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9月になって



九月になっても依然として暑い日が続く。だか裏山の蝉の声は聞こえなくなってきた。

雨風も先月のようにひどくなく、ただ暑い日が続くだけだ。

夜ともなると涼しさを少し感じて、虫の鳴き声が聞こえるようになってきた。

だが日中はまだまだ暑い

だが 彼岸ごろになるとその暑さも一息ついてきたような感じである。

政界では民主党、自民党の総裁選びが緊迫度が増してきている。

解散総選挙の次の顔となる総裁選びが活発化して来て、民主党は野田首相が決まりの感じで盛り上がりが少ない。

自民党総裁選挙では結局 阿部氏が自民党議員の選挙で一位の石破氏を抜いて決戦投票で当選している。

首相選びは民主党の野田氏と阿部氏の間で、国民がどの党の議員を選ぶことによって決まってくる。

解散時期は不明のままで、出来るだけ早いうちにとの事になっているが。

同じくアメリカの大統領選びも熱が帯びつつある。

新しく「維新の会」が政党として候補を立てるようだが、日本の政界の前途は訳がわからなくなってきている。

日本は民主主義国家だ。

国民がしっかり将来の日本にとりベストの選択を選ぶ義務と同時に権利がある。

それに伴って結果責任も負わねばならない。

選挙で゜の地盤 看板 カバンは尚も根強くあると感じがしている。

そのような私的な感情にとらわれず、立派な市民の代表を選ぶ権利と責任がある。

社会全体を良くするにはまず政界の浄化が必要だ。

過去の日本の歴史を見ていても外国との不平等条約に泣いてきた歴史がある。

現在もその改善が強く求められている時代ではなかろうか。?

