざ)に言う。

承知はしていても予定通りに運ばないのが人生だ。

年金という公的暖炉も先々の炎は心もとない。

家族や地域はゆらいで久しい。

手元不如意、シングル、病……誰もが「事情」を抱えながら老境の戸をたたく

▼望むのは贅沢(ぜいたく)ではなく「尊厳ある老後」である。

翻訳すれば「身の納まり」という、つつましい言葉にほかならない。

それに応えるきめ細かい助けの網が、この社会にほしい。






私設の有料老人ホームが乱立するようになった。

昔は高額で入所が困難だったのが手頃な価格で入所できるようになってきている

殆んどが施設代と人件費で,上手く経営が可能かは事故が起きないかこれらが問題だ。









3月の言葉から






平成21年3月31日の天声人語よりの引用


近所の庭にコブシの白い花が咲いていた。

兄貴分のモクレンに比べて色も姿も素朴で、清楚(せいそ)なたたずまいだ。

農作業のスタートを促す花として田打ち桜の異称がある。

旅立ちにまつわる3月の言葉から

▼不景気のあおりで内定が消えた弘前大の女子学生(22)が、卒業式の前日、青森県八戸市の広告会社に就職を決めた。

「これまで、卒業後はどうするのと聞かれるのがつらかった。

次の目標が定まり、二重にうれしい」

▼アカデミー賞に輝いた映画「おくりびと」で演技指導をした札幌市の納棺協会。

同社の堀江満さん(39)は「故人を送るためのお手伝いをする黒衣ですが、そうした送り方があるのを知ってもらえるのは幸いです」

▼「今ごっつい視聴率だろうなとか、余計なことを考えた。

そういう時には結果は出ないものだが、出ましたからね。

一つ壁を越えた気がします」。

WBC2連覇の決勝打を語るイチロー選手。

いつもの禅問答とは別人。

どちらも悪くない

▼九州と東京を結ぶブルートレイン「富士」「はやぶさ」が廃止に。

九州鉄道記念館の宇都宮照信さん(59)は「人生の大事な場面で上京する時に乗った人も多い。

時代の流れだが寂しい」


▼「悪い時期にこうなったが、日本を恨む気持ちはないです。

景気が良くなったら戻りたい」。

父親が派遣切りに遭った群馬県太田市の日系ブラジル人、イタロ・オリベイラ君(15)。

中学の卒業式を終え、一家5人で母国へ帰る

▼おめでとう、ありがとう、がんばれが重なる春。

〈ただならぬ世に待たれ居て卒業す〉竹下しづの女(じょ)







地名とその由緒



地名にはその土地の歴史が刻まれている。現在の住んでいる二の丸は向島に向島城があり,その二の丸御殿の側にあった

巨椋池の一部が昔二の丸池でそれで二の丸と呼ばれている。だからこの辺りの二の丸がついた地名は大変広い範囲におよんでいる。

本当の二の丸御殿があったところの南よりの部分は高台になっていて古い部落の人たちが住んでいる。

近くには本丸町 丸町などがある。向島は巨椋池の中にあった島の名前で,桃山に伏見城が建設されたときに同時に

建設されたお城である。桃山は伏見城が廃城した後 桃の木が沢山植えられてそのように呼ばれているようだ。

以前住んでいた直違橋五丁目は蜜柑町と呼ばれていたようだ。四丁目は藤木町で蜜柑や藤が沢山植えられていたので

そのようによばれていたのだろう。直違橋が丁度直違橋一丁目の所に大和街道と七瀬川か斜めに橋が架かっていて

直違橋になっている。その場所より南は直違橋南一丁目などと呼ばれている。

伏見の町は伏見城の城下町だったので城の周りに住居していた武家屋敷の名前からとられた町名が多く

商人たちが住んだ場所にはその商人の職業名がつけられている。

人物の名前がついた町もあって混乱する。

永井久太郎町というおもしろい町名がある。伏見の町名は大名屋敷の名前がそのまま使われているところが多くあり、

特に桃山学区にはそいいう名前が多いようです。

永井久太郎町というのは、永井右近太夫と堀久太郎の二つの屋敷がまたがっているところからの命名されているらしい。

大和街道は奈良(大和)から京都に通ずる街道なので名ずけられている。

京町通りは小椋池から伏見津より京に行く街道筋だからつけられ,宿場町として栄えていたようだ。

現在の大岩山あたりが源流で川が流れており,曲がりくねっていて,最後は加茂川にそそぎ合流しているが,かなり大昔に

川筋の改変が行われている気配がある。

上流の方では「がんせん堂廃寺」「おうせんどう廃寺」辺りで「おうせんどう廃寺」は行基が建設した法禅院といわれており,

河川や池の開削を行基は沢山始めているのでその可能性は充分に有ると考える。

その下流には谷口古墳 や貞観寺 嘉祥寺などが建設されておりその為に当時改変されていると考える。

その為に曲がりくねった川となって七瀬川と名ずけられているようだ。

奈良時代から江戸時代にも七瀬川は氾濫することが多く,その近辺の民家に被害を及ぼしている。江戸時代の庄屋の記録にも認める。

尚も現在の科学が非常に飛躍的に進歩した時代においても,尚昔と同様に大雨の時には氾濫を起しているそうだが

行政側からはキチンとした充分な改修が行われようとしていない。情けないことだ。

国側と京都市側が管理しており,七瀬川は今もおき去りになったままである。

氾濫するもう一つの原因はため池代りの池一つが名神高速道路建設時に破壊され無くなってしまっている。



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