オスプレインが事故を起こしている。事故を起こさなくなった時点でもって、日本で訓練してほしい。

否オスプレインのようなものは日本に必要としない。弱肉強食のための手段に使われるだけだ。

アメリカでの産官民による企業が儲けるために開発された代物のようである。

平和な世界にはそのようなものは必要としない。

だがこれが患者を救うための緊急・救急時のミニホスピタルとして使用されるならば理解もできるのだが。

平和な世界にオスプレインは必要としない。

むしろオスプレインが有ることにより世界が不安定化するのではないだろうか。

アメリカでは本国から操作できる無人攻撃機があり,よく考えついたたものだと思う。

現在主に中東で活躍しているようだ。

今の日本は日米同盟でもって日本の国が守られている感がするが、アメリカの世界戦略に手助けをしているともいえる。

日本独自の自主外交を考える時代になってきている。

日本はもっともっと強く世界に平和を訴えることのできる国になってほしいものだ。

尖閣諸島問題で最初に東京都が買うと石原慎太郎が言い出し、それにつられ野田首相が国有化して中国では

それが大きく問題化して来た。連日の如く中国の都市でデモが行われている。

一部暴動化し日本関連の施設がこわされている。

んまと石原慎太郎氏の罠にはまった如くにパンドラの箱を開けてしまっている感がする。

死者の報道は出ていないのがまだ救いかと思う。

中国でも指導者の世代交代 貧富の差などの問題を抱え、反政府運動に転嫁してゆくかが問題になってきている。

日本は民主党 自民党の総裁選びが行われている最中の出来事である。

どのような形で影響してゆくのかが、注目してゆきたいものである。

日本も不景気で何時爆発してもおかしくはない状態にある。

北朝鮮の政権交代で日朝交渉の糸口が出てきており、両国間にとっては好ましい傾向にあると思う。

極端に日本が独裁政府にならないことだけを願いたいものである。

大阪の橋下徹市長の発想は自分の思いを次から次へと行動に移していている。

独断で行われている姿勢に対しある種の恐ろしさを感じてくる。

法律で縛り自分の思いの方向に仕向けてといる感を受ける。法律となればそれにそむけば犯罪者となる。

戦中の国民を縛り一定の方向に仕向けた戦中の為政者を彷彿とさせる手法である。

国民はそれにブレ−キをかけねばならない。恐ろしい戦前の世の中に逆行するので゜はないかと恐れる。

ゆがんだ愛国心と相関するように思えてくる。

戦争を知らない世代が増えてきており、大東亜戦争の再び同じ過ちを犯さないことを願うばかりである。

アメリカでの大統領選挙戦も熱を帯びている。

一方アメリカでイスラム教の開祖ムハンマント゛を侮辱した映像が作られたとしてイスラム圏で

イスラム圏内でアメリカ施設への抗議デモが行われ暴徒化が報道されている。

中国の尖閣問題へのデモで、アメリカのパネッタ国防長官の北京入りに際し、アメリカに対し

尖閣諸島を巡る日中間の問題について中立の立場をとるよう求めた。

パネッタ国防長官が9月17日夕方、4日間の中国訪問のため、北京入りした。

こうした中、アメリカ政府は中国と日本などの近隣諸国との関係を悪化させていると非難されている。

これはパネッタ国防長官が2011年にアメリカ国防長官に就任して以来、初めての中国訪問となった。

中国の梁光烈(りょう・こうれつ)国防大臣は18日、パネッタ国防長官との会談を開始している。

両国はアメリカによる台湾への兵器売却、南シナ海の問題など、様々な問題において深い対立を有している。

バネット国防長官が中国訪問後によって中国のデモへの規制が強化されてき出し、デモは鎮静化してきている。

尖閣諸島でのデモでもって日本の商店 工場なとがかなりの被害を被っている。

中国当局のデモ規制強化により急速にデモ騒動は下火になってきた。

中国とのあいだに尖閣諸島 韓国との間にも竹島問題ロシアともサハリン諸島でも問題を抱えているが,是非平和的に解決してほしいものである。

全て国際司法裁判所に委託し解決すればよくて、変な愛国心でもって解決を意図するならば武力闘争になりかねない。

タカ派的な体質の阿部氏が首相になるようならば戦争に至らなくとも自衛隊を派遣することが心配だ。

平和憲法改正も考えられるのではなかろうかと心配もある。
自民党総裁には阿部氏になったので現実味を帯びてきた。

だが戦争でもって何も解決にならないことを、心底味わった世代としては平和的解決に持って行ってほしいものだ。

切に願うものである。



死んだ男の残したものは(動画)


さとうきび畑(動画)


うるわしの白百合(動画)


群青(動画)


フランシ−ヌの場合(動画)


涙そうそう(動画)






先の大震災のあと、使いづらくなった言葉といえば
「絶対安全」と「想定外」だろう






平成24年9月1日の天声人語よりの引用

先の大震災のあと、使いづらくなった言葉といえば「絶対安全」と「想定外」だろう。

もはや前者は何の保証にもならず、後者は言い訳の用をなさない。

現実は格言と違い、備えあれど憂いありだ。

防災対策は、悲観に悲観を重ねて講じたい

▼南海トラフの巨大地震で、最悪32万人が死亡するとの想定が示された。

大震災のデータをもとに見直した結果、従来の予測が13倍になったという。

最悪とは、冬の深夜に東海地方が直撃される場合だ。

津波で23万、建物倒壊と火災で9万の命が危うい

▼南海の震源は陸に近いため、津波は数分で襲う。

浜岡原発での最大値は19メートル。

建設中の防波壁は18メートルと心細いが、これがないと原発はどっぷり水につかる。

自動車工場などが集まる東海地方だけに、経済的損失も数百兆円とすさまじい

▼静岡県だけで死者10万人と聞けば、親類や同窓生の顔が浮かび、心穏やかではない。

築50年の実家や独居の身内も気にかかる。

こうした個々の憂いが束ねられ、共助の絆が太くなるのだろう

▼想像を絶する想定には、つい目を背けたくなるものだ。

だが、助かることまで諦めては、震災の犠牲者に顔向けできまい。

建物の耐震策を極め、皆が素早く逃げれば、死者は6万人ほどに減らせるという

▼最悪を覚悟して、最善を尽くす。

これが危機管理の基本である。

巨大地震の被害想定も、脅かしではなく「目覚まし」と受け止めたい。

どれほど不快な音色でも、備えもなく大波に手荒く揺り起こされるよりいい。



今回の震災による津波 それらに伴う被害は従来のものより大幅に増えている。

此れでも想定外の被害に襲われる可能性はあり得る。

原発は原則 廃止の方向に向かうべきである。

地震・津波とは異なり:原発破損による放射能被害は何十万年単位のことで

福島の復興処理も宙に浮いたままで、前進している様子はない。



大津市ではおとといまで、いじめや暴力で死に追いやられた少年少女15人の写真や、
残されたメッセージを紹介する展示が開かれていた。



平成24年9月2日の天声人語よりの引用



青という色は若さや未熟を表す。

「青い果実」と聞けば大人になる前の、思春期の少年少女を思い描く。

先の本紙俳壇にこの句があった。

〈青柿のような「中二」に遺書はなく〉。

作者の鎌田進さんは大津市のいじめ事件で命を絶った少年を悼む

▼俳人の宇多喜代子さんには〈青柿にこれからという日数(ひかず)かな〉がある。

何年か前に詠まれたものだが、前途ある命が、これからという日数を絶たれた悲しみに、あらためて思いが至る

▼大津市ではおとといまで、いじめや暴力で死に追いやられた少年少女15人の写真や、残されたメッセージを紹介する展示が開かれていた。

暴力事件で息子を亡くした青木和代さんが、苦しむ子らに「生きてほしい」と伝えたくて企画した

▼「やさしい心が一番大切だよ。

だから、その心を持っていないあの子達の方が可哀相(かわいそう)なんだよ」(15歳女子)。

「ある日は日の光となり、ある時は雨となって、あなた達(家族のこと)の心の中で生きています」(14歳男子)。

一文字一文字が、いじめの罪深さを告発してやまない

▼自分のことは針で刺されても痛いと騒ぐ。

なのに他人には槍(やり)を突き刺して平気でいる。


大なり小なり人が持つ性(さが)だろう。

人の痛みに気づくには、気づかせるにはどうしたらいいのかと、心ある大勢が悩んでいる

▼2学期が始まった。

先生も生徒も、いじめについてもっと話し合ってほしいと思う。

風通しよく話すことで、滅菌されるように消えるいじめもある。

苦しむ子をゼロにしたい。





いじめの問題は子供たちだけの現象だろうか。

世の中、世界を眺めても オスプレインがいらないと幾ら言っても押し付ける

大人の社会でも綺麗ごとを言いつつも、いじめ並びにいやがらせが行われている。

子供の社会だけでないことをば、しっかり大人たちは自覚しなければならない。

弱い者いじめ、これは世界全体で蔓延していることを知るべきである。

いじめをする子供たちが大人になって、いじめをしない人間になるだろうか。

,いじめの問題は、社会全体を含め根本的になくすことが大切で、救いようのない社会になっている。

今、突然降ってわいてきた新しい問題では決してない社会現象ではないはずだ。

戦後に儒教的な教えが薄れるにつれて顕著になって来た感がある。

]

テレビ朝日系の「報道ステーション」で、政権側民兵という人物のインタビューを見た
もらった「麻薬の錠剤」を飲んで子どもや女性を虐殺していたという





平成24年9月6日の天声人語よりの引用


暗殺者のことを英語でアサシンと言い、その元の意味は「ハシシ(大麻)を使う人」だとされる。

武勇を見込んだ若者らの魂をハシシでとりこにし、暗殺に向かわせるペルシャの「山の老人」の話が、マルコ・ポーロの「東方見聞録」に出てくる

▼シリアでも似たことがあるらしい。

テレビ朝日系の「報道ステーション」で、政権側民兵という人物のインタビューを見た。

もらった「麻薬の錠剤」を飲んで子どもや女性を虐殺していたという。


気分は高揚し、罪の意識は消える、と

▼反体制派に身柄を拘束されての発言というが、事実なら、人の姿をしつつ、麻薬によって人ではなくなった者の群れだ。

この民兵組織が多くの市民の殺害にかかわっていることは国連も確認している

▼死者はすでに2万5千人を超えるという。

その1人にジャーナリストの山本美香さんもいる。

弱い立場の人に目を向け続けた人だった。


葬儀の会場に、全身を包帯で覆われた赤ちゃんの写真が飾られたと聞いて、まど・みちおさんの「ガーゼ」という詩が胸をよぎった

▼〈ガーゼは 傷口によりそい/生命(いのち)を まもりぬく/まっ白く あかるい/花びらのような やさしさで/

どんなに どす黒く重たい/武器たちの にくしみからも〉。

山本さんはこの詩をご存じだったろうか

▼人道上の悲劇から人々を「保護する責任」を、国連は果たそうとしない。

安保理は気位ばかり高くてガーゼの役にも立たない。

大国のエゴのために、今日も救えない命がある。





麻薬(大麻ハシン)を服用しないと人を殺すことが出来ない。暗殺は英語でアサシンという。

麻薬を服用しないと人を殺すことが出来ない。それから考えると元来人間は人殺しができないように作られているのか。

国連でもっても人道上から人々が救えない。大国のエゴがまかり通り、人々を苦しめているように思える。

さらに何のために人を殺すことになるかはただ権力者のエゴによるものと思えて来てならない。






そんな「瑞穂(みずほ)の国」で、今年も新米が出回り始めた。




平成24年9月9日の天声人語よりの引用

お米の力というものを一番感じさせるのは、おにぎりだろうか。

関東大震災のとき炊き出し組の一員に加わった作家の幸田文は、手の皮のひりひりする熱いご飯を、休む暇なく次から次へ握ったそうだ。

そしてこう記している

▼「張り板の上に整列した握り飯は、引き続く余震の不安と大火事に煙る不気味な空とをおさえて、見とれるばかり壮(さか)んなけしきだった」。

何の愛想もない塩むすびだったに違いない。

だが、あのまるい三角形には、受難の人を物言わず励ます力感と温かみがある

▼去年の大震災でも、人が炊いて握ったおにぎりのありがたみが、幾度も記事になっていた。

日本人と米の、3千年という結びつきゆえだろう

▼そんな「瑞穂(みずほ)の国」で、今年も新米が出回り始めた。

つややかに光る初ものを土鍋で炊いていただいた。炊きたての新米に豪華な総菜はいらない。

主役はご飯と定め、脇役には梅干しかラッキョウぐらいがちょうどいい

▼原発禍の福島県でも収穫が始まり、全袋検査で安全を確かめて出荷される。

手塩にかけてきた農家は「放射性物質が出ないよう願いを込めて刈り取った」と言う。

太鼓判を押されて、一粒残らず、ふっくらと湯気に包まれてほしい

▼〈新米もまだ艸(くさ)の実の匂ひかな〉蕪村。

イネ科の一年草の実ながら、この恵みなしに日本の歴史も文化もなかった。

自由化が言われるが、経済原則だけで米作りを追いつめたくはない。

夏の青田、秋には黄金(こがね)の穂波。

心の風景が、ゆたかな国土の上にある。





主食のお米を経済原則による合理化の対象になってほしくない。日本人の主食を外国の手にはゆだねれば

大変なことになる。日本での自給率は保つべきで農業の合理化は必要である。

昔の人たちは外国に依存して食生活していたのかとはかんがえられず、自分たちの手で食を守ってきた歴史をしるべきだ。







「ニューヨークで捕まった犯人は刑罰を受けなくてはなるまい。
だが沖縄では基地の中へ逃げ込めばすむのだ」――







平成24年9月10日の天声人語よりの引用

かつて沖縄から米国に留学した大学院生が、ゼミで米兵による性犯罪の多発を訴えた。

すると「そんなことはニューヨークでも毎日起きている」と反論されたそうだ。

「違う」と留学生は説明した

▼「ニューヨークで捕まった犯人は刑罰を受けなくてはなるまい。

だが沖縄では基地の中へ逃げ込めばすむのだ」――。

最近でも起訴率は低い。

沖縄は長く怒りに震えてきた。

事件だけではない。

土地の収奪、戦争の脅威、そして軍用機の墜落。

基地の存在は今も、垂れ込める雲のような重圧をもたらしている

▼その島で、オスプレイ配備に反対する県民大会があった。

「沖縄の青い空はアメリカのものでもなく、日本政府のものでもなく、私たち県民のものです」。


壇上から語る女子大学生の姿に、17年前を重ね合わせた人もいるだろう

▼1995年、忌まわしい少女暴行事件を受けた県民大会で女子高校生が訴えた。

「私たちに静かな沖縄を返してください。

軍隊のない、悲劇のない平和な島を返してください」。

歳月をはさんで、変わらぬ現実が島をさいなむ

▼モロッコなどで相次いだオスプレイの墜落について、防衛省は「操縦ミス。

機体は問題なし」とする米側報告をなぞった分析を公表した。

丸呑(まるの)み、やっぱりね、と多くが思う

▼日本政府がメッセンジャー役でいるかぎり沖縄の負担は減るまい。

目を沖縄に向け、もの言う口はアメリカに。

普天間飛行場では今日も、軍用機が大きな腹を見せて、街の屋根すれすれを飛んでいる。




以前から感じていることだが、沖縄が第二次大戦時には本土防衛の前線基地となり日本国土での唯一の激戦が行われ

多くの死傷者が出ている。日本本土より長い期間のアメリカ軍の占領下に置かれ、日本復帰後も多くのアメリカ軍基地が置かれ

現在も存続している。朝鮮戦争 ベトナム戦争 中東戦争での基地となり戦争に出ている。

そこへ危険な飛行機オスプレインが配備され アメリカ軍の犯罪は治外法権下にあって日本であっても

軍務ならば日本で裁くことが出来ない。

これでは日本はまだまだ独立しておらず半植民地状態だ。

現在の日本政府にもアメリカに対等の発言するだけの力がない。

どうすれば良いのだろうか。?






尖閣諸島をめぐって反日の嵐が渦巻いている





平成24年9月18日の天声人語よりの引用

通り過ぎた台風になぞらえれば、きょうは中国で暴風に大潮の重なる日である。

尖閣諸島をめぐって反日の嵐が渦巻いている。

そこへもって、18日は満州事変の発端となった柳条湖事件から81年になる。

それでなくても反日感情の高まる日だ


▼加えて、東シナ海の休漁期間が一昨日明けた。

台風一過の尖閣周辺へ、中国漁船が大挙繰り出す情報もある。

中国当局は「漁民の生命と安全を守る」と強硬だ。

海保の巡視船に漁船が体当たりした、2年前のような「英雄気取り」が心配される

▼デモの参加者にしても、このさい暴れ回っても大丈夫なことは計算済みだろう。

「愛国無罪」の錦の御旗(みはた)があるうえ、規制は手ぬるい。

民衆の猛威を日本への圧力にする政府の思惑も、承知しているふうである


▼テレビを見ると、尖閣諸島を地図で指せない参加者がいる。

反日スローガンだけ覚えれば事は足りるらしい。

それを政府もメディアも煽(あお)る。

腹に据えかねる図だが、同じ土俵で日本人が熱くなってもいいことはない

▼歴史問題もあって、日中関係はなかなか安定しない。

小泉政権下でも凍りついた。

その後、温家宝(ウェンチアパオ)首相の「氷を溶かす旅」の訪日などで関係は良くなった。

それが国交回復40年の節目に、この間で最悪とされる睨(にら)み合いである

▼むろん主権は譲れない。

だが挑発せず、挑発に乗らず。

あおらず、そして決然と。

官も民も、平和国家の矜持(きょうじ)を堅持しつつ事を運びたい。

諸外国の日本への支持を膨らますよう、考えていくときだ。







尖閣諸島の個人よりの国有化に対して、こんなにデモでの反発は予想していなかった。

そもそもの発端は東京都の石原慎太郎氏が都が買う話からである。

何故に今頃にと思っていたが、石原氏に何かの思惑があったのではないかと思われる。

それに野田首相が乗って、騒動が大きくなったと考えられる。

個人の所有が続いてもおかしくはない話である。

ある程度初めに中国政府と話し合いしておけばこんな騒動にはならなかった。

どちらの言い分にも合わなければ竹島同様に、国際司法裁判所の判断にまかせばよいことである。

裁判所の判決がどう出ても、誰もが口出し出来ない慣習を、先例を作る良い機会だったかもしれない。

「もめごと」は司法裁判所の判断を仰ぐという例を多くできれば 戦争が起きない世界になる大きな機会だった。

武器もいらない 軍隊もいらない世界がやってくるとは間違いないと思う。。







民主党の代表選、番狂わせの匂いさえない野田首相の圧勝、再選である





平成24年9月22日の天声人語よりの引用

童謡の「どんぐりころころ」にもたとえられる民主党の代表選だった。

三つのどんぐりがお池にころがり、どじょうと戯(たわむ)れた。そんな印象だ。

消化試合とされた選挙での、番狂わせの匂いさえない野田首相の圧勝、再選である

▼といっても、しょせんはお池の中の争い。

外に出れば、世間の風当たりはいまや暴風なみだ。

19日に東京であった街頭演説会は激しいヤジに見舞われた。

「帰れ」「うそつき」の怒号もわき、辻立ちで鍛えた首相もだいぶ参ったように聞く

▼それにしても、迫力と盛り上がりを欠く代表選だった。

自民党の総裁選が同時進行して「ダブル党首選」とも言われたが、レコードでいえばこちらがB面だろう。

針を落とせば流れる童謡に、政権党の孤城落日はきわだつ

▼もっともA面の歌も歌手も、さして新味があるわけではない。

総裁選の5人は「七光り」の二世らばかりで、風を読んだようなタカ派的発言がもっぱらだ。


下野して3年、党を変え、出直しを図ったという実態はよく見えてこない

▼落ち目というのは自分で気づくより早く他人の態度が教えてくれる、とシェークスピア劇にある。

日本の国力低下を国民は感じてはいた。

だが今回、領土をめぐる近隣2国の態度に、その思いをいっそう強くした人は多かろう

▼腰の定まらぬ政治の責任は大きい。

外から敬意を持たれ、信頼される政府を持てないものか。

高望みなら、せめて平均点で機能する政治がほしい。

民主にせよ自民にせよ、それとも他にせよ。



政党には高望みはしない。せめて国民の意思を取り込む努力はしてほしい。

今までも これからもアメリカ 財界 国民の三者に分けるならば民衆の意見が何時も二者の後回しできている。

民主主義とは何ぞやと改めて聞きたいところである。

まず第一がアメリカ それから企業 最後に国民の順番で事が運ばれてきている・

本当の民主主義には程遠い。自民党も二世ばかりで親の意向を聞きながら政治する人 自衛隊おたく族 戦車や飛行機をおもちゃのように

使われてはたまらない。ストレスがかかると下痢嘔吐 ではまともな政治はできまい。

町田 林候補についてはあまりしられていない。

戦争好きの人だけには首相になってほしくない。旋風の維新新党はなんでも法律で縛る傾向がある。

法律に違反すれば犯罪者となる。特に自分に反対する組合などには厳しいようだ。

赤紙による徴兵の法律でもって大東亜戦争の頃の日本を思い出す。






北京で開催予定だった国交40年の記念式典が事実上中止になった
きょうは中国の文豪、魯迅(ろじん)が生まれた日でもある







平成24年9月25日の天声人語よりの引用

40年前のきょう、当時の田中角栄首相は北京へ発った。

毛沢東主席、周恩来首相と会談をこなし、中国との国交関係を回復したのは9月29日のことだ。

歴史的な訪中の前日、田中は東京西郊にある高碕(たかさき)達之助の墓前に参じている

▼日中友好の井戸を掘った日本人として、真っ先に名前のあがる人物だ。

実業家にして政治家で、周恩来との間に信頼と友情を育み、国交正常化への道をつけた。

いま泉下(せんか)で、角突き合わせる両国を何と見ていよう

▼北京で開催予定だった国交40年の記念式典が事実上中止になった。

節目節目に開かれてきたが、取りやめは初めてだ。他の交流事業や催しも相次いで中止、延期になっている。

先人が掘り、後続が深めた井戸の水位が、みるみる下がりつつある

▼本紙が両国で行った世論調査で、日本の9割、中国の8割が「日中はうまくいっていない」と答えた。

中国での調査は尖閣諸島の国有化前だから、今はさらに悪化していよう。

どちらの政府も弱腰批判が痛手になりかねない

▼きょうは中国の文豪、魯迅(ろじん)が生まれた日でもある。

魯迅といえば「もともと地上には道はない。

歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」の一節が名高い。

日中の井戸も、戦後の荒野についた道のようなものだ。

営々と時をかけて太くなってきた

▼すぐ指をポキポキ鳴らしたがる大国は厄介だが、平和国家は「柳に雪折れなし」の外交で、譲らず、理を説いてほしい。

勇ましい声に引きずられると、井戸は涸(か)れて火柱が立つ。



日中の関係は昔から深い。先人たちが中国に渡り中国の文化を数多く学んで日本の文化が発展している。

不幸な日中戦争があったが、日本と中国の関係は絶つことができない。

多くの人たちにより日中友好関係が支えられてきた。是非とも今回の尖閣問題も穏やかに

解決してほしいものである。いがみ合っても両国にとって何の得にもならないことで、今までの友好関係も又

空しいものにならないように願う。







警視庁などが逮捕したニセ医師(43)は深刻だ




平成24年9月28日の天声人語よりの引用


「昭和二十二年の井伏さん」という短い一文が井上ひさしさんにある。

作家の井伏鱒二がその年に井上さんの本家筋の造り酒屋にやってきた。

のぞき見ると「丸顔の人がにこにこしながら盃(さかずき)を口に運んでいた」そうだ

お酒を傍らに、土地の文学青年らが持ち込んだ原稿にすこぶる的確な評を与えて、宵の口に別の町へ発ったという。

だが、その井伏さんは真っ赤な偽者(にせもの)だった。

白いご飯とお酒を目当てに「偉い先生」になりすまし、田舎に出没する者が当時は珍しくなかったらしい

▼どこか憎めない「にせ文士」と違い、警視庁などが逮捕したニセ医師(43)は深刻だ。

東京や長野、神奈川の医療機関で1万人以上がこの人物の健康診断を受けたと見られる。

命にかかわる見落としがなかったか心配になる

▼同姓の医師になりすました男は、独学で知識をかじったそうだ。

長野では企業に出向く形で健診をこなし、問診や触診もした。

明るくて好評だったというから皮肉である

▼なりすましといえば、イラストレーターの南伸坊さんは有名人に顔を似せるのを得意技(わざ)にする。

その写真を集めた『本人伝説』(文芸春秋)の宣伝文句は言う。

「自分ひとりが本人と思い込んでいる虚をついて、著者が本人になりすます」

▼伸坊さんなら光栄だが、どこでもう一人の自分が大手を振っているか、悪事を働いているか分からない。

オウム逃亡犯もそうだった。

その危うさをネットが増幅する。

有名無名を問わず、虚をつかれやすい時代になった。





長年医師の仕事に携わっていて此処で良いということはない。日進月歩で新しい医学にたと゜゛るだけで゜も

大変な気持ちでいるのに よくも偽医師が務まったかと驚く。

健診とはいえ最新の知識がないと充分な事は出来ない。

人の命にかかわることでもある。偽の方がそれらしく振舞うらしい。

真剣勝負の医師の仕事はやりがいのあるしんどい仕事だ。




伴善男の報恩寺と柏原陵との関係から見た桓武天皇柏原陵は?



以前にこの随想で書いたものの転載である。

報恩寺は貞観四年(862年)、中納言伴善男によって建立された寺院である。

山城国紀伊郡深草郷、現在の京都市伏見区深草にあって、もとは善男の別荘が営まれていた所である。

善男は報恩寺建立の四年後(866年)、応天門の変によって遠流に処罰されている。

報恩寺はその翌年、桓武天皇の柏原陵の兆域内にあったとの理由によって、破却された。

報恩寺破却に先立って、同じ善男によって建立された嘉祥寺食堂も、仁明天皇の深草陵を汚したとの理由により

破却されている。

以上が平安時代事典よりの引用で知った部分である。

これでみると柏原陵内に伴善男によって始め別荘として建立されていて,それが後の報恩寺になったことのようである。

同時に嘉祥寺食堂も、仁明天皇の深草陵を汚したとの理由によって破却されている。

現在も同じ゜く深草陵は深草谷口町にある。

柏原陵内の兆域に報恩寺が建てられることは,当時の御陵の領域が現在で考えられているような

厳重に境域が守られているような所ではなかったようである。

現在の御陵は厳しく監視され・立ち入り禁止で制限されている。

当時は嘉祥寺も仁明天皇御陵も広大な桓武天皇陵の兆域を犯し建てられたのではないだろうかと推測する。

平安時代事典によると柏原陵は桓武天皇の陵であって現在は京都市伏見区桃山町永井久太郎に所在する。

初め山城国葛野郡宇多野の地に葬地を定めたが、大同元年(806年)四月七日、改めて紀伊郡柏原山陵に葬られた

但し、『紀略』同年十月十一日条にも、天皇を「柏原陵」に改葬するという記事があり、

この両者を重複とみるか、再び改葬されたものとするかで説が分かれている。


兆域は東八町西三町、南五町北六町の広大なものであった。

非常に広大な御陵である。

だから伴善男はその土地の中に別荘が建てられたのである。

現在の御陵に対する感覚でもって考えると矛盾だらけで理解し難いことだと思う。。

また『仁部記』文永十二年(一二七五)二月十七日条は、前年に受けた盗掘を実検して「登ること十丈、壇の囲八十余丈」と記している。

平安時代にわたって度々奉幣を受ける重要な陵であったが、室町時代にはその場所もわからなくなり、比定地も諸説あったが、

幕末の国学者谷森善臣が慶応元年(一八六五)に『柏原山陵考』を著し現在地が求められて、明治になって正式に比定され現在に至っている

以上が事典からの引用部分である。

現在の柏原陵が京都市伏見区桃山町永井久太郎に所在することに疑問を呈したい。

又御陵が伏見城跡地であるという別の説にも疑問を感ずる。

そこには深草に建てられたとする伴善男の報恩寺がその近辺にないからである。

「改め紀伊郡柏原山陵に葬られた」とされる記事で再び改葬されたことをあげ,伏見柏原の地に移ったとの説での肝心なことは

改葬が同じ806年に行われていることである。

伴善男が桓武天皇の柏原陵の兆域内に建てたのは866年になっている。,

改葬されてから60年後の出来事で,伴善男が柏原陵の兆域内に報恩寺を建ている。

だから間違いなく深草の土地に桓武天皇の柏原陵があり続けたことになる。

報恩寺は,仮に改葬されていても同じ伴善男が犯した桓武天皇の柏原陵の兆域内になければならない。

それが伏見の方に移ったとするのは,伏見の柏原に移さなければならない深い理由があったからと考える。

それは幕末から明治にかけての尊皇思想の高まりと共に,平安京を始めた桓武天皇と,平安京(京都)の終わりの明治天皇の御陵を

桓武天皇の御陵の近くに祀りたい意図があって伏見地の柏原陵説が正当化されていったような工作がなされたのではないかと考える。

「京都叢書」の五巻の中で西野伊之助氏が柏原陵の諸説を列記され書かれた記事を読んでいてもそのことを強く感じた。

極度に神聖視化されていった明治天皇の御陵を一つだけぽっつりと桃山に明治天皇御陵を持ってくることが出来なかつたのだと思う。

そこで桓武天皇の御陵をば一緒に桃山方面にに移動しなければならなかった。

それが戦前の政治情勢・皇室情勢だったと思われる。

深草だと明治天皇の御陵の適当な土地が見つけ難いので、伏見城の後地付近にた明治天皇の御陵を持ってきたのではないかと考える。

深草鞍ヶ谷町にある浄蓮華院では寺院の側の谷口古墳が江戸時代まで桓武天皇御陵として祀られ徳川幕府からも公認されていた。

当時刊行された都名所図会に見られる桓武天皇御陵の前で庶民達が花見見物して踊る姿こそが正しい国民と皇室を親しく結ぶ風景である。

仁明天皇の東限は大王陵となっている。

その大王陵の古墳内に桓武天皇は合葬され,その周囲に広い兆域だけを取ったのではないかと想像する。

伏見への柏原陵の作業だけが目立ってくる。そして宮内庁が現在皇室の先祖に対しての御霊の「安寧と静謐のために

日本考古学会協会・歴史学会などの16学会からの御陵に対する学術調査が宮内庁が認めていなかったのが,

今回始めで神功皇后陵と桃山御陵への外周へ立ち入り調査を認めている。

しかし我々の先祖の墓は,道路建設の為とか,ダム建設のためなど゛でもって強制的に立ち退きを否応なしにさせられるのが普通である。

我々の先祖と皇室のご先祖との間にどれだけの差があるのかどうか。

一番個人にとって大切なのは,やはり誰でも自分に関係した先祖ではないのかと思う。

そのことはどの人にとっても変わりないはずだ。

宮内庁の方に其処のところをどのように考えられているのか知りたいところです。

それほどに皇室を,少なくとも過去の御陵をばそのままにして,国民の大切な高い税金をば何もせずに投じ維持してゆく必然性性が

皇室・国民にとってあるのかどうか宮内庁の方に聞きたいものです。

宮内庁の存在は皇室にとっても又国民にとっても化け物のような存在である。

誰が指揮しているのだろう。まさか一人でに動いているとは考えられないが。

一度考古・歴史の16学会が御陵の調査を先祖として一番関係ある天皇家に対してと,

政治の最高責任者である総理大臣の両者に対し,御陵調査許可申請をしてみられればいかがだろうか。?

今までの宮内庁の態度がどうも理解できないことばかりです。

少なくとも平安時代までの陵墓を開放し,学問的に調査対象にできるようにすべき考古・歴史の学会も強く申し入れているとかである。

それにより素晴らしい学問的な進歩があるはずであることは間違いない。

医学の世界も同様、解剖がダブ-だったのが,解剖が出来るようになってからは飛躍的に医学が進歩している。

それと同じことだと思う。

庶民の目から見ていて,宮内庁の対応は皇室関係者の方に大変な御負担を強いているはずだ。

それによって失語症や欝傾向の人たちを生んでいることを自覚すぺきです。

真に国民に開かれた皇室が実現することにより,国民と皇室とがより幸せな未来を築き上げたいものです。

宮内庁の方が真剣に対応しているのか非常に疑問に感じます。

現状は宮内庁が皇室を利用している存在としか見えてこない。

宮内庁を存続させるため皇室を国民から遠ざけ神々しく扱っているように思える。

宮内庁の実態は秘密のベールの中で仕事がなされているようだ。

天皇家も我々も同じ人間同士であるはずだ。

特別扱いする必要性はないはずです。

宮内庁が皇室を別格扱いしているところに大きな問題がでてきていると感じます。

近くに住みながら親 子供 孫が疎遠なのも全く変な話である。

宮内庁が存在感を誇示すればするほどに変なことが起きる可能性があると思われる。

現在では大納言伴善男が藤原良房の謀略によって応天門の火事の犯人に仕立て上げられ失脚させられた説が定説になっている。

その後藤原良房によって,平安時代の藤原氏による摂関政治の基礎が築き娘達を皇室に嫁がせ

皇室と密着して、権力をほしいままにしたと思われる。

昔も皇室を利用して権力を乱用していた時代があった。

戦前もそうだった。

今もそれが宮内庁により続いているように感ずる。

深草の浄蓮華院はは文政4年(1821)比叡山の僧尭覺(ぎょうかく)が有栖川宮韻仁(つなひと)親王の命により、桓武天皇菩提のために建立。

祀られている桓武天皇の肖像画は比叡山より下賜されたものであるそうです。

浄蓮華院の現在の住職にお会いすると,今も谷口古墳は桓武天皇の御陵としてお祀りし続けてているといわれていた。

谷口古墳を訪ねてこられたのは貴方が20年ぶりのことで
,同志社の学生と先生が古墳を測定に調べにこられたことがあったとがあると。

報恩寺が京都市指定の「がんせんどう廃寺」と想定されているが正確には判らない。

山田邦和同志社大学教授のネット上での桓武天皇陵には

「また、応天門の変の主役として著名な大納言伴善男が建立した報恩寺が桓武天皇陵の兆域内にあったとされている

(『三代実録』貞観9年(867年)8月18日条)ことも見逃せない。」と書かれているだけで桓武天皇陵と報恩寺との関係には言及されていない。

報恩寺が桓武天皇陵の兆域内にあったということは桓武天皇陵には報恩寺が隣接していなければならないということで

桓武天皇陵は即ち報恩寺探しと大いに関係する。

報恩寺は貞観四年(862年)、中納言伴善男によって建立された寺院である。

山城国紀伊郡深草郷、現在の京都市伏見区深草にあったので桓武天皇陵も京都市伏見区深草に有らねばならないこととなる。

幕末での明治天皇陵の造営と桓武天皇陵探しは大いに密接な関係があったと思われる。

「京都叢書」の五巻の中で西野伊之助氏が柏原陵の諸説を列記され書かれた記事を読んでいても痛切にこじつけの感を抱いた。

科学的歴史研究と皇室崇拝とは全く別個のものであると思っている。



谷口桓武天皇陵(図)(都名所図の内)

桓武天皇陵の近くで花見に興じている姿こそが何か天皇と国民を近ずけ親しみあるものとしているように感ずる。




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